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二人と

陸さんは部屋に入ると小さく「お邪魔します」と呟いた。招き入れる前に着替えや簡単な整理などを済ませたので多少待たせてしまったけれど、陸さんの方が「なんかすみません」と言うような感じだったので自然とリラックスした気持ちになる。リビングで身構えて陸さんと対面したハンナは男性の人を見るのが恐らく初めてだろうし、陸さんの身長の関係で最初は警戒しているようだった。見開いている目を一度おやつの方に向けてしまうのが良いと思って、バッグの中から『乾しカマ』を取り出し「ハンナこっち!」と誘いながらお皿に一つまみ。先ほどの様子から一転、俊足で駆け出していつものお皿に顔をうずめる。



この一連の光景に流石の陸さんも苦笑して、



「ハンナちゃん、元気ですね!」



とわたしに伝える。とりあえず立ったままだと落ち着かないと思ったのでマイバッグをテーブルに置いてもらって、座り易い場所に座ってもらった。結果、怜が来た時と同じ場所に。テーブルを挟んで彼と向かい合うように座るとなんとなくにやけそうになっている自分に気付く。




「とある仕事の依頼が来ていたんですが昨日立ち消えになって、まあありがちな話なんですがちょっと気持ちを切り替えなきゃなと思ってたんです」



「気持ち切り替えなきゃってとき、ありますよね」



「たぶんなんですけど、それでも何だかんだで絵を描いているうちにそれが楽しくなってくるんです。そういうものだと」



わたしに気を遣っているのだろうか、陸さんはなんとも言えない表情を残したまま微笑む。彼の言ったことから想像する事しか出来ないけれど、ちょっと前の『今日は丁度いいのかも知れないですね』という言葉にはそういうニュアンスがあったのだと思う。陸さんはそろそろとキッチンのハンナに近付いてゆく。そのまま近くでしゃがむ様な姿勢になって、おそるおそるハンナの頭部に手を伸ばす。



!!



触れられてハンナの身体が僅かにビクッと動き、一度皿から顔を上げた。わたしは側に駆け寄る。



「ハンナちゃん。こんばんわ」



まるで幼稚園児に語り掛けているような穏やかで愛情のこもったトーンでハンナにそう言うと、ハンナは「にゃー」と一鳴きする。撫で方はややぎこちない気もするけれど、ハンナもそれに応じて喉をゴロゴロ鳴らし始めた。



「喉鳴らしてますね!」



嬉しそうな陸さんの声。



「撫でてあげるとはっきり喜ぶんです。だからずっと撫でてないといけないんです」



「2歳にはなってないんでしたよね。実際に見てみると小さいですよね」



「女の子だからっていう理由もあるんでしょうね。ほとんど小動物です」



「毛が長いタイプの猫はあんまり見た事が無かったんで、さっき本当に小動物みたいに見えました」



日も落ちかけているのでキッチンは段々と薄暗くなっていたので明かりを付けたところ、ハンナの食べこぼしのようなものが気になってしまう。リビングばかり気にしていたので見落としていた。



「じゃあ、ハンナそろそろこっち来ようか」



なるべくさり気ない感じにハンナを抱きかかえて、陸さんを連れて再びリビングに舞い戻る。二人と一匹が揃った部屋で、とりあえずハンナを床に降ろして動向を探る。案の定というか、ハンナもどうしたらいいのか一瞬分からなくなったらしくそこに停止して辺りをきょろきょろ確認している。



「なんだか『リス』みたいですね」



「あ、確かにそうですね」



だんだんとその雰囲気に耐えられなくなったようで、バッと窓際まで向かってからやっぱりカーテンの中に隠れてしまった。



「あそこがハンナの『おうち』なんです」



「え?そうなんですか?」



「はい」



これはハンナが本当に夢の中でわたしに伝えてくれた事なので自信満々に陸さんに伝えたのだけれど、



「飼い主だからハンナちゃんの気持が分かるんですね!すごい」



とわたしを褒めてくれた。すこし複雑な心境ではあるものの夢の話をするわけにもゆかないし、ちょっとしたもどかしさがあった。



しばらく二人で遠目にハンナを観察していたけれど微動だにしない様子なので陸さんも流石に吹き出してしまう。でもその後彼はこんな風に言った。



「やっぱり『猫が居る空間』はいいですね。隠れちゃって見えなくてもなんとなく違う気がします」



「猫を飼っている人あるあるなのかも知れないですけど、静かにしていると意識してないかも知れないです」



「僕の祖父母の家に居たんですよ。白と黒の、なんだかすごく存在感のある雄が」



「へぇー、そうだったんですか」



それから陸さんがその猫の話をわたしにしてくれた。とても分かりやすく『タマ』と名付けられたその子は陸さんが小学生くらいの時からその家に居たそうだ。夏休みに居間で過ごしていた時に『タマ』が物珍しそうに陸さんに近付いてきて、ちょっとした愛想を振りまいたと思ったら急にツンデレになって、いつの間にかどこかに行ってしまう。実家にいる間、祖父母に代わってご飯を上げていたらいつの間にか要求するようになっていたとか、エピソードを話している彼はなんだか嬉しそうで、自宅に戻る別れ際などは玄関でちょっと見送りしてくれた思い出があるそう。



「『しっぽ』に興味があってゆらゆら動いているのを目で追いかけたりしているうちに、『あ、この子は『気分』でしっぽを振っているんだ』って気付いて、僕も昔椅子の下で足をぶらぶらさせていたことがあるからそれと同じなんだろうなって思ったんです。そこから猫の気持を自分なりに想像するようになりました」




「その話、すっごく分かります。ただ残念なことに、ハンナはあんまり尻尾を動かさない方なんです。今もカーテンの下で垂れ下がっているだけですけど、嬉しい時はハッキリ尻尾を上げたり」




「そうなんですか…猫も色んな子がいるんですねぇ」



その日はほとんど『猫トーク』をしていたと思う。多分、なにか話したい事はお互いにあったと思うけれどそれより何より『この空間』でほのぼのした時間が流れているのがわたしには心地よかった。陸さんもだんだんと寛いだ体勢になってから、



「ふぁあ」



と一度大きな欠伸をした。ちょっと可笑しくなって、



「眠いんですか?」



と訊ねたら、



「そうでもないんですけど、なんでしょうか、欠伸出ちゃいました」



そんな風に答えた。本来なら夕食を食べている時間だけれどわたしだけ食べている様子を見られるのも気が引けたため、そのまま過ごしていたら1時間経ってから、



「あ…時間経っちゃいましたね。どうしよう…夕食の時間か」



と陸さんが言った。わたしとしてはもう少しこの時間が続いて欲しかったこともあり、



「もしよければ近くで食べに行きませんか?ハンナが居るのであんまり夜は出歩かないんですが、久々にいいかなって」



という風に告げてみた。



「あ、それならイタ飯って言うんですか、パスタが美味しい店があるという話だったんでそこ行ってみます?」



「はい。ぜひ!」



急遽外出する事になって準備を始めようとした所、



「出掛ける前に、ちょっとお願いがあります」



とわたしを見つめる陸さん。謎にドキドキしたのも束の間、「実は」と前置きしてから、



「僕とハンナちゃんをこのスマホで一緒に撮って欲しいんです!」



と頼まれた。どういう状態で撮影すればいいのかなと思っていたのだけれど、『出来ればハンナちゃんを抱っこしたい』という要望があり、わたしはカーテンからハンナを抱きかかえ陸さんに手渡してから、逆に手渡されたスマホのカメラを起動して部屋の中心あたりで立ち上がった状態の陸さんを撮影する。すこし嫌がる素振りを見せたハンナを床に降ろして先ほどの写真を確認した陸さんは、



「いいですね!」



と嬉しそう。その写真を一緒に見ていたわたしはちょっと躊躇いがちな気持ちはあったけれど思い切ってこう言ってみた。



「その写真、わたしのスマホにも送ってくれませんか?」



明らかに誰が見ても伝わるような満面の笑みでハンナを大事そうに抱きかかえているその姿にキュンとしてしまっても仕方ないのだ。

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