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雲の流れ

二週間ぶり、と言っても以前に比べれば結構な頻度で怜と会っている事になる。その週の土曜日の天気は午後からは雨天の予報であるものの午前中は十分持ちそうな予感。二人でランニングの準備をしながら、



「実はさっき道でランナーとすれ違ったの」



「そうなんだ。やっぱりわたし達以外にも居るんだね」



などと会話をする。怜の表情はなんだかその人に対して感心しているようにも見えて、確かにわたしも自分達の事とはまた別にストイックに走り込んでいる人を見れば凄いなと感じる。その人がどんな人だったか訊ねてみる。



「お兄さんとおじさんの間くらいの凛々しい人だったよ。こういう表現が適切かどうかはわからないけど。とにかく細身で走りが軽快なんだ」



なるほどイメージし易い。その人は普通のロードを走るスタイルらしいので、「わたし達も道を開拓してみようか」という話になっていった。そこでわたしの脳裏に浮かんだのは水曜日に行ったばかりの『美術館』。さすがに全く同じ場所に行くのも少し変なので、同じように何か『目的地』を設定して走ってみるのはどうかと怜に提案してみた。



「ああ、なるほどね。そういえば先週たまたまニュースを見てたら『街歩き』ならぬ『街ラン』というのが最近はやっているそうだよ」



「『街ラン』?」



聞きなれない単語だったので怜に解説してもらったり、少し調べてみたらおおよそのイメージが出来た。『街ラン』の場合には目的地を決めないで街を散策しながら走るようなことだから、実際にやってみたら楽しそう。ただ怜曰く、その番組では『ラン』の方がグダグダ気味でどちらかというと散策の方がメインになっていたそう。



「今回は香純ちゃんの案を採用して、どこか明確な目的地まで走って戻ってくるという試みをやってみよう!」



と妙に嬉しそうな怜だけど、目的地については完全にわたし任せらしい。なのに候補を上げていったら「うーん…」と微妙な反応をしていて、わたしがマップアプリを見ながら何気なくつぶやいた「ああ、ここに体育館があったのか」という言葉に咄嗟に反応して、



「そこに行こう!」



と叫んだ。理由を訊いたら、



「懐かしい響きだから」



だそうである。ちなみに怜はわたしが探している間中ハンナの顎を撫で続け、それがよっぽど気持ちよかったらしくハンナは目を細めて恍惚の表情を浮かべていた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆




雲が流れているのを感じた。普段よりも少しだけ早く動いている様子を走りながらに意識した時には体育館に大分近付いてきたのか、周囲の建物の様子も変わってきていた。比較的大きな施設は中心地ではなく少し外れになるのが一般的だけれど、体育館のある方角は特にその傾向が強いと感じられる。



「風もそこそこ吹いてるし、これは雨が降るね」



怜も空の方を見上げて呟く。きっちり整備された歩道の端を先導しているのは彼女。土地勘があると言っても体育館の方面はほとんど出向いた事がなく、こういう時は大雑把に方角が分かるらしい怜に任せた方がいいらしい。実際、怜が「こっち」と誘導するままにそれっぽい建物の姿が見えてきた。




そもそもわたしはランナーとしては誰かの後に着いて走るのに慣れている。スピードが無いのできまって後方に位置づけて、あわよくば前がバテてきたところを最後に交わせればいい。学校の校庭で練習している時には指導教諭に『もっと積極性に』とアドバイスされた事もあるけれど、無理に最初に飛ばすと変に緊張してしまってスタミナを早く消耗してしまうようだった。勿論今は競走ではないから先を行こうが構わないのだけれど、追走に慣れていた『怜のペース』が妙にしっくりくるのだ。怜に、



『なんでそんなに速く走れるの?』



と何度も速く走れるコツを訊ねたけれど、彼女は笑って『分からない』と答えてばかりだった。人それぞれ出せるスピードが違っているのは身体の構造にも関係あると思うのだけれど、その人の『性格』とも通ずるものがあるような気がして、何というか現役の最後の方は『メンタル』の事を考えながら練習していたような感じ。こうしてロードを走っている感覚を取り戻していると、当時の記憶も不思議と蘇ってくるものだ。



「もう少しでゴールだ」



その声を合図にするかのように二人とも最後少しスピードを上げて体育館まで無事辿り着いた。敷地は中々広いようで駐車場に留まっている車の台数などを考慮すると、この日は何かイベントがあるという事ではなさそう。開放感のある空間で、見上げるような体育館の形はわたしが想像していたものよりも数段規模が大きかった。適当な場所で立ち止まってから、ドリンクで給水。走った後で味が濃く感じられ、熱を持った身体が徐々にクールダウンされる。




タオルで気持ちよさそうな表情で顔を拭っている親友を見ていると、この街に来て日が浅いとは到底思えないような馴染みっぷり。



「そういえば、茜音さんのラジオ聞いた?」



わたしは前日の夕方のラジオについて怜にも報告していた。怜はかぶりを振って、



「ちょっと間に合わなかったんだ」



と答えた。



「そうなんだ。今はタイムフリー機能とかあるらしいから、後で聞いてみるといいよ」



「なるほどね。それで茜音さん、どんな話をしてたの?」



「説明するのは難しいんだけど、何となく『不思議な時間』だったよ」



「不思議な時間?」



「そう。とにかく言葉遣いも丁寧で凄く穏やかな雰囲気の人だから、話を聞いてて心地いいの。あの人が普段どういう風に生活しているのか全然イメージ出来ないんだけど、きっとすごく色んな事を知ってるんだろうなって思う」



「そっか。うちの母が彼女と面識があったんだけど、『凄く優秀な人』だったそうだよ。同じ地元だから分かるだろうけど○○高校行ってそこから有名な大学に入って、今は執筆活動で生計を立てているらしい。親戚だけどあの風貌だから高校とかでも相当目立ってたそうだよ」



「わかる。絶対そういう人だよね」



「ただね、彼女には何か『秘密』があるようなんだ」



ここで『秘密』という言葉がでてきたことに少し驚くわたし。



「え?なにそれ」



「もちろん『秘密』だからわたしにも詳しくは分からないんだけど、出生の秘密とかそういう類のではなく彼女の人生で起こった『何か』らしい。そもそも彼女が進学したのは大学の『数学科』だったらしい。けれど、何かを切っ掛けに途中で『心理学』の方に転向したそうなんだよ。そっち方面の資格も持ってるとか」



「へぇ…なんかすごい話」



「『心理学』までだったらまだ分かる気がするんだけど、今は魔術の研究だからね。なにか怪しさも感じてしまうよ」



年上と思われる親戚の女性にも怜は手心を加えるという事はないようだ。「怪しい」と言われてしまうとわたしもちょっとだけドキドキしてしまう。怜に倣ってタオルで顔を拭いながら、



「でもわたしは怪しいっていう印象は感じなかった。というかちょっと憧れてるもん」



「いやぁ…メールでやり取りしてるけど、あの人本気で『魔法』を探しているような気がする。ガチなやつ」



「でも魔法が存在しているかも知れないじゃん」



「え…それは…」



その時、明らかに怜は『ないんじゃないかな』と言いかけたのだと思う。けれど、わたしの顔を見て何かを思い直したかのように、



「…今は何とも言えないね。まあハンナちゃんの事がね…」



と困惑の表情を浮かべてそう続けた。怜の心情は十分に推し量れる。たぶん怜の中ではハンナの不思議な能力について『魔法』と考えることには抵抗があるのだと思う。それはわたしも同じ。でも一方でわたしはこんな風にも思う。



「魔法ってあんまり凄いものだと考えるからいけないんじゃないの?なんか普通に変な事は起こっている世界だと思うと魔法もその一部みたいにあってもいいような気がするの」



その言葉を受けて、怜はしばらく「うーん」と唸っていた。その時、敷地内に進入した車がわたし達の前を通り過ぎ、停車したと思ったら後部座席から中学生くらいの女の子がジャージ姿で現れた。その後、女の子はスマホを操作している様子。



「もしかして部活とかかな?」



「かもね」



何部なのかは分からなかったけれど、これからまた何人か人が集まってくるかもしれない。その子を見つめていた怜が、



「たしかに、『可能性』は狭め過ぎない方がいいんだろうね」



と呟く。なんとなく空を見上げると雲はまだ足早にわたし達の上を通り過ぎていた。

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