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展開

『普段の感じ方とは違う』、そう気付いたのはどこからだっただろう。展示物を見て隣で穏やかな微笑みを浮かべている異性の姿は、明らかに以前付き合っていた人のなにかを誇示しているかのようなものとは大きく違っている。華やかなものに憧れ都会に出てきた身としては、一緒に過ごしてドキドキワクワクできる関係がいいものだと思っていた。館内を移動中もさり気なく導いてくれているかのような場面と、ひそひそ声に近いものの有名な犬のキャラクターについて一つ一つリアクションを示してくれているところに心が安らぐ。



戦後にアメリカで生まれたというそのキャラクターは今でも全世界的人気を誇っている。どこか哲学的な物言いや、作者の心情がキャラクターを通して表現されているというその独自の漫画のスタイルは、コミカルだけれどどこか安心感があって子供にも大人にも愛されている。そんな事をわたしが説明するまでもないのだけれど、こうして展示を時間の許す限り一つ一つじっくり眺めていると、色んなものが伝わってくるのか改めて確認してゆきたくなる。展示の目玉なのか、ある部屋の中央に大きなハートを抱えたキャラクター達の等身大の像が設置されていて、そこは撮影OKの地点だった。平日の早い時間なのでわたしと陸さんで順番にキャラクターと並んでスムースにお互いの写真を撮れた。わたしが撮影した陸さんの写真には彼がキャラクターのとなりでお道化て変なポーズをしている様子が記録されている。



「どんなポーズすればいいのか分からなくて」



陸さんは説明していたけれど、確かに少し背の高い大人が像に並ぶとちょっとだけ面白く見える。一番人気で有名な犬のキャラクターも好きだけれど、その犬の飼い主の少年の姿も愛らしいと感じていたのでわたしの方は複数枚写真を撮ってもらった。陸さんと一緒の写真もと一瞬考えたけれど、その時は切り出し方が分からなかった。



「この子、喋れるんですもんね」



漫画では犬のキャラクターが台詞の吹き出しの中で普通に英語…人間の言葉を喋っている。



「いえ、僕アニメ見たことあるんですけどこの子自体は人間の言葉喋ってないみたいですよ」



「え…?そうなんですか?」



「吹き出しの内容はこの子が心の中で考えている事なんです。そしてアニメでは何だかよく分からないことを喋って何故かそれが人間の子供たちに伝わってやり取りができるという風に進んでました」



意外だったので陸さんの解説に聞き入っていた。アニメの存在も知ってはいたけれど、だいぶ昔に製作されたものだったので見た事はない。



「そうだったんですね。わたしは普通に人間と喋れると思ってました」



「ははは」



陸さんが微笑む姿を見て、わたしはハンナの事を思い出していた。この流れでハンナの事を説明したら変な目で見られてしまいそうで、逆に言うとそれだけハンナの能力は現実では特殊すぎるという事なのだと再認識。それでも貴重な直筆の原稿などを見ながらその作品の世界観に浸っていると、そんな素敵な世界が普通にありそうだと思えてきてしまう。



「魔法みたいですよね」



ほとんど独り言に近い感じでわたしは感想を漏らしていた。陸さんはその心情を汲み取ってくれたみたいで、



「僕も素晴らしい作品は『魔法の一種』だと思っています。こんな仕事をしているからなのか、行き詰った時でも別の誰かの作品に救われたり感動させられっぱなしで、その人が持っている『何か』が世界に顕されたときに僕らはまた違う世界を手に入れているんじゃないかと、そう感じます」



とアーティストならではの言葉をわたしに与えてくれる。今のわたしにとってそれは世界を広げてくれるなにかで、ずっと求めていたものに違いなかった。



「陸さんと話していると世界が広がったように感じます」



「僕も香純さんに世界を広げてもらっています」



わたしの言葉に彼が思わぬことを返してくれる。わたしの存在が一体どういう風に陸さんの世界を広げているのか、あまり実感はない。でも、その部分はわたしも素直に想像していいんだろうなと感じた。



「もしそうならわたしも嬉しいです」



そう言ってからしばし見つめ合ってしまった。流石に人目も気になるのでどちらからともなく頷いて、再び展示物に目を移した。そして順路の最後の部屋で陸さんが「おお!」と声を上げた。



「凄いですね、これ」



驚かされたのはかなり大きなサイズの絵画。作者本人が描いたものではないらしいのだけれど、有名作品だけあってその作品の熱烈なファンのアーティストが描いた作品世界をギュッと詰め込んだような絵画がそこに飾ってあった。何よりも鮮やかで素敵な絵なのだけれど、柔らかさを残したまま、芸術性も感じる。



「とっても細かい!」



陸さんが注目したのはその絵の『細部』。キャラクターの絵でも『背景や一つ一つの質感を緻密に仕上げている』と彼は評していて、実際陸さんが指さした場所を目を凝らして眺めてみるとまさに『緻密さ』が実感できた。



「これ製作期間どれくらいなんだろうな…相当掛かりそうだ」



詳しい情報は調べればわかるのかも知れないけれど素人としてはただただ圧倒される。そして何よりこの画家さんも本当にこの作品を『愛している』からこんな絵が描けたのだろうなと感じる。陸さんはしばらくその場を離れようとしなかったけれど、わたしはそういうものに陸さんが出会えたことが嬉しかったり。そんなわたし達に朗報だったのは二人で出口付近のグッズ売り場を見て回った時に、まさにその絵画の縮小版の絵が売られていた事だ。



「これは買っておこう。香純さん何か気に入ったグッズがあったら僕買いますよ」



「え…そん…」



「『プレゼント』です」



『プレゼント』と強調されてしまうと断りにくい。悩んだもののキャラクターのクリアーファイルを選んだ。ただ、それだけだとわたしとしても気が済まない部分があって、



「せっかくなので陸さんにもプレゼントがしたいです」



と小さなキャラクターのフィギュアを購入してちょっとだけ強引に手渡した。



「ありがとうございます。ふふふ」



眼鏡の向こうの瞳がなんだかきらきらしているように見える。その後陸さんの提案で2階の『常設展示』の方も見て回る事に。ピカピカに磨かれた階段を上って着いたフロアーでわたしの目に最初に映ったものが、なにかちょっと運命的だなと感じたのだけれど、そこにあったのはとても立派な『アームチェア』。今朝の夢に出てきたようなサイズ感だったのでちょっとびっくりしてしまった。



「わたしちょっとあれに座ってみます」



「え?」



戸惑う陸さんの前でしっかりアームチェアの座り心地を確かめる。そのフィット感や、姿勢の安定感など、



<実物はこういう感じなのか…>



と夢との差異を確かめ、ここに座ってハンナを膝の上に置くイメージを浮かべてみた。



「悪くない…というより欲しいかも」



わたしの独り言に、



「こういうのが欲しいんですか?」



と質問をした陸さん。そこで夢の内容をもう一度詳しく説明したところ、



「なるほど。たしかに椅子は大事ですよ。僕も作業する時に座る椅子には相当悩みましたから」



という力説をされ、特に理由はないけれどまた見合ったまま笑い合う展開に。

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