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ためらいがちに運命を受け入れているような、そんな感覚なのだろうか。その日ショップで選んだ洋服は今まででもっともガーリーで、季節を先取りしたような淡い緑のボトムスと白のブラウス。カジュアルな装いの方が性に合っていると感じていたわたしにその組み合わせを勧めてくれた親しげな店員さんの言葉を素直に受け取ってしまうくらいには色んなことを試してみたい気持ちになっている。降り続いた雨が止んでカラっと晴れた日曜日はいつもより空気が澄んでいるのか、それを吸い込んだ者の心さえも晴れやかにしてくれる。雑貨屋で見つけたイルカの形をした飴細工はビー玉の模様を見て瞳を輝かせていた頃の世界を束の間蘇らせ、夢見心地にさせる。確か中学時代に怜を含めた友達と電車で市外に遊びに出掛けた時も、そういう何かに夢中になっていたような記憶がある。




帰りの電車、正面の座席に高校生くらいの男の子が座っているのが見えた。細面の彼が黙々となにかの文庫本を読んでいる姿にクリアしたばかりの「WHITE LIE」の『笠置くん』が浮かんできた。確か作中にもそんな場面があったはず。自分がまだ知らないものに心を開いておくことは段々とそんなに簡単な事ではなくなるけれど、その日わたしが感じた事は少しだけ誰かに伝えたくなるような事で、もしかしたら誰かとその気持ちを共有したいという想いがあったかも知れない。



「…」



けれどそれは伝わるものなのだろうか。わたしはわたしであって別の誰かではない。わずかに浮かんでいる言葉もその誰かが受け取った場合には同じものになる保証はどこにもない。フリックをしようとしていた手の動きは固まったかのように止まり、視線が列車内を彷徨う。




<それでも忘れたくはない>




自分の中に感じていたなにかが存在を主張している。全ての人にではなくても『誰か』に、『誰か』とならそれが分かち合えるんじゃないだろうか。




確かにわたしはその時そう思っていた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆





窓から夕日が射しこんでくる時間帯。日曜日の夕方はなんとなく物わびしい気持ちになる人が多い中で、水曜日に有休が控えているわたしの心境は少しいつもと違う。二日間仕事を乗り切ってしまえば待ちわびた日が訪れるという話ならば誰だってそんな気持ちにもなるだろう。ハンナに聴かせる意味も込めて、部屋でわたしの好きな曲を流してみる。その時間の雰囲気に合わせて『トワイライト』というタイトルの曲の順番になった時には、ふわっとした不思議な高揚感が訪れ、ついでに何かのスイッチが入ったのを感じた。



<送るなら『今』だな…>



金曜日に怜に頼まれた事の踏ん切りがつかなくて、その時まで『茜音さん』にDMを送っていなかった。こういうのは勇気が要るし、そもそもわたしがあんまりその気分じゃないじゃなかったから文章が浮かばなかったという理由もある。テレビで一方的に知っているし、怜の親戚だというからそこまで怪しさは感じないけれど思わぬことを訊ねられた時にどうしようか困ってしまいそうだと感じていた。気持ちを振り払うように書き出してしまうと、思いの他自然な内容にすることができた。



『初めまして。先日テレビ番組で茜音さんをご拝見してアカウントをフォローさせていただきました。わたしと友人は○○県出身なのですが友人は『星怜』という名前の女性で、彼女の話だと茜音さんの親戚にあたるそうです。友人が是非茜音さんと連絡を取ってみたいとの事で本日わたしからDMを送った次第です』



送信を押した後、ドキドキしながら返事を待つ。最悪ここから返信が来ない可能性だってあったわけだけど、数日前に「いいね」をしてくれたように運よく茜音さんもわたしに興味を持ってくれていたらしく、すぐに返信の通知が来る。



『初めまして。確かにわたしの本名は『星茜音』で、実家も同じく○○県にあります。怜さんのお話はたぶん本当だと思いますし、わたしもどこかで『星怜』という名前を見た事があるような気がします。差し支えなければあなたのお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?』




本名を訊かれる事には抵抗があるけれど相手の本名を知っているという事もあるのでここはしっかり、



『桑原香純です』



と送っておく。



『ありがとうございます。怜さんの話は了解いたしました。親戚ではありますが、どのような件で連絡を取りたいと望んでいるのかお尋ねしてもよろしいですか?』




あんまりにも展開がスムースなので慌てて怜に確認のメッセージを送った。怜からは素早く返信が来て、



『ありがとう。どのような件でという事はわたしから直接伝えるから、茜音さんにわたしのメルアド伝えてくれないかな?』



と要求される。やや呆れつつも乗り掛かった舟だと思う事にして、そのままを実行。



『わかりました。こちらのアドレスにメッセージを送ればいいんですね』



突然のことでもこのような対応をしてくれるというのは茜音さんがすごく良い人だという証拠だと思う。感謝の意を伝えて、どうやらそれからはわたしのあずかり知らぬところで何らかのやり取りが交わされたらしい。実際、わたしが延々と二人の間で情報をやり取りするのは大変だし、わたしとしては役目を果たせたので肩の荷が下りた気分。




2品のおかずと白米というごくごく普通の夕食を済ませ、この間怜がそうしていたようにハンナを膝の上に載せながらしばしソシャゲを進める。昼に新しいシナリオが更新されたばかりなので、一通りミッションを済ませてアイテムを回収。推しのキャラクターの台詞がそれほど多くなかったのでなんとなく物足りなく感じ、ネットの様子を確認し終わったところで一つ思い立ったことがあった。




スマホのブラウザに『WHITE LIE ゲーム』と打ち込んで検索結果を漁る。トゥルーエンドを見終わった以上、ネタバレにはならないので攻略の載っているページを探してもう一度全体を回顧してみようと考えたのだ。中でも興味深かったのはプレイした後の『考察』の記事。そこでは作品の評価に加えて、作品の中にある他作品への『オマージュ』などの考察があって、『WHITE LIE』を製作した人のインタビュー(ネットに記事があった)などから、現実に存在するとある『小説』との繋がりなどを想像したりする内容になっていた。どうやら『WHITE LIE』とその小説の舞台となる都市が共通しているらしく、本編の鍵となっていた『二周目の世界』と『輪廻転生』の思想との関係が語られていた。その小説の中では想いを残して亡くなった人物が別の世界で二周目をやり直すという設定で始まるのだけれど、この設定を『WHITE LIE』も踏襲しているとすると作中のヒロインである『箕輪愛』という人物の隠れた想いを想像することができるという。




<こういう『考察』は凄いなぁ…>




同じゲームをプレイしても、見えるものが違う。つまりはこの人とわたしとでは『解像度が違う』とも言えるけれど、別の考え方をすればわたしが作品に対して感じているものの中にもわたしだから感じ取れるものもあるかも知れない。その一つは明らかにこのゲームをプレイする切っ掛けになった如月陸さんとの出会いだろう。陸さんが作中のCGに何を込めようとしたのか、そしてそれはわたしにちゃんと伝わっているのか。自信はないけれど、何かを感じ取ろうとする気持ちは確かに強いと思う。




膝の上のハンナがゴロゴロと喉を鳴らしている。ハンナが感じているものは不思議としかいいようのない能力で夢の中でわたしに言葉で伝えられる。不思議な事はあっても全然おかしくはないと思っているけれど、どれくらい不思議な事が起こるのかは分かっていない。もし、ハンナが『輪廻転生』で猫に生まれ変わって二週目を生きているとしたらどうだろうか?影響されて奇妙な想像をしてしまった。だったらわたしも猫に生まれ変わることがあったっていい。




『茜音さんとやり取りしてみたよ。実家の場所を聞いたけど間違いなくわたしの親戚だった。あと、もしかしたらいつか彼女に会いにゆくかも知れない。まだ話してはいないんだけどハンナちゃんの事、彼女に教えてみるのもいいのかなって思って。あれだけ色々知っている人だからハンナちゃんの事についても何か分るかも…ってほどではないんだけど、個人的に茜音さんがどんな『解釈』をするか気になるんだ』




こんな心境の時に怜から今しがた届いたメッセージを確認して、なんというか『もう何でもきやがれ!!』という声が出そうになっている。

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