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無茶振り

週末の予報で土曜日は降雨が濃厚との話を知り、<流石の晴れ女の力も連続では続かないかと>素朴に感じていた木曜日。ゲームを無事クリアできたことでスッキリした心境になった反面、土曜日のランニングも中止になりそうなのとトゥルーエンドを見るという目標が消えてしまった事で何か物足りなく感じていた。久しぶりに少し凝ったものをと勇んで作ったシチューとペペロンチーノを胃の中に収めてしまってから、意味はないけれど体重を測ってみた。その数値が想像したものと比べて良かったのか悪かったのか判断に困るものだったので、溜息のような「フーン」という声が漏れた。4月も半ばになってくれば気分を新たにというモチベーションにはなりにくい上、職場のチーフがプライベートでの問題が持ち上がったらしく何となく余裕のない表情が浮かんでいるので少し気を遣うような感じ。



プライベートを充実させることは活力にもなるし仕事にも生かせることがきっと見つかるもので、河口エリスさんのイベントの様子を先輩に報告してみたら、



「『推し活』はトレンドだし、ネットで済ませることが多い今だからこそかえって『直に会う』ような体験が求められるのかも」



と巧みに分析していた。わたしはそこで自分の地元を始めとした「地方へのアプローチ」について、



「地方で『直に会える』経験は少ないというのは確かに悩みでした」



という自分の意見を伝えてみると大分同意してもらった。即仕事につながるかどうかは分からないけれど潜在的な需要を発見する事は大事なことで、そこにマッチするサービスを生み出せれば会社の利益にも繋がるはず。とは言ったものの、今がそのタイミングかと言われると微妙な感じに思える。そんな事をうっすら頭の中で考えていたところ、舌を遣って背中の毛をグルーミングしていたハンナの姿に目が留まる。すこし過剰にグルーミングをするときがあるハンナなのだけれどその時がまさにその状況で、しつこく背中の毛をなめている様子はわたしからすると



<疲れないのかなぁ>



と思うほどで、そこには何か不満な精神状態が隠れているのだろうかと一考。スマホから検索してみて『猫が不安なとき』の合図とも取れるという過去にも読んだような文章を改めて読んでみて何か対策が必要だなと感じた。その状態のハンナが安心するようなものがあるのか、その時は都合よく何かが見つかるとは思っていなかったけれど、意外なところから情報が見つかる。




怜からの情報で勝手に身近な存在になりつつ『茜音さん』のアカウントの投稿には同じ猫飼いの視点のものも多く含まれていた。せっかくだから過去の投稿もつぶさに眺めてみようと思い、何百とある写真のかなり初期の頃のものである黒猫『ジーニー』が心地よさそうに瞼を閉じて寝転んでいる様子の一枚に目が留まる。その投稿で注目すべきところは添えられた文章。



『音楽も魔法の一種なのかも知れません。ジーニーに猫が好む音楽を聴かせてみたところ、こんな状態に』



確かに部屋で曲を流したりするとハンナの耳の動きで彼女も音楽を聴いているらしいことが分かる時がある。その情報を頼りに猫が好むというBGMが実際に存在するというブログを探し当て熟読してみて、手間も掛からないしうちでも一度試してみるのは良策と思えた。動画サイトで『猫 落ち着く BGM』検索しただけでも膨大な数がヒットしてどれが良さそうなのか分からなかったのもあって、とりあえずブログの報告にあったリンクから海外で研究用に作られた猫用の音楽を再生してみる。



♪~♪~♪



人間にとってはちょっと奇妙な曲に思えたけれどスローテンポで不思議と落ち着くような雰囲気が感じられる。スマホをハンナの側に置いてみて様子を観察していると、初めこそ無反応に見えていたのが次第にグルーミングを止め、辺りをきょろきょろ見てからいわゆる「香箱座り」の姿勢に変わった。それから目も閉じて、明確に音に耳を澄ませている様子。



<たしかにハンナも落ち着いたみたい…>



たまたまかも知れないけれど、人間だって心地よい音楽を聴けば気分が変わるのだからハンナがこんな風になっても別におかしくはないと感じた。ただ、本当にその音楽自体が前衛的というか不思議だから結果的に『魔法のようだ』という表現もあながち的外れではないような気がする。とりあえずわたしも『茜音さん』に見倣うカタチでハンナの心地よさそうな表情の写真に、



『猫が心地よくなる音楽を聴かせてみたところ、効果てきめんです!魔法みたい』



とコメントを添えて投稿してみた。するとその後想像もしていなかったことが起こる。就寝前、ベッドでスマホを少し弄っていたら突然SNSの通知が表示される。それは『高評価』と同時に誰か新しいユーザーからフォローされたという知らせ。



「え…?マジ!?」



なんと『茜音さん』のアカウント「akane_stella」さんがわたしのアカウントをフォローしてくれて、先ほどの投稿に高評価をしてくれた。たしかにこちらからフォローしているのは一覧を確認すれば相手が気付くこともあるし、不思議ではないのだけれど、もしかしたら気を利かせた『魔法みたい』という部分が気に入ったのかも知れない。もちろん茜音さん、『星茜音』さんはわたしの友人が親戚である事は知るはずもない。同性で猫飼いという共通点からもフォローしてもらいやすい条件にあったのは明らかだけれど、いざフォローされるとどう反応したらいいのか分からなくなる。




<とりあえず、投稿に「いいね」してゆくのがいいかな…>




当面は様子見が良さそう。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




金曜日、前日にもジムに行ってきたらしい同僚が満面のスマイルで、



「桑原さん、来週の水曜日有休取るんだ!」



と訊ねられる。迷惑にならないようにと今週の始めに申請はしていたのだけれど、特に職務に支障は出ない時期なので有休の消化には丁度いい。殊更不思議がることでもないとは思うけれど、最近職場での話題が少ないからか彼は気になったらしい。



「ええ」



とだけ答えてその後特に何も訊ねられなかったので良かったけれど、内心勘繰られるかもと思って焦っていた。その日わたしは陸さんとスケジュールを合わせて美術館に出掛ける予定だった。心の中では半分くらいは『デート』だという意識があって、もう半分は本当に陸さんに街案内のつもりなのかも知れない。陸さんの中でその認識がどうなっているかまだ訊ねるには時期尚早とも思えて、わたしとしては自然な流れで進めたいなと感じている。




とそこでふと思ったのは土日の予定がまだない事と、美術館に出掛けるという事は服装もある程度決めておく必要があるという事。明らかに洋服を揃えに出掛けた方が良さそうという案が生まれた。少し前にランニングの一式を買ったばかりで出費も嵩んでいるのと給料前ということで、悩ましいところではある。



<でも、本当に久しぶりだからなぁ…>



当日の想像をすると少し浮かれてしまいそうな自分。そしてお昼休み、怜からメッセージが届く。



『念のため。明日は中止です。降水確率が90%だし、低気圧で雲の様子を見ても分が悪い』



『雨強くなりそうかな?』



『多分ね。日曜日に変える方法もあるけれど、わたしの方も日曜は日曜でやっておきたいことがあるから』



ということは外出するのは日曜日が良さそう。紙パックの野菜ジュースを飲みながらサンドイッチを頬張る。



『そういえば昨日『茜音さん』にフォローされたよ』



『!!』



流石に怜もこれは予想してなかった様子。続けて、



『いや、実はわたしも個人的に茜音さんに興味があってコンタクトを取ってみるのもありかと思ってたんだよ。ただ連絡方法をどうしようかと思ったからフォローされたんだったら話は早い』



嫌な予感がする。



『SNSにダイレクトメッセージ機能があるから、『星怜』という名前を提示して少しやり取りしてみてくれないかな?』



飲み干した紙パックを軽くつぶしながら「ふぅ…」と困惑の声が漏れてしまった。抗議の意味も込めて意味不明なスタンプを送った。

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