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トゥルーエンド

『嘘』という言葉のネガティブな印象とは裏腹に、社会生活を送る上で物事を穏便に済ませたいときに本音をオブラートに包むように、時には何かを隠すように相手に伝えているのはある意味で『普通』の事だ。思春期は友達の間でも『○○がある人の事が好き』だとか『あの人は○○だから』というような噂話を知らず知らずに好んで、噂と関係がある人に微妙な接し方をしていた時もあるけれど、その時だって心の中で感じていた事とは少し違う事を相手に伝えるのはごくごく自然な事だった。そんな思いやりや配慮のような事がどこからか完全に本当のこととは違う事を意味してしまう時、確かにそれは『嘘』と呼ばれる。わたしの人生の中の嘘は敢えてつこうとした嘘よりも、そんな『嘘』の方が多かったような気がする。




一つ一つのメッセージを大袈裟に受け取って傷つきやすくもあった当時の自分がなんとなく顔を出して、登場人物たちに『不器用だなぁ』とツッコミを入れたくなる今の自分を制しながら、『WHITE LIE』を進める。物語の『核心』とトゥルーエンドが見えてきたこともあって、数日間はほとんどゲームに集中しているような生活になっていた。



『一周目の世界』



かなり特殊なルートでヒロインである『箕輪愛』の口からそれとなく仄めかされる、ストーリーが開始した物語世界が実は既に『二周目』の現世であるという情報。彼女が何故それを知っていたのかと言えば、彼女は一周目の世界を生きた時の記憶を保有したまま二周目の世界を生きているからだった。そして主人公の『笠置奏太』くんが拾った持ち主が存在しない『創作ノート』は、他ならぬその一周目世界の『影山麻衣』という人物の物だった。そして、その女の子は一周目世界の『笠置奏太』の恋人であったという告白を箕輪愛の口から聞かされた時、それまでの愛の『優しい嘘』の理由が判明する。




何故、愛は笠置奏太に思いを寄せながらも常に見守る側に徹していたのか、実際にルートによっては笠置くんに告白されながらもそれを断っていたけれど、それは一周目世界の『影山麻衣』という女の子の存在を常に意識していたから。けれど皮肉な事に二周目世界では『影山麻衣』は彼等の高校に転入せずに、まったく違う場所で小説家を夢見て生きているらしい。その情報を得られるのもある選択肢に進んだ時のみで、一周目の記憶を持つ箕輪愛が同人誌のイベントで『影山麻衣』と出会うという事で確証を得る。一周目の記憶を有する事で、主人公の笠置奏太の事を知っていて、創作ノートの存在に戸惑い、『優しい嘘』に徹してゆく箕輪愛がある意味でこの作品の主人公とも言える。





必要な情報が揃い、切ないながらも幻想的なストーリーと音響、映像にすっかり現実感を失わされてしまって、その日中にクリアしてしまおうと決めて起動させたゲームも、夜の10時にはいよいよトゥルーエンド。笠置くんの選択は、二周目世界であるその世界では箕輪愛の気持に気付いた上で告白をし、彼女もそれを受け入れた。世界観が特殊だからこそ生じてしまう話ではあるけれど、なんと表現したらよいのか分からない戸惑いのような感情が自分の中に残った。物語の中で二周目世界に一周目の創作ノートが存在する理由は明かされていないけれど箕輪愛はそれを、



『影山さんの意思』



なのだと解釈している。たとえばそれは、



『また次の人生でも結ばれたい』



という想いそのものだとするならば、ある意味で箕輪愛にとっては『鎖』でもあるし、運命のイタズラともいえる。虚構と言ってしまえばそれまでだけれど、最近魔法研究家の『茜音さん』の存在を知り、世の中にはまだ分からない事も多いのかなと思うようになっているからか、クリア後も不思議な雰囲気のまま歯を磨いていた。数日間、ゲームに熱中していたわたしに何か感じることがあったのか、ハンナはわたしの顔を見て



にゃー



と鳴いた後に続けて大きな欠伸をした。猫が口を開けると鋭い二本の牙の存在に毎回驚かされる。女の子でも鋭さは変わらず、可愛らしい見掛けからは想像できないほどに生きてゆく為の『強さ』をそこに感じる。とは言ってもハンナは野生で生きて行けるとは到底思えない。ハンナの飼い主を探していた人から聞いた話によると、その人は大型犬を外で飼っていてハンナは何処からかその家に迷い込み、犬小屋で寝ているのを発見されたらしい。その大型犬とも仲良く添い寝していたほどだから、もともと警戒心が薄いらしくて例えば外で少し音がしても特に動じた様子が無く、日中はずっとカーテンの中で静かにして過ごしているらしい。そんなハンナの性格は一人暮らしのわたしにとってはとても都合がよく、ハンナ自身が夢の中で不満を漏らす事があるとすれば専ら『食べ物』の事なので、これでいいという感覚はある。




<でも、本当にそれでいいのだろうか?>




夢の中で意思疎通ができたとしても、ハンナがわたしに伝えずにいることは無いのだろうか?そんな事を考えてしまうのは変だろうか?そんな疑問に対してハンナから回答をされたような気分になった出来事がその夜生じる。




わたしはその夜の夢で水の中に居た。水と言っても冷たさはなく、かと言って温水でもないような微妙な温度。たぶん子供の頃に温水プールで泳いだ時の記憶が反映されているのだろう。当然呼吸ができないので息苦しく感じていて、どれくらい深くに潜っているのか分からないような視界で、小さい泡がそこら中に浮かんでいるだけ。



<誰か助けて!!>



と心の中で感じていたその時、例によって膜のような何かに包まれたハンナが目の前に現れた。そこで急に水の中でも普通に呼吸が出来るようになり、



『ハンナ、ありがとう』



とついお礼を言ってしまっていた。そしてその時、水の中でもちゃんと喋れる事に気付く。ハンナが出てきた夢の特徴で、わたしの頭が作り上げた『設定』が柔軟に破られてゆく。



「おねえちゃん」



わたしに聞こえたその声『河口エリス』さんのCVが気のせいか前よりもしっかり響いている。



『なあに?』



「あのお姉さんまた来るの?」



『怜の事?来るよ』



「アタシうれしい」



その言葉を聞いたとき、胸にジーンとくるものがあった。ちゃんと喜んでくれているという事は飼い主からすれば喜び以外の何ものでもないのだ。



『ハンナ…』



ただ、その後こんな言葉を聞くとは思っていなかった。



「おねえちゃんも楽しそうだからうれしい」



『え…』



驚く間もなく、膜に包まれたハンナがわたしの胸元にゆらゆらと移動してきた。それを包み込むように抱いて、目を覚ますと同じ体勢のままベッドで眠っていた事に気付いた。わたしが目覚めてからもハンナは寝息を立てて眠っていたけれど、その姿はこの上なく愛おしく、小さいながら熱を帯びたその身体をギュッと抱きしめた。

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