繋がり
『夕日が沈みかけた空が際立って美しい。暗くなる前の蒼い色が心に優しく語り掛けている。まだどこかに残っている希望のように光は明日へと旅立っていった』
表示されたテキストそのもののようなグラフィックが心に焼き付いてゆくのを感じる。背景画を担当した「Asita」さんが伝えたい事もゲームを通して伝わってくるようなそのシーンは、「WHITE LIE」の何週目かのプレイ時に辿り着いたイベント。トゥルーエンドを見ることを目標にゲームを続けているわたしは、なるべく攻略サイトの情報を頼らないようにしていたせいか、途中の選択肢をほとんど虱潰し的に選択していた。たぶん、『フラグ』と呼ばれる言葉を用いればどこかの選択肢で『フラグ』が立ってこのシーンが見れるようになったのだろうけれど、主人公である『笠置君』の心が回数を経るごとに段々と分るようになっているからなのか、このモノローグに至るまでになった経緯に胸がジーンとしてくるまでになった。
<今日の空もあんな感じだったかも>
なんとなく物寂しく感じることもあれば、その寂しさがかえって美しさを引き立てることもある。『笠置君』は文芸部の先輩が温かな眼差しで伝えてくれた言葉を『優しい嘘』と感じていた。どこか儚さのある先輩である『箕輪愛』の過去と秘められた想い、そして登場人物たちがまだ大人ではないからこそ成り立ってしまう微妙過ぎる関係。そのどれもがわたしの人生とは似ても似つかないのに、どうしてなのか同じものがあるような気がしてしまう。誰かを何かの理由で傷つけてしまう事なしには進めて行けないような選択肢が出てきてその度に心は締め付けられる。それでも想いやりながら、どこかに辿り着かせてあげたい。
そんな心境にさせてくれるこの作品に浸っている時間を段々と愛するようになっていた自分に気付く。もしかしたら最初からそういう時間を求めていたのかも知れない。あんまりにもトロンとした気分が続いたせいか、ハンナがわたしの方を向いて何かを訴えているような視線を向けていた事に気付くのが遅れた。
「ごめんね、水かな?」
留守の事を考えて猫用の給水機を常時起動させているのに、ハンナはその都度コップに注いだ水を飲むのが好きだ。大体夜わたしが寝る前に水を与えているのだけれど、ハンナが個性的だと思うのは水を飲むときにコップに顎が浸かってしまう体勢になる事だ。濡れていても気にならないのか飲み易さを優先したのか、この日のハンナはぴちゃぴちゃと音を立てて一生懸命水を飲んでいた。
「美味しい?」
満足したかどうかを確認するように訊ねてみる。「にゃー」という返事はなかったけれどその落ち着いた姿にわたしも安心感を覚え、その頭部を何度も撫でてあげる。日常の中でついつい忘れてしまう心掛けとか、大切にしたいと思っている事とか、世の中にある作品の中にはそういうものを思い出させてくれる力がある。誰かを思いやる気持ちはいつの時代も大切で、時に自分も思いやってもらいたくもなる。前に付き合っていた人とは結局何かが掛け違いになって、思い描いた通りにはならなかった。でも、そんな彼がゲーマーだったから疎かったわたしもそういう知識を身に着けたし、そして今一人で作品に触れて感動している。
「与えてもらったのかも知れない」
そう思うと過去は少しだけ色合いを変える。全ては今に繋がっている、とそう思える。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
火曜日。職場の先輩と廊下ですれ違った際、「あ、そうだ!」と彼女がニコニコしながらわたしを引き留めてこんな事を伝えてくれた。
「河口エリスさん、今度○○町の書店で握手会するんだってね!知ってた?」
「え!?ほんとうですか!?チェックしてませんでした」
「書籍の発売のイベントなんだって。近いし行ってみたら?」
その先輩も猫を飼っている人で職場では一番親しくしている。なのでわたしが声優の『河口エリス』さんが推しという事実も知っていて、なんなら一緒にアニメ鑑賞もしたことがあるくらい。ハンナを飼い始めてからも色々アドバイスをしてもらった恩もあるし、ある意味で今の職場で楽しくやれているのは彼女のお陰と言っても過言ではない。
「行くしかないですよね。実物を見られるんだから」
わたしがそんな風に気持ちを表現したら嬉しそうに笑っていた。自他共に認める『世話焼き姉さん』という感じで、時々そのテンションに圧倒されたりもするけれど、彼女も彼女で最近はアイドルの推し活が忙しいらしい。後でイベントの詳細を調べてみたらなんと『土曜日の13時から』となっていた。
<ランニングの後でも十分行ける…>
実際それは絶妙な時間帯で、早朝からランニングで一度家に戻ってシャワー浴びで着替えて…などを考えてゆくととても都合が良い。疲れはすると思うけれど、すごく行ってみたい気持ちがあった。その理由の一つに『ハンナ』の存在があった。ハンナが夢の中で喋る声がこの人のものであるなら、実物の声を直に聴いた場合にどういう変化があるのか無いのか、その時とても気になってしまった。怜がこの間わたしに伝えてくれた『仮説』によれば、ハンナの声はわたしの脳が勝手に選んだもので、たぶんわたしの記憶の中から選ばれている。考えてゆくうちにわたしは怜にメッセージを送信していた。
『へぇ~イベントがあるんだ。行ってきたらいいよ』
『土曜の13時からだから、ランニングの後あなたも一緒に行けるよ』
『いや、わたしはむしろ『ハンナ』ちゃんと留守番をしていたいなぁ。その方が都合よくない?』
『まあそれでもいいけど』
わたしが想定していた事とは違う展開になる。確かに怜はあまり声優には興味がないようだし、別に一人じゃないけないという事でもない。けれど、怜がその次に送ってきたメッセージでわたしは色々悟ってしまった。
『わたしはテレビで競馬でも見てるよ。確か香純の家もBS映るんでしょ?』
うちのテレビ事情まで把握している親友に少し戦慄を覚えたけれど、何故かそれでもいいかと思えてしまうのは不思議。




