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掃除モード

猫を飼っていると長毛の場合だと特にあるあるなのかも知れないけれど、抜け落ちた猫の毛の関係で日々の粘着性のローラーもそうだけれど掃除も気合を入れてやらなきゃならない時が出てくる。怜を家に招くことも増えるだろうから、なるべく綺麗に整えておきたいという心境になり、午前中から大掃除が始まった。ハンナの場合、掃除機の音が結構大きくてもあまり気にしないタイプらしくカーテンの中に隠れて全く邪魔にはならないけれど、カーテン周りに毛が落ちる関係ですこし場所を移動してもらいたい時も。



新年度だし、ちょっとした模様替えも考えながら掃除機をかけたあとは、水回り、キッチンと布巾で水拭きして気になる汚れを落としてゆく。母は猫を飼っていても相当の綺麗好きで壁に引っ掻き痕などができた時にはショックを受けたりする一方で、いくら猫に部屋の中を汚されてもその度に健気に掃除をしていたのが印象的だった。わたしにもなんだかんだでその性格が遺伝しているようで、できるだけ他の人が見ても綺麗だと感じてもらえるような部屋にしたい。もちろんSNSに猫写真を投稿する時にも部屋は映り込むし、そういう意味でも綺麗であった方が色々と都合がいいし何よりわたしの為でもある。けれど「誰かが来た時に」と考えてしまうことは、なんとなくその日だからなんじゃないだろうかと思えた。



お昼すこし前に掃除が一段落して、休憩にとスポーツドリンクを飲みながら椅子に寄りかかる。そのままスマホを操作して最近お気に入りのJーPOPの曲を流してみる。どちらかというとテンポの早い曲で日本語の歌詞が流れるように歌われて、聴いているとついつい首を振ってしまう。曇りと晴れの間くらいの微妙な天気だけれど、やるべきことをやった達成感にちょっと浸れている。するとハンナがようやくカーテンの中からのんびり出てきたようで、綺麗になったリビングの中央からぼーっとどこかを見つめている。


「ハンナ、掃除終わったよ」


にゃあ


夢の中だったらさしずめ『そうなんだ』と言ってそうなシーン。せっかくなのでそのままスマホを彼女に向けて眠そうな表情を写真に収める。窓の光の角度と加減のせいか、わずかに輪郭が強調された佇まいに撮れていて全身から『猫っぽさ』が漂っている。その時あることを思いつき、写真は無加工でコメントを、


『掃除終わったの?』


とハンナのセリフのようにして投稿してみた。夢の中では河口エリスさんの声だから「cv 河口エリス」と茶目っ気を出して文字列を付け加えてみたところ仲の良いフォロワーさんからが瞬時に反応してくれて、


『河口さんかぁ。ハンナちゃんにぴったりの声ですね!』


と言ってもらえた。なんだかムズムズしなくもないけれど、こうして猫の写真が上手く撮れた時にはなんだか得した気分になるのは何故なのだろうか。そうこうしているうちにハンナがおねだりが始まる。



☆☆☆☆☆☆☆☆



『とりあえず来週の土曜が第一回のランニングです。小雨だったら決行です』


手渡してくれた予定表にも書いてあることを夕刻突然わたしに送ってきた人物がいる。


『わかってますよ』


『いや、この分で行けば来週は確実に決行できそうだということを伝えたんだよ』


まあそれも大事な情報だろうか、と思いその時のわたしは怜の言葉を素直に受け取ることにした。ただそのメッセージを送った目的は別にあったらしい。続けて怜は、


『それはそれとしてハンナちゃんの事について、わたしなりに調べてみたよ』


と突然そんなこと語り出した。どういう事なのか考えてみても意図が掴めなかったので『え?なんのこと?』と送信メッセージを送ろうとしたら、


『ハンナちゃんのように夢の中で猫が喋ってそれが現実とリンクしているという事例は当然ながら発見されなかった。昔、超能力者が動物の気持ちを読み取ることができるという場面がテレビで流れたこともあったけれど真偽はさておき、その場合も直接喋り掛けられているという風ではないらしかったし、明確に猫が人間の言葉で伝えられるという事自体、世界では特異的な現象だということ。そして何よりそれを体験したのが香純だけじゃなくわたしもだと言う事になれば、当然…』


とものすごいスピードで打ったと思われる文章を送ってきた。呆気に取られたまま文を読んで最後の言葉の続きが気になるところだったけれどすぐに、


『他の人物も同じ原理でハンナちゃんと会話できるのかどうか気になるよね』


と意味深な文面が届く。いくら発想力のないわたしでもこの流れになれば怜が考えていることは想像できる。それには<ちょっと待った>、と思いつつ返信。


『もしかして誰か別な人を家に呼ぼうとしてる?』


この問いに対して怜は意外な反応をした。


『いや、そうじゃなくて基本的にその場で同じ条件になれば誰でも同じ経験ができると考えるんだ。つまり一緒に抱きかかえて眠れば、ハンナちゃんはその人の夢に出てこれる。と『仮定』して話を進めることにする』


なんだか段々怪しい話になってきそうな気がする。とりあえず『それで』と先を促してみた。そうしつつもテレビを付け夕方のニュースを見始める。大企業の偉い人が『新しい戦略』として地方でビジネスを始めようとしているという話題が取り上げられていた。


『そう『仮定』した場合、ハンナと人間には共通する『意識』というなにものかが存在するということに注目できるんだよ。夢の中の意識には謎が多いけれど、夢の中という特殊な条件下では人間の意識は猫の意識と一種のテレパシー的なことをできるのではないだろうか?わたしと香純でハンナに声を当てた声優が違うという事は、純粋に『意思』や『気持ち』といった内容が基本的にわたし達に伝わり、その情報を人間の脳がそれぞれ解釈して伝えていると。つまり』



日曜の夕方の報道番組は朝の情報番組とは違って前々からテーマがしっかりしているなぁとは感じていたけれど、将来の日本の姿を探るにはやっぱりこういう番組をみておいた方が良いのだろうか。せっかくだから怜が普段どんな番組をみているか教えてもらおうかなと思ったり。


『つまり、そういう能力を人間は潜在的に持っていると考えられるんじゃないだろうか?』


こんなに熱心に自説を披歴する怜だけど、わたしの方は案外そういう問題については興味なかったりする。


『そうだとした場合、どういう話になるの?』


こんな風に返信してみたところ、


『そしたらその能力を誰もが使えるような装置を作ることだってできるかも知れないじゃないか』


という大胆な意見。確かにそんな装置があれば結構な人が喜ぶかも知れない。そこですこしだけ興味が湧いてきた。


『じゃあ怜が研究するの?』


と訊ねてみたら、


『わたしも今のビジネスを成功させなきゃならないからね。その研究には時間が掛かるだろうし』


みたいな返事が返ってくるところはちょっと笑ってしまった。


『ハンナ今寝てる』


わたしはそう返した後に、ハンナのカーテンの下で疲れ切ってぺったりと寝入ってしまった姿の写真を送った。


『かわいい』


最後にハートマークを添えるあたり感性は可愛らしい部分を持っているのにと思うけれど、そのギャップをあまり見せようとしないのは親友としては勿体なくもある。

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