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河川敷試走

「わたしは某テーマパークにいたんだ、それで、、、」



そう夢の内容をわたしに話し始めた怜。時々キッチンにご飯を食べに行ったハンナの方を気にしながら、何となく話し難そうに言葉に詰まる。


「それで?」


接穂を与えるように先を促すと首を傾げるように、


「話すのは恥ずかしいんだけど某男性アイドルが目の前に現れて、親しげに話しかけてきてわたし普通にやり取りしたんだ。次に何乗ろうか、って感じで」


「某アイドル?」


「別にその人に興味があるというわけではないんだけど職場に似た人がいたんだよ」


「そうなの?」


もう少しその詳細を聞いてみたい感じだったけれど脱線させるのも悪いので気持ちを堪える。


「そして、ああ、ちょうど絶叫系の乗り物に搭乗した時だった。何故か隣にはハンナが居たんだよ」


「へぇー」


「そして【何でハンナがここに?】と思う暇もなく、ハンナが人語で喋ったよ。『お姉さん、いい匂いだね!』って」


「いい匂い。お姉さん」


「もちろん戸惑ったんだけど瞬時に香純の話を思い出して、『これはもしかして』と思ったよ。あなたハンナちゃん?と問いかけてみたら、『そうだよ。昨日は楽しかった!』と弾んだ声で言われたよ。その時の声がどこかで聞いたことがある誰かの声だとは思ったんだけど、今思うと子供の頃よく見ていた女児用アニメの魔法少女のキャラクターの声だった。とても可愛らしくて、ハンナの吹き替えとしてはぴったりだったね」


「何だろう。今のあなたの夢からは意外な一面が見えてきたんだけど」


わたしの素朴な感想に力なく笑った怜は、


「夢ってそんなもんだよ。大体において夢の内容って人には言えないでしょ」


「深層心理ってやつかな?」


「まあそれはそういうものだとしても、だからこそハンナが突然現れて喋り出すのは場の雰囲気とはそぐわなくてね。特殊な夢だということは明らかだよ」


「なるほどね。それから?」


「あとはちょっと最後に何を話したか覚えてないんだけど、とにかくハンナが嬉しそうだったことは覚えているよ」


「結局、怜はハンナについてどう考えるの?」


「そうだね。先週の『状況証拠』に加えて、今日のこの直接証拠のような夢は彼女の能力を信じざるを得ないのかもね。正直、この状況を受け入れた時には言葉を失ってしまったよ。今までは半信半疑だったから何とか保ってたけど、、、」


怜にとっては相当ショックな事実だったらしいのだけれど事柄としてはそこまで悪いことではないので、


「悪い話じゃないんだから、ショック受けないでよ」


とフォローしてみる。言われるままに「うん」と頷いた時、キッチンの方から不満げなハンナの鳴き声が聞こえた。


「『おかわり』が欲しいみたい。朝はよく食べるの」


とりあえず二人でハンナの元に向かって、冷蔵庫からおやつの『正規品』を怜に手渡してハンナに与えさせてみる。ハンナは完全に懐いている様子で、袋からペロペロと舐めとって可愛らしいというより必死な表情と化している。そこで思い出したこと。


「そういえば金曜の夜の夢で、ハンナが怜が『いい匂いだから好き』って言ってた。全く同じだね」


わたしのその証言に怜はさらに「はっ」とした表情で、


「そうか、だから昨日はわたしと二人っきりの時に匂いをくんくん嗅いでいたんだね。まいったな。一致し過ぎている」


「観念したら?」


こういうのはいっそ認めてしまった方が楽だということをわたしは知っている。常識は時々邪魔をしてしまうけれど別に常識が正しいとは誰も証明しているわけではない事もある。


「まあ、受け入れるよ。ただね、ちょっと考えたことがあってさ」


「何?」


「それはハンナの能力が香純の夢だけに現れられるだけという事に止まらなかったという事さ」


「確かにそうだよね。他の人の夢にも入り込めるのは凄いよね」


そしてそこから怜は鋭い表情になり何か熱心に考え始めた。そのあと色々「仮説」を説明されたけれど要点を絞るとそれは、


①ハンナは基本的に自由に人間の夢の中に入り込める。ただしそれは物理的に接近した場合。


②夢の中の言葉は、その人の知っている声で再生される。ハンナがコントロールしているわけではなく人間の方の記憶に関係している。


③どうしてハンナがこの能力を有しているのかは今のところ謎。どういう原理なのかも分かっていない。


というくらいだった。③については考えれば考えるほど謎が深まるのでわたしはもう原理とか考えないようにしているけれど突き詰めて考えるタイプの人には謎でしょうがない話だろうと思う。一通り二人で話を整理してから怜が一言。


「さて、これからどうしようか…」


それに対してわたしは冷静にこういった。


「とりあえずわたし達も朝食食べよう」


「そうだった」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



その日、午前中少しだけランニングの試走を二人で行ってみた。いわゆる河川敷のコースで河津桜を見たあの広場から入口になった道からとりあえず30分を目安に。晴れ女の力で晴れてはいるけれど寒気が入り込んでいたらしくて、新調したトレーニングウェアだとほんの少し気になるくらいだけれど走り出してしまうと丁度いいだろうということは経験的に知っていた。景色が広がった場所、緑も徐々に増え始め、走り出してすぐに道端の小さな紫の花に目が留まった。


「いやぁ、思った以上に気持ちいいね」


怜はすっかりアスリート的なキリッとした表情に変わっていて、ジョギングのペースにしようとしていたわたしのペースを引き上げるように少し先を進んでゆく。


「ちょっと!今日はガチで走るのは無しだよ」


事前にきちんとストレッチを含めた準備運動を行っていたけれど、いきなりペースを上げると足が動かない。ただ走り続けてゆくうちに徐々に身体が慣れてきたのか、昔走っていた感覚を急激に思い出しつつあった。


「やっぱりある程度走れるもんなんだね。息はちょっとキツいけど」


「確かに呼吸が乱れてる。はは」


『苦しいけれど、それが気持ちいい』というような少し変態的な発想にならないと多分長距離で速くはなれない。いわゆる『ランニングハイ』状態は恐らくは酸素が足りなくなって頭がぼーっとしてくることも多大に影響しているのではないだろうか。とにかく、足もだけれど頭も結構大変。


はっはっ


ふぅふぅ


お互いに段々と言葉は少なくなってゆくけれど、とにかく世界からの光が美しく世界を彩っていて自分がこの街でこうやって頼もしい友人と一緒に走れている状況が『特別』な感じがして、それは未知の感覚といえばそうだったと思う。


「何だか、感じたことがない感覚」


「わたしも、新鮮だ」


怜もそうだったらしい。走ることは別に世界で妨げられているわけではないけれど、大人になるとほとんどの人にとっては走ること自体が特別、特殊になっていってしまう。それでも身体をこうやって一生懸命動かして自分でもこのスピードで『景色を動かしてゆく』ことができるということが何だか素朴なのかも知れないけれど誇らしい。走る喜び。風はほとんど吹いていないけれど、空気はわたし達の身体を流れてゆく。まだ新しくて慣れていないシューズの軽さの感覚。弾み方。競技時代とは違ってカラフルでいいからと怜はイエローのシューズ、わたしはピンクを選んだ。その怜の足はやっぱりわたしよりも軽やかな運びのような気がして、少しだけわたしの負けず嫌いが発揮される。


「おっ!ペース上げるの?」


怜より少しだけ前を進む。でもちょっとしたら怜のスピードに合わせて並走する。お互いの様子を伺って少しスピードを落としてそこから完全なジョギングに。


「そういえば、昨日ハンナと何してたの?」


「あー、そうか。それ説明してなかったね。もう実験の意味はないようなものだけど」


怜はそこで「ふふふ」と微笑んで、


「ハンナに聞いてみてよ。あの子が香純になんて説明するか楽しみだから!」


と言った。規定の時間を考えた地点からコースを折り返して試走は無事に終了した。

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