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しっくりウェア

怜が家にやって来たのは9時前、割と早い時間。あと数日で新年度になるということもあって次週だと都合があまり良くなかったし、この週に準備できるものは一通り準備してしまおうという計画があったので時間を目一杯取ろうと考えていた。スポーツ用品店を巡ってシューズ、ウェアを揃えるのが主な目的だったけれど、怜はハンナの事についてもある『実験』をしてみたいとの事でこの日も彼女は泊まりがけの予定。


「『実験』って具体的には何をするつもりなの?」


家に来て早々、怜が来たことに気付いたハンナがトテトテと近寄っていった姿に少し驚いていた怜に、『昨夜の夢の中で怜が家に来ることを伝えておいたの』と説明すると「ふーん」という反応を示していた。買い物に出かける前に実験を済ませるつもりなのかどうか確かめる意味もあって訊ねたことだったのだけれど怜は、


「実は何の実験をするのか伝えないようにするのも実験の一環なの」


と不思議な表現をする。ただその後続けて、


「この前みたいに少しハンナと二人きりの時間を作って欲しい。そこで何をするかは秘密ということで」


と説明。秘密にされると少し不安なこともあるので、


「変なことはしないでね」


という釘を刺しておくのは忘れない。すっかり春の装いでそこそこ薄手のブラウスに身を包んで外に出ても程よい温度なので完全にお出かけ日和。花曇りという言葉もあって前日の曇りから天候を気にかけてはいたけれど日頃の行いがいいのだろうか。そういえば怜は陸上部でも『晴れ女』で通っていた事を思い出す。女子部員はそれほど多くない陸上部、しかも長距離の練習にとってはとにかくいかにロードやグラウンドで長時間練習できるかが大事だったこともあって『晴れ女』の呼び名は不思議なくらい部員に浸透していった。彼女が3年生の時に骨折してしばらく離脱していた間の練習の光景はいつも曇りか雨だったというのもその印象を強めているに違いない。移動中はそんな話を怜に振ってみたりしたものだから途中から、


『他の部員は今どうしているだろうか』


とか、


『○○は今○○に勤めている』


といった会話になっていった。昔話をしているとやっぱり止まらなくなるもの。既に結婚して家庭を築いている人もいれば、全く何の噂を聞かない人もいる。それぞれの進路を進み、どこかで落ち合うということはやっぱり稀だと思うし、そんな関係を続けられていることに感謝したくなってくる。人通りの多い通りを歩いてある信号に差し掛かった時に怜が、


「あの店が最初の目的地です」


と指差したのは少し大きめのチェーン展開をしている有名な店名の建物。高校時代は通う時間がネックになって帰宅部を選択したわたしは実の所その頃からあまり知識がアップデートされていない。おおよその値段を調べてきたから予算は十分でも入店したときの品揃えに圧倒されて、何を選んだらいいのか分からなくなってしまった。


「通気性がいいのがいいし…伸縮性もあったほうがいいよね」


ウェアを選び始めて最初に高機能なものが良いと思って選び始めたのだけど、怜は意外に渋い表情をしている。なんでなのか理由を訊いてみると、


「何だろう…このしっくりこない感じは」


という反応。こだわりが強いのだろうか、結局二人ともその店では商品を選べないまましばらく見廻って次の店へという流れになった。二件目も近くにあって、そこも同じくらいの店舗面積はあって良さそうなシューズが見つかったので購入できたのだけれどウェアについては同じにように選択肢は多いけれどピンとくるものが見つからなかった。


「何だろうね。微妙って感じる理由が何なのか…」


「たぶんだけど、筋トレブームの影響もあってジムでトレーニングする為の商品が多いからかも」


怜の推理が正しいのかどうか分からないけれど、確かに映えるようなファッショナブルな商品は多かったけれど外でのランニングに特化したガチ目の商品は少ないように感じた。露出が多いものは流石に嫌なのでそう感じるのかも知れない。


「次の店だともしかしたら」


と連れられた3番目のお店は、わたし達が住んでいたような田舎にもあるような小規模ないかにも『スポーツ用品店』という感じのお店だった。入店した際も店主が見えるところに立って商品を揃えていて、商品数はそれほど多くないけれどそこかしこに「選び抜かれた品」という雰囲気が漂っている。ウェアの場所に移動すると確かに見栄えがするものではないけれど、機能重視で走ることに特化した商品が「おすすめの品」として紹介してあった。


「うん。しっくりくるような気がする」


「確かに」


丁度色違いの2パターンあったので二人で購入する際には都合がいい。


「ありがとうございます」


会計の際の店主のおじさんの笑顔が印象的だった。こういう経験も案外楽しいもので、ほんの僅かに望郷の念ともいえそうな想いが湧いてきたのもその時。地元のあのお店はまだ続いているのだろうか、なんて想像しながら店を後にした。

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