お風呂にて…
脱衣所で服を脱ぎ、タオル片手に浴場に入った。先ずは身体を洗う。ちゃんとこの世界にも石鹸があるのだ。流石にシャンプーやコンディショナーといった物は無いが、そこまで贅沢は言うまい。頭や身体を石鹸で洗い流す。あー、さっぱりした。
身体を洗い終わったので立ち上がり、小さい風呂に入ろうとしてその風呂に先客がいる事に気がついた。
ていうか向こうは既に気付いていたようで、此方を見つめている。肌には少し鱗が生えていて、頭にはシャニ様やユイとはまた違った角が生えている。どこかで見た人だ。えぇっと…あ。
確か筆頭魔術師のフィナ様だ。ちょっと思い出すのに時間が掛かったが…え?今女湯?
「す、すいません。出ます」
「あー、構わないよ、気にせず入るといいよ」
「えぇ?俺、男なんですけど」
「些細な事さ。それに君とは話をしてみたかったんだ。ミズキ君」
そう言って手招きするフィナ様。話をしたかったと言われれば無下にするわけにもいかず。まぁここ異世界だしと言う言い訳を脳内でしながらおずおずと風呂に浸かる。恥ずかしい。隠してなかったから絶対見られたよ。それにフィナ様は湯船に隠れているもののスラッとしてて出るとこは出るナイスバディだ。どうしても目がそちらに向かってしまう。コレが男のサガって奴だ。
「最近中々調子がいいらしいね」
「はい、皆さんのお陰で怪我する前より好調です」
フィナ様が話しかけてくれたので会話に集中する。煩悩退散!
「魔力が備わったんだって?操作出来るようにはなったかい?」
「少しだけですが動かすことが出来る様になりました」
「ふぅん。ちょっと動かしてみてよ。流れを観るから」
「わかりました」
目を瞑って体内の魔力を動かす。ゆっくりと身体を巡っているのを感じる。今の俺にはコレが限界だ。
「うーん、流れてはいるけどまだゆっくり過ぎるね。まるで飴を練っているかのようだ。もっと魔力の扱いに慣れて、自由自在に動かせるようになったら私の所に来ると良いよ。その時は私が魔術を教えてあげよう」
「ホントですか!?頑張ります!」
俺にも魔術が使える日がくるんだ!コレは特訓せねば!
「しかし見てみると驚くが、相当な魔力が備わっているね。流石は姫様の血だな…私にも分けてくれないかな」
なんかフィナ様が危険な事を言ってる。有事でも無いのに流石にそれは無理なんじゃ無いかなぁ。
「そういえば俺、血の色が紫になってしまってるんですがこれって大丈夫ですかね?」
「紫?あぁ、妖鬼族の血は青いからかな?人間族の赤い血と混ざって紫になったんじゃ無いかな。私は専門じゃ無いが多分大丈夫だよ、拒絶反応が起きるならとっくに君は死んでるさ。相性が良かったんだろうよ」
そう聞いて一安心。この紫の血のお陰で生きていられるんだし棚ぼたで魔力が備わったんだ。帰る時までに何とかなれば問題はないか。
「そうそう、君の体内の毒についてもリクトルの奴と研究をしているから、その内何とかなる筈さ。安心してくれたまえ」
「はい。よろしくお願いします」
リクトルとは錬金術師長のリクトル様の事だ。ちょっとガリガリで目力が凄い男の人で見た目ちょっと怖い人だ。錬金術師と言うと、黄金とか賢者の石を作る事を目的としているんだろうか。
「それでは私はこの辺で出るとするよ。君はもう少しゆっくりしていきたまえ。ではまたな」
そう言ってフィナ様は風呂場を出て行った。
折角目標を作って貰ったんだから瞑想でもして少しでも早く魔力を操作出来る様に練習しよう。
…しかしどうやってもゆっくりしか動かせないんだよなぁ。誰かコツ教えてくれないかな?ってかフィナ様に聞けば良かったな俺。
時間を忘れて黙々と魔力を動かし続ける俺。その為風呂にのぼせたのはご愛嬌という奴だ。
…
騎士というのは国を守るのが仕事だ。
俺の様な新人騎士は基本的には訓練や勉強ばかりしている。そして、一定以上の実力を認められたらそれとは別に仕事が割り振られる。
貴族達の身辺警護、城の周辺の魔物討伐隊、街の兵士たちと協力しての領地の治安維持…
俺も慣れてきたら何かしらやる事になるのだろう。
そんなまだまだ見習いな俺は午前中、ほぼ同期の見習い騎士達と一緒に談話室で講習を受けている。内容は算数に国語、錬金術、この世界の歴史や地理、法律等…まるで学校だ。
算数は問題ない。数学じゃなくて算数だ。ていうかぶっちゃけ四則演算が出来ていれば問題ないレベル。現時点で問題に図形すら出てこない。
コレが何らかの専門職ともなれば数学が必要になってくるのだろうが、一先ずは最低限の計算が出来ればいいと言った内容だ。
国語も簡単だ。なんせこの世界の標準語は日本語だ。漢字なんかも一緒。異世界に来たのに違和感と今更感が半端ない。まぁ謎言語と格闘するよりかは楽でいいけどね。
錬金術…コレは化学に似ている…いや、似て非なる物だな。実験で蒸留した水でミホイ草を煮詰めたりして成分を抽出してポーションを作る…的な事をやったり。何となく分からなくもないと言った所だ。
歴史はこの国が生まれた経緯とか、過去の何所ソコの偉人が何をしたとか、正直俺にあまり必要だとは思えない内容が殆どだ。大半は聞き流している。
それに比べると地理や法律は俺にとって重要だ。いずれは帰る方法を求めて旅をしなくてはならないだろう。その際に右も左も分からない、では話にならないので、その時間は真剣に講義を受けている。
今受けている授業は算数だ。とっくの前に通り過ぎた内容なので正直やる気にならずぼんやりと窓の外を眺めていたら、
「ミズキ、この問題を解いてみなさい」
と、教師に声をかけられた。黒板の問題を見てみると、〈8+8×9=〉と書かれている。
「80です」
「ぬ…正解だ」
なんだその「授業聞いてないからちょっと難しい問題を出したのに簡単に答えやがった」みたいな反応は。せめてxyzぐらい出してこい。隣の席のレイダスさんも「さすが!」みたいな顔で俺を見ないでくれ…
…
訓練の時間は走り込みから始まる。訓練場の外周を5周だ。まぁまぁ広い訓練場なので、合計10キロぐらいはあるだろうか?
走り込みと言っても元の世界のイメージとは違って皆かなりのスピードで走る。身体能力が元の世界の人間と比べて高いからだ。そんなハイペースの走り込みに、怪我をする前は到底ついていけずに一人だけ周回遅れになっていたが、身体能力が爆上がりした今は一緒のペースで走れる様になった。
えっちらおっちらと走っていると、訓練場の入り口にユイの姿が見えた。
最近訓練の時間になるとちょくちょく現れては見学をしている。訓練に興味があるのかな?
「姫様だ…」
「今日も可憐だ」
「俺達の事見てる…!」
「よーし、やるぞー!」
周りの騎士達がアレコレ呟きながら徐々にペースを上げ始めた。速い速い!もはや全力疾走の勢いだ。まだ3周あるんだけど…
近くに来た際、ユイが此方を見た気がしたので手を振ったらユイも小さく手を振り返してくれた。
「姫様、ミズキを見に来たのか?」
「羨ましい…」
「俺も姫様に手を振られたい」
ユイ大人気だな。可愛くて、どこか儚げな所が騎士達のハートを掴んでいるのだろうか。
そんな事もあり皆がハイペースで走るものだから走り込みはあっという間に終わった。次は柔軟をして素振り。それから2人1組になって型の練習をしてから模擬戦だ。