目覚めるとそこは…
「っはっ!」
目覚めるとそこは俺に充てがわれた城の一室のベッドだった。
「あー、生きてる…」
…良かった、俺生きてた。あのまま怪我と毒で死んでしまうのでは無いかと不安だったがシャニ様が助けてくれた様だ。
服をめくって刺された所を見てみる。
「傷がない…」
刺された所をさすってみるが傷跡一つ見当たらない。あの深さだと内臓の一個や二個ぐらい傷ついてそうだがそんな違和感もないし、毒の後遺症的なものも無い。暫く寝ていたのか身体がバキバキだけど、それを除けば全快状態だ。
「回復魔法ってやつかな?すげーな。俺にも使えたらなぁ」
とかなんとか身体を検分してるとふと左肩に違和感を感じた。なんだコレ…刺青?
服を脱いで確認してみると、左胸を中心に幾何学模様な刺青が施されている。なんていうか身体に歪な魔法陣を書いたかの様な。
「なんだろコレ?何の意味が…?」
擦っても落ちないし…まぁシャニ様に聞けば分かるか。
窓の外を見ると昼といった所だ。この時間帯なら訓練場にでも行って兵士さんに聞けばシャニ様の行方が分かるだろう。
しかし腹が減ったな…先に食堂に行くか。
…
食堂に着いた。此処は城の騎士や使用人達が朝昼晩と食事をする場所だ。今は丁度お昼時だった様で、沢山の騎士達がご飯を食べている。
この食堂のシステムは簡単で、カウンターのおばちゃんに一声掛ければ定食が配給されると言うものだ。食事の内容は選べないが、出てくる料理は日本食で肥えた舌を持つであろう俺でもそれなりに美味しいと感じるレベルなので文句はない。
「定食一つ!」
「はいよー!」
既に準備が完了していたのだろう、待ち時間もほぼ無くおばちゃんが定食を持ってくる。
お盆を受け取る時におばちゃんが俺の顔をマジマジと見てくる…何だろう?
「あんた、噂の人間族だろ?」
「え?はい、多分?」
この城や街にいる人達の人種は様々で、目の前にいるおばちゃんは肌が青い事以外は殆ど人間の姿をした種族だし、それ以外の人達も何かしら特徴のある外見をしている。シャニ様やユイは妖鬼族と言う種族らしい。そしてこの街に人間族は殆ど居ないそうだ。
「姫様を敵から庇ってくれたらしいね!やる時はやる男だって噂で持ちきりだよ!」
ん?あぁ、姫様というのはユイの事だろう。咄嗟の行動とはいえこの城の姫の事を守ったって事で噂になってるみたいだ。
「1発でやられちゃいましたし、そんなに役には立ってないと…」
「謙遜するんじゃないよ!あんたが居なきゃ姫様がどうなってたか分からなかったって話を聞いたよ。大したもんさ」
「はは、ありがとう御座います」
「確か鍛える為に暫くこの城に居るんだろ?頑張んなよ、応援してるからさ!」
おばちゃんの激励とお盆を受け取り、空いている席に座る。取り敢えず定食を食べ始めたは良いが…さっきから何か視線を感じる。それに、
「…あの人間族が……」
「……身を挺して…」
「…姫様が無事で…」
「……騎士に…」
と、コソコソ話しが聞こえる。注目されてるのは分かるが、自分の事を話されてると思うとなんて言うかご飯が食べづらい。
そんな落ち着かないご飯を食べ終え、食堂を後にした俺は訓練場へと足を運んだ。
訓練場は丁度昼時のせいか、人の姿は疎らだ。その中に見知った顔がいたので近づいて声を掛ける。
「ガイさん、こんにちわ」
「おお、ミズキか」
この人は俺の剣の先生だ。ガイさんの剣の腕はこの城でもシャニ様を除いて一二を争うレベルで、これまでガイさんが教えてきた騎士達は軒並み高いレベルの剣術を習得してきたらしい。
「シャニ様がどちらにいらっしゃるか分かりますか?」
「今は会議室で話をされてると思うぞ」
「有難う御座います、行ってみます」
「あぁ、場所はわかるか?」
「いえ、分からないです」
「ははっ。案内しようか?」
「有難いですけど、今やってる訓練は良いんですか?」
「ちょっとぐらい抜けたって誰も文句言いやしないさ」
まぁ騎士の中でも上役なガイさんが良いというのなら良いんだろう。お言葉に甘えて会議室まで案内をしてもらう事にした。
「そういえばミズキ、身体に不調は無いのか?」
「えぇ、しっかり回復魔法を掛けていただいた様で快調です」
「そうか、まぁ元気そうで何よりだ。意識不明でもう3日寝込んでるって聞いたからな」
「え?俺、3日も寝てたんですか?」
「あぁ、城の治療士や錬金術師、魔術師達が総出で治療に当たったそうだぞ」
翌日ぐらいに思ってた。3日…それ程の重症だったって事か。イメージ的にはもっとチョチョイと回復魔法とかで治療出来るもんかと思ってたけど。
「じゃあ皆さんにお礼を言いに行かなきゃいけないですね」
「そんな必要は無いさ。むしろ俺達が礼を言わなければならない所だよ」
「いやいや、そんな大層な事はしてないですよ。間に飛び込んだだけで」
「それが出来るだけでも大したもんさ…そういえば騎士総長が姫様を救った勇者を騎士に取り立てるって言っていたぞ」
「勇者とかそんな柄じゃないんですが」
「ははっ!案外似合っていると思うがな」
そう言って背中をバシバシ叩かれた。痛い。…しかしなんだか大事になってるんだな。
…
「あそこが会議室だ」
歩きながらアレコレ会話をしている内に会議室の前に着いた。
「ガイさん。道案内して貰って有難う御座います」
「あぁ、お安い御用さ。弟子の面倒を見るのは当たり前ってな。じゃあ、俺は戻らせてもらう。シャニ様によろしくな」
そう言って手をひらひらさせながらガイさんは訓練場に戻っていった。
気を取り直して会議室だ。入り口の扉の前には2人の騎士が立っている。
「すみません、シャニ様に会いにきたんですが、会議室に入っても構わないでしょうか?」
と、その騎士達に聞いてみると、
「おお、ミズキ様ですね。回復されたようで何よりです。我々一同心配しておりました」
「入っても構わないでしょう。恐らく会議の内容はミズキ様と無関係では無いですし」
と、扉を開けてくれた。何か騎士の人達の受け答えが畏まっていて、こちらが恐縮してしまう。
「有難う御座います」
会議室に入ってみると、部屋の中央に円卓があり、入り口から奥の方の席にシャニ様とユイが座っているのが見えた。他に4人程席に着いている。
『おぉ、ミズキか。意識を取り戻した様だな。こっちにくるがいい』
シャニ様が此方に手招きをする。そのままシャニ様の隣の席に座らされた。ユイとシャニ様に挟まれる形だ。
『ミズキ、どう?身体におかしな所はない?』
「あぁ、問題ないよ。快調だ」
『良かった…一時はどうなる事かと』
ユイが此方を気遣ってくれる。可愛い子に心配されるのは何ともむず痒い。尚も此方を心配して見つめてくるユイに笑顔で返しておいた。
あ、そうだ、この刺青の事を聞かなくては。
「あの、シャニ様。俺の身体にある刺青の事なんですが、これは何なんでしょう?」
『それか。実はだな…』
シャニ様の話によると俺の体内に入った毒が特殊な物だったせいで、解毒の魔術や城に有る薬では毒の成分を打ち消せず、魔術により身体の傷が癒えた後も毒に蝕まれつづけ、死の淵を彷徨っていたそうだ。
そこで、一か八かの賭けで豊富な魔力と強靭な肉体を持つ妖鬼族であるユイの血液を元にして作った錬金薬を俺の体内に注入し、安定させているのが魔術師によるこの刺青…魔術紋様らしい。
『毒が消えれば紋様も消える。なので今も強化された免疫が身体の中で毒と戦っている状態のままではあるが、体調が回復しているなら一先ずは安心と言ったところだろう。』
「俺の為に尽力頂き有難うございます」
『礼には及ばんさ、完治出来てないしな。ミズキの受けた毒の治療法は今後も探し続けるつもりだ』
この会議室に座っている他の4人にもお礼を述べる。それぞれ治癒術師長、錬金術師代表、筆頭魔術師、騎士総長という錚々たる顔ぶれだった。そこに王族であるシャニ様にユイも合わさって偉い人達に囲まれてるなとちょっとドキドキしている俺がいる。
『それで、ミズキに騎士総長から話があるそうだ』
「話とはなんでしょう?」
騎士総長から話?そういえばガイさんが「騎士に取り立てる」とか何とか言ってたな。その事かな?
「ミズキ君、初めまして。俺は騎士総長のアストルだ。単刀直入に言うが、ミズキ君はこの城の騎士になる気は無いか?」
「お話は有難いんですが、俺、武器の扱いが上手く出来ませんし魔術も使えません、それに元の世界に戻らなくては…」
「何、武器の扱いなんて才能が無くても時間を掛けて鍛えればそこそこになるだろうし、元の世界とやらに戻るその時迄でもいい。君のその義務でもないのに身を挺して姫様を庇う高潔な精神に騎士達も心が洗われた気持ちでいるようだ。そんな君が仲間となってくれれば皆の士気も上がるだろう。それに給金も出る。どうだろう?」
初対面の俺に対して全幅の信頼を寄せてくれている。そんな大層な人間じゃないんだけどな。でもここまで言ってくれてるのを無下にするのも申し訳ない気がする。アストルさんは俺の都合に合わせてくれているし、どうせ強くならなきゃこの城から出られないんだ。それにこの先お金は必要だろう。
「はい、俺で良ければ」
「おお、受けてくれるか!」
アストルさんが席を立って此方に近づき握手を求めてくる。ごつい手だ。
「細い手だな…心配するな。みっちり鍛えてやるからな!」
「お手柔らかにお願いします?」
『ミズキ、良かったね』
へっぽこ騎士の誕生の瞬間だ。