魔族の姫 プリテス
☆
「ここがミスティカか」
「はい、そうでございます」
「大きな街だな」
「ええ、それなりの国力を備えております」
長らく馬車に揺られ、護衛やお付きの侍女達、ミスティカの筆頭魔術師というフィナと一緒に、魔族の国エランテから遥々やって来たその街は道中に見てきたどの街と比べても大きい様に見える。
果てまで続く様に思える程に長く、堅牢な街壁。街へ近づくにつれて綺麗になっていく道。高度で大規模な魔物避けの結界…パッとここから見ただけでも国として相当な力を有しているのが分かる。
「父は何故妾をミスティカへ送り出したのか…」
「エルディア様が言うには自国内に姫様を娶る気概のある者が居なかったとの事ですが」
「確かに腑抜けしかおらんからな」
妾が少し槍を振るうだけで吹っ飛んでいく弱兵どもばかりだ。確かに妾は皇位魔族。一般の魔族とは立っているステージが違うというのは分かるが…あぁも自国の民に怯えられては気が萎えると言うもの。
妾は気性が激しいとは自分でも思う。父にも母にも、果てには兄にも「産まれてくる性別間違えてる」と言われる程だ。兄に至っては「色気が無さすぎてお前は弟にしか見えない」と、貶される始末。
これでも見た目は中々可愛いと思うのだが。もっと小さい、幼少の頃には侍女に「姫様はお転婆だけど可愛い」と言われて来たものだ。その侍女は最近小言が多い。「もっと女の子らしくあらせられませ」が口癖だ。あらせられませとは何だ?呪文か?その侍女は今回の旅にもついて来ている。「ついて行かないと不安」とか言っていた。妾を何だと思っているのか…
更に今回父には「婿を見つけるまで帰って来るな。何なら別に帰ってこなくて良い」とまで言われた。娘に対する愛が足りないと思う。妾が何をしたと言うのか。精々が国の戦士達を片っ端から血を吐くまでひたすら鍛えてやったり、もう少し小さい頃に勇者と魔王ごっこで有志を募って父に歯向かってみたり(勿論妾が勇者)、新技を開発しようとして城に大きな穴を開けたりしたくらい…いや、他にも色々やったな。でもまぁどれも子供の可愛い遊びの範疇だろう。あれぐらい笑って許す度量が王には必要だと思う。
沸々と出てくる不満に思い耽っていると妾達の馬車が門を抜け、ミスティカの街並みが見えて来た。
綺麗だ。殆どゴミが落ちていない。道の脇の花壇に花が咲き乱れている。道行く人々をみればその表情は明るくて、道には出店が点在していて活気がある。これだけでもこの街に善政が敷かれているのが見て取れる。
所々で見られる見回りの騎士や兵士の立ち振る舞いも堂に入っていて中々強そうだ。ほうほう、ここなら妾の夫も見つけられるやも知れんな。
だがしかし、確かに妾は年頃とは言え、別に婚姻を急いでいるつもりは無い。何故父は今、妾をこのミスティカに送り出したのだろう?ギリギリ兄の戴冠式には出席出来たが、私の周りがバタバタしていて式典中気もそぞろだった。
そんな兄はアレで結構野心がある人だ。もしかしたら妾を邪魔者として暗殺するかも知れないと父や母が危惧して…?考えすぎか。もしそうならもっと早く妾をエランテから出していたんじゃないだろうか。そもそも兄と仲違いしている訳でもないし。
慣れない考え事でモヤモヤしてきた。こう言う時は少し暴れるのが妾のストレス解消法。この後フィナにお願いして、屈強と謳われるこの国の騎士の訓練でも見せてもらおうか。胸が躍るな。
やがて城下街を抜け、城に到着した妾はこの国の女王、シャニ殿に御目通りした。謁見の間にて玉座に長い脚を組んで座るその姿は白くて透き通る様に美しく、しかしその肉体に纏う魔力はまるで化け物の如く。いや、そんな言葉では言い表わせない、まるで神か何かを前にしているかの様な…これが魔王である父に二の足を踏ませるこの世界の頂点と言われる妖鬼の女王…成る程。
きっとその気になれば妾の首はアッサリと飛ぶのだろう、そのシャニ殿の鋭い妖気が私の肌を刺す。ここからどんな形で戦ったとしても全く勝てるビジョンが浮かばない。恐ろしい。
その隣に立っている、こちらも妖鬼族の女の子。シャニ殿の娘でユイという名前らしい。この子は見た所まだ常識の範疇…それほど鍛えていないのか、感じられる高い魔力の割に身体的にはまぁそこそこと言った所だろう。戦っても負ける事は無さそうだ。…こうやって戦いの事ばかり考えてるから父や侍女にブツブツ言われるんだろうなぁ。
『プリテス姫、遠路遥々馬車の旅は堪えただろう。今日はゆっくりとして、明日にでも各所を見学すると良い。案内役として私の娘のユイを伴わせるから、何かあればこの子に言ってくれ』
「はい、ご配慮ありがとうございます」
『では、この場は締めるとしよう』
そう言って手短に話を終わらせたシャニ殿は立ち上がって奥へ消えていった。妾を刺していた妖気が薄れていく。そこで妾は冷や汗をかいていた事にはじめて気が付いた。
『プリテス姫、ここからは私がご案内致します』
「あ、ああ。頼む、ユイ姫」
★
とある俺にとっての平日。
いつもの午後の訓練が始まり、走り込みを始める騎士達。訓練場の外周を5周の凡そ10キロの道のりを、俺達は体感時速30キロ強の速度で疾走している。
「最近姫様が来ないよな…どうしたんだろう?」
「訓練に飽きたんだろうか?」
「まぁ大体同じことの繰り返しではあるからなぁ」
「いや、またミズキが何かしたんじゃ無いのか?」
「あり得る」
上位グループを走る俺達にとってこの速度はお喋りしながら出せる程度のものだ。ついでに言えば吸血鬼の俺の身体は血や魔力が足りなくならない限りほぼ体力的に疲れないのでやろうと思えば全員をぶっちぎれたりもする。それをすると負けず嫌いな騎士達が全力を出して追い縋って来て、後々皆が疲れて訓練にならないなんて日が有ったのでもうやらないけど。
「お、噂をすれば姫様だ」
「久しぶりに来られたな。よし、ちょっと気合い入れていくわ」
「何処へ行こうというのか」
「…?姫様の隣の女の子は誰だ?悪魔系…いや、魔族?」
「魔族?珍しいな。新人の子か?」
訓練場の入り口にユイの姿が見える。その隣に、立派な巻角を頭に生やした女の子が立っていた。へー、あれが魔族。
確かに珍しいというか…この街に魔族は極々少ない。殆どの魔族はこの街の更に北の方にあるエランテという街に集まっていると授業で聞いている。
魔族と言うのはその名の通り魔力に秀でていて、しかも肉体的にも強い、この世界でもかなり強い部類に入る種族だ。
そして、魔族と言うのは全体的に…好戦的だ。絶対的実力主義の集まり。今の代の魔王が就任してからは大分抑えられているそうだけど、それでも俺がこの世界に来る前にこの国とそこそこ大きな戦争をしている。
「何しに来たんだろうあの子」
「まだ若い…魔族なら80前後って所か?」
「よく見ると姫様に負けじ劣らず可愛い」
「お?フィナ様も来たぞ?何やら話しているな」
そこで訓練場の外周を走っている俺達の視界から見えなくなった。
魔族か。何をしに来たんだろう?
★
走り込みが終わって柔軟体操をしていると、魔族の子を伴ってフィナ様とユイが俺達の所にやって来た。
「皆、少し訓練を止めて話を聞いてくれ」
フィナ様がそう仰るので体操をやめ、皆話を聞く体勢になる。
「この方は、魔族の国エランテから、ここミスティカにやって来た魔族の姫君、プリテス様だ」
ざわざわ…と、騎士達が小声で話す声がする。
「静かに。此度、プリテス様が来られた目的を今から直々に話をして下さる。傾聴せよ」
ピタリと止む話し声。中高生ぐらいの、ユイと同じぐらいの身長、一対の大きな巻角に、妖しく輝く赤い瞳。濃紺の髪をポニーテールにしている。可愛らしい顔立ちながらどこかキリッとしたプリテス様が一歩前に出て腰に手を当て、仁王立ちになり声を張り上げ始めた。
「妾はプリテス!この国に婿を取りに来た!だが、妾は強い者にしか興味が無い…この中で妾を負かせる程の実力があると思う者は名乗り出よ!」
再び騒めく騎士達。「魔族の姫って事は皇位魔族?」「無理じゃね?だって列強だぞ?」「可愛いけどなんか怖い」「俺じゃ無理そうだなぁ。見ろよあの周りを渦巻く魔力」
少しの間ざわざわとした騎士達が静かになる頃。
「誰も名乗りを上げぬか。ミスティカの騎士は腑抜けの集まりか?」
その言葉に騎士達は色めいた。次々に名乗りを上げる騎士達。女性騎士まで名乗りを上げる。皆沸点低いなーと思いながら俺は静観。
「おぉ、なんだ、中々活きが良いでは無いか。じゃあ今名乗り上げた者は全員で妾と試合をしよう!」
「全員だと!?」「舐め腐って!」「けちょんけちょんにしてやる!」
そのまま話が進み、十数人の騎士とプリテス様が訓練場の中心で向かい合う。騎士達がそれぞれの得物を持って構え、プリテス様は穂先に布を巻いた槍を何も無い空中から出して地面に突き立てて仁王立ち。
それから始まった戦いは一方的。試合が始まるや否や、目にも止まらない程の速度で放たれる突きや薙ぎ払いに次々に倒されていく騎士達。数人掛かりで囲んでも、軽やかなステップで攻撃を掻い潜って、長いリーチを活かした穂先と石突の乱舞で吹き飛ばして行く。あれだな、無双系のゲームで見たなこういう光景。それぐらい簡単に吹き飛ばされて行く。
やがて立っている騎士が居なくなった所でプリテス様は槍を地面に突き立てた。
「これでは話にならぬ!まさかミスティカの騎士はこの程度なのか?」
一応名誉の為に言っておくと、ミスティカの騎士団はこの世界の中でも特に強いと言われている。つまりこっちが弱いと言うよりプリテス様が強すぎる。コレ、アストルさんとかイツ様辺りでないと勝負にもならなそう。魔族ってすげーなぁ。
「コレでは婿どころでは無いな。フィナ、他に強いのは居らんのか?」
「そうですね…アストルは出掛けておりますし、イツ様は公務で街に降りられてますし…私とやったら一帯が大惨事になりそうですしそもそも私も女ですし…あ」
そこで目が合うフィナ様と俺。固定されるフィナ様の蒼い瞳。あーあ、絶対呼ばれるよコレ。ほら、そこにガイさんとかシリウスさんとかも居るよ?
「ミズキ君、こっちへ」
「はい…」
呼ばれたよ。えー?この姫様とやるの?キツイわー。
「こちらのミズキはこの国の王子とも互角に渡り合える程の実力があります。きっとプリテス様もお気に召されるのでは無いかと」
「ほう?若く見えるが…噂に聞く妖鬼の若王子と互角か。腕が鳴るな」
「えーっと俺、実は心に決めた人が…」
「お主もう勝ったつもりか?そんなのは妾に勝ってから言え」
槍を地面から抜き、ブォンと振り回して俺にピタッと穂先を向ける。
「さぁ、やろうか?」
俺とプリテス様を中心に広がっていく騎士達の輪。こうなってはもう逃げられないか。諦めてプリテス様と向き合う。
相棒を抜いて、半身になって構えを取る俺と、腰を落として横に槍を持つプリテス様。勝負前の緊張感が漂う。
「始め!」
フィナ様の声と共に跳ねる2人。身体がぶつかるような勢いで剣と槍が交差する。俺の右肩に突き立てられようとする槍を剣で弾き、ぐるっと身体を回して横に薙ぐ。難なく柄で弾かれ、石突が俺の足を払いにくる。それを足捌きで避けながら槍を踏み、動きを止めて前蹴りを放ったものの、そのまま槍ごと身体を持ち上げられて宙に浮かされた俺に穂先が迫る。身体を捻ってギリギリ避け、中空に血で固めた足場を作ってそれを蹴り再度急接近し、上から下へ一番力の入る剣筋で強襲したもののその一撃は避けられプリテス様の回し蹴りが迫って来たのを腕でガードして吹き飛ばされた。くぅ〜!受けた腕がジンジンする〜。
ズザザッと地面に着地、体勢を整えて構え直す。槍の石突を地面に突き立てたプリテス様は腰に左手を当て、満足気な顔をしている。
「…うむ、確かに強い…が、しかしそれで本気か?これと互角の妖鬼の王子とはこの程度なのか?」
プリテス様が煽ってくる。ちょっと聞き捨てならない。
「…いえ、じゃあ本気で行かせていただきます」
拳で語り合ったイツ様を貶されたみたいでちょっとムカッとしたので俺はこの粋がったお姫様にちょっとお灸を据えることにした。
血と魔力を操り、イメージを身体に叩き込む。ほぼ一瞬の速度で俺の髪と肌の色が白くなり、赤い瞳がギラつく。額の上には2本のツノが生える。
以前に比べても更に力強くなった、進化し続ける力が俺を更なる高みに引き上げる。
「なっ…妖鬼だと!?いや、さっきまで確かに人間だった。お主は一体何者か!?」
「俺はミズキ!貴様を地に叩きつける者の名だ!」
ズダァン!!!地面を蹴ると同時に背中側で魔力を爆発させる事で瞬間的に十数メートルの距離を0にしてプリテスの顔を掴み、そのままの勢いで地面に叩きつけた!うらぁ、有言実行!!
この姿の俺はちょっとばかし暴れん坊だぜ?
顔から手を離し、少し下がって起き上がってくるのを待つ。
…
…
あれ?起き上がって来ない。ひょっとしてやり過ぎた?
☆
「…はっ!?」
目覚めた妾の目に映る白い天井。
「ココはどこだ…?」
『あ、起きた?大丈夫?』
「あ、ああ」
どうやらベッドに寝かされているようだ。右側にはユイ姫が座ってこちらを心配そうに見ている。
こめかみを押さえ記憶を遡る。…そうだ、戦っていた騎士が変身して、直後に凄まじい速度で顔を掴まれて…そこで記憶が途切れている。
1人の騎士と向かい合って戦った。確かにフィナが言う通り強かった。少し動きは拙く感じる所もあったが、訓練に訓練を重ねた上流の魔族にも引けを取らない力強い動きだった。
それでもあの騎士と妾には超えられない壁が有った。あの騎士の実力は所謂人の範疇。それに比べ妾にはその恵まれた産まれと共に長年鍛え上げた肉体、技術、そして膨大な魔力が有った。覆せない差があった。それを…
『まだ頭が痛むなら治癒術師の人呼んでくるけど?』
「…いや大丈夫。問題ない」
何だアレは?あんな人間族が世の中には存在するのか。
妖鬼族の姿に変化したが…一体何者なんだ。
俄然興味が湧いた。
「確か…ミズキとか言ったな」




