庭園の姫
『才能が無いな』
あれから一週間。剣の打ち合いや槍の使い方、弓で的を狙ったりと様々な武器の使い方をシャニ様の部下にレクチャーしてもらっていたのだが、俺の余りの出来の悪さにそれを見物していたシャニ様がポロッと本音を溢してしまわれた。
「すみません、運動音痴で…」
『いや、すまん、つい』
だって仕方なくない?武器なんて今迄使った事ないんだから…
『しかしこのままではいつまで経ってもこの街から出れそうにないぞ?』
「うぅ…」
『魔術は試してみたのか?』
「そもそも魔力が0だそうです」
『0…』
魔術師の方に調べてもらった所、魔力の魔の字も見当たらないとお墨付きを貰ってしまう始末。こういう、異世界転移的なものって、何か膨大な魔力とか、特別な能力とかあったりするもんじゃないの?全く転移前と同じで辛い。
因みにステータスと唱えてもウインドウは出ませんでした。
『今までどうやって生きてきたのだ…』
「俺の住んでた世界では魔物も出ないし魔術なんてものも無いんですよ」
『ほぅ?』
シャニ様は俺の語る地球の話に興味深々だ。そんな世界があるのかと訓練の合間を縫っては話を聞きに来る。
『…で、結局の所地球で一番強いのは人間という事なのか?』
「武器を使って良いという条件なら。素手ならゾウが一番って言われてたかな?」
『ゾウか。確かに奴らはタフだしデカいな』
「こっちの世界にもゾウがいるのですか?」
『あぁ、ちょっと遠いがこの城から南西の方に山脈象という魔物がいる。高さ数十メートルで歩くたびに地響きが凄い』
「数十メートルって」
想像すると凄いな。首が痛くなるほど見上げなきゃいけない様な高さだ。それに地響きがするほどの重量って、自分の体重で潰れないのかな?俗に言う魔力的なもので身体を支えてるって奴か?
『皮と牙の硬さが凄くてな。武器や防具、その他様々な素材として高く売れる所為で乱獲されて絶滅危惧種に指定されている』
「乱獲…」
『まぁ此方でも戦う道具を持つ者が強いというのは変わらんという事だな。人間族が一番とは言えんが』
「へぇー。この世界で一番強いのは誰なんですか?」
やはり最強というワードに惹かれてしまう。だって男の子だもん。
『この世界でと言う括りでなら一対一で一番強いのは武器を持った私だろうな。だが戦争となると魔王の方が強い。あ奴の操る魔術はちょっとケタが違う。竜種もいるが奴らは私を見ると逃げていくから戦った事はない。他の世界の事は詳しく知らんから分からんが』
おぉ、華奢な見た目からは想像付かないが、シャニ様はこの世界ではドラゴンも裸足で逃げ出す最強の一角らしい。
あと魔王と呼ばれる人もいる様だ。
「この世界にも戦争とかはあるんですか?」
『あるぞ。魔王とは停戦協定を結んでいる関係でここ暫く争いには発展していないが、最近は獣王がウチにちょっかいを出し始めたからな』
「獣王」
『さっき話した山脈象の生息地から更に南に行ったところにある獣や獣人達の住まう街のリーダーだ』
「その獣王さんは強いんですか?」
『獣王自体は何度かやり合った事があるがそこそこだ。それよりもあそこは兵の数が多いんだ。あそこと事を構えると消耗が激しくてな』
「成る程ー」
『まぁそんな事よりもまずお主の事だな。今のままじゃそこら辺の子供にも負けるぞ?』
「はい、精進します…」
…
「敵襲だー!」
「え?何事!?」
ビクッと跳ね起きる。此処は俺にあてがわれた城の一室。時間は多分真夜中だ。敵襲って言ってたけど…廊下がバタバタと騒がしいな…
「一先ずシャニ様に会いに行ってみよう」
敵襲という事なので一応俺も貸与されている胸鎧を付け、大して使えもしない剣を腰にぶら下げる。鏡を見ると何ともひ弱そうな俺の姿が映る。こんな装備で大丈夫か?
シャニ様は何処だろう?真夜中だし寝室?庭園?それとも今の声を聞いて入り口の大広間かな?一先ず大広間に行ってみよう。
騎士達が装備を固めて城の入り口の方に向かって走っている。今から戦いに行くのだろう。
「空振りか…」
来てみたものの大広間に騎士達の姿はあれどシャニ様は居なかった。後は寝室か庭園?どっちも居なさそうだな。
「前線に行ったのか?」
だとすると何の力もない自分が行った所で何もできないし邪魔だろう。だけど周りが戦ってる状況でベッドに入った所で眠れるかと言うと微妙だ。うーん、落ち着くまでは寝られそうもないし、ついでだからシャニ様の寝室…は場所知らないから庭園に行ってみるか。
トコトコと歩いて庭園に着いた。普段はココでシャニ様達がキャッキャウフフと花を愛でている場所なんだが…その庭園に生えた大きな木の下で座り込んでいる女の子を発見した。見た目中学生ぐらいの子だ。
「こんな所でどうしたの?」
『…お兄さんは誰?』
声を掛けて見たが警戒されてるな。まぁ仕方ないか。状況的に俺はこの子からしたら怪しいお兄さんでしかない。
それよりもこの子。シャニ様を中学生ぐらいにして、可愛い顔にした感じだ。ツノが生えてるし髪は白いし瞳も真っ赤。その姿は庭園の雰囲気も相まってどこか幻想的だ。
「俺はミズキって言うんだ」
『あぁ。貴方が噂の』
噂?どんな噂だろう?気になるなー。
「噂って?」
『突然現れて、何故か母様に可愛がられてる人間族。何やらせても残念な人間族。とかなんとか』
どうもロクな噂じゃないな。全くもってその通りなので言い訳の一つも思いつかないけど。
「母様ってシャニ様の事?」
『うん』
「つまり君はシャニ様の娘なのかい?」
『そうだよ?』
「つまり王族?」
『まぁ、そうだね?』
「あー、媚びへつらった方がいい?」
『別に普通でいいよ?』
良かった、あまり気を遣わなくても良いらしい。
「そうだ、お名前は?」
『ユイ』
「ユイ様ね」
『様はいらないよ?』
「んー、ではユイで」
『じゃあミズキで』
と、言いながら此方を向いてニコッてしてくれた。少し警戒を解いてくれた様で何よりだ。
「ユイはココで何してるの?もう夜中だけど」
『外が煩くて寝られないから花を眺めてた』
「へぇ、俺と同じだね。俺もそれでここに来たんだ」
『花に興味あるの?』
うん、正直花を見ても殆ど名前が分からないレベル。分かるのは向日葵とか朝顔とかの小学生の頃学校で育てた経験がある花や桜とかだ。
そもそもこっちの世界の花なんて知るはずもないし。
「俺この辺りの人間じゃ無いからさ、ここに植えてある花、名前すら知らないんだ」
『そう。この花が黄麻、そこの花が紫毒華…あっちにあるのが死兆花。あとアレは…』
うーん、どれも身体に悪そうな名前だ。見た目は綺麗なんだけど。
「個性的な花ばっかりだね」
『うん、母様が植えた。実用的だって』
「へ、へぇ〜」
実用的…何に使うのかしら…
「ユイはお花好きなんだね」
『好きだけど、咲いてちょっとしたら枯れちゃうのが切ないかな』
そう言ってうっすら微笑むユイはなんだか大人びていた。
そんなひとときを邪魔するかの様に。
「ここにいたか!」
庭園に乱入者が現れた。
全身黒ずくめで手にはダガーを持っている。荒い呼吸といい、ギラギラした目といい、どう見ても味方では無い。
よくみると既にかなりの怪我をしているようで、動きは精細を欠いている。
「ユイ姫、その命、貰ったぁ!」
黒ずくめの凶刃がユイに向かって振われる。
っつ!止めなきゃ!
ダガーを片手に飛び込んでくる黒ずくめ。それを見て眼を見開き硬直するユイ、そしてその間に剣を抜きながら滑り込む俺。間に入れはしたが…
ズブリ。
黒ずくめのダガーは…俺の腹に突き刺さった。
痛い痛い痛い!刺されたところがじわっと熱い…飛び込むんじゃ無かった!いやでも俺が盾にならなきゃユイが…!
『ミズキ!』
「ちっ、邪魔しおって…」
「ぐぅぅっ…」
どうも武器に即効性の毒を塗ってあった様だ…くそう、意識が朦朧としてきて立ち上がる力が出てこない…
「まぁいい、もう一度刺せば済む事だ!」
そう言って俺の腹に突き刺さっているダガーを手放し別のダガーを抜いてユイに再び襲いかかろうとした時に唐突に黒ずくめの首が落ちた。え?
『ユイ!無事か!?』
シャニ様だ。助けに来てくれた様だ。
『私は大丈夫。でもミズキが』
ユイが大丈夫そうな事を確認して緊張の糸が切れたのか、毒が回って耐えられなくなったのか。俺はそこで意識を失った。