平穏無事
…ん…あぁ。俺、寝てたのか。
何となく身に覚えのあるパターン。自由になる手で頭を押さえながら、ゆっくり目を開ける。
…知ってる天井だ。シミ一つ見当たらない、割と最近見た天井。
この状況、何となく分かってる。
左を向く。そこにおわすはリリスケ様。今日は普通に起きていてこっちを見ている。
既に左腕は人質に取られていた。見事に腕枕にされている。
しかも今回、俺は申し訳程度にパンツ一枚だけ残されている。触れなかったのか胸にミスリル銀の神像様がポツンと残されてはいるが俺の担当の神様は残念ながら何も隠してくれない。このすぐには逃げられない波状攻撃。プロの手口だ。
「ミズキチおはよ?」
「おはようございます?」
そのおみ足で俺の左足をすりすりしてくる。スベスベしててとても気持ちが良い。かつて無い勢いで地殻変動し始める山。活火山だ。
そんな俺の山から意識を何とか外す。
「無事脱出出来たんだな。あれからどれぐらい経ったんだ?」
「今は夜中だね。深夜の時間帯」
「リリス、今日仕事日じゃ?」
「流石にギリギリまで私に吸われてぐったりしたミズキチを置いていけないからコウモリに手紙付けて飛ばしてお店に休み入れたよ」
「そっか。テトは?」
「安定してるみたい。地下の棺の中で眠らせてる」
「そかそか」
テト、元気になるといいな。
「ところでリリスケ様」
「なんだいミズキチー」
「離していただけないでしょうか?」
「ダメ」
今回はあっさり断られた!
「ほら、夜は冷えるし。私、ミズキチ山で遭難する一人のうら若き乙女だからもっとあっためて?」
「遭難してるんだ?」
「どうすれば攻略出来るか迷ってるの」
「活火山でアブナイから降りた方が良いよ?」
「噴火寸前の火山で火口に身投げするのが夢」
「いのちだいじに!?」
あぁっ!そんなに脚を絡めて…しかも2本の指がタップダンスを踊りながら山に向かってる!
「ふんぬぁ!」
「わわっ!」
山を登ろうとする手を掴んでぐるっと体勢を変えて、リリスに覆い被さる様な状態になる。
「ミ、ミズキチ…いいよ?」
「じゃあ遠慮無く。かぷっ」
「あっ!そうじゃなひっ!ん〜〜!!」
首筋から血を貪る。ビクンビクンと暴れる身体を抑えて暫く吸った後、ぐったりして呼吸の荒いリリスを置いてベッドから出る。
「フーッ!フーッ!…っ、ねぇミズキチ。ここまでするならもう一緒だと思わない?」
「思わない」
ミズキチ山はそんな簡単には登らせない!
ベッド脇のテーブルに意外と丁寧に畳まれた俺の服を着ようとすると、顔だけひょっこり出して見つめてくるリリス。
「あーあ、ミズキチ、帰っちゃうの?」
「明日はまた訓練だし」
「ここで寝て、朝お城に向かうんじゃダメ?」
「だってリリスが横にいたら寝れそうに無いし」
「えぇー?何もしないからー。私いつも1人で寂しいんだよー」
「うーん…」
添い寝するだけなら…良いか?微妙な線だ。結局俺は寝られそうに無い。
「また今度な。俺、ゲヘナと戦った時に変身したからメッチャ疲れてるんだ。今日は帰ってゆっくり寝たい」
「今度?じゃあちゃんと次添い寝してくれるって証拠を見せて!」
「証拠って言ったって…」
その後、リリスに肩叩き券ならぬ添い寝券(約束を強制させる契約の入った血判付きA4羊皮紙)を作って渡したらメッチャ喜んだ。まぁ、寂しいのは本当なんだろうな。
服を着て、相棒を腰に付ける。相棒も一回鍛冶屋のおじさんに見てもらった方が良いかも知れないな。
「じゃあ行くよ」
「気をつけて帰ってね。またねミズキチ」
リリスに手を振って、部屋を後にする。
★
あれから6日経った休みの日。
俺は相棒を見てもらいに鍛冶屋のおじさんの所に来ていた。こないだゲヘナの赤い剣と結構激しく打ち合ったからちょっと心配だ。
店に入り、奥に向かって声を掛けると店主さんが出てきた。
「兄ちゃん。いらっしゃい!今日はどうしたんだ?」
「俺のロングソードを点検して貰おうと思いまして」
「おぅ、いいぞ!見せてみな」
腰帯から鞘ごと相棒を外して店主さんに渡す。鞘から抜いて、抜き身の剣を色んな角度から見ている。
「うーん…特に問題は無さそうだな。刃も綺麗だし曲がりも無い。何もする必要はなさ…あれ?この剣、前は普通の鋼のロングソードだったよな?」
「はい、その筈ですけど」
「だよな?何でうっすら神聖属性を帯びてるんだ?」
「あれ?そうなんですか?」
店主さんが近くの金床に相棒を置いて、小さなハンマーでコンコンと叩く。
「鋼には違いなさそうだが手応えはちょっと変だな。兄ちゃん、点検に持ってきたって事はこの剣で何か斬ったりしたか?」
「悪魔をぶった斬りました」
「は?いやいや冗談はよせよ、流石に悪魔なんてもんはこの剣じゃどうにもならないだろ?」
「剣に神聖属性纏わせてこう…バッサリと」
「…マジでか。聖騎士って奴か?兄ちゃん強えんだな」
聖騎士とかカッケェな。残念ながらこの国に聖騎士という位は無いけど。
「まぁよく分からねえが悪い変化じゃ無いだろうし、このまま大事に使ってやれよ。ホレ」
「ありがとうございます」
「特に何もしてないけどな?」
見ただけだし金は要らないと言われ、そのまま礼を言って店を出た。
今は丁度昼時だから飯食べるか。そうだ、テトを誘おうかな?
コトコト歩いてリリスの屋敷にやって来た。ギィィ…とうるさい門を開けて庭に入るとテトが草むしりをしている姿を発見。
「おーい、テトー」
「あっ!ミズキさん!」
テトがこちらに気づいて笑顔で走ってくる。とても元気そうだ。
テトはアレから半日程で目覚めたらしい。俺が訓練終わりに見舞いに来た時、リリスと何やら話をしていた所だった。
テト曰く、コレまで感じていた身体の不調はすっかり無くなって、毎日快調との事。更に親元となった俺の体質を引き継いだのか日光は平気、神聖属性にも特に拒否反応は無いんだとか。但し吸血鬼としては弱くて、普通の妖精種並の身体能力、血の操作も出来ない、怪我をしてもすぐ治るわけでも無いようだ。血の補給は多少必要らしい。あまり吸血鬼らしく無いのはベースが妖精種だからかも知れないとリリスは言っていた。
何にせよ元気になり、更にほぼ普通に生活が出来る様になった事にテト本人は凄く喜んでいる。
リリスが屋敷の使用人として雇ったので、昼の明るい時間はこうしてリリスの屋敷の掃除をしている。
「テト、ご飯食べに行かない?」
「ミズキさん、それでしたら良い店があるんですよ」
「どんな店?」
「それはですね…」
テトの案内でやって来たのは「どんちゃん騒ぎ」という丼物のランチが食べられるお店。夜は酒場にもなっているらしい。
入り口のドアを開けるとカラーンと鳴るドアベル。店内に入って、適当なテーブル席に座ると店員さんがお冷とおしぼりを持って来てくれた。
メニューを見る。親子丼、モーモー丼、海老天丼、海鮮丼…様々な丼物がある。
「私も来るのは2回目なんですけど、種類が豊富でどれも美味しいそうです」
「へぇー」
俺は10種盛りの海鮮丼と肉うどん、テトは拘り厳選親子丼を頼んだ。
「ミズキさん、前見せてもらった人形さん、また作って貰えませんか?」
「あぁ、アレね。良いよ」
血を操って、今回は10分の1色付きリリスケフィギュアを創る。あの時の赤いドレスを着て、大鎌を持たせてあるカッコイイ戦闘フォームだ。
「わぁ!リリス様だ!凄い!」
テトが凄く喜んでる。人差し指でリリスケフィギュアと握手をしている。その後、リリスケフィギュアは大鎌を振り回す演舞を始めた。フィギュアでもそこらの魔物なら倒せそうな躍動感とキレを見せる。
俺は今操作していない。コレは俺の体内にあるリリスの血の細胞から復元した小さな擬似脳を持って動く自立思考タイプだ。
「リリス様カッコいい…!ミズキさん、他の人も作れるんですか?」
「後作れるのはユイ、テト、後は俺だな」
「ミズキさんも!?是非作ってください!」
「良いけど」
もういっちょ血を操って、10分の1色付きミズキチフィギュアを創る。コレも自立思考タイプ。実は俺を創るのが一番難しかった。姿形を整えるのに鏡の前でクルクルしながらひたすら俺の身体を見て再現している。勿論騎士服に相棒のロングソードを持たせたカッコイイ騎士フォーム。
「わあぁ!ミズキさんだ!可愛い!お持ち帰りしちゃダメですか!?」
「俺からあんまり離すと繋がりが途切れて崩れちゃうんだ」
「そうですか…残念です」
ミズキチフィギュアとリリスケフィギュアが演舞を始める。剣や鎌は人を傷つけないよう柔らかめに作ってるのでぶつけ合っても音はしないが、それでも迫力ある闘いを繰り広げている。
その闘いをテトと2人で見守っていると、店員さんが注文の品を持って来てくれた。その店員さんはテーブルの上で繰り広げられている息もつかせない攻防に目を奪われ硬直している。
「すいません、今寄せますね。おい、ちょっと端に寄っててくれ。今からご飯食べるから」
フィギュア達に話しかけると、敬礼のポーズを取ってテーブルの隅に寄ってった。
気を取り直した店員さんが俺達の前にどんぶりを置いた。中々のボリュームがある。テトそれ食べ切れるの?
「いただきます」
手を合わせて箸を持って海鮮丼に向かう。
グロマ、バンコク、暖ブリ、サモーン、海老、イクラらしきもの、ホタテにしか見えないもの、ネギトロ、クラーケン、オクトパス。凄いボリューム。こんなん絶対美味いやろ!
テトの親子丼も、半熟な卵とプリプリの鶏肉がとても美味しそう。
全体にこの店特製の醤油を回しかけて…先ずはグロマからだな。グロマゾーンを切り崩し掻き込む。想像通りの味は安心感を与えてくれる。勿論美味い。
次に海老。コレも見た目からプリプリしてる。新鮮な身を美味しく食べる。
バンコクは少し歯応えがある魚の切り身。噛み締めながら…
肉うどんも忘れずに食べる。肉と出汁と麺のコシ、どれをとっても一級品の美味さだ。
テトも親子丼を小さな口で少しずつ攻略していく。美味そうだなと見ているとテトがコッチを向いて首を傾げて食べます?と聞いて来たので一口貰う。少し甘めの味付けとタマネギと鶏肉の出汁。けして濃すぎず、かと言って薄すぎない。美味い。
ありがとう、とお礼を言って、残ってる海鮮丼と肉うどんを食する。
ふー、食べた食べた。と、満足感に浸る。程なくして親子丼を食べ終えたテトもナプキンで口を拭いている。俺もとナプキンが刺してある所に目を向けようとして、その脇で俺のおしぼりが広げられて何かに覆い被さっていた。ん?と思いながらおしぼりを退けると素っ裸になったリリスケフィギュアとパンイチになったミズキチフィギュアが演舞を始めようと…フンヌ!と上から力一杯叩いて血に戻して吸い込んだ。バンッ!とテーブルを叩いた音がしてテトがビクッとした。
「どうしたんですか?」
「何でも無いよテト」
ふう、見られて無くて良かった。子供の情操教育に良くないからな。
勘定を済ませて店を出る。
「じゃあ草むしりの続きがあるので私は戻りますね。…あ、今度うちのお父さんとお母さんがミズキさんに会いたいって言ってましたけどどこか空いてる日は有りますか?」
「そうだな、今日でも良いけどそれだと忙しいだろうから、6日後の休みに行くようにしようか」
「分かりました、その日はお待ちしてますね。それではミズキさん、また」
「あぁ、またな」
お店の前でテトと別れた。
ふと空を見上げた。今日は雲一つ無い快晴で、太陽が照りつけて冬としては暖かい。空を飛ぶ怪鳥を目を細めて眺め、俺は中心街に向けて歩き出した。




