VSゲヘナ
右腕を捩じ切られた激痛を食いしばって耐えながら、俺は悪魔に誰何する。
「何だお前は!」
『私か?私はゲヘナ。その娘の中に渦巻いていた絶望を糧に力を蓄えていた』
「テトが病気を患ったのもお前のせいか!?」
『いや?その娘は生まれついて身体が弱かった。私はそれをじわじわと苦しみ、長く絶望する様に延命していた。本来ならもっと早くその命は失われていただろう』
「…どう捉えれば良いんだ?苦しませる為に延命…だけどそのお陰で今まで…お前はいい悪魔なのか?悪い悪魔なのか?」
『妙な事を聞く。悪魔にいいも悪いも無い。私は欲望に忠実に存在している』
「そうか…これからどうするつもりだ」
『そうだな。こうなってしまえばその娘にはもう用はない。また別の儚い命に宿り、力を蓄える。いずれ来たる天との戦いに備えて』
「天との戦い?」
『雑種には関係のない事。ましてや、今から私に喰われる運命のお前達には』
「…!」
その言葉に臨戦体制をとる。
「ミズキチ、腕治せる?」
「何とか…後3分は欲しい」
「私がアイツ、抑えるからミズキチはその間に腕を治して加勢して」
「分かった」
『相談は終わりか?では…お前達の地獄への片道切符を切ってやろう』
そう言うゲヘナが腕を広げ、魔力を発し始める。
『Another world』
悪魔が呟いた瞬間。世界が歪み、俺とリリス、ゲヘナが一瞬で暗闇が支配する見渡す限りの荒野の空間に転移した。
『さあ、始めようか』
ゲヘナが腕を振るうと強烈な衝撃波が発生、俺達はバラバラに吹き飛ばされる。
『雑種はすぐに送り届けてやろう。もちろん地獄にな』
更にゲヘナから闇の塊が放出され、不規則な動きで俺に襲いかかるのを、リリスがすかさずインターセプト、複数の血の盾を宙で操り闇の塊を防ぐ。
「まずは私の相手をしてもらうよ?」
『…こっちの吸血鬼は中々手強そうだ』
リリスの服装がネグリジェから真っ赤なドレスに変化していく。背中からは大きなコウモリの翼が生え、そして身体から大量の血が吹き出して集まり大鎌を形作った。
リリスが空を飛ぶ様に…実際空を飛んで立体軌道を描きながらゲヘナと激しくぶつかり合い始める。
その間俺は無くした腕を一から再生させる為に体内の血と魔力を操る。少しずつ骨が伸び、肉と血管、神経が生成されて行く…
☆
相性が悪い。
私の断罪の大鎌で悪魔の肉体を何度か斬り飛ばしたけど、特に意を介さず回復、反撃をしてくる。
闇の塊が不規則な動きで襲いかかってきた。でもこれはさっき見た。飛び回りながら私の浮遊する血塗られた盾で全ての軌道を塞ぐ。
次に蛇血の短剣を複数飛ばして悪魔に突き刺し、体内に侵入させて血肉を貪る様に削り取ったけど、これも大して効果が見られない。悪魔が魔力によって蛇に干渉、私の力を断ち切って唯の血となってしまう。この攻撃はダメだな、無駄に血を奪われてしまう。
お返しとばかりに私と同じ様な短剣状の魔力を飛ばしてくる。かなりの速度で飛んできたのを血塗られた盾の防御で難なく防ぐ。
悪魔は根本が精神生命体。受肉しているとしても、それは現世に存在する為の仮初の肉体。その肉体を単なる物理攻撃で傷つけてもすぐ元通りに復元する。再生が難しい程に肉体を粉々に吹き飛ばす様な技で無いと効果は薄い。そういう系の技は残念ながら持ってない。
神聖系の魔術や武器ならば肉体を貫いて本体にダメージを与える事が出来るけど、吸血鬼である私にはそれは不可能。私まで大きなダメージを受けてしまう。
幸いな事にこの悪魔の攻撃は今の所問題なく対処できている。私の血塗られた盾の強度を貫く程の攻撃も無いし、大したバリエーションも無さそう。
だけどジリ貧。私はテトちゃんの治療もしたし、今纏っている武具を創るのにもそれなりの血と魔力を消費している。対して悪魔も魔力は消費している筈だけど、私程消耗はしていない様に見える。恐らくかなりの魔力を体内に蓄えているんだろう。
このままならすぐとはいかずとも最終的には負けてしまう、そんな状況。だけどこっちにはミズキチがいる。
ミズキチなら何かしらの手段を持ってるんじゃ無いかな?
もし何も手段が無いのならこの世界が私達の墓標になってしまう。
それは困るなぁ…折角最近楽しくなってきた所なのに。このままここで終わってしまうなんて今の私には耐えられない。
悪魔の手から放たれる魔力光線をひらりと躱す。
上空から急接近、私の大鎌の一振りが悪魔の首を刈り取るけど一瞬で元に戻る。
黒い炎が地面から吹き出して私を下から焼く。でも吸血鬼の私には大したダメージは無い。少々皮膚が爛れて、髪がチリチリになるけどすぐ元に戻る。但し多少の血と魔力は消費した。後熱いもんは熱い。
そんな私をみた悪魔が手を翳して魔力を溜め始めた。
『埒が明かないな。吸血鬼、這いつくばって貰うぞ』
ドンッ!!私の周りの重力が急激に増え、空を舞っていた私の身体が地面に叩きつけられた。ぐ、重い!
更に私の手、腕、足、に複数の楔が乱雑に突き立てられ、うつ伏せに地面に縫い付けられる。力を入れても抜けない。
『天との戦いへ力を温存しておきたかったが仕方ない』
「うぐ…本気じゃ…無かった…って?」
『思ったよりも吸血鬼が強かった。誇るといい。そして絶望を私に』
高重力で地面に伏す私に近づいてくる悪魔の翳した手に赤い剣が現れた。
その剣が私の背中に突き立てられ、更に地面に縫い付けられる。そこから急速に吸い取られていく血と魔力…そのせいでドレスフォームが解け、大鎌も、盾も、翼も消えてしまう。うぐ!これはマズいなぁ。
やっぱり相性が悪い。
ミズキチは…?
『そのまま灰となれ』
「お前がな!」
ドゴォン!!!
その声が聞こえた瞬間現れたミズキチに殴られて凄まじい勢いで吹き飛んでいく悪魔。同時に重力が元にもどった。
こっちを振り向いたミズキチを見るとなんか白い。公園の時の変身かな?あの時と違って今は完全に妖鬼族の姿。そのまま私に近づいて悪魔の赤い剣を抜いてくれる。その剣は適当に放り投げられた。
楔も抜いてくれて自由になった。ドレスフォームが赤い剣に吸い取られて何も着てない状態だったので、残りの血と魔力を使ってギリギリ下着を纏う。
それを見たミズキチが呟く。
「その方がなんかエロいんだけど…」
「えー?じゃあ私の服作ってよ。大事にするから」
「良いけど…どんなのが良いんだ?」
「ミズキチに任せる」
「あー、じゃあ…」
私の周りにミズキチの血と魔力が渦巻き、凄いスピードで服が創られていく。もうイメージしたの?
一瞬とも言える時間で出来上がった服は中々可愛い。
「この服は?」
「俺が日本で通ってた学校の女子の制服と黒ストッキングに学校指定の黒靴」
「何で黒ストッキング?」
「俺の中でのマストなんだ」
「ふーん?こう言うの好きなんだ」
ふーん…
「おっと、戻ってきたな。じゃあリリスはちょっと離れててくれ。俺が何とかする」
「うん、私ももう少し戦えたら良かったんだけど、もう血も魔力も殆ど残ってないんだ」
悪魔が近づいてきた。ミズキチを見て、魔力を迸らせる。
『驚いた。雑種がそんな力を持っていたとは』
「まだまだ、こんなもんじゃ無いさ」
『どちらにせよ雑種には私を倒す事は出来ん』
「どうかな?」
ミズキチが腰に下げてる安物と聞いているロングソードを右手で抜く。
「頼むぜ相棒」
剣を構え、斬り込んで行く。悪魔も赤い剣を出してそれを迎え撃った。
★
ガキィン!
俺の相棒がゲヘナの赤い剣との剣戟に軋みを上げる。あんまり打ち合うと歪んでしまいそう。
なので出来るだけ避け、避けられないのも力を受け流す。ゲヘナはパワーは有るけどそれほど剣術が上手く無いな。これならミスティさんの方が遥かに上手かった。この程度なら問題ない。
「神像よ、我が剣に破邪の力を!」
服の下にある神像が光り、相棒が白く輝き始める。その状態でゲヘナの動きを先読み、隙を見て左腕を斬り飛ばすと、ジャッ!という音と共に傷口が焼け爛れて煙が上がる。
『グァッ!吸血鬼混じりの雑種の癖に神聖魔術まで使えるだと!?』
「俺、人間と妖鬼族と吸血鬼の血統書付きなチワワ・ハイブリッドだからな」
『チワワハイブ…?何を言っているか分からんが、雑種のその剣は危険だ』
ゲヘナが黒い魔力を纏い始める。
斬り込みに行こうとするとゲヘナから黒炎が吹き出し行手を阻む。回り込んでも遮られる。合間に黒い魔力の弾が俺に放たれてくる。更に地面から炎が吹き出して、俺の足を蒸発させようとしてくる。様々な遠距離攻撃による弾幕を張って俺を近づけさせない。どうもこの相棒に斬られる事を警戒しているらしい。…しゃらくせぇ!!
「聖剣よ!全てを断ち切れ!」
キィン!
神像に祈りを捧げ、その場で相棒を袈裟斬りに振り切った。それに追従する様に光の斬撃が大地を割りながら数十メートルは離れているゲヘナを肩から腰に掛けて斜めに2分割し、そのまま突き抜けて行く。ズレていくゲヘナのその上半身が地面にベチャッと落ち、そのままグズグズに崩れていった。
『ガァァァァア!!!?たった一撃で、私の肉体が消滅する!?この距離でこれ程の威力、人の器でそれ程の神技を!?』
「今思いついた技だけどな?」
『…今だと?』
「日本の文化様々。色々イメージし易くて助かるんだ」
『何を言ってるんだ…雑種、貴様は一体何者だ!』
「ミズキ。お前を屠った者の名だ…こんなセリフ言う機会が来るとは思わなんだ」
『ミズキ…貴様の名は覚えて置いてやろう!次に相見える時は貴様の絶望を啜ってくれる…私の名前はゲヘナ、忘れるなよ!』
「分かった分かった、もうヘドロみたいになってるのに元気だねゲヘナ」
『最後に一つ言っておく。私の肉体が消滅すれば、この荒野の世界は空間的に閉ざされる。頑張って脱出すると良い…』
「うわ、そういうの困る」
完全に崩れてただのヘドロ状の肉になったゲヘナから視線を切って、相棒を鞘に収めてリリスの立っている所へ向かう。
遠目に見える制服姿のリリスは何かグッとくるな…ってそんな事言ってる場合では無い。
「ミズキチお疲れ様。あの悪魔強かったのにあんなに簡単に倒しちゃって凄いね」
「リリスケもお疲れ様。はー、疲れた」
さっきの聖剣モドキ、結構魔力持ってかれたんだよね。
「さっきゲヘナが言ってたんだけど、アイツが消えたらこの世界が閉じるんだって」
「えぇ?めんどくさっ!せめて1日ぐらい魔力回復しないと厳しいなぁ」
「リリスケなら脱出出来そう?」
「まぁ何とか?おねーさん、こう見えて凄いんです」
「テトの事があるし出来ればすぐに出たい所なんだけどおねーさんパワーでどうにかならない?」
「んー、そうだなぁ…ミズキチあとどれだけ魔力残ってる?」
「半分ぐらい?」
「結構あるじゃん。ミズキチの半分なら多分行けるかな?」
「え?もしかして俺に空間を渡る系のカッコいい技を教えてくれるの?」
「うんにゃ?ミズキチにはまだ早いね。おねーさんに身を任せなさーい」
「あ、やっぱり吸っちゃう感じ?」
「ふっふっふ、いただきまーす」
かぷっ、と可愛い擬音を発しながら俺の首筋に牙を突き立てるリリス。身体を走る快楽と共に吸われる血と魔力。魔力多めにどんどん吸われていく。どんどん…ちょ、ちょっとキツぃ…
「リリスケ様?流石にこれ以上は俺…」
「ひゃはんひへ」
「え?」
「ひゃはんひへ!」
「え?」
あ、川の向こうからばっちゃんが手を振ってる。確か俺のばっちゃん生きてる筈だけどな…
そのまま俺の意識はブラックアウトした。




