殴り合い
『ミズキ、準備はよいか?』
「はい、宜しくお願いします」
とある日の訓練中、不意にやって来たイツ様が俺の所に来て、この間言っていた手合わせをしようとワクワク顔で言ってきた。
「両者、四肢の欠損や命に関わる傷は負わせない事。参ったと宣言、又は戦闘不能やそれに準ずる状態になった場合には試合を止める事。宜しいか?」
審判は騎士総長であるアストルさんだ。周りには騎士の皆んながワイワイしながら観戦している。ユイも最前列で見物だ。
『うむ、それでよい』
「異論は無いです」
「では、位置について…始め!」
ガキッ!!試合開始の合図で手合わせが始まったと同時に高速で飛び込んで木刀を振るってくるイツ様に木剣を合わせる。ガッ!ガッ!と数合打ち合わせるとバキャッ!!と大きな音で互いの武器が砕け散った。飛び退くイツ様。
『なんだ、軟いなこの木刀は。ミズキ、真剣でやろう』
「は、はい」
腰の刀をスラリと抜くイツ様。俺も相棒のロングソードを抜いて構える。
俺が構えた瞬間にイツ様の姿がブレる。一瞬で間合いを詰めて刀で突いてくるのをくるりと爪先半回転で回避しながら回転の勢いそのままに薙ぐ様に剣を振るうが、突きの姿勢から上に跳躍、空中で身体を捻る様に俺の剣を回避、流れるような旋風の如き縦に切り裂く一刀を放ってくるそれをギリギリバックステップで避けた。
スタッと猫の様に着地して構えを取るイツ様。
…スゲェ動きするなぁ。まさかあんな空中で斬り込んでくるとは思わなくて反応が遅れそうになったぞ。
「イツ様は相変わらず身軽だな」
「ミズキはよくアレを避けられたな。俺ならもう斬られてるわ」
「アイツ急に強くなり過ぎじゃね?この間俺アッサリ負けたぞ?」
「ミズキさん凄えっす!」
『イツ〜、ミズキ〜、頑張れ〜!』
『姉上…』
ユイの応援が聞こえてイツ様がちょっと気を取られたその隙に踏み込んで袈裟懸けに斬り込むけど、あっさり弾かれて懐に入ってくる。あ、マズい!
ドンッ!!俺の鳩尾を左の掌底で撃ち抜いてきた。マトモに食らってしまい数メートル吹き飛ぶ。内臓が弾ける様な一撃に吐きそうになるのを堪えながら何とか姿勢を制御して着地、右手で剣を構えて左手で腹を押さえる。痛ってぇ〜!
吸血鬼化が進んでる俺は内臓が実際に破裂したとしても自然と治るので大した事にはならないのだが痛いもんは痛い。
『マトモに入った感触だったのだが。ミズキはタフだな』
「最近とある事情により肉体改造しまして」
『…?あまり以前と変わらぬ様に見えるが』
「これからお見せしますよ」
『それは楽しみだ』
自信満々なその顔に拳を突き立ててやる!
血と魔力を一気に練り上げイメージを全身に叩き込む。
肌が白くなっていき、髪が白く変色、瞳は真っ赤に輝き額の上から2本のツノが飛び出す様に生える。
練習を重ねて以前よりも完成された肉体変化。
『ほう…』
『ミズキ、カッコいい…!』
「おい、ミズキの奴変身したぞ?」
「あいつ人間族じゃ無かったのか?」
「噂じゃ吸血鬼になったって聞いたけど」
『えっ?吸血鬼?』
「でもあれはどう見ても妖鬼族だな」
ザワザワとした騎士達の声を聞き流しながらロングソードを鞘に収める。今の力でこの安物の相棒を振るうと壊れてしまいそうなので地面に置いていく。
それを見たイツ様も刀を納めて横に投げる。
一瞬の沈黙。
ドンッ!地面を蹴る音が2つ響き、俺とイツ様が肉迫する。
右ストレートでイツ様の顔を殴る。同時に俺の横腹に右フックが入る。俺の左の打ち下ろしを頭に叩きつける。左の跳び膝蹴りが俺の顎を打ち上げる。そのまま頭を掴まれて鼻っ柱に頭突きを喰らう。右腕を掴み背負い投げて地面に叩きつけ、鳩尾にエルポードロップを落とす。その腕を取られて腕ひじき十字固めを決められそうになるのを力づくで外してぶん投げる。一旦離れて体勢を整える両者。イツ様は血の混じった唾を地面に吐きつけ、俺は折れてる鼻の位置を元に戻す。そのまま互いに近づいていき再び殴り合いを始める…
「すっげぇ泥試合」
「ちょっと思ってた試合と違うな。これはこれで面白いが」
「どっちが勝つと思う?」
「体格差でミズキかな」
「俺はイツ様に賭けるわ」
『2人とも痛そう…』
ドゴッ!!バキッッ!!と、絶え間なく続くプロレスじみた殴り合いが数分程続き、互いにいい拳が入って同時にノックダウンする。
「ここまで!この試合引き分け!」
「えー!?もう終わり!?」
「いい勝負だったな」
「かーっ!親の総取りかー」
『大丈夫かな…』
血を操ってゆっくり変身を解きながら立ち上がる。うわぁ、足がプルプルする。思った以上にダメージが大きい。回復力が追いついてない。
前を見るとイツ様も似たり寄ったりな感じでフラフラと立ち上がっている。吸血鬼の体力が無い分相対的にイツ様の方がダメージ大きいかもしれんな。
「イツ様、大丈夫ですか?」
『なんのこの程度…っと、言いたい所だが余はもう限界だ』
「俺もです。いい試合でした」
『あぁ。またやろうぞ』
イツ様はアストルさんに支えられて救護室に送られていった。俺は近くに居た騎士さんが肩を貸してくれて訓練場の入り口横にあるベンチに座らせて貰った。
「ミズキも救護室に行った方が良いんじゃないか?」
「大丈夫っす。ほっとけば治るので」
「凄いな吸血鬼。じゃあ俺は行くからゆっくりしてろよ」
「あざっす!」
騎士の人が離れていくのを見送って一息付く。ふぃー、キツかった。やっぱり強いな妖鬼族。7歳でアレとか成長したら一体どんな化け物になるんだ。…あぁ、シャニ様みたいになるのか。そりゃヤバい。
俺も妖鬼モードでパワーだけなら負けて無かったけどなー。スピードはどっこい、スタミナは俺、技術はイツ様に軍配が上がるって所だろうか。武器有りでやってたら負けてた気がする。
あ。相棒忘れて来た…今立ち上がるのしんどいから後でいいか。
俺達の試合が終わって、普段の練習風景に戻った訓練場を見渡したけど、相棒が見つからない…と思ったらユイが俺の相棒を持ってやってきた。護衛のアリスさんも側に控えている。
『お疲れ様ミズキ、これ持って来た』
「サンキューな、ユイ」
お礼を言って相棒のロングソードを受け取る。そのまま隣に座るユイ。
『身体は大丈夫?』
「大分回復してきたし大丈夫だよ」
『あんなに叩き合ってたから心配した』
「そりゃ悪い事したな」
『ううん…ミズキの変身カッコよかった』
「そう?イケてた?」
『イケイケ』
なんかじーっと俺を見つめてくるユイ。なんだ?
「どうしたんだ?」
『さっきミズキは吸血鬼になったって聞いた』
「あぁ、なっちゃったな」
『どんな気分?』
「悪くは無いよ。別段不都合も無いし」
問題はもし元の世界に帰った時だ。血は紫の血液型不明、傷はすぐに治り、不老不死じみた肉体で誰よりも長く生きる。噛みつけば相手を服従させ、妖鬼モードでパンチを繰り出せば戦車の装甲ぐらいなら恐らくぶち抜ける。極めて危険な生物の降臨である。実験動物どころか軍隊が列をなして襲って来かねない。
まぁパッと見た目は普通の人間と変わらない。黙っていれば暮らしていく事は出来そうだ。
俺がボーっと考え事をしていたら、ユイが俺の顔を覗き込んできた。
『本当に大丈夫?変な顔してたよ』
「え?どんな顔?」
『何か不安そうな顔』
「そんな顔してたの俺?」
コクリと頷くユイ。その顔は真剣そのもの。
『ミズキが吸血鬼になって凄く強くなったのはわかる。でも…リクトルに言って何とか人間に戻して貰おうよ。何か今のミズキは…』
「俺は?」
?を浮かべながらユイの赤い瞳を見つめる。透き通るような吸い込まれる様な…
『怖い』
「怖い?」
『うまく言えないけど、怖い。なんか母様が怒ってる時より怖い』
「え?そうなの?アリスさんもそう思う?」
「いえ、私は特に何も感じませんが」
妖鬼族としての本能みたいな物かな?でも何が怖いんだろ?
『今から一緒にリクトルに相談しに行こう?』
「行くのは良いけど、俺別に困ってないよ?」
『うー、ダメなの!何か怖いの!』
「姫様、落ち着いて…」
珍しくもユイの声が大きい。こんな駄々っ子みたいな事を言うユイは初めてで困惑する。
「分かったわかった。じゃあ一緒にリクトルさんの所な」
『うん…』
「でもちょっと待って。まだ身体が回復しきってないから」
『うん…凄いね、あんなに叩かれた後なのにそんなにすぐ動けるなんて』
「吸血鬼だからな」
『うー…ミズキが遠く感じる』
「なんで?」
『私の家の子だった筈なのに、いつのまにか他の人の家の子になってた気分』
「成る程」
何となくわからないでも無い。俺と言う子供をユイとリリスが取り合ってる様な状態ということだろう。
だけど、俺が思うにユイから分け与えられた妖鬼族の血はリリスの吸血鬼の血と混ざり合って良い感じに昇華されてる気がする。
俺はこの状態、嫌じゃ無いんだけどな。
少し待ってもらって、それなりに回復してから2人を伴ってリクトルさんの工房にお邪魔した。
机の前に座って書き物をしていたリクトルさんは俺達の顔ぶれに首を傾げながら近くの長椅子を勧めてくる。
「どうしたんだ?珍しい組み合わせだが」
「いえ、こっちのユイが…」
『リクトル、ミズキを人間に戻して欲しい』
「…?姫様。それは無理です」
『リクトルでも無理なの?』
「私には無理、です。そんな薬は存在しません」
『じゃあ、ずっとミズキはこのまま?』
「それも分かりかねますが、少なくとも神の如き力をもった者でも無ければ、既に身体が作り変えられて人間という括りから飛び出してしまっているミズキ君を人間に戻すなんて事は出来ないでしょう」
『そんな…』
「いくら他種族になろうともミズキ殿はミズキ殿ですよ姫様」
超が付くぐらい項垂れたユイの肩を抱いてアリスさんが励ましている。
そんな2人を横目にリクトルさんが俺に目を合わせてくる。
「そう言えば、胸の魔術紋様はどうなったんだ?」
「消えましたね。綺麗さっぱり。それもあってか凄く身体が軽くなりました」
「成る程なぁ。もし助からないレベルの重症者がいたらミズキ君に吸血鬼にして貰うのも一つの手と考えれるな」
「俺、親元の吸血鬼に吸血禁止令出されてるのでそれは出来ない相談です」
「吸血鬼なのにか?何で禁止にされたんだ?」
「俺の吸血、吸った相手に対する凄い支配力があるみたいで。その気が無くても相手がそれに耐えられなくて壊れるそうです」
「そうなのか?…この前ミズキ君が私を吸わずにいてくれて助かっていたのか。禿げ散らかしたおっさんで良かったよ」
「禿げて無かろうがおっさんじゃ無かろうが、男の人には食指がピクリともしないので安心して毛生え薬を開発してください」
「ははっ…因みに姫様を相手にミズキ君の食指はどうなんだ?動くのか?」
「うーん…美味しそうではあるんですけど、吸いたいかと聞かれると首を傾げる感じです」
「ほう…因みにアリス君はどうだ?」
「普通に美味しそうです」
「成る程成る程」
何でだろうな?血が繋がっていると言えるユイはそうでも無いのは分かるけど、ダイレクトに血が繋がってるリリスの事はメッチャ唆る。コレガワカラナイ。HPの差かな?
そんな事考えてたらちょっと血を吸いたくなってきた…いかんいかん、煩悩退散!
『ミズキ…私の血じゃダメなの?』
「うーん、ダメじゃ無いんだけど、進んで吸おうとまでは思わないって感じ?」
『…そう』
なんか更に落ち込むユイ。吸われてみたかったの?乙女心は難しいな。
「まぁ今回私に出来ることは無さそうだ。研究もあるから話はここまでにして貰っても良いか?」
「はい、ありがとうございました」
ユイ達を連れて工房を出る。するとユイが俺の手を掴んだ。
『次はクリフの所』
「皆忙しいからやめとこ?」
『でも…このままだと…』
「姫様、ミズキ殿の言う通りです。我儘で皆さんの手を煩わせては行けません」
『我儘じゃ…わかった』
そこでユイとアリスさんとは別れる。2人は庭園へ帰って行った。
このままだと…何なんだろ?




