栄養ドリンク
翌日昼。やってきたリリスの屋敷。門をギィィ…と開けて玄関の扉のノッカーをタン、タン、と叩いて少し待つと、扉が開いてネグリジェにダウンコート姿の寝ぼけ眼なリリスが出てきた。その格好は目に毒でちょっと直視出来ない。
「…ミズキチおはよ」
「おはようございます」
「取り敢えず中に入って」
「お邪魔します」
屋敷の中に入る。前回掃除したのもあって、見た感じこのホールは綺麗だ。今日はどこを掃除するんだろ?
「…んー。今日は部屋の掃除をお願いするね」
「部屋ですか」
この屋敷はリリス1人が住むにはかなり大きいサイズ。部屋数もかなりあって掃除する場所に事欠かない。
「どの部屋を?」
「ミズキチに任せるよ…まだ眠たいから私は寝るね」
「了解です」
リリスが自室に戻って行ったので、早速掃除道具を構えてリリスの部屋の近くにある部屋から掃除を始めた。
…
「ミズキチ〜、もう終わって良いよー」
「はーい」
丁度2部屋目を掃除し終わった所…今は夕方前って所かな?掃除した部屋は壁も床も白くピカピカ、少し古く薄汚れていたベッドや机なんかも磨いてピカピカ。布団やシーツも洗って干してあるので今からでもこの部屋で寝泊まり出来ます状態だ。
「お〜、綺麗になったね」
「頑張りました」
「これ、お給料ね」
「あざます!」
「ここは私の部屋の隣か。よし、ここはミズキチの部屋ね。いつでも泊まりに来て良いよ。なんなら住んでもいい」
「…ん?」
「あらご不満?じゃあ私の部屋に泊まりに来る?」
「いやいやいや」
「いやなの?」
「いえいえいえ」
「じゃあ決まり!今夜は寝かせないよ?」
相変わらずのサキュバス感。露骨に誘ってくるぅ!
「明日は訓練が…」
「大丈夫だって。人間は1日寝ないぐらいヘーキヘーキ」
「体調管理も騎士の仕事だってばっちゃんが言ってたんです」
「ミズキチの体調ならばっちゃんの代わりに私が管理してあげるよ?」
「意味深!」
くそぅ、先日の事があってリリスの一言一言がそういう意味に聞こえてくる!
「…ん?ミズキチ」
「?なんですか?」
「ちょっとイーッてしてみて」
「あ、はい」
リリスに向けてイーッてしてみる。露出する俺の歯並び。
「あぁー、思ってたより早い」
「?」
「ねぇねぇミズキチ、最近やたらと喉が渇かない?」
「喉ですか?確かにそんな感じはしますね」
「でしょ?そんな時何が飲みたい?正直に言ってみて」
「…血です」
「だよね?例えば若い女の子をみてどんな感情が芽生える?」
「…美味しそう?」
「やっぱり?私をみるとどんな気持ち?」
「…美味しそうだしえっちぃ?」
「だよ…んー?私の言う事に逆らえない感じがしない?」
「と、言いますと?」
「例えば…ミズキチ、″私の前に這いつくばって踏まれなさい”」
「え?いや、それはちょっと…」
「あれぇ?」
首を傾げるリリス。まぁ、可愛いこの子に踏まれるのに興味が無いかと言われれば…ノーコメントで。
「ちょっと想定とは違うと言うか…ミズキチ、自分が吸血鬼になってる自覚はある?」
「まぁ、ありますね」
「私の事を噛みたいって思う?」
「正直に言えばかなり」
「噛みたいの?やっぱり何か違うなぁ。普通さ、吸血鬼になったらその血族の上位にいる親には絶対服従で、同じ系譜の吸血鬼の血には興味が沸かないもんなんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなの。だから私の血が原因で牙が生えて血の渇きを感じる様になるまで吸血鬼化が進行してるんならもっと私の事を直感でご主人様扱いするはずで、噛みたいなんて思えない筈なのなの」
「へぇー?リリスケ様リリスケ様」
「なんだいミズキチ君」
「もしかしてわざと俺を吸血鬼にしましたか?」
「…寝顔が可愛くてつい。あと格別に美味しかったです」
「前にお互いが意識しないと吸血鬼化しないって」
「普通ならそう。だけど私、あの時超頑張っちゃって…」
「リリスケ様?まずは言うべき事があるのではないですか?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
「あれぇ…?私が主人の筈なのに…」
リリスがしどろもどろになってるの初めて見たな。オドオドしてるリリスは中々に可愛い。
まぁ謝って貰ったしこの件はいいか。
「で、リリスケ様に聞きたい事があるんですけど」
「な、なにかな?」
「どうやってこの血の渇望を抑えてるので?何気に日常がちょっと…いや、結構辛いんですけど」
「私は合意の上でバーのお客さんの血を吸わせて貰ってるかな?この街は色んな種族が住んでるのもあってか割とその辺り寛容だから」
「それだと眷属というか吸血鬼が増えて溢れちゃったりしないんです?」
「そこは意識しなければ大丈夫。ミズキチのは例外だと思ってくれていいよ。なんせ私の全身全霊、文字通り心血を注いで支は…アレしたからね!」
何か不穏な言葉が聞こえた気がしたけど…案外頼めば吸わせてくれる人はいる…って多分それはリリスが可愛いからだろう。男がホイホイ首を差し出していく姿が見えるようだ。
「困ってるんなら私の血で良ければいつでも吸って良いよ?」
「良いんですか?」
「うん、今渇いてるんなら一本いっとく?」
「栄養ドリンクみたいなノリですね。正直今も結構キツイのでお願いしても良いですか?」
「いいよー。はい、どうぞ」
リリスがその綺麗な首筋を見せてくる。
「それじゃあ、遠慮なく」
正面から抱き合うような格好で、少し視線を合わせ、次に首筋に目を向けた。
カプッ。首筋に牙を当ててゆっくりと噛む。ビクッとするリリス。尖った牙がリリスの柔肌を突き抜け滴ってくる血を啜る。満たされる渇き。圧倒的充足感。そのまま本能に任せて牙跡から血を吸う。
「んぁ!?ん〜〜〜〜!!?!?」
途端にリリスが俺を凄い力で抱きしめてくる!ビクンビクンと跳ねるその身体を押さえつけるかのように…って痛い痛い痛い!!?
名残惜しいがあまりの締め付けに呼吸困難になったので、首筋から口を離したと同時にペタンと崩れ落ちたリリス。荒い息を吐いて、コチラを涙目になって見つめている。
「フーッ!フーッ!」
「リリス?まだ足りない感じが…」
「っ!これ以上はダメ!絶対ダメ!」
「え?さっきいつでもって…」
「ダメ!私負けちゃう!」
いや、なんの勝負?と思いながら座り込んだリリスに手を貸して立ち上がって貰う。足がガクガク震えて上手く立てないリリスを支えて近くのソファーに座らせた。
息が整うのを待つ。
「フーッ…ダメ、ミズキチは直接吸うの禁止!」
「俺に干からびろとおっしゃる?」
「私が血液集めておいてあげるからそれ飲んで」
「でも直接じゃ無いと…」
感覚的に直接じゃ無いとこの欲求は満たせないと感じる。
「自制して!吸血鬼でも無い、弱い力しかない子の血なんて直接吸ったらその子が壊れちゃう」
「壊れる?」
「ミズキチの吸血は私のとはなんか違う。絶対的強者の蹂躙というかなんか大切なモノを奪っていくというか…もう一瞬でも吸うのが長かったら多分私…」
そこでなんか股に手を挟んでモジモジし始めるリリス。瞳を潤ませて俺を見つめてくる。
「リリス、大丈夫ですか?」
「う、うん大丈夫。…ちょっと着替えて来るね」
「あ、はい」
リリスが自室に戻っていく。はて、着替えるって既によそ行きの服に見えるんだけど…まぁ良いか。
しかしわかっちゃいたけど、吸血鬼になっちゃったかぁ。リリスにはもっと詳しく聞かないとだな。よく耳にする弱点とかあるのかな?日光に弱いとかニンニクがダメとか?
物思いに耽ること暫く。思ってたよりも長い時間掛かってリリスが部屋から出てきた。
「ごめん、おまたせ。じゃあお出掛けしよっか」
「何処へ行きます?」
「そうだなぁ。まずはお腹空いてるからご飯だね。寿司でも食べに行こう」
「へぇ、寿司なんてこの世界にあるんですね」
「ネタが仕入れれないと店空いてない事あるけど、美味しいよ」
地理で習った限りではこの街の東の方に漁業の盛んな街があるからそこから仕入れてるのかな?
お店が決まった所で屋敷を出て街の中心街へ向けて歩く。もう日が沈んで暗くなって来てる時間帯だけど、中心街へ近づくにつれて街灯が増えてきてそこそこ明るく、道行く人達の喧騒が辺りを賑やかしている。
「あ、ココだよ」
お店の前の看板には「鮨処 金魚鉢」と書かれている。みた感じ中々高級な店構えだ。
「お高そうですね?」
「まぁね。でも大丈夫、おねーさんが奢ってあげるから」
「いやいや、毎回毎回は悪いですよ。今日は俺が出します」
「遠慮する事ないのにー。まぁそう言うなら奢られてあげよう」
今日はデートという事でお金はそこそこ持って来てるので大丈夫の筈だ。幾ら高くても流石に6桁は行くまい。
ガラガラっと入り口の引き戸を開けて店内へ。店内は少し狭めでカウンター席しか無いようだ。空いている席に座る。
「お、リリスちゃんじゃないか」
「大将久しぶり〜」
「今日は彼氏連れて来たのかい?」
「ふふー、そうそう」
「いやいや、違いますよ?」
しれっと彼氏にされそうになってるし。そんな俺をみて大将は訳知り顔で、
「さては兄ちゃん、奥手だな〜?」
「そうなの大将。チワワなの」
「はっはっは。形無しだな兄ちゃん」
豪快に笑いながら寿司を握って俺たちの前に置く。まだ頼んでないのに出て来た…
ん?小さな魚の開きのフライを握りにした寿司かな?
「まず手始めは新鮮なキッスの天ぷら握りからだ。兄ちゃんの様子だとまだなんだろ?」
「大将オヤジくさい〜」
「俺の目は気にせずブチューっと行ってみろ!まずはそこからだ!」
「ミズキチ…いいよ?」
「いや良くはないと思う」
何言ってんだこの人達。ご飯食べに来たんだっての。
キッスの天ぷら握りに塩を振って食べる。衣がサクッと、それでいて身がホロホロとほぐれてとても美味い。そんな俺を大将は何故か固唾を飲んで見守っている。
「どうだい?ファーストキッスの味は」
「…美味しいです」
「それが言いたかっただけでしょ大将」
それからグロマという魚の赤みやトロ、暖ブリ、バンコク、サモーン、クラーケン等々なんか日本で見た事や聞いた事がある様な無いようなネタを握って貰った。総じてどれも美味しい。
個人的に気に入ったのはノキシタっていう握りかな?クセが少なくて歯応えがあって、シャリと切り身の間に挟まってるシソの様な葉っぱがアクセントになって清涼感のある握りだった。
それなりに食べてかなり満足して来た所で俺たちの前に暖かいお茶が出される。少し飲んでみると緑茶の様な感じだ。
「大将さん、この店って日本に縁があったりします?」
「ウチのオーナーが日本人だな」
「マジですか?こっちの世界に俺以外の日本人居るんですね。会えたりします?」
「忙しい人だからなぁ〜。難しいと思うぞ?」
そのオーナーさんは日本食を広める為に全世界を股にかけて走り回ってるそうだ。手広く動いてるのもあって殆ど店に顔を出すことは無いとか。残念。
「ふー、結構食べたね。ミズキチは満足した?」
「はい、美味しかったです」
「そう、じゃあそろそろ出よっか。大将お勘定お願い」
「はいよ!代金は…」
お会計を済ませる。宣言通り俺が支払う。だけど思っていたよりは安かった。むしろ回らない寿司って事で高く見積もり過ぎてたね。
「ゴチになりまーす」
「大将さんありがとうございました。また来ますね」
「あぁ、是非来てくれ!デート楽しんでな〜」
手を振って送ってくれる大将を背にお店を後にした。
「次、公園に行こっか。食休みって事でちょっとゆっくりしよ?」
「公園ですか。わかりました」
お店から中心街の更に中心に向かっていくと見えてくる大きな公園。その中でも遊具が設置してある区画に来た。
ジャングルジムや滑り台、雲梯にシーソー等、様々な遊具があって子供が喜びそうな場所だ。もう夜なので流石に遊んでいる子供は居ないけど。その中のブランコにリリスが座ってもう一つを指差すのでそこに座った。
キーコキーコとブランコを小さく漕ぎながら、湧いてくる疑問をリリスにぶつける事にした。
「リリスケ様リリスケ様」
「なんだいミズキチ君」
「吸血鬼ってどんな事が出来るんですか?あと、弱点みたいなものってあります?」
「そうだねぇ…先ずは変身かな?オーソドックスな所で言えば狼とかコウモリとか霧とかに変身出来るよ。って言うかイメージさえ整っていて、やろうと思えば何にでも変身出来る」
「何でも?それは凄いですね。どうやったら出来ますか?」
「全身の血と魔力を操って、強制的に身体を作り替えるイメージかな。だけどそれなりに特訓なりして、コツを掴まないと難しいよ?」
「ちょっとやってみます」
どうせ変身するなら強いのが良いな。イメージ、イメージ…
俺の身体の中を対流している魔力を制御下に置く。とある姿を思い浮かべながら徐々に身体に浸透させていく。と、同時に何と無くわかる血の流れを操る。
すると少しずつ身体に変化が訪れる。
肌が白くなっていく。
前髪(多分全部の髪)が灰色に変色する。
額の上辺りがムズムズとして小さなツノが生えてきた。
大体そんな所で変化は止まった。
「ミズキチ、何に変身しようとしたの?」
「強いっていったらシャニ様かなと思って」
「チワワに変身するかと思ってた」
「それに何の意味が」
「可愛いじゃん?」
手をグーパーしてみる。今なら何でも握り潰せそう。
「どう?ミズキチ。見た目以外で何か変わった?」
「詳しくは分からないですけど、パワーが上がった感じはしますね」
「やっぱりミズキチは変。変身しても普通は強くなったりはしないからね。むしろ変化が大きいと身体の操作が難しくて弱くなる事の方が多いんだよ?」
「あれ、そうなんですか?」
「ミズキチは多分特殊だから私達従来の吸血鬼とは違うのかもと思ったから黙ってたけどね」
「へー」
「あと、例えば小さな生き物に変身すれば服は脱げるし大きくなれば破ける」
「それ、先に言ってくださいよ。下手したら全裸だったじゃ無いですか」
「全裸になるのが困るから、吸血鬼は纏う服も自前の血と魔力で創ってたりするよ。これなら大きく変身しても自分で操れるから戻った時に服を着た状態になれるんだ」
「リリスも?」
「うん、この服は創った奴。一瞬で着替える事が出来て、防御力も高くて見た目も可愛い優れもの」
おぉー、それ今度挑戦してみよう。取り敢えず意識してじわじわと変身を解く。
「ふぅ…他には何かありますか?」
「そうだなぁ…吸血鬼になると身体が凄く丈夫になるね。毒とか効かないし、腕や足が切断されたぐらいならくっつくし再生する。ミズキチが何処まで再生するかわからないから試せないけど…後は…」




