経由地おっさん
異世界同士の経由地には、ワンオペ極めてるおっさんがいる。
「第1回 小説家になろうラジオ大賞」で大賞をいただきました。
ありがとうございます。
「よい人生を」
愛想もなくそう言って、ポンと利き手の甲に判を押すのはおっさんだ。
ぽつんと置かれた事務机の前で、ずんぐりとした体を小さな椅子に押し込めている。
様々な世界が混在する中、移動を繰り返す人々がいる。
異世界転移や異世界転生と呼ばれる現象だ。
どの場合も、この時空の狭間にある経由地でおっさんから判をもらって次へ行く。
判には色があり、転移はチートスキルを付与された緑とサポートサービスゼロの赤、転生は好運値最大の黄とハードモードの青に分かれる。
黄はアタリだと思われがちだが、先の人生で非業の死を遂げるのが絶対条件なので一概には言えない。
以上の場合、役目を終えれば再びおっさんを経由して次に行ける。
一方、黒を押された場合のみ、次は用意されずに存在が消滅するらしい。
私はこれまで赤と黄と青の判ばかりもらってきた。
おっさんも仕事だからね。
ワンオペお疲れ様。
そう達観するまでは、全然緑をくれない彼が恨めしかった。
そんな私の右手の甲には、これまでの判が幾重にも重なっている。
絵の具を混ぜれば黒になるように、私もそろそろ潮時だろう。
青の判で始まった今回の人生もそう悪いものではなかった。心から愛する人を庇ってこうして時空の狭間に放り出されたが本望だ。
左手には一輪の花がある。あの人が好きだった花をとっさに掴んできてしまったらしい。
一緒に消滅させるのは忍びなくて、私は無言でおっさんに花を差し出した。
弾かれたように顔を上げたおっさんのまん丸い目が、私と花を見比べている。ここで口をきけるのは彼だけだ。
私の右手の甲に目を移したとたん、彼はくしゃりと顔を歪めた。黒の判の出番に気付いたのだ。
おっさんも仕事なのだから気に病まないでほしい。
ところが彼は逡巡の末、いきなり私の花を持つ手の甲に判を押し付けて叫んだ。
「よい人生を!」
判の色は緑だった。
どうやらおっさんはズルをした。
咎める者は誰もいない。ワンオペあるあるだ。
転移した先で親切な人に拾われた私は、左利きになっていた。
花に代わって左手にあった種をまけば、庭一面にあの人が好きだった花が咲き、私は初めて少しだけ泣いた。
やがて、私はまたおっさんがいる経由地に戻ってくる。
彼の事務机の上には一輪挿しが置かれ、私があげた花が瑞々しいまま揺れていた。
私はこの時、口がきけなくてよかったと思った。
だって、おっさん、死ぬほど花が似合わないねって言ってしまうところだったから。