Action.09 あなたとわたし
作中に登場する架空のヒーロー作品、『大きなシリーズとしての元ネタ』はありますが単体作品としての元ネタは存在しない、くらいのニュアンスで受け止めてもらえたらと思います。
戦いが終わってすぐ、世界が元に戻る前に大慌てで走って跳んで、ようやく家まで帰り着いた。
わざわざ急いだ理由は単純。
あの場で次元が変わってしまったらさすがに変身状態ってままにはいかないし、その場合帰るなら昨日みたいにバスを使わなきゃちょっとツラい……なんていう、かなり庶民的な理由なんだけど。
時間的にもお金的にももったいないし。
お母さんが居なくなってから親戚達の間でどんな話合いが行われたのか詳しくは知らないけど、とりあえず家のお金は今、母の妹にあたる叔母が管理してくれている状態。
まだまだ月初め、生活費は振込まれたばかりだし大した額でも無いとはいえ、やっぱり無駄な出費は抑えておきたい。
……自分で稼いだお金じゃないし。
《お疲れ様でした、沙月》
変身を解いて腕輪の形状になったベルからのねぎらいを聞きながら玄関を開ける。
「こちらこそだよ。お疲れ様」
《先日もそう返答されていましたが、私は疲れを感じません。お気になさらず》
「や、そういう話じゃない気がするけど」
自分からお疲れ様と言っておいて、その返しは私が困るよ……。
「とにかくありがと、一緒に戦ってくれて。あんな数のヴォイドが居た時はどうなるかと思ったけど……ベルの言った通りだったね、むしろ昨日より余裕があったかも」
《確かに今日の戦いでは沙月の精神は安定していました。経験による慣れかと》
「それもあるかもだけど……やっぱり一人じゃないってのが一番心強かったからさ、だからベルのおかげだよ」
靴を揃えて、話しながら到着したリビングのソファーに腰掛けてようやく一息つく。
話の流れのまま昨日と今日の違いを思い返していると、一つの疑問が頭に浮かんできた。
「あれ? 今日は装甲を脱いだ後もあんまり疲れてない……?」
いや疲れてないって事はないけど、昨日の歩く事すらダルい感じからは程遠い。
どっちかといえば頭のキュッとなるような痛みが一番大きいくらい。
《先日の疲労の原因は決着兵装の使用によるものが大きいかと》
「リーサルギア……あの必殺技っぽいやつ?」
昨日の戦いの最後に使った技――機能、の方が正しいのかな?
普段装甲に流れる水色とは違う、綺麗なオレンジ色の光。
確かにあの一撃は他とは比べ物にならない、今日の戦いをふまえると過剰ともいえる威力があった。
あれを使う直前の私は、ついに届いた拳に願ったんだ――最大の一撃を。
それに応えたギアが教えてくれたのが決着兵装、リーサルギアウェポン。
《スヴェルギアは魔力によって構成される魔装鎧。その源は大気中の魔力です》
「へぇ、大気中の」
じゃあ太陽電池みたいに必要なエネルギーさえあれば自然に充電出来るって感じか。
「でも、この世界はマナが薄いって話だったよね?」
《充分な魔力のある世界であればスヴェルギアは理論上無限に戦闘可能。それほどまでに魔力の吸収効率に優れています》
使う魔力より速く、新しい魔力を補充し続けるイメージかな? 私の体力が保たないだろうけど。
理論上っていうのはそこら辺を考慮しなければ、って事なのかな。
《この世界での魔力の密度であれば、恐らくは一度の戦闘での稼働時間は一時間程度、これは武器の精製や魔力防壁の出力に応じて減少していきますが》
「それじゃあ、武器は慎重に使わなくちゃって事だ」
《はい、留意すべき点かと。そして魔力を使い果たしたと仮定した時の充填時間ですが、およそ二十時間》
「ほぼ一日⁉︎ 今日は結構ギリギリだったんじゃないの?」
《いえ、先日の戦闘では魔力の消費はさほど多くありませんでした。二十時間は空から満タンまでの充填時間。問題ありません》
「でも、昨日は必殺技を使ったし……」
《それが本題です。決着兵装のみ、使用する魔力の源が違うのです》
本題? ……あ、元々昨日の疲れの話だった。
「違うって?」
《決着兵装は沙月自身の魔力によって放たれます。即ち体内の魔力の消耗、それが先日の疲労の原因です》
「ふぅん。なるほどね、私の」
私の魔力。
「――――って、え⁉︎ 私にマナがあるの⁉︎」
ぐわっ、と。思わずベルを装着したままの左手を目線の高さまで持ち上げる。
自分に、魔力……!
――ちょっとだけワクワクしてしまう。
《その通りです――先日の補足ですが、魔力とは生物全てに備わる力。中でも知能の高い生物は強い魔力を保有しています》
「全ての生物?」
私が特別って訳じゃない……よね、そりゃそうか。
でも昨日聞いた話とはちょっと違ってるような?
「マナは世界に満ちてるエネルギーなんでしょ?」
《魔力とは空気のように世界に満ちる力、そして生物にとって必要不可欠なもの。呼吸で酸素を得るように、自然と体内に取り込んでいるのです》
なるほど、それで空気。
《そして魔力は人の精神と結びつく事でその真価を発揮します。決着兵装とは担い手の魔力を一度に解き放つ決戦機能》
「それで昨日はあんなクタクタになったんだ」
魔力切れがそのまま体力切れと同じなら、一度に使い切る決着兵装は言葉通りの必殺技。
当然――。
《当然、担い手への負担が大きいものとなります。左腕部の装甲には解放後、使用者に致命的な影響が出ない為の制限がありますが戦闘続行は難しいでしょう、発動は慎重に行なって下さい》
「うん、わかったよ。とりあえずセーフティがあれば、一晩で回復出来るんだね」
そして使えるのは一回の戦いで一度きり。
私としては受け入れやすいというか……馴染みが深い。
必殺技はここぞ! って時に使ってこそだよね。
なんて、別にふざけてないんだけど思っちゃった。
でも、基本的に使わない方向で考えた方がいいか。あのダルさを抱えたままその日を過ごすのは正直勘弁したいな。
■
《沙月、この後はどうしますか?》
「んー、どうって言われてもなぁ……」
今日は日曜日。観たいものも見終わって……戦って、後はのんびり過ごしたいってくらいだけど。
「――あ、そうだ。ベルと一緒に観たい番組があるんだ」
《私とですか。構いませんが》
「ほんと⁈ じゃあちょっと待ってて」
そうそう、ヒーロー作品視聴会。
せっかくの休日、予定もなし。なら早速だけど実施しよう。
言ってはみたけど……どの作品にしようかな。
――ベルにとっては最初に観る作品、慎重に選ばなくちゃ!
とりあえずは今日の朝観てもらった作品の中からにしよっかな。
『シキレンジャー』? ……うーん、でも基本チームでの戦いだし、今の私達とは結構違うかなぁ。ただスヴェルギアの鎧はメカっぽいし、ロボット戦を気に入ってくれるかも。
個人戦多めならやっぱり『マスカレイダー』かな……あぁ待って、ベルの声は女性――女の子。
私は特撮ヒーローに比重が傾きがちだけど、ベルは変身ヒロインアニメ、『ジュエル チユプリ!』の方が興味持ってもらえるかもしれない。
《また『トクサツ』ですか》
察せられてしまったっぽい。
「うん、でもアニメも候補に入ってる」
《『アニメ』は『トクサツ』では無いのですね》
「そうだよー。特撮ってのはねぇ……あ、いやそれより、観ながら説明しようかな」
意気揚々と語り始める一歩手前で思い直す。
それにしても今までは問題なくお話出来てたけど……ベルの知識ってどうなってるんだろう? 朝観たエルプリのアニメ絵には特にリアクション無かったけど、実はよく分かってなかったのかも。
考えながらテーブル上のリモコンを取ろうと視線を落とすと、一枚の紙切れが目入った。
今日、次元のズレが起きる前まで書いていたメモ。
「あ、今聞いた話も書いとかないと」
魔力についてとリーサルギアウェポン。どちらも大事な情報だ。
書きかけのメモを手に取って、思わず顔をしかめる。
改めて確認したその中身は、走り書きで読めるかどうかギリギリのレベル、歴史の授業でこんな文字を見た気がする。
聞きながら書いたせいで内容もスカスカ。
「うわぁ……なにこれ」
私が書いたメモだけど。
全部、後で書き直そう……。
普段の授業では黒板に板書してもらっているの、ありがたかったんだなぁ……と、小さな感謝に気づいた時。
目に止まった書き込みが一つ。
『ベル、スヴェルギア=北おう神話? 強い鎧になる。』
強い鎧になるって何? 流石に雑すぎじゃない?
――――じゃなくって。
「ねぇ、ベル。スヴェルって北欧神話に出てくる盾だったよね?」
《その通りです》
「この世界の神話は知ってるんだ?」
そう、そこが一番気になった所。
ちなみにメモが一部平仮名なのは急いで書いていたから、念のため。
《必要でしたので、取得した情報です》
「必要……神話の情報が?」
《魔装鎧の展開には担い手の発動呪文による認証が不可欠です。この世界でも発音可能な名称が必要でした》
「へぇー、それがスヴェルなんだ」
理屈はわかったような、わからないような。
でもなんでまた神話から……オーパーツでもないのにさ。
実はただの趣味なのでは?
《この世界を守る楯として、最適であると判断しました》
「へぇ……」
あいにく聞いた事のない単語ではあったけど、神話に出てくるんだったらなんかすごいんだろうな。
でも、この世界……か。
やっぱり、しっかり話しておかないと。
「ねぇ、ベルの生まれた世界は、本当に滅びちゃったの……かな」
《断定は出来ませんが――恐らくは》
戦いの前、最後に話していた事。
この話題をあんまり蒸し返したくはない。
勝手な想像をするしかないけれど、彼女にとっては辛い記憶であっても楽しい記憶であるはずは無いと思う。
それでも、私がベルの力を借りるならこの事はしっかりと確認しなくちゃいけないって、そうも思うから。
「ベルはいいの? 私の事情で全く関係ない戦いに……利用されるの」
利用、という言葉の前に一瞬詰まってしまったけどそのまま言い切る。
だって、何度も助けてくれたベルを道具だなんて思えないのに、私にはやっぱりスヴェルギアの力が必要で、力を貸して欲しい。
私の守りたいものの為に。
自分の為に。それはやっぱり利用するって事じゃないのかな。
少なくとも今、《担い手だから》と言われるがままに甘えるなら。
だからしっかり、ベルの考えを聞いておかなくちゃいけないって思うんだ。
《再度言いますが、今の担い手は沙月です。問題はありません》
「ホルダーとか関係ないベルの気持ちが聞きたいって言ったら、困らせちゃうかな?」
すぐには返事は来ない。まるで思案しているように少し間を空けてから、彼女の声が頭に届いた。
《私の、気持ち――――理解出来ません。私はあくまでもスヴェルギアの機能に過ぎないのですから》
「……そっか」
正直、少しガッカリしてしまった自分がいる。
昨日、今日でベルはただの道具じゃない、きっと心を持った存在だと、信じて疑わなかった。
いつの間にか入っていた肩の力が抜ける。
ベルがただの道具じゃないって言うのもあくまで私の考えで、本人がそう言うのならそれ以上は何も言えない。
背中を預けたソファに身体が沈んでいく感触。
脱力感が増していく。
――――結局、私の押し付けだったのかもしれない。
一人じゃない。一緒に戦ってるって思いたかっただけ、なのかな。
ギアの力を発揮している時の私は、オリンピックの金メダリストよりもすごい身のこなしで、プロの格闘家よりも強いはずなのに。
昨日、自分の弱さを受け入れて進むって、決めてのに。
今日も、自分の弱さばっかり自覚する。
独りはやっぱりまだ怖い。
段々とネガティブな方向へ向かい始める思考。
割り込みを入れるように、脳内に声が響いた。
《――沙月》
「……どーしたの?」
《私の気持ちと呼べるものではありませんが、貴方に話しておくべき事があります》
なんだろ。
《私の造られた世界では、私は起動していません》
「……いや、それはないよ。だって元の世界でも戦ってたって」
今日の朝の話、さすがに忘れる訳がない。
シールドメイデンって呼ばれた人が前のホルダーで……戦いの中で、命を落としてしまった。
そのはずだけど。
《起動時に残されていた最後の光景はその通りです。ですが魔装鎧の扱いを熟知していた以前の担い手は、『私』を必要とはしませんでした》
「も、もうちょっとわかりやすくお願い」
《貴方が『ベル』と名付けた会話機能、それはこの世界で初めて起動したのです》
ああ、なるほど。と無意識に呟いていた。
前の戦いの時は今みたいにギアと対話する必要がなかったんだ。
「うん……それで?」
《つまり私が目覚めたのはこの世界、貴方と出会ったあの時、とも言えるのではないでしょうか》
まだ、ベルの言いたい事が掴めない。
出会ったって言われても、そもそも私にとってこの腕輪はずっと手元にあったものだし。
私は曖昧に頷いて言葉の続きを待った。
《沙月は、私が異なる世界の存在である事に一方的な罪悪感を抱いていますが、それは大きな間違いだという事です》
「えっ?」
こちらの気持ちを断定する口調とその内容。二重の驚きを消化しきれていない私をよそに、ベルは頭の中に声を届け続ける。
《世界を守る楯となる。それが魔装鎧形成装置、私の開発目的であり――その達成には、担い手の存在が不可欠です。持つ者の居ない楯に、その役割は果たせません》
変わらず無感情な声だけど、私がそう思いたいだけなのかもしれないけど……。
やっぱりどこか、意思を感じさせる彼女の声を今は黙って聞き続ける。
《私にこそ必要なのです。この世界で目覚めた私を纏う楯の乙女――――いえ、『白き楯の乙女』が》
「スヴェルギア、メイデン……」
《沙月に一つ、確認します。このギアは、かつてヴォイドに敗北しました――貴方は、それでも私を身に纏いますか》
ベルの話を聞き終えた私の思考は、まるで歯車がカチリと噛み合ったみたいに動き出した。
世界を守る楯。
それがベルの存在理由。
白き楯の乙女。
それがベルの求める者。
そして私は――――大切な人がいる。また会いたい人がいる。
自分の弱さは簡単には変えられない。それでもいつかと一歩ずつ、進み続けるその為には。
――――まだ弱い自分を支える、強い鎧が欲しい。
難しく考えすぎって、文香にも言われたっけ。昨日は条件付きだったけど。
それが、こんなにスッキリした答えを出せるなんて。
「……うん! もちろん! 私にもね、あなたの力が必要なのっ! そっか、そうだったんだね、私達!」
《――はい。私と沙月は互いに利用し合う、都合のいい存在なのです》
言い方!
「もちょっとなんとかならない? 相棒とかパートナーとか……あるじゃん……でも、なんで私に話してくれたの?」
一応、私達の会話は一度終わってたのに。
《沙月が不要な悩みを抱えていたので、正しい認識をお伝えしました。貴方が気に病む必要はないと、分かって頂けて幸いです》
私のためって事?
「そっか……うん! ありがとっ! お陰でスッキリだよ!」
でも一個引っかかる。
「でもさ、なんで私の考えてる事分かっちゃうの? やっぱり私の心が読めてたり?」
そういえばいくつか思い当たる事もある。
すっかり忘れてしまってたけど、もしそうなら恥ずかしいってレベルじゃない。
《思考を細かく読み取っている訳ではありません。把握出来るのは感情です》
「感情かぁ」
《沙月はむしろ、戦闘以外で落ち着きがないように見受けられます。ヴォイドがいつ襲来するか分からない以上、要改善です》
「あぅ、頑張るよ……」
考えじゃなく感情か。どっちにしても、結果はあんまり変わらなかったけど。
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ベルを手首から外して膝乗っけてからヒーロー作品視聴開始!
いっそ全部観てみてしまえ!
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『――の青年、井戸道屋 連司にはもう一つの顔がある!』
「ほら、このヒーローがレイダートライ、三人の中でも一番素直な頑張り屋さんでね――」
《今朝見た姿よりも随分とシンプルですね》
「あれは、強化フォームだから……ごめん。ネタバレしちゃってた――あぁやっちゃったぁ……」
――――――――。
『「行こう、みんな!」「――――うん!!!」』
「ほら、この子! さっき言ってたでしょ?」
《沙月の一番のお気に入りですか》
「うん、エルプリはみんな個性が強くていい子達なんだけどね。才華ちゃんはちょっと大人しい子で一歩後ろに下がりがちなんだ、だけど実はすごく周りを見てる子で……」
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『♪気功 ♪天功 ♪シキ・オリ・オリ・オー♫ 』
「シキレンのED。疲れてる時に聞くとさぁ、すっごく元気出るんだよねー」
《スノウブルーは感情を表に出さない人物でしたが、ダンス中の彼はまるで別人のようです。これもネタバレなのでしょうか》
「――いやぁ、先の展開はわかんないけど……多分そういうんじゃないと思う」
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画面を彩るヒーロー達を見つめながら、膝の上のベルに意識を向ける。
硬くて、氷みたいにひんやりとしていた感触。
それが段々と私の体温を受け取って、少しずつだけど熱を持つ。
そうだよね。
心がどうとかそんな事、昨日よろしくって言ったばかりで決める事じゃなかったんだ。
これから……しつこくない程度に自重して、私の好きな事とかいっぱい話して。
それからもっとベルの事も知っていきたい。
――――スヴェルギアメイデン。
一人じゃ戦う事の出来ないあなたと私、ふたりの名前。
この名前がある限り、もっとお互い近づける……って、今は勝手に思っとこう!