Action.08 汎用形態〈マルチプルファイター〉
「――家からどの位経ったか、分かる?」
《今、スヴェルギア装着から丁度十分経過した所です》
腕と足には白い装甲、表面には六角形に黒い溝が刻まれている――――スヴェルギア。
家を飛び出した後すぐにその装甲を纏った私は、一直線に神永通り……昨日と同じ現場に到着した。
――バスに乗っても三十分、それを僅か十分で、息も切らさないで走り切るなんて!
屋根の上を突っ切って来たから単純な計算は出来ないけど、とんでもない事だけは間違いない。
二度目の装着。動いている間は全く不思議に思わないこの感覚に慣れるのは、まだまだ時間が要るのかも。
そういえば屋根を走る時、瓦を盛大に蹴飛ばしてしまった事を思い出す。
それ自体は大丈夫、ここで壊れてしまった建物なんかは、元の次元に戻れば直ってくれるみたい。
実際昨日の戦いでもアスファルトがボコボコになったはずなのに、普通に車走ってたしね。
人の場合はちょっと違うけど。
だけど今回は……。
「本当に誰も居ないんだよね?」
《ええ、生命体の反応はありません》
――――今回はあまり気にする必要はない。
思わず胸を撫で下ろす。それが一番、気になる所だったから。
これで私のするべき事は、ヴォイドの撃退に絞られた訳なんだけど。
「それでベル。どういう事?」
緊張のあまり、口調が素っ気ないものになってしまう。
昨日も通った交差点、昨日と同じ左側。
私は今、カーブミラーが設置された角の塀。そこから身体を傾けて、顔の上半分だけを出していた。
視線の先には昨日見た、深き者どもの姿があった。
――――何体も。
《個体名『深き者ども』。数は七です》
「多いよ……なんでもっと早く教えてくれなかったの?」
最優先事項じゃないかな、普通。
《到着するまで、沙月から常に何らかの質問があった為です》
「……まあそれも、あるかもだけどさ……」
それは確かに私が迂闊だった。
まだまだ聞き足りないと気づいちゃったせいで、移動中は質問責めにしちゃったんだ。
でも、だからって限度があると思う。なにせ昨日の七倍の戦力だよ?
《心配する事はありません。スヴェルギアの性能ならば『深き者ども』程度に遅れを取る事はありません》
「自信満々だね」
《事実ですから》
「……うん」
――――どっちにしたって、ここに現れた以上は戦うしかない。
だったら、後悔したってしょうがない。
「信じるよ」
目を閉じて一つ深呼吸。
胸の装甲、その純白の中心で輝く水晶にそっと触れて気を落ち着かせる。
《敵はまだこちらに気が付いていません。様子を見ますか?》
見たところ、今の『深き者ども』達にはまとまりが無い。
それぞれ勝手にウロウロしている感じ。
――――このまま待てば、勝手に分断してくれるかもしれない、けど……。
「ううん、この次元がいつまで保つのかも分からないし、出来るだけ早くやっつけよう」
多数居ると確認した時は思わず躊躇ってしまった。
けどもし間に合わなかったら、それは最悪の事態に直行するんだ。
あの怪物が町に居る人達に襲い掛かる。
絶対に、阻止しなきゃ……私達で。
昨日はひたすらガムシャラだったけど今日は違う。
スヴェルギアでの戦い方だって少しは教えてもらったんだから。
「ベル。武器、使いたい」
《了解です。どちらにしますか》
この距離だったら答えは一つ。
「銃で!」
■
身を隠していた塀から、敵へ向かって飛び出した私の右手には一丁の拳銃。
扱った事なんて当然ないけど、ギアを装着した今なら不安になる事は無い。
銃の名前は『スカディウル』。
白い板に、黒い持ち手と引き金がくっ付いた様なチープにも見える簡単な形。
持ち手の黒色から二本の溝が両面に伸びていて銃口へと結ばれている。
ピストルの事は詳しく無いけど、撃つ前にカシャンと下げる部分も弾丸が入っていそうな所もない。
白の銃身に黒いライン。もしもこの色合いに手脚の装甲と同じものを感じなければ、SF映画の小道具だとでも思ったはずだ。
深き者どもの姿が近づく、まだこちらには気づかない。
あの怪物には心を感知する嗅覚がある。でも今なら問題無し。
ギアにはそれを阻害する機能が備わってる。
距離は三十、速度を落としながらも足は止めない。
この銃の射程は十五メートル。もう少し近づかないと。
――前回とは全然違う。敵の輪郭が明確になるに連れて恐れは消え、頭はどんどん冴えてくる。
これならきっと戦える、何故だかそう思えた。
距離十五、立ち止まる。
握った武器の射程圏内。
そのタイミングと前後して。
私を捕捉し、ゆっくりとこちらを振り向く一番手前の無貌――――――。
「――――当たれぇっ!!」
それが、青い光弾を受けて吹き飛んだ。
直撃した漆黒の頭が弾け、黒い飛沫と飛び散った。
それこそSFの光線銃じみた発砲音と共に魔力弾を放った魔弾銃は、単純な白と黒色ではもはや無かった。
銃口から伸びた溝、そしてグリップは今爆ぜた色に近い青に明滅している。
それはトリガーを引いた右手の装甲に流れる光が届いている証。
黒い六角形を巡るライトブルーの魔力の輝き、それが放たれた弾丸の正体だ。
ギアから魔力を注いで撃ち出す――それが魔弾銃『スカディウル』の特性。
頭に直撃はまさかだったけど――――!
「まずは一体……っ?!」
そう確信した瞬間。
首から上の無い影がいきなり立ち上がり、ゴポゴポと真っ黒な泡を立てて頭部が再生した。
……頭に当てても一撃じゃダメ……。
ヴォイドを構成するのもまた魔力、そう教わって今は理解している。だけど頭部を失っても活動可能だとはわからなかった。
――ギアが教えてくれるのは、あくまでもギアの使い方。
敵に関する詳細は、自分の頭で導かないと。
焦りは無く、動き出す前に追撃の発砲。
一発、二発。
漆黒の胴に続け様の閃光が瞬く。
先に当てたものと合わせて計三発の魔力弾を受け、怪物の身体は塵になって消滅した。
――残り六体。
だけど今のはほぼ不意打ち。これで相手も完全に私の存在を認識したはず。
「グオォォォオッ!!!」
不快な咆哮。深きものどもが三体固まってこちらへと迫り来る。
残りの三体も寄って来ているが距離にはまだ余裕があり、それぞれバラバラの位置にいる。
速度は大して早くはない、人間とそう変わらないくらい。
昨日の戦いでは殆どその場から動いていなかったけど……その時はこっちに飛び道具が無かったからか。
振動でバタバタと揺れているあの触腕。あの時は確か五メートル程伸びていた。
「ベル、剣を!」
《物質化――》
「――『ノートゥング』ッ!!」
要請、実行、顕現。
武器を形作る、私とベルで紡ぐ詠唱。
銃が光の粒へと消えると同時、右手に新たな武器が生成される。
――魔力剣。名前はノートゥング。
片手で振るうのに最適な長さ、刃渡りは七十センチ程度で凄く軽い。
柄は純白、刃の付け根は少し拡がっているけど鍔は無い。
刀身は纏う鎧と同じく高密度の魔力で出来ているけど、装甲よりは脆く、代わりに鋭い。色は半透明の薄緑色。
色ガラスみたいで一目見ただけじゃ頼りなくも映る両刃の剣。
白い柄の硬い感触を手の内に捉えた瞬間。
「行くよっ!」
全速で前に踏み出した。
砕け散る地面の破片を置き去りに、一瞬にして三体の中心へと飛び込んで――――!
「せやぁっ!」
斜め下からノートゥングを斬り上げる。
三体の内、私から見て最も正面に居た怪物、その腰から肩にかけて黒い飛沫が噴き出した。
黒い粒子が私に降りかかる手前、魔力防壁に弾かれる。
「ガァアァァッ!」
まだ足りないっ――――!
「はあぁっ!!」
返す刀で斬り伏せる。二度目の斬撃、黒い影が霧散する。
斬った手ごたえは感じなかった。
私を囲うは残り二体。
戸惑うように後退している。
やっぱり。
何も考えずに敵のど真ん中に割って入った訳じゃない、『深きものども』の攻撃手段は鞭の様にしなる腕。
広い空間でなら近寄りづらい攻撃だけど、逆に近すぎる相手には振るいにくいし、さらに今の状況ではむしろ味方が邪魔なはず。
つまりこの距離こそ最善の位置――!
右の足底をグッと踏み締める。
――地面に亀裂。
ただし魔力を通すのは右ではなく――。
右脚は軸、反時計回りに独楽の如く一転する。
――ヒビ割れた地面の破片が飛び散って。
回転と同時に振り上げた左脚。
装甲を走る魔力の残光が弧を描き、踵が怪物の脇腹に突き刺さった。
「グゥァッ!?」
回転蹴りによって叩き込まれた魔力の奔流。
一瞬、車のタイヤ蹴りつけた様な感触。
だけど勢いは止まらずに、怪物が塵へと破裂する。
ヴォイドを倒すには、魔力を打ち込む必要がある。その意味では剣で斬るより、装甲で叩いた方が効果が高いみたいだ。
だったら、この剣の有用性は――――!
「グアァオッ!!」
孤立した四体目の影が遂にその両腕を振るう。
左右から襲い来るその鞭の二撃を、手に持つ剣で切り落とす。
――これだ、細い部位なら切断可能。
それも一切の抵抗無く。
装甲で受ければどうしたって衝撃はある。
体勢だって崩される、でも剣なら即座に反撃を行える。
「てぇあっ――やぁっ!」
ぐらりとふらついた怪物へ浴びせる二重の剣閃。
先んじて落とされた自らの腕を追うようにその身が崩れ去る。
――――囲んでいた三体は全部倒した。
時間が経つに連れ更に思考が加速する。
感情や感傷はひとまず置いて行くように。
まるで脳が闘う為に最適化されていくみたい……なんて。
そんな一つの感慨を、微かに抱いたその矢先。
《背後、敵の攻撃です》
「――っ!」
警告。
同時にヘッドギアを通して伝えられる情報。
敵との距離は三メートル程。
攻撃は右から横薙ぎ。
打点は低い、このままだと私の腰の位置。
――やってしまった。
気付かない内に、敵に背中を向けてたなんて。
理解から行動への遅延無く。
私は大きく身体を反らし、斜め後ろへ跳び上がった。
身体を包む浮遊感。
背中に、怪物の腕が風を切る音を聞く。
視界を埋めるのは雲一つない空の蒼穹。
そのまま視界はぐるりと巡る。
跳ねた拍子に広がる結んだ髪の一房が、身体の回転に流れて再び纏まるのを感じた後。
視界に入る黒い影。
それは眼前、即ち真下に。
初撃で使われなかった左腕を振りかぶり、宙の私を撃ち落とそうと――――。
「ベル!」
《――物質化》
「――――――スカディウルッ!!」
右手から剣が消失し。
既に構えた空の右手に、銃のグリップの感触が生まれ――――。
間髪をいれず三連射。
魔力銃から撃ち出された光弾は、外す事無く黒い身体を貫いた。
そのまま崩壊する怪物の頭上を飛び越えて着地。
――飛距離六メートル近い宙返り……驚いている時間は無い。
残り二体。
一瞬忘れた地を踏む感覚を思い出す間も無く、視界の端で蠢く黒い巨躯。
地面を蹴って接近。
視える景色は瞬時に真っ黒。
敵の懐へ入っていた。
「たあぁっ!!」
銃を持たない左腕に光が走り、裏拳の形で叩き込む。
「ガッ…!」
消滅。
これで――――!
《四時の方向、距離五メートル》
振り向きながら魔力銃を構える。
向かい合うは最後の一体。
グッと力を溜める様に右手を後ろに引きながら身体を捻っている。
「っ…!?」
――その挙動は、初めてっ――――!
判断が遅れたのは一瞬。
それが相手に先手を奪われる結果を作った。
「グォアァッ!」
加えた捻りを引き戻しながら、突き出された腕が一直線に私に迫る!
鞭とは比べ物にならない加速度を持って矢の如く空を裂く触腕。
――ダメッ! 速いっ――――!
鞭の時みたいに打ち落とすのも無理っ!
とっさに左へ飛び回避。
「っあ……!」
だけど完全には躱しきれずに右腕を掠め、握る銃を取り落とす。
「くっ…!」
撃ち出された怪物の右手は急速に収縮。
右が引き戻されるその衝撃をそのまま身体の捻りへと転換。
続け様――――左腕が放たれるっ!
一撃目で体勢を崩した私に、再びの回避行動は難しい。
これじゃ、もう……。
――ううん…違うっ!
まだだっ!
挑戦続ける限り、私はっ!
脳裏によぎった諦めの一瞬は大きい。
既に漆黒のひと突きは目前。
だったら…動きは最小限でっ!
「…つか、まえた……!」
――槍の様に尖った黒い腕が、胸元に突き立つ手前で止まっている。
バチバチと散る青いスパーク。
それは私の右手のひらから発生していた。
掴み取った触腕が装甲の魔力防壁と接触することで起こる閃光。
で……出来たっ!
ならっ、このままっ!
ガシッ! と両手で掴み直した私は――――。
「え、いぃ……! やあぁぁぁっ!!」
全力を込めて背負い投げ。
伸びた腕ごと深きものどもを天高くへと放り投げた。
「ガッ!!? ガァアァァッ!」
「これでぇっ!」
魔力の巡りが、両脚の装甲に刻まれた溝を駆け巡る。
水色の光は足元から私を照らし際限なくその光量を増し続けて――――!
――――ドゴォォンッ!!!
解放。
全力で大地を蹴り上げると地面に巨大なクレーターを作り出し、凄まじい勢いで私の身体を跳ね上げた!
「最後だぁっ!」
左脚を前面に突き出して、前方上空へ突貫する。
もはや音は自分の身体が風を切り裂く物しかなく。
自分が、ロケットにでもなったみたい――!
向かう先には空に浮かぶ黒い影。
最後の抵抗か、無茶苦茶に腕を振るっている。
――――このまま、突っ切る!
飛び蹴りに構えた脚、その装甲へ全ての魔力を集中させる。
魔力の光に私の視界を塗り替えつつ、触れた先から黒い腕を消し飛ばす!
減速は無い――――。
「はああぁぁあぁっ!!」
左の足裏に、何かが当たった感触がしたのはほんの少し。
「グゥガァアァァッッ!?!!」
深きものども、最後の一体。
それは打ち込まれた魔力の総量を物語るように膨れ上がり――――瞬く間にその身体を塵へと変えた。
超速度のままに蹴り抜ける私へ黒い粒子が降りかかる。
しかしそれは触れる前に魔力防壁によって阻まれる。
結果、私の全身を小さな青い閃光が包んだ。
バチバチと粒子が爆ぜる音を聴きながら――――。
勝てたんだ。もう一度……出来た、戦えたっ!
二度目の勝利を噛みしめたのだった。