Action.06 初めての対話
「つっかれたー! はぁ〜、もう動けないよぉ」
シャワーを浴びてデフォルメされたアメコミヒーローの顔がいっぱい描いてある寝巻きに着替えた後、倒れ込むように腹ばいにベッドへ身を投げた。
毛布ごと下敷きに、風圧ですでに解いていた髪が広がる事も気に留めないままクッタリと力を抜く。
髪は普段、ナイトキャップにまとめちゃう所だけど、今はそれすら億劫だった。
夜の八時過ぎ。
いつもならまだ全然早いけど、今日はもうこのまま寝ちゃおう。
――結局、お昼を食べた後少しおしゃべりして、本屋さんへ寄ったらまだ陽も落ちきる前に帰って来た。
文香は贔屓にしている作家さんの作品を見つけてご満悦だったから少しホッとした。今日は迷惑いっぱいかけちゃったしね。
……はたから見たら大した事ない休日だろうけど、私にとってはあまりに濃すぎる一日だった。
うぅ、まだ頭がこんがらがってるよ。
《沙月、今日はお疲れ様でした》
「あ、こちらこそお疲れ様でした」
頭に直接聞こえる声にもなんだかんだで慣れるんだから人間って凄い。
――――左手首にピッタリと装着されていた腕輪は、装甲を解いた時と同じく念じただけであっさりと外す事が出来たので、今は寝台の上に置いてある。
帰って来てからようやくこの天の声さんともちゃんと話す事が出来たけど、質問に対する答えがあまりに複雑過ぎたので深入りせずにすぐさまギブアップ。
幸い明日は日曜日。働かない頭のままじゃ理解が追いつかないので、難しい話は起きてからにしようって事になった。
――普段の私なら理解できるかは疑問だけど、それは明日の自分に託そう。
うつ伏せのままノソノソと身体を動かし、毛布をめくって潜り込む。
《今日はもう休まれますか?》
「そうですね。また明日お話し聞かせて下さい」
ちなみに、基本的には私が誰か別の人と話している時は声を出さないようにしてくれてたみたい。
――《一度沙月を驚かせてしまった経験から学習しました》――との事。
労いの言葉も掛けてくれるし……電子音声のような声と平坦な口調とは裏腹に、話してみると冷淡って感じじゃないのかも。
――眠気はあるけど、そう思うともうちょっと話してみたいって好奇心も湧いてくる。
今日が初対……面? なのに全然お話出来てなかったしね。
「あの、やっぱりちょっとだけお話してもいいですか?」
《構いません》
「あなたのお名前が気になるなーって思いまして」
まずはそこからだよね、むしろ帰宅後真っ先に確認しなきゃいけなかった事とも言える。
やっぱり頭が回ってないなぁ……。
《名前、と呼べるものなら『スヴェルギア』こそがふさわしいかと》
「スベルギアがあなたの名前?」
《今、貴方と会話を行っている機能もあくまで腕輪に搭載された仕様に過ぎませんので》
「……」
なんだか私の事を人間って呼んでるみたいでしっくりこない。
感覚的な話だとは思うけど……。
《それから沙月、『スベル』ではありません。『スヴェル』が正しい呼称です。V、Eです》
「あっ ……ご、ごめんなさい。口がブイに慣れてないもので……」
頭の中だけなら問題ないんだけどね。
スヴェル、スヴェル……ほら余裕。
――まさか発音を突っ込まれるとは思わなかった、案外コダワリがあるのかもしれない。
《北欧神話に名高き人類守護の楯、それこそがスヴェル。私はその名を冠する『魔装鎧形成装置』なのです》
「おぉ〜」
なんかすごそう。
声音は変わらず一定とはいえスヴェルギアさん(仮)もどことなく誇らしげ、遂に聞いてない所まで語り始めた。
明日調べてみようかな? 神話モチーフの特撮ヒーローも珍しくないけど、そんな盾の名前は初めて聞いたし。
……途中で出てきたむずかしい言葉について今は気にしないでおこう、頭に入る気がしない。
「そういえば、スヴェルギアさんって歳はいくつになるんですか?」
話題を変えてみる。この質問、私としては結構重要なものだ。
《年齢――。残念ながらいつ製造されたのか、その情報は記録されていません。もとより道具である私に、誕生の概念が当てはまるのかも不明です》
道具……なんだかその言葉に引っかかりを覚える。
「うーん、今日までにあなたが目覚めた事って無かったんですか?」
《ありません》
じゃあある意味ゼロ歳とも言えるのかな。
固い話し方からは赤ちゃん感ないけど。
「それじゃあ、私から二つ、提案があるんですけど……」
《どうぞ》
ちょっとだけ緊張する。
「あの、もしかして敬語じゃなくても良かったりします……?」
《問題ありません、敬語以外でも言語解読に差異はありません》
――やったっ! 正直ずっと敬語って気を遣っちゃう。これから一緒に戦っていくならこのタイミングではっきりさせておきたかったんだ。
「ありがとうござっ……あ、ありがとう。じゃあ、これからはもっと砕けて話すね」
自分から言い出しておいてなんだけど、話し方を途中で切り替える時ってなんか恥ずかしい……慣れなきゃね。
「それで……あのね。もう一つの提案なんだけど――名前、あなたの呼び方を決めてもいいかな」
《名前、ですか》
「う、うん。もっと名前らしい名前……というか、呼びやすいやつ。あだ名みたいな感じで」
――――怒られるかな? スヴェルギア自体は、気に入ってるみたいだし……。
一応、名前の候補はもう決めてあるんだけど。
《そちらの方が、意思の疎通が円滑に図れるのであればご自由にどうぞ》
「良かったぁ。それでね! その名前なんだけど――『ベル』っていうのはどうかな?」
《ベル――》
「うん! 呼びやすいし、かわいいし、いい名前だと思うんだけど……どうかな?」
《了解しました。『ベル』、以後この名称を沙月が使用した場合、私を指したものであると認識します》
「やったぁ! そしたら改めて、これからよろしくね――ベル!」
《ではこちらも改めて。沙月、これから宜しくお願いします》
変わらず口調は平静で気に入って貰えたかはわからないけど、とりあえず受け入れてはくれたみたい。
寝る前にお話しが出来て良かった。思った以上に人と接するみたいにコミュニケーションが取れる存在だとわかったし。
……だけどそろそろ眠気もピークだ、まぶたが重くなってきた。
「うん、じゃあお話しの続きはまた明日、今度こそ寝るね」
《はい、おやすみなさい沙月》
「ん、おやすみ。ベル」
リモコンで部屋の電気を消す。暗くなった部屋の中で目を閉じる。一回り濃くなった黒をまぶたの裏に感じてふと思う。
そういえば、この部屋でベッドに入ってからおやすみって言われるのも久しぶり。
たまに、文香がお泊りに来た時くらいかな……。
――――「あの、白宮 美月って名前に聞き覚えはありませんか?」――――
――――《申し訳ありません、その名前に該当する情報は私の中には存在しません》――――
家に帰り着いて真っ先にした質問。白宮美月はお母さんの名前。
――この腕輪は元々、お母さんに貰ったものだ。
偶然? それも否定しきれないけど、だとしてもどこでこれを手に入れたのか……。
そしていくつか質問をやり取りした今なら分かるあの言葉。
『異界』
異世界。こことは違う別の世界。
もしかして、お母さんは今……。
――何で私にこの腕輪を渡したんだろう。
私に、戦って欲しかったのかな。
今考えてもしょうがない。
ひとまず今日はもう寝よう。
なにせ明日は超ヒーロータイム、もちろん録画に抜かりはないけど、やっぱりリアルタイム視聴が一番だもんね。