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Action.03 白き盾纏う乙女

「はぁっ!」


 腰を落として突撃を開始。身を低く、地面(アスファルト)を砕きかねない踏み込みで弾丸の如く怪物の体躯(たいく)へ迫る。


 深き者ども(ディープワンズ)と呼ばれた怪物は三度その腕を振り上げる……私を迎え撃つつもりだ。


 ――――でも、こっちの方が速いっ!!


 臆する事なく加速する。自分の身体とは思えぬ脚力に戸惑いはなく、右肩を突き出しながら速度を殺さず敵の胴へと肉薄する。


 ショルダータックルの構え。


 接触の直前、最後の踏み込みは斜め上へ。(かが)めた脚をバネにして。高く、跳び上がるようにっ!


「たあぁっ!」


 ――――直撃(インパクト)ッ!!


 肩の装甲が相手の腹へと沈み込み、(すく)い上げるようにその身体を吹き飛ばすっ!


 至近距離での体感でしかないけれど、深き者ども(ディープワンズ)の全長は並みの成人男性以上。

 確実に二メートルは超えているだろう巨体が軽々と宙を舞う。


「!!??」


 その怪物は最初から受け身など取る気もないのか落下の衝撃そのままに地面をゴロゴロと転がった。


 距離にして五メートルほど。追撃するなら今だけど――。


 足を止める。それより先に済ませておかなければいけない事がある。


 私は横目で()の位置を確認すると、急いでその場に駆け寄った。


 ……深き者ども(ディープワンズ)の後ろで気を失っていた男の子。この子と怪物を引き離す事こそが先の一撃に込めた一番の目的。


 今、敵の標的(ターゲット)が私だとしても、この位置では巻き込まない自信はないし追撃が上手くいく保証もない。

 ――更に今日は日差しが強い。直射日光と熱を持ったアスファルトに、体勢も変えられない彼を長時間晒しておく訳にはいかなかった。


 今のうちに安全な所へ運ばないと。


 首と膝の裏側に手を差し込み、いわゆるお姫様抱っこの形で抱き上げると車道の中央から跳躍。ガードレールを易々(やすやす)と飛び越え歩道に降り立つと、そのまま街路樹の幹にもたれさせるようにゆっくりと下ろす。ここの木陰(こかげ)なら日差しも防げるし、樹が壁にもなってくれるはずだ。


 グッタリとした男の子のひたいには、玉のような汗がいくつも浮かんでいた。


「ごめんね……」


 この子を置いて、一度は逃げ出そうと考えた自分。

 罪悪感が胸を刺す。汗と、濡れてひたいに張り付いた髪を(ぬぐ)おうと腕を伸ばして。


「……あっ」


 自分の手が、今どうなっていたかを思い出す。

 装甲(ギア)に覆われたこの手では、汗を拭ってあげる事は出来ない。


 伸ばした手を、緩く開いていたその拳を強く握り締める。


「待っててね。すぐに終わらせるから」


 今、この手でやらなくちゃいけない事は他にある。

 私は()()()()()()を済ませると、再び車道へと飛び出した。



 ■



 凄い――――。


 車道へ向けて跳び上がると同時に抱いた感想は、この身を包む白い鎧(スヴェルギア)に対するもの。


 三メートルほどの高さになるこの跳躍を始めとする脅威的な身体能力はもちろん。

 それ以上に驚いたのは、私の動作が明らかに洗練されたものになっている事だ。


 深き者ども(ディープワンズ)を確実につき飛ばす為、体当たりを仕掛けたのは私自身。けど衝突する瞬間、角度を付けて相手の身体を浮かせようだなんて考えもしなかった。


 闘いの技術だけじゃない。少年を抱えた時の手際の正確さから、着地時にあの子へ負担を伝えないための体捌(からださば)き。

 特殊な訓練を受けていないどころか運動部ですらない私が、一朝一夕(いっちょういっせき)で身につけられる訳がない。



 ――――私とギアの接続(リンク)……。



 敵と離れて落ち着くまで、自分のものとは思えない能力(スペック)を発揮しながら当然のように受け入れていた。接続とはつまりそういう事なんだろうか?


 車道の中央、ちょうど白線の上に着地した私はそこで思考を中断する。それについては後回し。

 深き者ども(ディープワンズ)を撃破せよと声は告げた。

 すぐに終わらせる……私自身が誓った約束。守らないと。


 相対距離は再び五メートル。その怪物は未だ起き上がってはいなかった。両手を広げ、のん気に寝そべっているようにすら見える。その外観も相まって本当にただの影になってしまったみたい。


 あまりにも無防備。

 これは……まさか、最初のタックルでもう身動きが取れない程のダメージを与えていた?


「…………」


 チャンスだ。戦いが長引いてはいけないと男の子の避難を優先したけど、決着を早く着けられるに越したことはない。


 よし、このまま――――!


 その時、怪物が顔だけを傾け私を見ると……。

 ゴロン、と。

 こちらに向かって転がった。


「な、なに……?」


 あまりにも間抜けな仕草に唖然としている私の事など気にもしていないように、深き者ども(ディープワンズ)は一回、二回と転がりながら近づいてくる。


 ゴロン、ゴロンゴロン。


 三回目、身体と共に力なく振り回されていた腕。それがちょうど回転によって頂点の位置に達した瞬間。


 ――――不意に大きく伸び上がると、長大な(むち)となって私へ向けて打ち下ろされた!


「わぁっ!」


 困惑により反応が遅れてしまい咄嗟に両腕で顔を庇う。


 衝撃。怪物による一撃を受け止めた両腕にはビリビリと痺れが走り、身体がふらついたまま数歩後ずさる。

 なんとか防御、間に合った……!


 甘かった……! やっぱり、まだ動けたんだ。早く反撃しないと!

 腕に痺れは残っているが強い痛みはない。改めて装甲(ギア)の強さを実感しながら防御の構えを解いた私が見たのは。


 既に両の脚で地面に立ち、しなる右腕を振りかぶった怪物の姿だった。


「――っ! きゃあっ!!」


 横薙ぎに振るわれた黒い鞭に、次こそ反応が追いつかずわき腹を打ち据えられる。


「うぁっ……」


 お腹に装甲はない……一瞬、戦慄したが直撃の瞬間にバチッ! と青い光を放ち、何らかの力が弾き返してくれた。


 これは、魔力防壁(バリアスキン)と呼ばれた機能?


 しかし万全の体勢でなかった為身体が右へと流され――倒れないよう踏ん張ろうとした直後。右肩への強い衝撃で強引に立て直させられる。間髪入れず左腕による一撃を受けたのだ。


「あぁっ!」


 もはや相手に一切の容赦はなく、畳み掛ける連撃が私の全身に襲いかかる。

 腕、肩、わき腹から脚まで……。その触手のような腕を打ちつけられるたびに被弾箇所から青い火花(スパーク)が飛び散った。光と音は、受けるたびにその強さを増していく。

 防壁への干渉が強くなっている……一撃ごとに、どんどん威力が上がっている!


「うっ……ぐぅっ! ……うあぁっ!!」


 頭だけはと必死に守る私をいたぶるように与えられる衝撃が、意識を天地左右に振り回す。

 そして腹部に今までで一番強い閃光が弾けた時、私の身体はついに大きく吹き飛ばされた。


「あぐぅっ!! ……つっ……ぁ……」


 痛みを(こら)えてすぐに体勢を立て直す。射程圏から外れたのか、追撃は来ない。


 そのかわり――――。


「グゥオオォォォオオオォォォッッ!!!」


「ひっ……」


 今まで、一切声と呼べるものを出すことのなかった怪物が叫びを上げる。

 それはまるで獣の咆哮。

 その無貌に変わりはなく、一体どこから音を発しているのか想像も付かない。

 ただ一つ確かな事は、声にははっきりとした感情が乗っているということ。


 敵意、悪意……殺意。


 今になって気が付く。最初に見せた奇妙な横転はこちらの油断を誘っていたのだ。

 表情が無いから、口を利かないから……感情も知性も持たない化け物だと思っていた。だけどそれは間違いだ。

 あの怪物は、この装甲を纏うまで私を敵と認識すらしていなかっただけ。


「ウォオォォォッッ!」


 威嚇のためか、長い腕を何度も道路に打ちつける。叩かれた地面(アスファルト)が発泡スチロールみたいに砕け散る(さま)に背筋が凍る。


 あんな攻撃が、私に向かって何度も何度も振るわれていたのか。


 身体に残る痛み以上に、生まれて初めて自分へと向けられた敵意と殺意に身を震わせる。また怖気付きそうになる……。


「はぁっ……はぁ……!」


 だけど。


 さっきの少年の顔が頭をよぎる。

 木陰に下ろして立ち去る前、最後に一つこの耳で確かめた事がある。


 ――――トクン……トクン……。


 鼓動。まだあの子が生きている証。深き者ども(ディープワンズ)が彼に何をしたのかは分からない。

 それでもまだ、その生命(いのち)は確かに有った。それを……今、助ける事が出来るのは!



「グオオォォォオオオウウゥッッッ!!!」

「もう逃げないって……決めたんだっ!!」


 深き者ども(ディープワンズ)へ向かって自分の覚悟をぶつけるようにそう叫ぶ。


 胸の水晶(クリスタル)が一際強く輝いて、私は怪物へ向かって飛び出した。脚の装甲、その黒い(ライン)に淡い青の光が(はし)り、踏みしめた大地を砕きながら加速する――。


 射程圏内。黒い影もまた動き出す。


 右腕は斜め上からの撃ち下ろし、ほぼ同時に左は真横に振るわれる。


 大丈夫――――見えているっ!


 僅かに上段からの一撃が早い。左腕の装甲にも脚と同じく光が巡り――黒い鞭を、手の甲を使い払い飛ばす!

 水色の光は循環するように右腕へ。真一文字に右から迫る一撃を、拳を固めてこちらも真横に叩き、返すっ!


「グオォッ!?」


 振るった腕を同時に迎撃された深き者ども(ディープワンズ)がのけぞって――――。


 開いたっ!


 その胴が完全にガラ空きになる。

 こちらの足は止まってない、だから後は一撃。この黒い怪物を、一撃で(はら)う必殺の――――!


 思考と同時。頭に浮かぶ一つの呪文(スペル)


「――――決着兵装(リーサルギアウェポン)ッ! 展開(リリーース)ッッ!!」


 左腕の白い装甲が()()がって一回り巨大化すると、比例して黒い溝が深くなる。

 その黒線(ライン)に水色とは違う(オレンジ)色の光が急激に流れ込むと瞬時に黒線の全てを満たし、陽光を思わせるその輝きが装甲の白をも淡く染め上げた。


  その瞬間――!



「はあぁぁぁっ! 極光の一撃(バルドール・ブライト)ッ!!!!」



 深き者ども(ディープワンズ)の胸元に叩き込まれた左拳。

 その拳を起点として、(まばゆ)い光の波が瀑布(ばくふ)となって怪物の全身を焼き尽くす!


「ガッ、グゥガアァァッ!!!」


 その黒い影はまるで洗い流されるように、自らを貫き背後まで拡がっていく光に(ちり)となって(さら)われていった。


「……ハアッ……ハアッ……ハッ……」


 その光が大気へ完全に溶けたのを見届けて。



「私……倒し、た……の?」



 ようやく、その実感が湧いてきた。



「やっ……た! やった!! 私、みんなを……守れたんだ!」



 思わずガッツポーズを決めた所で、身体がグラリと傾いた。


「うわっ……とっ」


 全身の疲労感が酷い。最後の一撃、あれを放つまでは充分に動けていたんだけど……。

 戦いが終わった安堵からだろうか。

 今にも崩れ落ちそうな膝をなんとか(こら)える。敵は倒したけど、まだ全部が終わった訳じゃない。もうちょっとだけ頑張らないと。



 ■



 まずはあの男の子の居る木陰へ向かう。

 先程はひとっ飛びで移動した距離だけど、もうそれだけの余力も気力も残っていない。

 怪物を撃破した今、この無音の世界にも変化があるはずだ。脳内に響くあの声の人にもっと詳しく話を聞かないといけない。


 その為にまず、この装甲(ギア)を脱がないと……。


《お疲れ様です 沙月》

「ひゃあっ!」


 急に頭の中に響いた声に、思わず変な声が出てしまった。


「え、びっくりした! え? 装甲(この姿)のままお話し出来たんですか!?」


 さっきの悲鳴を誤魔化す意味もあって、若干早口でまくしたててしまう。

 装甲(ギア)の形状になってからは敵を撃破して下さいと言ったっきり全然喋ってくれなくなったから、てっきり制限とかあるのかと思ったんだけど……。


《緊急措置として優先的に担い手(ホルダー)登録を行った為、本来事前に登録すべき沙月のパーソナルデータを戦闘中に入力する必要がありました。 対話機能が停止していたのはその為です》


「なるほど、そうだったんですか……」


 正直全然理解できてなかったけど、多分今後は自由に話せるのだという事は分かった。


「あの、それからこの装甲(ギア)の脱ぎ方なんですけど」

《今の貴方であれば念じるだけで可能です》


 言われた通りに念じてみると、私を守ってくれていた装甲が水色の粒子となって霧散する。左腕の腕輪だけが残り、服装と肩にかけたバッグは元に戻っていた。


「おお……」


 改めてすごい。今の科学技術では逆立ちしたって出来ないはずだ。


 相変わらず音と人が存在しない世界は不気味で怖い。

 だけど話かける相手がいるだけで随分と気が(やわ)らぐなぁ……と、ふと思った。



 ■



 男の子の様子に変化はないみたいで、私は隣にしゃがみ込み、バッグから取り出したハンカチで今度こそひたいの汗を拭いてあげる。


「この子、大丈夫でしょうか? あの黒い怪物に襲われていたみたいなんですけど」


《一部、生命力を捕食された形跡があります》


「捕食っ……!?」


 およそ人間に対して使われる事の無い単語に、反射的に声が裏返る。


《心配ありません 生命活動に必要な力は充分に残っています 症状としては今日一日 軽度の倦怠感がある程度だと予測されます》


 心の底からホッとして肩の力が抜ける。


「本当ですか?! よかったぁ……!」


 彼女の平坦な口調がむしろ心強い。詳しい話はともかく、大事に至らなくて済んだみたいだ。


《それよりも沙月、間も無く()()()()()()()()


「へ?」


 いかい……?


 聞き馴染みのない言葉に首を傾げる。


「あのぉ」


 どういう意味か詳しく問い正そうとした私の横を。



 ――――――ブォォンッ!



 何かが高速で通り過ぎていった。


「っ!?」


 続けて背後から聴こえてきたのは、がやがやと様々な音が混じった雑音。その中でも一際目立つのは――――。




「おい! 君、大丈夫か?」「怪我はないかい?」 「ああ! マサル……! ああ、ごめんね、しっかりして、マサル!」「そっちの子はどうだ! 怪我はないか!?」「大丈夫! 驚いて気を失っただけみたいだ!」「アンタがしっかり見てないから!」「救急車は必要なのか!?」



 入り乱れる大勢の人の声。


「えっ! あ、あの……え?」


 事態を全く飲み込めずただ狼狽える。

  一瞬にして溢れかえった音の洪水にめまいを覚えた。

 人、人、人……。

 あれほどまで探し求めていた町の人達が私と男の子を中心に集まっていた。


 ブォン! と再び何かが横を通り過ぎた。

 音が聴こえた方へ顔を向ける。

 ガードレールの向こう側。それは道路を走る車の走行音だった。


「お嬢ちゃん、立てるかな?」


「あ、ありがとうございます……」


 心配そうに私の顔を覗き込むおじさんが差し出した手を掴んで立ち上がる。

 ……そもそも、自分からしゃがみ込んでいたに過ぎないんだけど。


 ――――なに、どうなってるの?


 怪物は倒した。音も人も無い世界から早く抜け出したいと思っていた。

 だとしてもそれはあまりに唐突で、音と人の渦の中、私はただ呆然と立ち尽くしていた――――――。

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