Action.02 ここから踏み出す第一歩
「きゃあぁぁっ!!」
叩きつけられた衝撃によって、私は地面に倒れ込んだ。
すぐさま、起き上がろうと手を突いて――。
っ痛ッ!!
手の平に鋭い痛みが走る。倒れた時に擦りむいてしまったみたい。
だけど、その痛みが私の頭に冷静な思考を取り戻してくれた。
私……まだ、生きてるの?
まず浮かんだのはその疑問、もう助からないと思っていた。あの瞬間、確かに怪物の一撃で私の身体は吹き飛ばされたんだ。
あの化け物は? 慌てて身体を起こすとすぐにその黒い姿を認める事が出来た。
一歩、二歩。ふらふらと後ずさるように、私から距離を取っている。
――なに、どうして……?
吹き飛ばされたと同時に、押し返した……? ……私が?
《魔力防壁の発動を確認。敵性存在残存確認。至急担い手登録を行なって下さい》
「わっ!?」
突然、頭の中に声が響いた。機械的で、無感情な女性の声。
「だ、誰っ!? 」
どこから……と、周りを見回そうとして気がついた。
バッグに付けていたアクセサリー。その黒い溝の部分に光が走っている。
淡い水色。それは波打つ水流のように、常に色の明るさを変化させている。
――――とても、綺麗な色。まるで生きているみたい。
でも、こんな機能は知らない。常に持ち歩いていたはずなのに、初めて見る。
「……………………」
「っ!」
しまった!
ほんの僅か視線を離した隙に、黒い怪物は再び目の無い顔で私の事を観察していた。もうふらついてはいない。
また、襲われる――――!
「…………?」
だけど身構えた私に対して、怪物が距離を詰めてくる様子はない。もしかして、私に働いた力を警戒してる?
そんな知性を持っているのか、この影から図る事は出来ないけど……。
――それなら。
立ち上がり、恐らく声の元であるアクセサリーを掴みながら、今度はこちらから後退する。視線を外さずゆっくりと。相手は今、私の方しか見ていない。
未だに意識を失ったままの少年から引き離す為にも、退がり続ける。
幸いだったのは、萎縮しきっていた身体をしっかり動かす事が出来る様になった事。さっき受けた衝撃が、結果的にショック療法のような役割を果たしてくれたみたい。
「あの……あなたは誰なんですか? 私を……私達を、た、助けてもらえませんか?」
脳内に響く、声の主に問いかける。
聞きたい事は山ほどあるけど、それが叶う状況じゃない。今はただ、この場を解決する術だけが欲しかった。
《私は盾――白き盾。力を振るう事は出来ません。ですがもしも己の無力を呪い、自らの手で道を切り開こうと願うなら――――私は、貴方の力となります》
すぐに返答はあった。それは抽象的で分かりにくかったけど……一つ、強く印象に残る言葉があった。
――――己の、無力…………。
目を逸らしていた事がある。
……バスの乗客が目を覚まさなかったとき、外へ飛び出す前にやるべき事があったはずだ。
――――私は文香に、息があるのか、脈があるのか……まだ、生きているのか。
確認をしなかった。
時間が無かった?
――出来たはずだ。オロオロと、何度も呼びかけ続けている間に。
思い至らなかっただけ?
――違う。きっと無意識に避けていたんだ。
ただ、自分の精神を保つ為に。
知ってしまうのが怖かった。
――――――――――情けない。
……黒い怪物を目の当たりにしたとき、私は何を思ったか。
逃げなきゃ、と思った。
謎の力に守られ、気持ちに余裕が出来るまで、動かない少年の事はすっかり頭から抜け落ちていた。
恐怖のあまり、動く事すらままならず。
――――――――――みっともない。
ヒーローが好きだなんて言いながら、極限の状況で取った行動は自分を守るものばかり。
――――――――――悔しい。
私は無力だった。
怪物と戦う為の特別な力の事でなく、それは誰しも持ち得るはずの、もっとありふれた力の話。
勇気。
その力を、真っ直ぐに教えてくれるヒーローが好きだった。
そんな自分は、その力を一欠片も持ち合わせていなかった。
――――そんな自分を、最期を覚悟した時に初めて知った。
その無力を、無力な自分を……呪わない、訳がないっ!
その力を振り絞っていたとして、結果が変わっていたとは思わない。そんな事は問題じゃない。
ただ、たとえ自分が、ヒーローになりたい訳じゃないとしても。
それを愛する私自身が、大切な彼等に教わった全てを、裏切った事が許せない!!
「――あのっ」
初めて出会った絶体絶命。私の一歩目は何もかもが間違っていて。
「それは、私が自分の手で戦うのなら力を貸してもらえる……という意味で、合っていますか?」
やっぱり、自分はヒーローになるような人間では無かったけど。
《その認識で合っています》
もう、遅いのかもしれない……それでも……!
気付いてもなお裏切りを重ねてしまえば、私はヒーローを愛する資格すらも失ってしまう。二度と、画面の向こうに合わせる顔がない――そんな自分にだけは、なりたくない!
「だったら私……戦います!」
なにより、私は助けたいと思っている。バスに乗っている人達も、倒れている少年も。
そして誰より。
――――文香……。
親友の顔が頭に浮かぶ。今日笑いかけてくれたその顔を……ううん、もっとずっと前から。
母が帰って来なくなって塞ぎ込んでいた私のそばで、いつも優しく微笑んでいてくれた。
失ってしまうなんて、考えたくもない……!
弱い私は、自分の事を優先した……今更、都合がいい話だと思う。
それでも、抱いている気持ちに嘘はない。ただその思いを、張り通す事が出来なかった。
情けなくて、みっともなくて、あまりにも無様で……一人じゃ、無力なままだった。
だから――――――!
「だからお願いします! 私に勇気を貸して下さい!」
《承知しました。担い手登録を開始します。貴方の名前を教えて下さい》
「白宮、沙月っ!」
《――担い手登録及び 担い手とギアの接続を完了。白宮沙月、デバイスの装着後発動呪文による認証を行なって下さい》
水色に発光していた溝に沿って、腕輪の一部が開かれる。不思議な事に、次に何をすべきかは理解していた。
開いた腕輪を左手首に取り付けると、カチリと小さな音が鳴り、ピタリと私の手首にフィットする。
――――ほぼ同時。静観に徹していた怪物がついに大きく動き出す。
こちらの異変を察したか、腕を振り上げ一気にこちらへ突っ込んでくる!
既に私は退がる事をやめていた。
――もう、遅いっ!
「装甲展開! スヴェルギア……起動ッ!!」
脳裏に浮かんだこの言葉こそが発動呪文。
その宣言に呼応して、腕輪に灯った光が瞬く間に溢れ出す。鮮やかなライトブルーの奔流が、私の身体を駆け巡る――――!
未知なる力に満たされた流動する光は、やがて一つの形に収束を果たす。
確かな質量を持つ白き装甲として。
それはいつしか着ていた服と置き換わりながら、私の全身を包み込んでいく。
――――頭部にはヘッドギア。形状は自分の目では確認出来ない。しかしそれ以外の部位、その形状ははっきりと見て取れた。
腕は肘、脚は膝まで。金属で出来た白い装甲。各部には腕輪と同じように黒い溝が刻まれてる。
胸元から肩まで、そして腰の装甲もまた色は白。ただし四肢とは違いこちらは完全なる純白。ただ一点、菱形の水晶が胸の中心で水色の光を湛えていた――――。
「これが……」
《魔力防壁、魔力流動、共に正常。スヴェルギア、起動完了》
この鎧が、白き盾――――!
「!?……!?!!?!?」
怪物が怯んだようにたたらを踏む。物言わぬ無貌から表情を読み取る事は出来ない。しかしその挙動には明らかな戸惑いが浮かんでいた。
《正規担い手に対し情報制限を一部解除。敵性存在――――個体名深き者ども。数は一、直ちに撃破して下さい》
「……はいっ!」
覚悟を決めろ――――もう逃げないっ!
今みんなを助ける事が出来るのは――私達、だけなんだからっ!!