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Action.11 私の原点?

 校舎の二階。〈2-1〉の札が掛けられている教室の引き戸をガラガラと開けて、私と文香は自分達のクラスへ足を踏み入れた。


「あ、白宮(しろみや)さんと皿屋(さらや)さん。おはよー」

「うん、おはよー」

「伊藤さんもおはよう」



 まだ始業前ともあって、ゆるりとおしゃべりしていたクラスメイトの子に挨拶を返しながら自分の席へと向かう。

 私の席は窓際の列、後ろから二番目。そして文香がその後ろの最後尾。

 視力の弱い文香は席替えの時、先生から最前席を進められていたんだけど断ったんだ、「眼鏡があるので大丈夫です」って。


 まぁ最前席は避けたいよね。迂闊にウトウト出来ないし……って私なら思っちゃうけど、文香でもそうなのかな。

 私的(わたしてき)には近くの席で万々歳だし、困ってないならいいんだけど。


 そんな文香は今現在、やっぱり暑かった上着を脱いで丁寧に畳んでいるところ。


 一方私は、そのまま席に着いて教科書を机に詰めている最中。

 隣の椅子がガタッと引かれる音に目を向けると、小野田(おのだ) (まい)さんが席に着くところだった。


「おはよっ、小野田さん」

「……うん、おっはぁ」


 ふあぁ、と口元に手をやり挨拶のまま大きなあくびへと移行する小野田さん。

 肩の辺りまで伸びた髪はふわふわと波打つかなり明るめのブラウン。

 学校指定ではあるけど目立つため少数派な薄ピンク色の半袖ブラウスに攻め攻めのスカート丈。

 それ以外にも色々と、全身で校則を綱渡ると評判の少女は薄めのメイクで整えられた顔をふにゃふにゃにしていた。


 日頃の会話から夜更かししがちとは聞いてるけど、今日はまたより一層って感じだ。


「ん、寝不足?」

「それがさー、ちょっと聞いてよ」


 寝ぼけまなこな小野田さんは、クタッと机に頬を付けながら昨夜の事を話し始める。


 ――どうやら友達に勧められた動画配信者の無料配信を寝る前に見始めた結果、ついつい止まらなくなってしまったらしい。


「あはは、でもわかるなぁ。私も……ドラマとかだけど、よくあるよ。DVDとかならまだ歯止めが効くけどさ、動画配信だと油断してたら次の話が始まっちゃうから」


 共感を覚えてそんな返しをしてしまう。特撮ヒーロー作品もドラマだし、嘘は言ってないよね。


「あれズルいわぁ。てか白宮さんてどんなドラマ見んの? あんまイメージ無かったわ」

「あれ。そ、そうかな」


 軽く話に乗っかったつもりだったんだけど、思わぬ掘り下げに動揺してしまう。


「なんかオススメとかある? 白宮さん、アタシの観てないやつ知ってそう」

「う、うーん。そうだなあ」


 腕を組んでしばし考える。

 まさかヒーロー特撮を勧める訳にもいかないし、かといってそれ以外となると……。


 ――あ、あった!


「『君色の音色』かな、あれ面白かったよ」

「え、何それ初めて聞いた。ちょい待って」


 そう言って小野田さんはおもむろにスマホを取り出すと手慣れた指さばき画面をタップする。目立たなかったけどマニキュアもしてたんだ。


「えっ、りょう君じゃん。こんなのあったのか」

「放送、深夜だったしね。私も偶然見つけたし」

「へぇー、てかりょう君の主演ってこっちのが先なんだね」


 本来なら見かけてもあまり注目しなかったかもしれないけど、ついつい目がいく要素があったから、観てみたら面白かったんだ。


「ん、いや初主演ならあれか。子ども向けヒーローの…………あー、それで」

「なるほどって何が?」

「だって白宮さんそういうの好きじゃん? だから観たんだなーってさ」

「まあね。――え?」

「ん?」


 ――えっ?


「なんで!? 私、言った事ないと思うんだけど」

「そうだっけ? でもこの前日曜の話でちょっと盛り上がったっしょ」


 そう言って以前のやりとりを話し始める小野田さん。聞くにつれて、私も当時の会話を段々と思い出してきた。



 ……………。


『昨日さぁ、朝っぱらからあのガキがやかましくって、こちとらまだ寝てるっつーのに』

『弟君? どうかしたの』

『なんか子ども向けのやつ、観終わった途端おもちゃのベルト持ってガッシャンガッシャンギュインギュイン』

『ふふっ。元気でいいじゃん』

『せめて巻けや、て思ったわ。ってかさ、鳴らすの一回で良くね?』

『ああー、フォームチェンジ中だったのかも? 多いもんね』

『そうなん? ……あんまうっせーから怒鳴ったろうか、って起きてったら――』

『うんうん』

『床に転がってたロボットのパーツ蹴飛ばしちゃってギャン泣き始めやがって、泣きたいのはこっちだっての』

『あーそれは、確かに最近のは種類が多くて合体後に余り出ちゃうけど、片付けはしっかりしなくちゃね』

『ロボはとにかくさ、朝から最悪よ、泣き止ませて注意して。アタシが世界征服したろうかと思った』

『なんだかんだでお姉ちゃんだよね、小野田さん。それにしてもきょうだい対決か……定番だね!』

『定番なの? まあアタシが負けるって想定してそうなのはなんとなくわかるわ』


 ………………。



「いやおもちゃ事情への食いつき良すぎじゃね? ってさ」

「あぁ……」


 頭を抱えて机に()()す。


 違う。普段は興味なさそうな人相手にこんな話し方しないんだよ。

 ただあの時は、絶対出てこなさそうな人の口からヒーローの話題が出て、しかも弟君(見たことはない)が楽しく遊んでるのを想像しちゃったら、テンションが暴発しちゃっただけなの……。


「もしかして隠してた?」

「う、ううん、別に。ただあんまり口にする気もなかったからさ……あの時はごめんね」


 ちなみにその話が終わった後の私は、


(親御さんも大変だよね、アイテムいっぱいだと……私はワクワクするけどさ!)


 うんうん、とか思っていた気がする。

 馬鹿なのか。


「なんで謝ってんの? アタシが振ったのにさ」


 ははっ、と笑う小野田さん。

 そう言ってもらえると助かる……けどホント、気をつけよう……。


「でも普通に気になるかも。白宮さん、何キッカケでハマったの? イケメン目当てって感じでもないし」


「キッカケ? えっと」



 私が最初にヒーローに触れた記憶。

 ――実は覚えていなかったりする。


 元々は、お母さんが好きだったのが始まり。


 いつも忙しそうにしていた母。

 だけど、必ず毎週録画したヒーロー特撮を夜に欠かさず観ていて……それがまた幅広くて。

 等身大の単独ヒーローからチームで戦うもの。ビルよりおっきな巨大ヒーロー、果ては怪獣メインで大暴れする映画まで。

 それを観ている時の母は、とても集中しているみたいだった。


 だから私はそんな時、ここぞとばかりに母の膝の上に乗っかっていた。

 いつもはやんわりと降ろされる事が多いこの行為も、ヒーローを観ている時の母に対しては成功率百パーセント。

 どかす時間すらもどかしいのか、乗っかる私の前に手を回して見続ける。


 時折(ときおり)手癖のように私の髪を撫で付けたり、顎を軽く頭に乗せたり。

 話が盛り上がれば回された手に力が入って少し苦しかったけど……。

 背中に感じる温もりが、私は何より幸せだった。

 今となっては少し甘えすぎで恥ずかしい。


 ――――そんな、幼い頃の記憶が原点。



 きっとその時の私にとっては……その思い出の中では、ヒーローは主役じゃなかったのかもしれない。

 だからかな、あんまりその時観ていた作品の事を思い出せないのは。


 考えてみればすごく不純なキッカケなのかもと、ちょっと申し訳なくなっちゃったり。

 それが今ではヒーローそのものの虜になってしまってるんだから人間ってわからない。

 今では曖昧だった当時の作品も見返して、自分なりにストーリーを読み解こう! なんて思ったりしてるんだから。


 ――さっきの質問に一言で答えるなら、


「まあ、親の影響だねー」


 って感じかな。



「あーあるある、なるほどねー。ウチでもさぁ、お父さんがケーワン見るからいつの間にか選手の名前とか覚えたりさ、ケーじゃなくてエムみせろ! って思うマジで」

「エムの方って年イチじゃん」


 小野田さんの軽口に私も軽く笑って答える。

 一年生の頃はほとんど話した事もなかった彼女と話す機会が増えて、以外だったのは家族の話題が多いこと。

 もっとも、近しい友達とは音楽とかさっきみたいな動画とか、そういう話題で盛り上がってる方が多いみたいだけどね。


「でもそっかー、せっかくのオススメだしドラマは今度観てみよっかな」

「うん、ぜひぜひ」



「ねぇねぇ舞ー、紹介したヤツ、どうだったよ!」


 突然頭上から降って来た声に、二人してビクッと身を震わせる。


 顔を上げれば、先程挨拶を交わした伊藤さんが小野田さんの机の上に、ずいっと身を乗り出してくるところだった。


「もーちょい段階踏んでくんない? とーとつ過ぎるわ流石にさ」


 そう答えると小さく私へ手を振って、伊藤さんへと向き直る小野田さん。朝のおしゃべりはここまでみたい。



 時を同じく、畳んだ制服を後ろ棚へと仕舞う為に席を立っていた文香が戻ってきたので、私はそちらに身体を向ける。


「ねー文香ぁ」

「どうしたの?」

「私ってさぁ、その……結構バレバレだったりする?」


 要領を得ない質問に、一瞬だけ怪訝(けげん)そうな顔をする文香。だけどすぐに合点がいったのか「ああ」と頷いて口を開く。


「んー、基本的にはそうでもないと思うよ」

「ホント?」

「うん。ただ……」

「ただ?」


「何かの拍子でエンジン入ると、全開でどっか行っちゃいがち」


 ――やっぱりそうでしたか。


 はぁ、とガックリ肩を落とす。

 反省します……。


 ■


 授業中。


 黒板に記された内容の書き取りの為に与えられたひとときの静寂、鉛筆とシャーペンがノートをひっかく音だけが響く中、教室をこっそり見回してみる。


 真剣に筆を走らせる子。面倒臭さが顔に出てる子。ひそかに言葉を交わしている子達に、思わずあくびが出てしまった子。そしてもはや完全に船を漕いでしまっている子……は、私の隣の席。



 昨日、一昨日。どう過ごしていたんだろう。

 みんなのその日を守ることが出来たのなら、それは胸を張ってもいいことだよね。


 なんて、そんな事を考えて……考え込む。


 ――でもこのままじゃ、後手後手だ。

 終わりが見えない。


 今この瞬間の一秒後に、また襲撃があるかもしれない。あるいは夜、眠った後に?

 ある程度絞られているとはいえ、もっと遠くにヴォイドが現れた時、また誰かがあの次元に迷い込んでいたら、その時は……。


《沙月、あまり気を張りすぎない方がよろしいかと。貴方の万全な精神状態(メンタル)こそ、現状最も必要不可欠な武器なのです》


 ベルの声。


 うん。わかってるよ、大丈夫。

 でも出来ることは探さなくちゃ。


 そうやって気を引き締めてから――。


 ■


 ――――一週間。


 ヴォイドは一度も現れなかった。

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