Action.10 朝の通学路
ベルの事をもっと知りたいと、早速『スヴェル』について調べてみた。
スヴェルの楯。
強大な太陽の熱から大地を守るため、その間に立つ楯らしい。
流石は神話、ちょっと意味がわからないスケールだ。
――でもさ、ヴォイドって見た目的には影じゃない? 太陽とは真逆の存在っぽいんだけど。
……やっぱりベルの趣味なんじゃないかなぁ。
いやまぁ、いいんだけどね。
ヒーロー作品視聴会については……うーん、やっぱりまだよくわかんない。
だけど感想というか、結構自分から意見みたいな事を言ってくれるのでもう少し続けたいと思う。
こっちは完全に私の趣味だけどね。
そんな感じの、五月五日の日曜日だった。
■
私の家は、簡単に言ってしまえば住宅街の一角にある一戸建て。一階には広いリビングと客間用の和室まである。
二階の三部屋の内の一つ――お母さんの部屋――にはベランダまであり、一人暮らしには不釣り合いに立派なものだ。
お母さんが行方不明になってからは、家のお金も管理してくれている叔母――りか姉ぇのアパートで一緒に暮らしていたけど、高校進学が決まってからはこの家に帰って来たんだ。
理由は色々あるけど、一番はやっぱりお母さんが帰ってきた時、真っ先に出迎えたいから……かな。
――――そんな家から歩いて五分。
建ち並ぶ家々を抜けた先の交差点。私のよく知る女の子が、よく知る服装で立っていた。
「おーはよっ! 文香っ」
「あ、さっちゃん。おはよ」
昨日まではあまりに色々ありすぎたけど、週が明ければいつもと同じ。
今日は月曜。いうまでもなく学校の日。
挨拶を交わした後、歩幅を揃えて歩き出す。
学校までは、ここから歩いて三十分ちょい。
自転車通学は許可されてるけど、文香にそのつもりは無いみたいだし、私も、この時間を短くしたいとは思わない。
少し進めば大きな川があって、その土手沿いにはアスファルトでしっかり整備された道がある。
そこを歩いて橋まで行って、渡ったら後はもうほぼ真っ直ぐだ。
橋を渡れば私達と同じ服を着た女子を始め、色々な人が行き交う時間。
逆に、もうすぐ到着する土手の道はあまり人が通らない。
犬の散歩をしているおじさんや、ランニング中のおばさんとすれ違う程度。
一年とちょっと。見慣れたいつもの通学路。
■
――――相変わらず、文香は制服似合うなぁ。
土手沿いの道を歩きながら、ふと目を向けて心の中で呟いた。
うちの制服は黒を基調としたブレザータイプ。
襟には白い三本線が入っている。
下に着た、襟元に覗く白いブラウスの胸元には真っ赤なリボンタイ。
スカートは暗めの赤に黒と深緑のチェック柄。
学校指定の手提げカバンは紺色のボストンバックタイプ。肩掛けの部分を短めに調節して両手で持っている。
ぱっと見に濃い青っぽくも見える制服は、言葉にしてしまえばドラマなんかでよく見るありふれた形。
――制服なんだから当然なんだけど。
でも黒い眼鏡と少し長めのスカート丈も相まって、文香が着るとなんというか、すごいしっくりくるんだよね。
学生服なのに少し大人っぽい、落ち着いた感じ。
人を見かけで判断するなとは言うけれど、彼女の事を知ればこそ、ピッタリだなぁって思うんだ。
正直ちょっと羨ましい。
同じ服なのに、私が着たら逆に子供っぽく見えちゃっている気がしてならない。
……うーん、背は文香の方が小さいんだけど、なんでかなぁ。
「そういえば、さっちゃんはもう夏服にしたんだ?」
「まだ長袖だけどね。もう結構暑くない?」
歩きながらの質問に、手首を軽くひらひらさせながら答える。
まだ五月とはいえ、今年は結構暑い日が続いていて、まだ昇りきっていない太陽の日差しもそこそこ強い。
今の私は長袖の白いブラウスに紺よりの黒いベストを着た格好。
カバンは肩に掛けていて、今はおとなしいベル――白い腕輪はアクセサリーとして肩掛けの付け根にチェーンで付けている。
これはスヴェルギアのデバイスだって知る前からの習慣だ。
五月はもう制服の移行期間、どっちを着てもいい季節。
これから段々、黒が目立った通学中の景色の中に、白が混ざり始める頃。
「うん……分かる。私失敗しちゃったかも」
「あ、やっぱり文香も暑かったんだ? まぁ教室入ってから脱げばいいんじゃない?」
眉根を寄せて制服の端をつまむ文香。
その横顔を覗き見て――。
――――さっちゃんがそんな優しい人だって、私は知ってるもん――――
不意に、あの日かけてもらった言葉と笑顔を思い出して、ぱっと顔を逸らしてしまう。
ううん、本当は……それこそ今日起きた時から頭の片隅にあったんだ。
急に飛び出して、急に泣き出した私を……文香はどう思ったのかな、って。
――――うあぁ。日を跨ぐとまた違った恥ずかしさが芽生えてくる……!
もう……。 なんで私泣いちゃったかなぁ。
一人で特撮ヒーロー観てる時はともかく、人前で泣いたりなんて…………劇場版を、観に行った時くらいだ。
ちらりと再び横目に見ても、文香の様子はまるでいつもと変わらない。
案外、気にしてないのかな。
その時、彼女もこちらに気づき一瞬目が合ってしまう。
「――っ!」
思わずまたも顔を背ける。
「さっちゃん、どうかした?」
「う、ううんっ! 別に、なんでもないよ」
「……なにかあるよって言わんばかりだけど」
文香はクスリと笑って正面に向き直った後、あぁ、と思い至ったように顔を上げた。
「中間考査が不安とか?」
「えっ、テストいつからだっけ?」
「……再来週からだよ」
「よしよし、それならまだ大丈夫でしょ」
「もう……その言葉、前回も聞きましたよ。沙月さん」
「ふふっ。なんで急に佐藤先生出てきたの?」
突然登場した数学教師の口癖に笑ってしまう。
いやもうホント、なんでこのタイミング?
なんて考えているうちにいつの間にか、さっきまで感じていた恥ずかしさとか、どう思われているだろうって不安が薄れていく。
「だってまた言われちゃいそうだもん」
「だいじょうぶだって! 今回は」
言葉を交わしながら歩を進める。
もうすぐ橋だ。ここを渡れば人も増えてきて、私達も白と黒のマーブル模様の一部になる。
朝の登校は私の好きな時間の一つ。
なかでも、橋を渡るまでの道のりは特に好きだった。