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Action.01 無音の世界と黒い影

「お母さん今日も夜までおうち帰ってこないの?」


  日曜日の朝、もはやお決まりとなった質問を私は母になげかけた。


  バッグに仕事用の道具を詰めている母は困った様に振り返ると。


「うん……ごめんね沙月(さつき)、お母さん今日もお仕事になっちゃって、いい子にしていられるかな?」


  これもまたいつもの返答だった。


「やだ、やだよ……だって今日はいっしょにお洋服買いに行くって言ったもん!」


  我慢出来ずに声を張り上げてそう訴える、ほとんど泣きそうな声で、精一杯の感情をぶつける。


  母は悲しそうに微笑むと、幼い私の前にしゃがみ込み、そのままゆっくりと私の事を抱きしめた。


「ごめんね……本当にごめんね、でもお母さんの仕事はとっても大事な仕事なの。きっといつか沢山の人達を助ける事が出来る――――もちろん沙月の事も」


  母の言葉が震えている事に気付いた私は、それ以上なにも言えなくなってしまう。


「お母さんはね。沙月が居るからいっつも頑張れるんだ……だけど沙月にはいっつも辛い思いをさせちゃって、本当に……ごめんね」


  それしか言葉が出てこない様に再び母が謝った。なによりも母の辛そうな声に私も悲しくなってしまって、それでも寂しい気持ちは抑えられなくて、私には泣きながら母を強く抱き返す事しか出来なかった。


  しばらくの間、母の胸に顔をうずめていた私はゆっくりと母から離れる。


「ううん……お母さん、頑張ってね」


  絞り出す様にそう言った。


  母は、今度は少しだけほっとした様に微笑むと私の髪を()かすように優しく撫でた。


 ずるい。母にこうしてもらうと、悲しい時でもくすぐったくていつも少し笑ってしまう。


「ありがとう沙月……。朝御飯、作ってあるから。お洋服は今度、一緒に買いに行こうね」


「うん、お母さん、いってらっしゃい」


「いってきます」


 そうして玄関を出て行く母に手を振って、いつもの退屈な日曜日は始まったのだった。




  用意されていた朝食に手を付ける前に、テレビのリモコンを操作してスイッチを入れる。


  映ったのは男の子向けの特撮ヒーロー物らしき番組だった。


  ()()()、というのは画面には変身したヒーローが居なかったからだ、今は2人の男女が向かい合ってなにやら言い合っている。


〔もうやめてよ!

 そんなボロボロの身体で戦いに行くなんて!〕


〔悪いがそれは出来ない、今みんなを守る事が出来るのは俺だけだ! 街の人たちを――お前の事を、俺が守り抜いてみせる、だから俺は行かなくちゃいけないんだ!!〕


  男が腰に巻いたベルトを操作すると共に、派手なエフェクトと共に全身を覆うスーツが現れ、あっという間にそれを纏った姿になっていた。


〔待っていてくれ、奴を倒し! 必ず俺は帰って来る!!〕


  話の前後も分からないまま、ただそんなやり取りを眺めていた。


 それは私の中にある、古いヒーローとの記憶。そしてその時思ったんだ。私は――――――――。



 ■



  ―――― テン! デッデッデンッ! デンデッデーンッッ!!――――


「――――ん、んぅ……」


 スマホにセットしたアラーム音。

 数年前に放送していた人気特撮シリーズ、『プラネッツ*ウォリアーズ』のBGMだ。プラネッツと言いつつ、どこの惑星が舞台でも明らかに都内でしか撮影されていないのはご愛嬌、私の好きな作品の一つ。

 ぼんやりとした頭のままスマホを覗き込む。



 ――五月四日。午前七時二十分。



 久しぶりに、お母さんとの夢を見た。


 小さい頃の私と、お母さんの夢。


 どんな夢だったかよく思い出そうとしてみたけど、強く眼を押さえつけた後の様に、景色がボヤけたまま焦点が合わない――――。


 ――――デレレンッ! デッデッデ――!!


「っとと!」


 ぼんやりとしていた私の意識は、鳴り続けるアラームで今度こそハッキリと覚醒した。画面をタップして止めてからベッドを降りる。

 ちなみに、BGMは七時から十分おきに変わるようにセットしてあるから、起きた瞬間におおよその時間が把握できるのだ。

 覚醒――激闘――今鳴っていたのは焦燥。この後は失意、絶望と続いていく。

 覚醒で、目を醒ました覚えは……ないけど。


「よし、と……」


 いつもなら後一時間は遅く始まる私の休日だけれど、なんといっても今日は特別、親友と美術館へお出掛けの日なのだ。


 二階にある自室から降りてひと通り外出への準備を済ませる。今日着ていく服は白と黒のボーダーシャツにデニムのショートパンツ、昨日寝る前に選んでおいたものだ。


 着替えが終わり、リビングの隅にある姿見で服装に問題がないか確認した後、髪型をいつものポニーテールへ結んでいると、準備前になんとなく点けていたテレビの音声が耳に入ってきた。


〔近頃頻発(ひんぱつ)しているこの現象、藤田さんはどう思われますか?〕

〔えー、やっぱり異常としか言えませんよねぇ、被害者と呼ばれる人達に外傷はない訳でしょう? 事件なのか事故なのか、ねぇ。私としては――〕


 メインキャスターであろう中年の男性が見解を述べ始めたそのニュースを、私はテレビの電源を落として遮断した。


 せっかく楽しみにしていた休日、気の滅入る話は聞きたくない。ちょうど準備も終わった所だしね。


 ショルダーバッグに必要な物を詰め込んだ後、肩紐の付け根にお気に入りのアクセサリーを取り付ける。


 これは昔、誕生日にお母さんから貰ったプレゼント。白くてメタリックな質感、角張ったリング状の形をしていて、表面の黒い溝がいくつかの六角形を作っている。


 正直幼かった私には大きく不釣り合いな物だったけれど、そんな所も含めて一番のお気に入り。外へ出かける時はいつも持ち歩くようになっていた。


 ……よし、準備完了!



「それじゃ、行ってきます」



 玄関から声を掛けても返事はなく、一人で暮らすには広すぎる屋内に響くだけだった。


 物心のついた頃には父は亡く、母は行方不明となって七年。十六歳の一人暮らし。


 それが私、白宮沙月(しろみやさつき)日常(いま)だった。



 ■



 天気は快晴。約束の時間より10分早く着いた待ち合わせ場所には、すでに文香の姿があった。


「おはよー! ごめん、待たせちゃったかな?」


「あ、おはようさっちゃん、私も今来た所だよ」


「文香いっつもそう言うよね……。ホントなの?」


「ふふっ、さっちゃんがいっつも私のすぐ後に来るんだよ?」


 少し心配になって聞いた私に柔らかく笑って答えたのは皿家文香(さらやふみか)


 私の幼馴染みで一番の友達。


 ボブカットにした黒髪とアンダーリムの黒縁メガネがチャームポイント……だと、私は思っている。物静かで、休み時間にいつも本を読んでいる姿がすごく様になる、そんな子だ。


 黒のブラウスと、膝下丈でブラウスより少し淡い黒のプリーツスカートが落ち着いた彼女の雰囲気によく似合っている。


「だったらいいんだけど……」

「そうだよ、それに今日は私が行きたいって言ったんだから気にしないで。 バスが来るまでまだ余裕あるしゆっくり歩いていこ?」


 そう言いながら歩き出した文香に私も付いて行く、やっぱり文香には敵わないなぁ……。



 ■



「そのリング、いつも持ってきてるよね」


 バスに乗り込み、二人掛けの席に並んで座ってからしばらく、今日向かう美術館の事などたわいもない話をしていた時、文香がそんな事を言い出した。窓側に座った文香の方を向くと、流れる景色が自然と目に入る。席は七割ほど埋まっていたけど、二人で座れたのは幸いだったかな。


「うん? 文香に話した事無かったっけ、これの事」


「お母さんからの誕生日プレゼントでしょ? 前に聞いた事はあったけど、腕には着けないのかなって。元々ブレスレットじゃないの? それ」


 膝の上に乗せたバッグに付いているそれを見ながら、そんな疑問を口にする。


「あー」


 確かに通せば手首に収まるサイズではある。あるけど……。


「女の子が着けるにはちょっとゴツくないかなー」


 印象としてはブレスレットというより腕輪って感じ。意味は一緒かもしれないけど、なんというか言葉の雰囲気的に。


「でもさっちゃんそういうの好きそうじゃない? ほら、男の子向けのヒーロー物ってそういうアイテム付き物だし」


「いやまぁ好きだけど、私もう高校生だよ……?」


 確かに昔から特撮ヒーロー物を観るのは好きで、放送中の作品はもちろん、暇さえあれば自分が生まれる前に制作された物をレンタルしたり、もはや生活の一部と言ってしまっても過言ではない。


 あんまり人に話すような事も無かったけど、文香は当然私の趣味も把握していた。


「ヒーロー番組は好きだけど、別にヒーローになりたいって訳じゃないよ」


「そういうものなんだ?」


「私はね」


 その手の番組を見始めたのは、いつだったかな……。ともあれ流石に、もう自分が変身出来るなんて憧れるような、そんな歳ではない。


 ――今の私がヒーローに惹かれる理由って、なんなんだろう。そういえば、あんまり深く考えた事なかったかも――――。


 プシュウ、とバスが止まる音にハッとする。いつの間にか停留所に着いていたみたいだ。


「あっ、そういえば後いくつ先で降りるんだっけ? ねぇ、文香?」


 自動で開き始めたドアをなんとなく眺めながら聞いてみる。普段、美術館なんて行かないから馴染みが無いんだよね……。


 少し待ったが返事がない。


「文香?」


 彼女の方を向いて呼びかける。


 文香は座席に深くもたれながら、頭だけうなだれるよう前に傾けていた。メガネの奥の瞳は閉じられている。


「……寝てるの…………?」


 たった今まで話していたのに……。寝落ちにしてはちょっと不自然だ。そもそも、私が起こしてもらった事は数あれど、その逆は数えるほどしかない。


「文香、どうしたの? もしかして具合でも悪くなった?」


 軽く、肩に手を触れながら声を掛けようとして――――。


 呼びかけた自分の声が、あまりにも大きく響いた事に驚き、伸ばした手を引っ込めてしまった。


 私の声が大きかったんじゃない、ただ単純に。


 あまりにも、私以外が静かであっただけのこと。


「え……?」


 辺りを見回す。バスに乗っている老若男女の乗客達、その全員が文香と同じように意識を失ないピクリとも動いていなかった……正確には、私以外の全員だ。


「な、なに? どうなってるの!?」


 思わず声に出てしまった疑問にも反応する物はなにもなく、静まり返った車内に響くだけ。


「ちょっと、文香!!」


 先程よりも強く、肩を揺さぶって呼びかけるが意識を取り戻す様子は無い。


  そ、そうだ、携帯!


 現状の把握もままならず、パニックを起こしかけた脳内に一つの(ひらめ)き。原因は分からずともこの状況は明らかに異常、こんな大人数が同時に意識不明であるなら、当然119(救急)へ連絡するのが最優先の筈だ。


 スマホをバッグから取り出し、震える指でタップする。なにより、この不気味な無音の世界から早く抜け出したかった。


 だけど入力を終え耳に当てたスマホから聞こえてきたのは。


 [おかけに ザッ 電話ば ザザッ ザ――――――]


「っもう!! ホントになんなの!?」


 圏外? それにこの雑音(ノイズ)はなに? もうワケわかんないよ!


 今度こそ不安と混乱が頂点に達して思わず泣きだしそうになる。(すが)るようにもう一度、文香に呼びかけようと手を伸ばしたその時。


 不気味な静寂の中で初めて、自分以外の声が耳に届いた。



「う、うわぁぁぁぁ!!」



 今のは――悲鳴!? 声色からしておそらく小さな男の子のものだ。


 それは私達の乗っているバスの前方、すなわち外から聞こえてきた。


 外。


 バスの扉は開いている。降りるのは簡単な事だろう。


 いくら呼びかけても反応しない周りの人達、電話も繋がらない。だったら、外へ出て助けを求めるのが次に私のすべき事であるはず。


 なにより今の子供の悲鳴、ただごとじゃない。もしかしたらすぐに助けが必要な状態かも知れない。


 同時にそれは、外でも異常が起きているという事に他ならない。


 ――――なにがどうなってるの?


 ……怖い。身体の震えが止まらない、カチカチと歯が鳴るのを止められない。それでも。


「ちょっと待っててね。すぐに誰か連れて来るから!」


 今動けるのは……私だけなんだ。ただ一人の親友に最後に声をかけて、私は立ち上がった。




 バスのステップを降り、外に踏み出した私がまず感じたのは、バス車内と同じもの。


 全く音のしない世界。


 でもそれ以上に強烈な違和感がある。


 人が、一人として見当たらない。


 ……バスに乗っていた人達は、文香を含めてみんな意識を失ってしまっていたけど、その場から消えた訳じゃない。


 じゃあ、この状況は偶然?


 でも……あり得ないよ。今日の目的地でこそなかったけど、この周辺には服屋やカフェが近いから私達もよく来るし、特に休みの日には人で賑わっているはずなのに。その手の店が立ち並んでいるのは少し先の交差点を超えてからとはいえ、誰一人いないなんて、さすがにおかしい。


「……」


 まだ日も高い時間、慣れ親しんだはずのいつもの町並み。その景色に一切人の気配がない事が、こんなにも不気味だなんて……。


 もしかしたらどこかで繋がるかも、と手に持ったスマホごとショルダーバッグの紐を胸の前で握り締め、おそるおそる、道路の歩道を歩き出す。


 この世界に踏み出していく恐怖と同時に、せめぎ合うように胸に抱く焦りがあった。


 ――さっきの悲鳴、すごく怯えているみたいだった。


 取り返しのつかない事になる前に、声の主を見つけなきゃ……。


 知らない間に、歩幅は少しずつ大きくなっていた。


「あのー! 誰か 聞こえませんかー! 誰か、居ませんかー!」


 最終的には駆けるように、声を上げながら進んでいく。


 やがて十字路に差し掛かり、辺りを見回した私の目に、二つの人影が飛び込んできた。


 左側、五十メートル程先だろうか。


 想像していたよりも距離がある。周りが静か過ぎる為に、あんなにはっきりと声が届いたのかも。


「あのー……っ!」


 だけどホッとする余裕は無かった。


 人影の一つはやっぱり小さな男の子。多分さっきの悲鳴は彼のものだろう。


 その子は道路――しかも車道の真ん中に、仰向けになったまま動かない様子だった。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 もしかして……事故!? 距離を縮めながら、私はもう一人の人物に問いかけた。倒れた少年の隣にしゃがみ込んでいる、全身黒ずくめのその人に。


 倒れた子の横で片膝をついている。つまり彼(彼女?)には意識があるみたいだった。


 遠目から見た時は細部まで確認出来なかったけど、靴の先から、なんと頭まで覆面を付けているのか真っ黒だ。私に対して背中を向けている為、顔や手は見えないけれど、まるでドラマに出てくるチープな強盗犯のような服装。


 明らかにまともな出で立ちじゃない。


 そう思いながらも声を掛けつつ近づいていく。彼我の距離はもう十メートル程。歩をゆるめつつ、意識して声を落ち着けるともう一度聞いてみる。


「その子、どうかされたんですか?」


「……」


 私の事など全く意に介さない無反応。慌てた様子も見られない。この距離、しかも周りは全くの無音状態。こっちの声が聞こえていないって事は無いはずなのに。


 足が、すくむ。もしも、この人こそが倒れている子を襲った恐怖そのものだったとしたら……。そんな考えが頭をよぎり、握りしめたままのスマホに力が入る。


 だからこそ――。近づくにつれ、その黒い人が倒れた男の子を覗き込むようにしているのに気付いた時、一秒でも早く私に意識を向けさせなくちゃいけないと、思わず声を出していた。


「あのっ!」


 ついに彼――体格から判断した――のすぐ真後ろまでたどり着いた。どうやら黒い服の上下はスウェットだったらしい。背中越しに少年を確認すると、目立った外傷は無いみたい。身じろぎひとつしないその子を見て、ひとつ思い当たる事があった。


 似てる。


 彼の状態はバスの中に居た人達とよく似ている。眠ったように目を閉じて、なんの反応も示さない。


「もしかしてこの子も意識が!? あっ、あの、私、あっちにあるバスに乗ってたんです! けど急にみんな、眠ったみたいに動かなくなって……!」


 もしかするとこの人も、突然男の子が倒れて気が動転しただけなのかもしれない。自分達と同じだと、咄嗟にそう思った私はバスで起こった事柄を必死になって説明する。


「救急車呼ぼうって、電話も…………!」


 少年の方に駆け寄るように、説明を続けながら男の反対側に回り込もうとした私は。



 ――――そのあまり異様な光景に、自分の目を疑った。



「ぇ……なに、してるんですか……?」


 黒い男は、手を男の子の胸に当てているようだった。


 けれどその手は、胸の上に置かれているはずのそれは……彼の身体を突き抜け、体内に沈み込んでいた。


 血は出ていない。まるで立体映像(ホログラム)のように、少年の身体に重なっている。


「……っ!」


 あまりの驚きに、思わず身を引く。靴底がアスファルトを擦る音がやけに大きく聞こえ――同時に、男はゆっくりと、私の方に顔を向けた。


「……………………………」


「そん、な……」


 黒い男には……目がなかった。それどころか、鼻、口……およそ生物らしい要素を、何一つ備えてない。ただの、真っ黒な面でしかなかった。


 さらに奇妙な事に、胴までもが継ぎ目のない、まるで人の影が急に立ち上がったような異形の姿。さっき確認した時は、確かに黒い服を着ていたはずなのに……。


 バスの中からここまで、ずっと、訳が分からない事ばかり。


 張り詰め続けた心は、想像を絶する怪物を前に、もう耐えきる事が出来なかった。


 いやだ……いやだよ……。怖い……怖い。怖い怖い怖い!!!


 黒い怪物が立ち上がる。


 ――――今の私にも、分かる事が一つだけある。


 目のない顔を向けたまま、ゆっくりと近づいてくるこの影はただの立体映像(ホログラム)などではなく。


 あの子は、間違いなくこの怪物に襲われて、意識を失ってしまったんだ。


 そして、怪物が次に狙うのは――――。


「……………………」


 目のない顔、だけど……見られている。何故かはっきりとそう思った。


「ぁ……」


 逃げなきゃ……頭ではそう理解しているのに、足は震えるだけ。まるで思考と身体のリンクが切断されたように、全く動かない。


 今動けるのは私だけ?


 こんな怪物を相手に、私に一体なにが出来るというのか。


 ――――ごめん、文香。


 黒い右腕が持ち上がる。


 その先の光景から目を逸らすように、無意識のうちにまぶたを強く閉じ、思わず私は叫んでいた。


「いやっ……。助けて! ……お母さんっ!!」


 次の瞬間、目を閉じていても()()()()()()()のだと分かる、風を切る轟音――――。


 ――――同時に。


 一つの()が聞こえた。


《敵性存在による攻撃反応を検知。緊急措置、魔力防壁(バリアスキン)を展開します》


 機械的な言葉。しかしその意味を考える暇もなく。


 全身を揺さぶる強い衝撃と、電撃が弾けたような音。その二つが私の意識を支配した――――――。

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