変わるもの 1-1
今度は花魄姫が人間の世界に赴きます
花魄姫は激怒した。どうして俺様がそのようなことをせねばならんのかと。
淵に四つ葉の幸運が生い茂る白詰池。
透き通る水面の上に立つ、白詰草が描かれている十二単を着た花魄姫は、長円形の眉が不満そうに寄せていた。
燃えるように紅い長髪がのたうち回る蛇のように水面を跳ね、炎のように燃える赤い瞳は三角の形になって家臣を見下ろしている。
「五郎左衛門。お主は俺様を愚弄するのか?」
彼女の目の前には配下である、側頭部に鹿の角を生やした妖怪、山本五郎左衛門が淵に頭を垂れて平伏している。
表情は怪士の面を被っていて読めないが、それは人間の場合による。妖怪は顔なぞ見なくとも、相手がどう感じているかすぐにわかるのであった。
「お前何を笑っておるっ、主を笑うのかっ?」
「恐れながら姫。こう見えて某は、またとない好機を逃すべきではないと諫言しているのでする」
彼の隣には人間の鞄が置かれていた。
先日やって来た三人組の少女たちの一人が、無くしたと嘆いていたもの。
家臣の諫言とやらに、主は眉をひそめる。
「またとない好機とは、いったいなんじゃ?」
「先日やって来た人のおなごたち、あの者たちとの縁を繋ぐまたとない好機でございまする」
「なっ!」
花魄姫の顔が真っ赤になる。
脳裏に広子と美咲と薫の顔が浮かぶ。
あのときは楽しかった。生まれ落ちて数百年、あのような一時は何物にも代えがたい。
が、それを表に出すことは龍神の気位が許さなかった。出会ってから既に一月経つものの、未だに自分から会いに行こうとしていなかったのである。
「そ、そのような小細工をせねば繋げぬ縁なぞいらんっ!」
「縁は運の兼属なりでございまする」
「ぬっ?」
「縁はいかなる策を用いたとして、運がなければ決して繋げぬもの。姫様は運があるのですから、大事にし育むことこそ筋かと存じまする」
「・・・・うぬぬぬっ」
言葉が出ないよう下唇を強く噛むのは、五郎左衛門の言うことはもっともだけれど、認めるのが癪だから。
高過ぎる気位に邪魔されているが、本心は会いたいと訴えている。その証拠に、真っ当な理由を提示され、肩はガタガタ震えて落ち着かず、会えるのかと喜んだ心の臓も先程から強く脈打ってうるさい。
会いたくて会いたくてウズウズしているのだ。
「どうなさいますか姫様」
五郎左衛門が訊ねた。声音が笑っていて、花魄姫はむむむっと眉間に皺を寄せる。
五郎左衛門の見解ではあと一押し。
素直ではないお姫様をすぐさま素直にさせる、大天狗の神通力を彷彿とさせる言葉を使った。
「そういえば、今宵の稽古は山姥殿でございまする。確か姫様が苦手な武術だと聞いてますなぁ」
姫は行くとわめいた。