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花魄姫 3-2

 出鼻をくじいたのは、広子の空腹だった。


「そういえば、お腹空いちゃったなぁ。ちょっとだけつまみ食いしても、いいよね?」

「こら人間、誰の許可を得て飯を食うつもりだっ」


 目の前にいる妖怪の主に気づかない呑気なお腹から、ぐぅ~と空腹を訴える音が出た。広子は周りをキョロキョロ見て誰かいないかチェックした後、リュックから重箱を一つ取り出した。

 広子が見鬼の力を持たない故に、抗議の声が届かない花魄姫は歯ぎしりして勝手に食うなっと文句を言うが、たとえ力があったとしても、食いしん坊には当然届かなかったに違いない。

 それほど広子の頭には食べることしかなくて、食べることになると周りが見えなくなる。

 取り出した重箱の中身には、大きなおにぎりがぎっしり詰まっていた。

 海苔が巻かれ、中身の具は梅や鮭、高菜や明太子など多種多様。


「二つだけ食べようっ」


 一つをひょいと持ち上げて、頬がにやける。

「むぅ、手づかみとはな。ババァに叱られるぞ」

 高貴な妖怪は眉を寄せる。池の上に正座して、ジーっと人間の動きを見ていた。


「いただきまーす!」


 小さな口でおにぎりを一口で頬張る。中身は鮭で、ほどよい塩味がたまらない。


「・・・・ほぅほぅ」


 花魄姫の表情が、敵意から好奇心に移り変わる。鼻の頭がヒクヒクと揺れて、重箱の方に顔が近づく。


「・・・・美味そうだ」

「次はどれにしようかな~」

「おい、俺様にも献上しろ」


 水面に手をついて屈んだ花魄姫は、弁当の中身を眺め、よだれを飲み込んだ。

 そんな二人の様子を眺める者たちがいた。


「あぁ、お姫さまっ。はしたのうございますっ」


 池から少し離れた木々の影に、悲鳴のような声を上げる女性がいる。

 声はしわがれている。広子を空から運んだ者と同じ柄の着物を着て、年老いた女性を現した能楽の面老女を被っていた。

 彼女の背後に、


「もう山姥様、落ち着いてください」


 先ほど広子を運んできた増女が少し呆れた声をかけると、老女、山姥は黙りなさい天女っと声を押さえて言い返す。

 二人は同じ花魄姫に仕えているのか、その証しに、着物には四つ葉の白詰草の紋が描かれている。

 主と人間を見守っている者は他にもあちこちにいた。池の周囲を取り囲むように広がっている木々には、様々な能楽の面を被る妖怪たちが隠れていた。

 花魄姫がおにぎりを一つ、遠慮なく手づかみで取る。


「あっ」


 宙を浮くおにぎりに広子が目を見張った。目の前に妖怪がいるのだろうという想像が自然に頭に浮かんで、三つ目に伸ばしかけていた手を引っ込めた。


「・・・・っ」


 唾を飲み込み、表情が強張っている。妖怪の動向に対してもそうだが、自分の握ったおにぎりの味が口に合うか気になっていた。

 一口分、おにぎりが削られる。

 それがもう一度、さらにもう一度削られ、そうしていると最後にはなくなった。


「・・・・っ」


 完食してもらえた広子は嬉しくで唇を噛み、頬がほころぶ。

 見鬼の力があれば感想も聞けたのだが、そうしなくても向こうから意思表示をしてくれていた。

 さらに続けて、おにぎりが宙に浮かんで、また一口分削られたのだ。これは美味しかったから、もう一度食べたいと思ったに違いない。

 妖怪が一人だけではなく、二人三人の複数だったとしても同じことだ。

 広子の表情がぱぁぁっと輝く。

 彼女にとって自分の料理を食べてもらえることが何よりも楽しいことだった。幼馴染み二人がいないことは確かに寂しい点だが、食べてくれる相手が妖怪だろうと関係はない。

 すっかり気が緩んだ広子は、上機嫌に両手に二つおにぎりを持って、大きな口でパクリとかぶりつき、大きな声で言ったのだ。


「んまーーいっ!」

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