花魄姫 1-2
さて、面倒なことになったものである。
三人は急遽決まったお出掛けの準備に忙しかった。
幸い、広子と美咲は両親が出張で不在な為すんなり家を空けることができ、美咲は家が陰陽師なので問題はない。
共通した三人の持ち物は着替えに財布、虫除けスプレーに、化粧品、懐中電灯にスマホの充電器と地図。
慣れたものである。
それぞれ違う荷物は三人ともまったく違った。
広子は、大型のリュックに皆で食べる用のお菓子や重箱に詰めたお手製のお弁当を入れていた。妖怪たちへのお土産として、和菓子で有名な蒸木屋のお菓子を納めた紙袋を手に持っている。
「ピクニックに行くんじゃないんだぞ?」
薫がたしなめると、悲しそうな顔で広子は俯き、
「・・・・皆とご飯食べたくて」
「では仕方ないな!」
とあっさり折れた。
その薫はエナメル質の鞄を右肩に掛けて、荷物は非常に少なかった。共通した持ち物以外に、軽い怪我を治療できる道具類にデジタルカメラしか入れていない。
「またそんだけしか持ってかないの?」
美咲は信じられない顔をするが、薫に言わせればお前は無駄な物が多いんだっと返す。
右肘に掛けたハンドバックには普段使っている多様な化粧道具、シャンプーやリンス、ボディーソープ、ネイル道具、アンプとウォークマンを入れている。着替えや共通した道具類、先日発売されたばかりのファッション雑誌などは左肩に掛けたショルダーバッグに。
もちろん陰陽師が使う呪符は持ってきており、
「ちょー気合い入ってっから!」
楽しい旅行でもするような上機嫌さがある。
陰陽師としての腕前は信頼している薫はそれ以上何も言わなかった。
持ち物も違えば、服装も異なっている。
広子はクリーム色のゆったりした袖のシャツに、膝下まで届く白のスカート。ビーズで自作したカラフルなネックレスと、髪を結わない代わりに麦わら帽子を被っていた。
「皆、いつも通りって感じだね!」
広子は明るく言うと、二人は顔を見合わせ、苦笑する。
「まぁ、そうだな」
動きやすさを重視しているのか、薫はシンプルな白い無地のシャツにジーンズ。首には広子がビーズで作ったネックレスが。
洒落っ気はまったくなく、格好いいとかクールだとか、女の子らしさを自分から排除している印象がある。
「ウチはちょっとアクセ減らしたね」
白黒のノースリーブのTシャツに白のプリーツスカート。上下派手さのないモノトーンカラーで、最もカラフルさを感じるのはビーンズのネックレス、もちろん広子のお手製。
今の高校生の女の子から、少し大人な大学生を意識した設計だ。
「あっ、その鞄!」
広子が美咲のショルダーバッグに気づいた。
「これ?」
「使ってくれてるの?」
「もちもち~」
嬉しそうに広子は微笑む。
三人は、昨日話した通り美咲の家の前で待っていた。古めかしい武家屋敷で、偉容のある木造の門、物々しい字で書かれた土御門という表札が掲げられている。
美咲の家がある地域は昔からの古い作りの家屋が多く、武家町という名で親しまれていた。
薫が珍しそうに言う。
「武家町のお姫様にしては、控え目だな」
「パパがうるさくてさー」
うんざりした表情で溜め息を吐く。
薫は腕を組み、新鮮で良い感じだとフォローする。どーもとぼやきつつ、美咲の頬は赤く染まっていて、顔を逸らして隠す。
「私もみーちゃんの服好きだなぁ、とっても似合ってて可愛いし、本当のお姫様みたい!」
広子が無邪気な笑顔で一生懸命褒めると、照れくさそうな美咲の表情がパアアッと輝いて、私も広子大好きだよっと抱きつき、嫉妬した薫にたしなめられる。
「いやはやほや、仲良きことは美しきかな」
「っ!」
いつの間にか三人の背後に、昨日現れた山本五郎左衛門が立っていた。
唯一存在がわかる薫は、肩をビクッと震わせて振り返る。
「来たのっ?」
「・・・・ああ」
美咲が表情を強張らせ、鞄から呪符を取り出した。広子は不安そうな顔で息を飲む。
「で、花魄姫とやらのいる白詰池はどこにあるんだ?」
眉を寄せた薫が訊ねる。
そういう名前の池や、具体的な場所は聞いことがない。
「某が案内致します」
「信用できるのか?」
「していただければ」
面の向こうにある赤い瞳が笑った。
ここまで来たら行くしかない。
薫は二人の方を向いた。
「いいか?」
「う、うんっ」
「今さらよ」
よし。頷いて、薫が視線を戻すと五郎左衛門は右手で自分の足元にある、黄色の雲を指差した。
「これで向かいます。足を踏み込めば雲の中に入り、不自由はないかと」
「良いだろう。二人とも、一緒に足出して」
二人には黄色の雲が見えないから、混乱しないよう簡潔に誘導する。
誰か一人でも連れ去られないよう、肩や腰に腕を回し、三人一緒に雲に足を踏み入れた。
すると。
「きゃっ」
「っ!」
「わわっ」
三人は雲に吸い込まれた。
五郎左衛門はそれを見守ると、
「では、行きましょうぞ」
黄色の雲を操って空を飛んいった。