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(旧)Laid‐back  作者: アバディーン・アンガス
一章 One good turn deserves another. ―情けは人の為ならず―
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4話 協力者と共謀者

 ひたすらに景色は流されていく。速度は上がり続け、後方へ、後方へと、ひたすらに流され続けている。

 対して、隣に座す男は静止している。ただし、男は逆らう術を持たない。

 布切れと包帯で顔面を覆われたその体は幾度か波にさらわれそうになるが、それを私が引き留める。

 規律的な揺れと走行音が、この男の心拍数を数えているような気分にさせた。


(地獄なら幾度か目の当たりにしてきた。その只中で、金切り声を上げたこともある。それでも尚、私が生きてこられたのは運が良かったからだ。生まれて初めて、自らの手で銃の引き金を引いた。ただし、"これ"をその代替えとしたのは今回が初めてじゃない。私を縛り付けるため?もしくは、危機を乗り越える為の武器?それとも、もっと他の意図があってのことなのか?思い巡らしたところで結論が出るはずも無い。けれど、この出会いはその糸口に繋がる気がする。抗っている者は私だけではなかった)


 彼の生存を切に願う。当然恩義もあるが、何よりも聞きたいことが、知りたい事が山ほどあるのだ。



 古い文献によれば、Tokyoを含むこの地域一帯は関東地方と呼ばれ、都道府県という細かな区分けがなされていたという。現在では隣接していたとされる中部地方を吸収し、偏にKanto County(関東郡)と呼称される。

 一部の地名、及び建造物としてかつての名残があるものの、大規模な開発が進んで行く中でそれらは淘汰されつつある。


 経済都市であるTokyo及びそこに隣接した地区、つまりかつての関東地方一帯は戦後開拓の恩恵を大いに受けている一方で、発展の光輝は日本海側へと行き届く程、鮮烈なものではなかった。狭小とした列島の中においても、格差という名の現実は紛れもなく息づいている。


 大抵の地域はそういった地理的傾向に則した特徴を有するものだが、Kanto County(関東郡)において内地寄りに位置するNorth Sakimida(北部サキミダ)の質素な住宅地は、都心部との円滑な行き来を実現しつつ、Downtown Los Angelesを想起させる高層ビル郡に彩られたそれら中心業務地区とは対象的かつ、穏やかで風情のある景観を保っていた。

 しかしながら、目を凝らして並び建つ民家を観察すれば、それらは微細ながらも劣化を続けている事に気がつくだろう。ここが決して高価な物件ではないと察する事が出来る。ただし、安価というほど手頃でもない。

 必要最低限の交通機関を保持しつつ、都会の喧騒から逃れることに成功してなお、それなりの生活水準を維持出来ているというのは実に希少な立地と言えよう。


 9年前にTokyoの都心部から『North Sakimida』へと移住したコリン・アハーンは、歪な経歴をかなぐり捨て、新たな生活を始めるべくこの住宅地へと越して来た。


 美しい並木道を初めとした、緑豊かで長閑な空気感。これはTokyoの商業地区では決して味わえないものである。親切な隣人にも恵まれ、不自由なく平穏な毎日。時々、バーベキューに誘われたり、誘ったりするのが夏頃の通例である。冬になれば、クリスマスパーティの準備を進めなければならない。近所の子供達を失望させるわけにはいかないのである。

どこにそんな予算があったのか知らないが、住宅地のど真ん中に設置された噴水は季節毎の行事に合わせて別のオブジェクトに変形するという、極めてハイテクな代物であった。

 クリスマスには煌びやかなネオンを纏うツリーへと姿を変え、ハロウィンには緑の液体を垂れ流した不気味なカボチャに、といった具合である。

 噂によれば、内部の機構はTOMITA Industryに外注したらしい。

 変形する瞬間を捕らえるべく、日が変わるまで友達と共に夜更かしをするのが子供達の楽しみの一つとなっている。


 コリンは、かつて日本州警察に追われる身であった事など、とうの昔に忘れ去っていた。

 数年前、無作法にも自宅の目の前に路上駐車された黒いMercedes-Benz 300SEL 6.3を目にするまでは。


〈brrrr〉


 全身極彩色のカメレオンがギコギコとプラスチックの擦れる音を立てながら、ぎこちない足取りで窓枠を這い回っている。その口内は液晶画面であった。映し出された数値は[AM1:24]と読める。


〈BRRRRRRRRR〉

 忌々しい走行音が背筋を抉る。悪寒を感じると共に、コリンの瞼から重力が消え失せた。

 突発的に跳ね上がった彼の上半身によってハート柄の毛布は波打つように吹き飛ばされる。魔法の絨毯が向かう先には、尿瓶を象った悪趣味極まりないデザインの加湿器が待ち構えていた。

 毛布は恋人を抱き締めるような優しさで、加湿器に覆い被さる。ハートマークがしっとりと湿った。蒸気で。


 コリンの動作はサーボモーターで駆動するヒューマノイドロボットのように緩急の感じられない有り様であったが、彼は紛れも無く人間である。


「イヤンッ!まさか……こんな時間に……!」


 コリンは自室を飛び出し、慌ただしい足取りで階段を駆け下りた。手すりの角で無駄のないライン取りを披露し、ドタドタと音を立てながら廊下を走る。

 押し倒すような勢いで玄関扉に張り付いたコリンは、恐る恐るドアスコープを覗き込んだ。


 扉を挟んだ向こう側には、異様に背丈の高い白髪男の姿がある。男の青い瞳とコリンの視線が合致する。

「スヴェン・シジマッ!まじで来やがった……!」

〈BUZZ〉

嘲笑の如く、インターホンは耳障りな声を上げた。コリンは扉にチェーンを繋げ、ふてぶてしくドアノブを回転させる。


 白髪の男は押し開けられた扉を鮮やかなスウェーで回避した。その途端、彼の鋭い目付きは嘘のように柔和なものへと変貌し、口角は緩やかに吊り上がっていく。

「やあ、コリン!久方ぶりだな。スヴェン・シジマだよ。深夜に悪いね、急にあんたの顔が見たくなってさ」

実に清々しい笑顔であった。スヴェンの芸術的な歯並びが煌めく。

「あんたね……爽やかに挨拶しとけば許されると思ってるでしょ⁈ていうか、背中のマミーマンはどっから掘り起こして来たのよ!」

コリンが指差した先では、頭部に包帯を巻き付けた男がスヴェンの肩に顎を乗せていた。

「真面目な話だぜコリン……知り合いが魔具でやられた。片目がスライスエッグみたいになっていやがる。無礼なのは百も承知しているが……助けてやって欲しい」

スヴェンの眼差しは再び鋭さを帯びる。第一声とは打って変わり、銃口から煙を発するが如く切迫した声色であった。

「そんな事だろうと思ったわ……」

コリンは眉間を抑えて天を仰ぐ。

新たな気配を感じて目線を降ろしたその時、スヴェンの脇からミディアムボブヘアーの女性が顔を覗かせている事に気がついた。

 女性は黄土色のコートを羽織っているのだが、それは恐らくスヴェンの物なのだろう。見事にサイズが合っていない。

「……」

女性は小さく、控えめなお辞儀をする。その瞬間、コリンの虹彩には眩い谷間が映り込んだ。

 だが、目線の行き場はそこではない。コリンの目を奪ったのは、彼女の青黒い瞳である。そこに込められていたのは強い懇願の意であった。

 何があろうと、承諾してもらうまでここを動く事はない……これはそういう眼だ。

「アラ、可愛いじゃない」

スヴェンが担ぐ包帯男と、満足に身を包むことの出来ない女性。

 詳細を知る由がなくとも、二人の身に災厄が降り掛かったのだろうという事は容易に察しが付く。

(この娘本気ね。もしかして、このマミーマンって……お熱いじゃないの。燃えてきたわ)

それは本来人助けを生業としていた彼にとって、感傷を生ずるには十分過ぎる情報であった。

 コリンはチェーンを取り外し、扉を開け放つ。

「入んなさい。直ぐに取り掛かるわよ。あと、深夜料金は要らないから。その娘に感謝しとくのね、スヴェン」

コリンはそう言うと、颯爽と廊下の奥へと走り去って行く。一呼吸する間もなく、その姿は見えなくなった。

「ありがとう。本当に助かるよ」

礼を言いつつ、スヴェンは玄関に足を踏み入れた。マニカもその後に続く。

「……お手柄だな」

スヴェンはマニカと目を合わせてそう囁くと、左目を瞬かせる。

 マニカは顔の前で手を横に振りながら、子リスのように体を縮こませた。



 空気中を埋め尽くす悲鳴。叫声。呻き声。雄叫び。それらの行く末は無く、逃げ場はない。

 ここは地獄か。否、視界に映るもの、鼓膜を揺さぶるもの……全て現実であった。現実であったのだ。

「ジュンイチ」

ブラウンヘアーの男が鉄格子に掴みかかる。男が左手に握る小さな金属棒のような物は、ジュンイチを牢屋から解放させる為の鍵である。


 鋼鉄製の扉は男の手により開け放たれた。

「出よう。俺たちは自由を手に入れる」

「……言っただろう、オリヴァー。俺は残る」

低く、重圧的な声は猛獣の唸り声を想起させた。伸びた頭髪の合間から、血錆びがこびり付いたかの如き眼光を覗かせている。

「この機会は、お前の功績でもある。見捨てるような真似はしたくない」

オリヴァーは説得する。しかし、ジュンイチは微動だにしない。

「外に俺を救おうとしている人が居る。俺は信じている。ここを動けば、裏切る事になる」

聞いたオリヴァーは頭を振った。ジュンイチの決断は、彼には到底理解出来ないものであった。

「お前はもっと賢い奴だと思ってた……」

オリヴァーは鉄格子から手を離す。

ジュンイチは立ち上がり、その後を見送る。

 足を止め、オリヴァーは振り向いた。

「もっと早く、此処じゃない何処かで出会うべきだった」

「同感だよ」

「元気でな……また会おうぜ」

「ああ。幸運を祈る」


(そうだ。俺は死なない……生きてみせるぞ。生きて、突き止めてみせる。例え四肢をもがれ、五感を失おうとも、この身が朽ち果てるまで抗ってみせる)

突如、視界の全てが流れ去っていく。後頭部の奥底から引き戻されていく感覚……



 広く清潔的でありながら、エキセントリックなデザインをした病室であった。

 壁と床はどぎついピンク色で統一され、照明は仄かに赤みを帯びている。

 この時点で頭頂部に疑問符が浮かび上がるのも無理のない光景であるのだが、首を傾げたくなるような要素はこれだけに留まらず、枚挙に暇が無い。


 季節的に乾燥する時期では無いというのに、妙な形状の加湿器が入り口に備え付けられており、壁に立て掛けられた4枚の絵画はこの部屋の内装を描いたものであった。

 家具の微細な角度、照明の明暗から置物のデザインまで、事細かに描画されているのが分かる。


 目を覚ました時、狭まった視界に映ったそれらの情報はジュンイチを悲観させた。しかし、左半身に人肌の温もりを感じると、彼の感情は次第に安穏なものへと変わっていく。

 ジュンイチの隣に座っているのはミディアムボブが特徴的な、黒髪の女性である。彼女はベッドの脇に上体を横たえ寝息を立てていた。

 程なくして、彼女の肘が左手を圧迫している事に気が付く。

(どうりで違和感があると思った)

ジュンイチはようやく、緊迫感から解放された気分になる。


 しかし、どのようにして自分を此処に運び込み、いつから側に居たのだろうか。

 今思えば、身を呈して彼女を守った自分の姿が想像出来ない。ナイフの刃を回収さえすれば、それで済んだはずでは無かったか。

 しかし、後悔はあるまい。幾らか失ったものもあるが、こうして生きて居られる事を素直に喜ぶべきだろう。


 無意識の内に、名も知らぬ女性の救出という事実が、ジュンイチの不安定な精神の中に支柱のような物を作り出していた。


(まだ、名前も聞いていなかったな)

何を思考する訳でもなく、ただ茫然と女性の寝顔を見つめていたジュンイチであったが、ふとある事を思い起こす。


 辺りを見回していると、探し物は女性の手の中にある事を知った。ジュンイチは彼女を起こさないよう注意深く携帯端末を取り外す。


 起動画面には数件に渡るメッセージの通知。送信者は[Sven Shijima]であった。

「……」

存外にも、内容はすんなりと頭の中に入ってくる。


 ジュンイチは視線を女性に移す。自ずと眉間に力が込もる。

(未だやるべき事は残っている。これは自身の失態が招いたものだが、彼女は違う。眠りを妨げる物を近付かせはしない。必ず……)


――――――――――――――――


 シャワールームから出た青年は左腕の内側を眺め、指でなぞる。

 ボコボコとした感触が指先にある。傷だ。象形文字のようにも見える。

 意味を読み取ろうとするならば、それは可能なようにも思えてくる。

「どう思います?Mr.アシュバートン」

青年はバスローブで局部を覆い、ソファで寛ぐ男に声をかけた。

「語りかけているのだろう。今はそれ以上の干渉力を持たない」

「何が目的なのでしょう」

「我々とそう変わらない」

青年は冷蔵庫を開けカナディアンウイスキーを手に取る。それから棚の中にある二つのカットグラスを取り出しテーブルの上に並べ、アイス・ペールから適当な量の氷を運び入れた。青年は男の隣に座り、ウイスキーをグラスに注ぎ始める。

「とても面白い出来事があったのです。是非、聞いてもらいたい」

「短くしてくれ。君は興奮すると歯止めが効かない」

「貴方は、もっと続きを聞かせてくれと私に言う筈だ。Mr.アシュバートン」

「……」

男はグラスを口に運ぶ。

 青年は額の痣を指差すと、口元を歪めながら話し始める。

「私をゴリアテとするなら、その男はダビデのようで……もっとも、石を投げたのは彼ではないし、信心深いようには見えませんでした。しかし、彼は私に屈しなかった。獅子のような眼で私を見つめていたんです……瞬きもせずにね」


//to be continued……

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