表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(旧)Laid‐back  作者: アバディーン・アンガス
一章 One good turn deserves another. ―情けは人の為ならず―
7/15

3話 会遇

キツイ描写があるかもです

 当たり前だが更衣室に監視カメラの類はない。あるのは出入り口周辺の廊下の天井に一つ。身を潜めて機を伺うならば、二階の男子トイレが都合が良い。タイミングは窓から外の敷地を覗けばおおよそ確認できる。距離も近い。

 セキュリティは決して甘くはない。下手をすれば、もとより泥舟のような大学生活が跡形もなく湖底に沈んで、二度と陽の目を見ることは無いのかもしれない。それでも良い。それだけのリスクを負う価値はある。覚悟は既に決めた。


 何より、必死のアルバイトで稼いだ金をつぎ込んで手に入れた、この防犯ブザー。こいつがある限り、失敗はあり得ないのだ。


 ――――――――――――――――


 意思疎通を図る手段の一つとして手話がある。しかし、それが通じる相手というのは必然的に限られてくる。健常者には必要としない一種の異言語であり、元は聴覚障害者が用いる独自の情報伝達手段であるからだ。


《Is the Eclair still selling?》

(まだエクレアは売っていますか?)

 黒髪の女性が慣れた手振りで店員に話しかける。絶妙なボリュームで整えられた彼女のミディアムボブは服装と合わせて良く似合う。

 フリルの付いたワイシャツに黒を基調としたワンピースドレスという彼女の装いは、何処か中世ヨーロッパ時代の女性の姿を彷彿とさせた。

 異質なその雰囲気に気を取られたせいもあるのだろう。大学の食堂内にあるパン屋の店員は、女性が行った動作が何を意味するものなのか、今ひとつ理解出来ていなかった。

「あぁ、ごめんなさい。私そういうの分からなくて」

「……」


 声を発することが出来ない者が、発声の代替え手段として用いるにはどうしても有効性が薄いのである。

 事実、現在進行系でそうなのだから如何ともし難い。


 だがしかし、そんな事もあろうかと最新の薄型携帯端末機種、Hand scroll 9 には大変便利な機能が搭載されている。入力したテキストをスムーズに読み上げてくれるというシンプルかつ画期的なものだ。


 黒髪の女性は肩掛け鞄から取り出した携帯端末を操作し、カウンターに置いた。


[まだえくれあは売ってきまふか?]


 誤字である。彼女がこの手段を積極的に使おうとしない理由は、端末の操作速度に精度が伴わないからだ。


「そうゆうことね!言いにくいんだけど、ごめんなさい。ついさっき売り切れちゃってね……」


 店員の言葉を聞いた女性は素早く2回頷き、カウンターに置いた携帯端末を取り上げそそくさと踵を返す。


 食堂の出入り口を目指して足を動かしながら、端末を鞄に仕舞おうとした矢先、着信音が彼女を呼び止めた。

 端末の画面に表示されたのは、覚えのない人物からのメッセージ。しかし、件名には[Misaki Lubeck より]と書かれている。


[今知り合いの携帯借りているんだけど、携帯と下着盗まれた!部員のみんな!今日はすぐ上がれそうにないから、マニカは先帰ってて!]

「!」

 ミサキは水泳部に所属している友人であり、彼女とは待ち合わせの約束をしていた。

[分かった。連絡ありがとう!]

 了承した旨を返信する一方で、マニカ・シナトは思う。何か力になれる事はないかと。

 急ぎ足で食堂を出たマニカは居ても立っても居られず、水泳部が使用しているプールの方面に向かう。明確な考えは何も持ち得ていなかったが、このまま帰るよりは幾らかマシな選択に思えた。


 早歩きで廊下を進んでいたその時、何かに左肩がぶつかり、辺りを見回す。


 しかし、直前にマニカのすぐ側、特に左側を通る歩行者は居なかった。驚いて歩みを止めると、途端に覚える違和感。

 少なくとも、何かにぶつかるまでは5人ほどの学生が通り過ぎたが、たった今その場に佇むのはマニカ一人。彼女は立ち止まっているとして、遠のく5人の足音とは明らかに別の音が、水気が混じったような足音が確かに聞こえる。


 音のする方を注視すると気が付く。一定の間隔で水滴が付着、というよりは、突如として床に出現しているかのような現象が起きていた。

 じっと視線を向けていると、それを感じ取ったかのように水滴は出現しなくなる。

(嘘っ……誰か居るの?)

 マニカは自ずとそう考えてしまう。

 彼女は幾度か怪奇現象を目の当たりにした事があり、最悪の場合何が起きてもおかしくはない、という想定が洞察の根底にある。


 咄嗟の思い付きで、マニカは左肘に掛けていた傘を両手で握り、構える。持ち手の部分を前にして、水滴の出現位置目掛けて腕を伸ばした。それから伸ばした腕を思い切り引き戻そうとする。


 するとどうか、水滴がマニカから離れるようにポツポツと、再び姿を現し始めた。

(何かが居る)

 という事をマニカは確信する。

 一気に間合いを詰め、傘を思い切り振りかぶる。水滴が出現する間隔が急激に早まるが、時既に遅し。


 空を切る音と共に、傘は廊下と平行線状の軌跡を描いて振り回された。

 バチィ!という音が廊下に響く。マニカの両手には確かな手応えがあった。


「ぐおぉっ!」

 呻き声と共に、廊下を舐める形で突如姿を現したのは角刈り頭が特徴的な男。

 サイズの大きいリュックサックを背負っており、スニーカーの靴底は案の定湿っていた。

 角刈り頭の男は手元から離れた防犯ブザーのようなものを必死に手に取ろうとするが、マニカがそこに追い討ちをかけようと再度振りかぶり、素早く接近する。その瞬間、背後からの一撃を察知した男はマニカに対し足払いを仕掛けた。

「……!」

 態勢を崩し尻餅をつくマニカ。男は防犯ブザーを手に取り、再び姿を消す。


(多分あいつが例の泥棒だ。カラクリは分からないけど、あれさえ奪えば何とか……)


 マニカが起き上がろうとしたその瞬間、寒気が胸元を射抜く。何処からか確かに感じる視線。人間に共通して搭載されている危機察知能力が作用している。

 辺りを見回すが人影は無い。姿を消した男によるものかとも考えたが、特有の足音や痕跡はなかった。


 思案を巡らしている間に、マニカは透明化する男の行方を見失ってしまう。水滴の痕跡を辿ろうとはしたがそれが途中で途切れていたのだ。恐らく、逃走する最中で下着泥棒は自身の失態に気が付いたのだろう。

 更に周辺をしらみつぶす様に捜索していたが、結局のところ男の痕跡及びその姿を発見する事は叶わなかった。

 Kanto central college(関東中央大学)の敷地は広く、その建物の内部構造はやや複雑である。建物内外全体を捜索しようとすれば、それ相応の手間がかかる。


 その間に、教職員による通報を受けた警察が現場に到着する。マニカが追跡の続行は困難だと判断した頃には、被害者である水泳部の部員に事情聴取を行なっている最中だった。

 しかし、犯人に繋がるような話を聞くことは出来ず、到着した警察は有益な目撃情報を得るべく部員以外の多数の学生にも聞き込みを開始した。


「そこの貴方。ちょっとお話を伺いたい事があってね。時間はある?」

「……」

 捜索を一旦諦め、せめて自分が得た情報を友人に伝えようと当初の目的地に向かう途中、マニカは女性警官と出くわす。

 頷くマニカを見た女性警官は、簡単な質問を開始した。

「盗難事件があったのはご存知かしら。私達は犯人の捜索をしているのだけど……何か些細なことでも良い。気掛かりな事はなかった?」

[声が出せないのでこれで話します]

 無機質な機械音声がそう読み上げる。少々意外だったのか、女性警官は一瞬目を見開き、驚くような様子を見せた。

「あら……それで構わないわ、続けて」


 端末の読み上げ機能を用い、マニカは自分が経験した出来事を全て正確に伝える。

 常識的に考えれば、内容の信憑性は皆無に等しい。それを熟知した上で、半ばダメ元で聞き込みに応じていたマニカであったが、意外にも女性警官は真剣な表情で聞き入っていた。

「それは……全て本当の事よね」

 問い掛けに対し、マニカはただただ頷く。

「そう……分かったわ。時間を頂いて御免なさい。協力ありがとうね」

 女性警官は軽く会釈をすると、忙しない足取りでその場を立ち去って行った。マニカが見るに、彼女はどこか深刻そうな表情をしていたように思う。


「担当課が違う案件かもしれないわね……参ったわ」

 廊下を早歩きで進みながら、女性警官は独りでに呟いた。


 ――――――――――――――――


 単なる盗難事件としては非常に手口が難解かつ、被害が大きい。その為か、犯行現場周辺は捜査の為閉鎖されていた。当然マニカは立ち入れる筈もなく、友人と会う事も出来ず、引き返す他無かった。

 大学の正門では複数の警官により所持品の検査が行われており、マニカも当然鞄の中身を確認された。中にはそれを拒否する学生も少なからず見かけたが、結果的に犯人の特定に至ったかどうかは知る由も無い。


(明日、ミサキと直接会って話をしよう)

 夕暮れ時の赤い日差しもやや弱まり始める頃。友人と帰るはずだった帰路を一人マニカは歩いて行く。


 戦後開拓によりもたらされたのは最新技術を用いた近代的建築に留まらない。


 マニカがたった今立ち入った区域はオランダの首都アムステルダムの街並みを参考にデザインされており、通りに足を踏み入れた瞬間、国境を跨いだかのような雰囲気の違いを感じさせる。

 帰宅するに当たっては些か回り道になってしまうが、当然立ち寄る理由があるからこその順路でもある。何よりも、彼女はこの景色が好きだった。


 通りを進んで行くと、こじんまりとした広場に出る。適当なベンチに腰を掛けていると、何処からともなく子供達の声が聞こえてくる。


「マニカお姉ちゃんだ」

「良かった、無事だ」

「探してたんだよ。最近はほら、危ないから」

「怪我はないよね」

 声の数からして人数は4人程。口早に、かつ続け様に各々がマニカに話しかける。しかし、肝心の姿が見えない。


 マニカが先ず目を向けたのは、ベンチの向かいに建つ民家と民家の隙間。

 暗闇の中には八つの蠢く瞳がある。それらはパチクリと瞬きをしては、瞬く間に暗闇の中へと沈んで行く。


 次は街頭の影に一人一人が姿を現し、4つの人影が波打つ水面のような様相で立ち並んだ。かと思えば、次は噴水の縁に腰を下ろし、続いてマニカの座るベンチの側へと移動する。


 斜めに伸びるマニカの陰影に、小さな人影が寄り添うようにして形を成す。気配を感じたマニカがそちらへ視線を向けた瞬間、八つの瞳が一斉に眼光を放ち始めた。


 彼等の陰影だけがそこにはある。しかしベンチに座るのはマニカ1人。今は実体は無い。だが声はより近く、よりハッキリと聞こえてくる。

「会いに来てくれて嬉しい。けど、直ぐに立ち去った方がいい」

 冷静な口調で喋るのは長男の1号である。

「今日は何か持って来てくれたの?」

 明るい口調の三男、3号がそうそ言う。

「コラ。この前貰ったばかりでしょ。お姉ちゃんが困ってるよ」

 戒めるのは末っ子の4号。紅一点である。

「お姉ちゃんは優しくて、強いけど、それでも危ないんだ。怖い事が沢山起きてる。僕も怖い……」

 弱々しい声で話すのは次男の2号だろう。


 普段とは違い、焦るような、急かすような様子からして、マニカは何かしら異変があったのだろうと察した。

[何かあったの?]

 マニカは端末に入力した文字でそう伝える。第三者からの目線を考慮し、読み上げ機能は用いていない。


「僕らと似ているかもしれない。でも、もっとおっかなくて、酷い奴が居るんだ。背後を付ける影に気を付けて」

 1号がそう言うと、続けて4号が付け加える。

「困ったら私達を呼んでね。絶対、ぜーったい助けるからね」

「そしたらさ、沢山ご褒美頂戴ね」

 すかさず3号がおねだりをする。懲りない3号に対し、4号は唸り声を上げた。


[みんなありがとう。話がしたくて寄ったのだけれど、今日は急いで帰るね。今度はお土産持ってくるから]

 マニカは笑顔を浮かべてそう伝えると、4人の影も釣られて笑顔になる。しかし、1号の面持ちはあまり芳しく無い。


 ベンチを立ち、歩き始めたマニカは影に向けて小さく手を振る。子供達も手を振り返し、甲斐甲斐しく彼女を見送った。


 "ノーム"。4人の子供は近所の噂にあやかってそう名乗る。マニカが子供達から聞いた限りでは、4人とも皆、今も昔も普通の人間であるという。生き方を学んだ末の姿であり、これは一つの生存方法なのだと。


 マニカはノームの忠告に従い、真っ直ぐに近場の駅を目指して歩みを進める。並木道を境に都会の喧騒が蘇り始め、夢から現実に引き戻されたかのような不可思議な感覚が襲う。


「aa…………wwo…… 」

 喧騒に紛れて聴こえてくる、耳元に囁くような呻き声。女性の声だ。

 何か妙な感覚。

 堪らずマニカは辺りを見回す。気が付けば、歩行者の顔は霞んでよく見えない。


Wake up Wake up


 ビルの壁面や歩道橋下の通路に描かれたグラフィティの文字。色は赤い。それはスプレーによるものか?どこか黒々しく、生々しく、滴っている。


 電気屋に並ぶテレビの画面、ビルの液晶に映る巨大な広告の内容はごく一般的なニュースや化粧品の宣伝であるが、流れる音声は全て、


〔You don't have time.〕

(時間が無い)


 上を見上げれば、突如アーチに飾られたネオンが煌々と輝き出す。

 Taninaka ginza shopping street(谷中銀座商店街)

 と書かれたネオンの文字。


「ここはどこ?私が居たのは……」

 マニカが声を発すると、周囲の歩行者が一斉にこちらを向く。


 彼等の体からは煙が立ち上り始めた。その瞬間、何者かに背後から肩を掴まれる。

「You're a hell of an attractive woman.」

(君は非常に魅力的だ)

 何かが耳元でそう囁いた。


 〜


「っ……‼︎」

 瞼が持ち上がった。しかし体は持ち上がらない。催す吐き気と、喉元まで上がりかけた叫声を抑え込む。しかし、その必要は無かった。粘着性のある何かが、鼻から下にかけての筋肉の動きを遮っている。テープかそれに近いもので、口元は覆われているのだろう。

 手首には締め付けられるような感覚。

 背中は冷たく、そして湿っていた。


 弱々しい照明の、無機質な光が目に入る。辛うじて辺りを見回す事は出来たが、照射範囲から外は黒塗りされた絵画のようで、それ以上は何も見えない。

 右隣に目を移した瞬間、マニカは激しい悔恨の情に駆られる。


 口元が塞がれていて良かったと、心の底からそう思った。

 彼女にとって思いもよらなかった事だ。再び目にする事になろうとは。


 長く、淡い茶色をした頭髪。目を凝らさずとも露わになった乳房から性別はわかる。

 凄惨さを極めていたのは腹部の状態である。特有の膨らみと、そこに走る亀裂のような断面。

 手が伸びていた。小さな手が。


 素早く目をそらす。そして目を瞑る。瞼の裏には、記憶の奥底に追いやった記憶がノイズ混じりに再生され始めた。


 同時に思い出そうと試みる。何故こうなったのか?自分の身に何が起きたのかを。

 しかし、彼女の思考を遮るようにして、何かの音が聞こえてくる。それは近付いてくる。コツン、コツンと、ゆっくりと、そして着実に。

〈click〉

(?)

 だが、変化が生じた。恐怖心から目を開けることは出来なかったものの、不気味な程に静かだからこそよく分かる。音が離れていったのだ。徐々に遠のいて行く。

(何かが居る……何かが)

 その時、マニカは心の奥底でノームに助けを求めていた。


「これは……」

 静寂な空間に響く、重低音の如き男の声。先程とは血色の違う足音。

 ここには何かが居る。同時に何かが来たのか?可能性を感じ、マニカは目を開ける。


 〜


 ジュンイチは右手に握った拳銃を構えながら、携帯端末の懐中電灯機能を使い辺りを照らす。


 限定的に開けた視界の中に広がるのは異様な光景。ジュンイチの眉間に深い溝が浮かび上がり、目付きは鋭利さを増した。


 彼が見たものを例えるならば、それはルネサンス期のイタリア絵画。ただしこれは印象を指した例えであり実物とはかけ離れている。そもそも絵画ではないし、それを構成する素材も絵の具やキャンバスなどではなく、本物の人間であった。


 人間は何らかの加工を施され、文字通り飾られている。

 それは人間の死体の塊、というよりは、アートと言うべきだろうか。実に凄惨極まりない光景にも関わらず、見る者にそう感じさせる要素や意図が幾つか見受けられる。

 詰まる所、これは明らかに人為的に作られた代物である。その肉塊とも、作品とも表現できる物体は作成者のおぞましい狂気を感じさせる一方で、構造や構図そのものは実に理知的に設計されているように思えた。


 ジュンイチは周囲の気配に注意しながら死体のアートに近付き、その様子を観察した。

(剥製にされている?)

 ポケットからバタフライナイフを取り出し、皮膚の一部を切り取ると、中には骨とは別の、芯のような物、あるいは詰め物で満ちているように見える。

 そうしてアートの周辺を見渡していた時だった。一瞬、懐中電灯の光を反射し何かが煌めく。


 ジュンイチは警戒を怠らず、光を反射した方向へ真っ直ぐにライトを向け、慎重に接近する。その物体は何やら吊り下げられた皮袋のようなものであったが、それが探し求めていた男の成れの果てであると気がつくまでに、あまり時間はかからなかった。


 男の体は天井に吊るされ、まるで血抜きでもされているような有様である。その隣には同様の状態にある死体が、あたかも貴重な品物の如く綺麗に並べられ列を成している。

 歪にねじ曲がった胴体から察するに、中身を抜かれ、皮と一部の骨組だけが残されているのだろう。

(加工途中なのか)

 鼻呼吸を止めているにもかかわらず、嗅覚を激しく刺激するこの異臭。

 下処理はどうしているのか、という疑問が生じたが、今はそれどころではない。


 ジュンイチは、この異様なバタフライナイフを手渡された際、「有事の際に使え」と支給されていた小瓶をポケットから取り出す。

 中に入った青紫色の液体を、男の手に突き刺さっているナイフの刀刃に垂らしていく。


 液体は徐々に黒く変色していき、泡を立てて気化していった。タイミングを測り、ジュンイチは刀刃を引き抜く。

 引き抜いた刀刃をハンカチで念入りに包み込み、小瓶と共に胸ポケットに放り込むと、ジュンイチは携帯端末のカメラ機能で周囲を手早く撮影する。

 情報を入手し早急にこの場を立ち去るつもりであったが、フラッシュを焚いたその時、視界の端に更に別の物体を捉えた。

 慎重に歩み寄り、その正体を確認しに行く。


 〜


 足音が確かに近付いてくる。照射された白光が目頭に刺さり視界を白く塗り替えた。ようやく目が慣れてきた頃、マニカの目の前には大柄な男が立っていた。


「……!」

 ジュンイチは呆気に取られ、しばし立ち尽くしてしまう。彼が先程目視したもの、その正体は生きた人間であった。

 若い女性である。ライトを照射された女性は眩しそうに目を瞬かせている。

(想定外だな……)


 女性は針金のようなもので金属製の台座の上に手首、足首が固定されており、口は粘着テープで塞がっている。

 白い布を上から被せられているが、どうやら服を着ていない。

 台座には赤い線で、ジュンイチの持つバタフライナイフの刀刃に刻まれているものと似た、言わば魔術的な紋様が描かれている。

 気掛かりではあるが、今は他に優先すべき事が多過ぎる。


 マニカにとっては願っても無い事である。暗闇から姿を現した男はまさしく救世主のようにも見えたが、彼の出で立ちや雰囲気は白馬の王子とは言い難い。


 手始めに、ジュンイチはマニカの口に貼り付いた粘着テープの角を慎重な様子で摘んだ。

「すみません……剥がします」

 マニカは小刻みに頷く。

 勢い良く引き剥がされたテープはベリっと音を立て、彼女の口元から離れていった。痛そうに顔をしかめるマニカを余所に、ジュンイチは床にテープを投げ捨てバタフライナイフを取り出す。しかし、片手に照明を握りながらでは手首、足首に巻き付いた針金を切断するのは難しい。

 利用できるものがないか周辺を見渡したその時、台座のすぐ側には電源を切られた背の高いスタンドライトが置かれている事に気がついた。どうやら電池式のようで、今でも使用可能な様子であった。パッと見た限りでは物も新しく、最近持ち込まれた可能性が高い。


 スタンドライトの電源を入れたジュンイチは台座に携帯端末を置き、足首の針金から切断を開始した。

「拘束を解きます。動かないで下さい」

 ジュンイチの警告に対し、マニカは再び頷く。

 作業中、彼女は隣の死体を見ないように反対側、つまりジュンイチが立っている側を眺めるようにしていた。

 そうして、おおよそ1分も経たないうちに女性の両足が自由になり、ジュンイチは手首に巻き付く針金の切断に移る。

 手早く作業を続けるジュンイチの表情はこの上なく無機質なものであったが、慎重かつ大胆に手を動かすその様子からは何処か焦燥感が滲み出ている。


 左手の拘束を解くことに成功し、右手の針金へと取り掛かったジュンイチであったが、その作業中、微かに刃先がマニカの手首に触れてしまう。

 反射的に彼女の足が動き、台座に置かれていたジュンイチの携帯端末が床に転がり落ちた。

「……!すいません」

 ジュンイチは作業を一旦止め、マニカの顔を覗いた。彼女は首を横に振り、平気だという意思を伝えようとする。


 その時だった。携帯端末の懐中電灯機能は稼動状態のままであり、暴れる携帯端末から照射された光は、彼等の周囲を無作為に照らし出した。


 その瞬間、ほんの一瞬だった。マニカの視界には、確実に此処に居るであろうもう一つの存在が映り込んだのだ。

 ジュンイチは丁度背を向けて気が付かなかっただろう。しかし、彼女は確かに視認した。


 白く不気味な仮面で顔面を覆い、右手には大物の西洋剣。背は高く、作業着の上にエプロンを掛けたかのような地味な出で立ちだが、だからこそ右手に握られた凶器の異常性が際立っている。

 確実にそこにいる。奴はジュンイチの背後に迫って来ている。

「……‼︎」

 マニカは携帯端末を拾おうとするジュンイチの体を、自由になった左手で何度も何度も叩いた。

「どうしました⁈」

 異変を察知したジュンイチは、彼女の指が背後を指し示している事に気がついた。

「そうか、くそッ……‼︎」

 ジュンイチは腰に下げていた拳銃を持ち上げる。更にバタフライナイフを強く握り、瞬時に背後へと向き直った。


 その刹那、銀色の刀刃が暗闇を突き破り、ジュンイチの頭部目掛けて真っ直ぐに突進する。

 咄嗟に剣先を逸らそうとしたジュンイチは拳銃とバタフライナイフを交差するように構えた。しかし、判断が僅かに遅かった。

「ぐぉおおおっ‼︎」

 微かながら上方に軌跡を逸らされた西洋剣はジュンイチの頭部を貫く事は無かったが、刃の切っ先は頬から額にかけて流され、左眼を深々と抉り取る。

「がっ……ああ!」

 鮮血が飛び散る。ほとばしる激痛が手の力を緩め、刺突の勢いにより拳銃とバタフライナイフは台座の奥へと弾き飛ばされた。ジュンイチの屈強な体は凄まじい勢いで台座に打ち付けられる。

「!!!」

 マニカは衝撃により台座の上から転げ落ちてしまう。その体を引き留めたのは唯一切断しきれていなかった右手の針金。針金が食い込み、手首からは血が滴る。

(助けなくては!)

 立ち上がるべく地面を突いたマニカの左手には、金属質の感触。先程ジュンイチの手元から離れた拳銃は彼女の側に落下していたのである。

 また幸いにも、耐久力が低下していた針金は吹き飛ばされた時の勢いで更に緩んでいる。

 武器を手にしたマニカは、切断しかけの針金を力ずくで引きちぎった。


 背中を強く打ったジュンイチは痛みに悶えながら横倒しになる。

 仮面の男は悠々とした様子でジュンイチに歩み寄り、その身を屈めたかと思うと、彼の顔を覗き込み始めた。


 流血は顔面をまばらに塗装し、食いしばる歯は幾つか赤く上塗りされている。意外な事に、残された右眼は一寸の違いもなくこちらを睨み続けていた。それも瞬きもせずに。

 男には微塵も恐怖を感じている様子がない。それどころか、体の奥底で殺意を滾らせているのがよく分かる。

 仮面の男は好奇心に駆られた。


 左手で布を握りしめ、力を込めた右手には拳銃。構える銃身、その照準の先には、仮面の男の側頭部。

(神さま……許して!)

 ゆっくりと引き金は引かれた。動作に伴い、撃鉄も動き出す。

 仮面の男は駆動音を聞き逃さない。


〈Blam!〉


 乾いた銃声が轟く。

 その瞬間、仮面の男は致命傷を避けようとして体を逸らすというような回避行動を一切行わず、ただ、マニカの居る方向へと首を回したのだ。

 素人でもおおよそ狙った部位に当てられるであろう至近距離。銃弾は仮面の眉間に命中する。


〈CLUNK!〉

 鈍い着弾音が鳴り響いた。着弾時の衝撃で、仮面の男は後頭部の先から地面に叩きつけられる。


 が、しかし、仮面の男は死んではいない。それどころか、幾許もしない間に再び立ち上がったのだ。身体を左右に揺らしながら、まるで糸操り人形のようにゆっくりと立ち上がる。

 仮面の着弾点には、黒く凹んだ銃痕が。見る限り、貫通はしていない。


「⁉︎」

 想定外の事態に動揺したマニカは、一心不乱に引き金を引いた。

 繰り返し放たれた銃弾は仮面の男の肩を、足を、胴体を貫き、何発かは再度頭部へ命中し跳弾する。


 全身風穴だらけになった仮面の男は暗闇の中に倒れ込む。

 深い水底に吸い込まれるようにして、その姿は見えなくなってしまった。

「……」

 マニカは膝から崩れ落ちる。

 足元に転がる薬莢。右手に握った弾切れの拳銃。

 それらが証明している事実。身を守る為とはいえ、人を撃ったということ。彼女は気を失いそうな感覚に襲われる。

(立ち上がれ……ここを出るんだ。彼を連れて……)

 感傷に浸っている時間は無い。

 自らにそう言い聞かせ、再び立ち上がったマニカはジュンイチの元へと駆け寄った。


「……!」

 マニカの目尻に涙が浮かぶ。


 ジュンイチの顔面には赤黒い峡谷が形成されており、谷底からはドクドクと音を立てるようにして、生暖かい湧水が滲み出ていた。

 それは彼女を動揺させるには充分すぎるほどに残酷な光景であったが、彼女の心臓を握り潰す要因となり得たものは他にあった。

 彼の腹部には、一本の指が入るか入らないか程度の大きさをした穴が空いていた。恐らく、最初に放った1発。跳弾した弾丸によるものだろう。


 罪悪感の念に押し潰されそうになり、悲観の表情を浮かべるマニカに対し、

 ジュンイチは口元を緩めてこう言う。

「ありがとう……助かりました。大丈夫、かすり傷です。立てます」

 ジュンイチはそう言って、全身に力をこめて地面に手を付く。

 顔面が強張る。布を搾り取るように流れ出す液体なぞは既に意中にはない。腹部を抑え、よたよたと歩いて向かった先には転がり落ちたバタフライナイフ、そして携帯端末。それらを拾い上げたところで、突如腰骨に激痛が走りジュンイチは体制の維持が出来なくなった。

 マニカはすかさずジュンイチの肩を担ぐようにしてその体を支える。

「申し訳ない……」

「……」

 痛みを堪えさえすれば一人で動けるだろうと考えていたジュンイチであったが、思いの外台座に叩き付けられた時のダメージが大きかったようである。


 自身の体を支えたまま動くのは、女性にとって大きな負担になると考えたジュンイチは再び一人で歩き出そうと、マニカを優しく押し退けようとした。しかし、彼女の強い眼差しがそれを躊躇させる。

 幸いにも脚は正常に動く。肩を借りたままの姿勢と言えど、一人で移動するよりは幾分かマシだった。

「出口は分かっています」

 ジュンイチはそう言うと、なるべくマニカに体重を掛けないよう配慮しつつ歩き出す。


 携帯端末の機能を頼りに行き先を照らし、先程の広間から離れた二人は一本の通路に差し掛かった。

「この先です」

 その時、ジュンイチは異変に気がつく。端末の画面左上には、圏外の表示。

「なに……」

「?」

「……急ぎましょう」

 通路を突き進む最中、ジュンイチは次第に、体の内部から空気を抜かれるような感覚に襲われる。同様にして、視界は徐々に歪んでゆく。

 気がつけば、撥水性の高いレザージャケットからは常に何かが滴り落ち、シューズは原色を想起する事が困難な程に変色している。

 徐々に、肩にかかる体重が増している事をマニカは感じる。

「……俺が動かなくなった時は、捨て置いて下さい」

「!」

 マニカは首を横に振る。ジュンイチは構わずに続けた。

「もしもの時は、俺に代わってこの人へ連絡して欲しい」

 ジュンイチの持つ携帯端末の画面には、[Sven Shijima]と表示されている。

「この手の専門家で……こういう案件に関しては警察よりも信頼出来ます。必ず、貴方の助けになってくれる」

「……」

 マニカは頷くしかなかった。

 一方で、命の恩人を捨て置くという選択は例え当人が容認しようと、彼女の中では到底容認出来るものではない。

 その点に関しては、未だに首を横に振っているつもりで頷いていた。

 確かにジュンイチの発言は自暴自棄なようにも思えるが、彼は至って合理的に結論を導き出したに過ぎない。両者にとって、それが最善だと判断したのである。

 何よりも彼は危惧しているのだ。現代兵器は障害を取り除く道具であるという側面を持つ一方で、その有効性は設計上の想定内に限られる。

 彼等が対峙したアレは、明らかにその範疇を逸脱した存在であった。ならば、死に損ないの己を連れて両者の生存確率を下げるような愚行は避けるべきである。

 事実、未だ脅威は去っていない。


 〜


【Vestri 'volo sanguis.】

「その通り」

 発音は片言で、酷く醜い。

【producendum servorum】

「それを試していたところだ」

【Est aliquid necesse est.】

「そうだろう。ここはアトリエとも言える」

【Quid tu dormis】

「私は"人間"だ。君には到底理解出来ない」

【Pœnitet debes.】

「万物に対する情緒があってこそ、智徳を有した創造物を秀抜せしめ、その存在意義を確立し得る。君の役割は浅はかな台詞を口にする事ではない。働いてもらおう」


 〜


 二者の間に続く硬質な沈黙は恐怖からくるものではなく、エネルギーの消耗を抑える為の合理的判断によるものであった。

 しかし、静寂な筈の空間は錆びた鉈で肉片を断裂するかの如き異音によって、惨たらしく引き裂かれた。

〈SIRRRRRRRR.......rrrrrryy〉

「「!!!」」

 二人はほぼ同時に危機を察知する。

 先に行動を起こしたのはジュンイチであった。彼はマニカを庇うべく彼女の肩を掴んで低く屈ませ、自らの身を盾にするように覆い被さる。

 同時に背後へ目線を向けた。

 その瞬間、ジュンイチは綱のような形状の何かが、壁を伝って高速で伸びていくのを目撃する。

(足……いや、触手か……⁈)

〈SIRRRRRRRRyyyy〉

 ジュンイチの視界が激しく揺れる。バチィン! という音の残響が、後を追って二人の鼓膜に付いてきた。

「!」

 瞬く間もなく生じた出来事に、マニカはようやく思考を追いつかせる。


 大柄な体格にも関わらず、彼女を庇ったジュンイチの身体は2mほど吹き飛ばされていた。追手だ。それも、恐らく仮面の男とは別の存在。

 暗い通路の奥底から、目にも留まらぬ速さでジュンイチの頭部を射止めた物体は彼の推測通り、海洋生物の触手のような外観をしていた。それはたった今、マニカの頭上で静止している。

「……っ」

 マニカは息を詰まらせる。存外にも、思考回路は冷静に働く。

(下手に動くべきじゃない。彼の安否を確認するんだ……恐らく、彼が狙われた理由は端末の光だ)

 ジュンイチが握っていた携帯端末は彼の身から離れ、吹き飛ばされた先で壁にもたれ掛かるような状態となっている。携帯端末は、未だに光を放ち続けていた。

 彼等に襲撃を知らせた光は今、ジュンイチの身を捕食者へと晒し、新たな危機に陥れている。


 頭上の触手は縮み始め、本来あるべき元の位置へと戻っていった。その隙に、マニカはジュンイチのもとへと接近していく。

 ジュンイチはうつ伏せで倒れたまま動かない。彼の後頭部からは少量の出血が見られたが、外傷はさして大きなものではい。しかし、肝心の意識が無い。

(まずい……せめてこの身を退けるか、携帯端末を何とかしないと)

「……ァア……ァ……アッ」

「……!」

 マニカは捕食者の唸り声を耳にする。

 心の奥底の不安を炙り、そして煽り立てるような、幼げのある()()()だった。

 不気味な叫喚(きょうか)と共に、得体の知れぬ脅威は着実に接近してくる。


 無意識のうちにマニカは背後を振り向いていた。

 暗闇の中で姿は漠然としたままであったが、見覚えのある淡い茶色の頭髪が、携帯端末の光を微かに反射している。

「……!!」

(どうしてこんな事を……)

 湧き上がる嘔吐感を堪え、マニカは目を見開く。

 彼女の瞳は感情の熱を帯びた。それは恐怖ではない。底知れぬ義憤であった。


 マニカの周囲に、壁を這っていた触手が収束していく。

「アァ……アッ……ァ」

〈SIRR……rrr〉


 マニカが体を揺さぶるものの、ジュンイチは意識を失ったまま動かない。

(きっと、聞こえていないだろうけど……)

 彼女は手を伸ばし、そっとジュンイチの耳に蓋をする。


 目を瞑るマニカ。

 ゆっくりと唇が動く。口を開け、喉が開き、声帯が振動する。

(「おかあ……さん」「あぁ……! マニカぁ……ァァああ……あっ……ああああ‼︎」)

 過去に見た、成れの果てを想起する。泡立ち、煙を上げ、最後には雲散していく。聞いた生物は隔たりなく気化していった。それが人間でさえも――

(神さま……もう一度、私に救いを……)


「もう……泣かないで……」


 マニカはたった一言だけ、ただ一言だけを、囁くように口にした。一粒の涙が彼女の頬を伝い、ジュンイチの首筋に跳ねる。


「ァッ……ァァアッ……ァァァァアアアアアアAAAAAHHHHHHHHH!!!!」


 球状に広がり、そして弾け飛ぶような、轟き、体が沸き立つ咆哮。

 違う。それは断末魔だった。


 〜


 マニカはジュンイチを担ぎ、踏みしめるような足取りで先へと急ぐ。

 彼の体重は細身の女性にとって身体的負荷は凄まじく、それも自らの身を隠す物が布一枚だけとなれば、これもまた違う方面でも気を遣わねばなるまい。


 足元を引きずるような状態になるのは致し方ない事ではあるが、命の恩人をぞんざいに扱っているような感覚がマニカの腕を伝い、彼女はどうにも気が引けてならなかった。

 マニカに「生き延びた」という実感はまだ無く、何よりも、担いでいる男はかなりの重体だった。早く安全な場所で治療を施さねば命に関わる。


 しばらく歩き続けてようやく外部の空気が漂い始める。頭上を長らく覆っていたコンクリートの空は消え失せた。かと思えば、天井が随分と高くなっただけで、外の景色は思い描いていた解放的な空間とは程遠いものであった。


 更に新たな問題が生じる。ここから出る為には、彼女の頭上から頭二つ分程度高い位置にある足場に移らなければならない。この大柄な男を担ぎ上げる必要があるのだ。


「だれか出てきた!マニカお姉ちゃんだ」

「ほんとだ……うわっ!その格好どうしたの?男の人は血だらけだよぉ!」

「すぐに助けるからね!」

「よかった……本当に良かった。心配で、後を着けていたら見失って……みんなでずっと探していたんだ」

「ここに入ろうって言ったのに、2号が怖がってさ……」

 聞き覚えのある4人の無邪気な声。

 マニカは安堵する。

 気が付けば、口元は緩み目元は笑っていた。再び、頬が濡れる。


[ありがとう、みんな]

 携帯端末に入力した文字を見て、4人は笑顔で頷く。彼等は影から実体になる。


 〜


 路地裏から顔を出したマニカは周囲を見渡した。人の気配はなく、影もない。街灯と月明かりにより、辛うじて視界は開けている。

 彼女はおもむろに携帯端末を取り出した。


[PM1:03]

 液晶の時間表示に目配せしてから、マニカはジュンイチに頼まれた通り[Sven Shijima]へとメッセージを送信する。

〈TLLLLLLLL〉

 その直後、相手から電話がかかって来る。どうするべきか迷った末に、マニカは応答した。

「もしもし。メッセージは読んだ。今どういう状況だ?返事をしろ」

 突如、音声通話は映像通話に切り替わる。

「?」

 端末の画面には、見知らぬ女性の顔が。

 女性はジェスチャーを初め、口元を手で覆う。声が出せないという意思表示だと理解できる。

 更に映像は動き、壁にもたれかかった傷だらけのジュンイチが映り込んだ。

「おい、生きてるんだろうな」

「誰と電話してるの?」

 端末のマイクは子供の声を拾う。女性は人差し指を口の前で立てる仕草をする。

 それから女性は問いかけに対し、素早く頷いて返答した。加えて、手話で急ぐよう伝えようとする。

「こりゃまた……ジュンイチくん。やっぱり持ってるね、君」

「?」

「いや、こちらの話だ。直ぐに向かおう」

 スヴェン・シジマは愛車のMercedes-Benz 300SEL 6.3に乗り込み、吹き荒ぶ嵐のような勢いで事務所を後にした。


//to be continued……

謎の文字部分はラテン語です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ