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その8

「冗談はさておき、現場到着だ。四頭立戦車(クワドリガ)よりロード。勇元金融に到着した」

 残暑の照り付ける陽射しのもと、白く輝く二階建てのビル。正面の交差点には回転灯を灯した二台のパトカーが既に到着していて、封鎖線を展開したり、周辺住民の避難を誘導している。

 てきぱきとしたその行動は、感心するほど整然としている。

「大尉殿。管制官からお話だ」

「中河か、由美でいいです」

「そうか?じゃ、由美。交信繋げるぞ」

了解(コピー)

 左手で通信を繋げる。

「こちら中河」

「初めまして、中河巡査」

 それはえらく色っぽい美声だった。ほどよい落ち着きを持った、艶のある、若いだけの女性には決して出せないもの。危うく嫉妬してしまうレベルだったと、由美は語る。

「私は、ミサ・キャスリン・ブルーム。この道を支配するもの(ロード・オブ・ローズ)を運用する、特殊防犯課情報係を統括しています。本来なら、今日一日はジーン(クワドリガ)のもとでオリエンテーションのはずだったのですが、クラス3の事件発生にともない予定を繰り上げ、巡査のネットワーク認証並びにコールサインの設定を実施します」

 淀みないアナウンスは、すんなりと由美の中で意味を成す。

「了解しました」

 返答しながら隣を見ると、ジーンは通信しながら車を降り、そばにいた警官と言葉を交わしていた。

「データギアの画面を確認してください。表示されているデータに誤りが無ければ――」

 ミサのガイダンスは、的確で瞬く間に由美にIDとパスコードが渡される。

「それで、コールサインはフェニックスでいいですか?」

「イヤです」

 咄嗟の反応。通信の向こうでくすりと笑う気配。かっと熱くなる由美の顔。

「いや、その……」

「海司くんの言う通り、マジメな人ね。冗談よ」

「からかっていたんですか?」

「そうよ」

 悪びれない妙齢の女性。

 ため息をつくしかない、小娘。

「あら。怒らないのね。あなた達の会話をモニターしてたら、えらくあなたの渾名(フェニックス)を気にしてたから、言ってみたんだけど、意外と落ち着いているわね」

 ミサの口調は既に、年長にして先任らしい砕けたものに変わっている。

「もうゴシップには慣れました」

「なるほど、バスケ界の天才少女にして、元新葉大学ミスキャンパス最多推薦者は苦労してるのね」

「そんなことまで知ってるんですか?」

「ちょっとググれば、大漁よ。ネットは偉大でしょ」

 自分のプライベートが、いかに存在しないかを痛感する由美。

「でも、ここは実力が全てよ。キルギスの不死鳥だか、インペリアル・エアボーンだか知らないけど、能の無い鳥には、丸焼きかコンクリ詰めか、ミンチにされてハンバーグになるしかない。そういう街よ、覚悟しておきなさい、大尉」

 なるほど、前線で戦うジーン達よりも、バックアップを担うミサ達の方がシビアに考えているようだ。

 彼女達は、純粋な管制官なのだ。

 実際、特防課では創設一年半で事件が起きている。一人の新人課員が、犯罪者予備軍ともいえる男の妻に手を出し、逆恨みの末殺害され、情報が一部漏れたことにより二人の管制官が勤務外に襲撃され、退職を余儀なくされた。

 その事情を知らなくても、想像はできた由美。だからこその強烈な先制。それは充分理解出来た。

「ありがとう。ブルームさん」

 バックアップ要員のそうした姿勢に、彼女は素直に感謝できた。

「ミサでいいわ。どうやら、覚悟は充分のようね。でも、病み上がりなんだから無理しちゃだめよ」

 先日の、海司との演習からまだ半月しか経っていないことに釘を刺された。

 相楽とはタイプは違えど、姉が聞き分けのない妹を諭すような口調に自然と笑みがこぼれる。

「心配かけてすみません」

「と言っても、無茶くらいはするんだろうけど……」

 そんな個人的なことも把握されてるのか。

「ま、いいわ。コールサインどうする?」

「ストライクでお願いします」


 東京湾ベイランドシティが誕生したのは二〇一八年。東京湾アクアラインを、鉄道道路共用とする大改修を施すのと同時に海ほたるサービスエリアを中心に造成することで完成したセントラル地区の誕生をもって、その歴史を始める。

 大規模公共工事の必要性を否定していたクーデター政府の、数少ない大型公共事業である。海底から巨大な堤防を建て、その内側の海水を吐き出す方式で作り出されたセントラルは、地下三層地上一層の多層積層都市という、当時の最新技術で作られた。

 しかし、その後に作られた各地区の造成は、まちまちである。

 というのも、この都市は真の自由なる経済の名前のもと、無謀ともいえる規制緩和が実施され、その造成においても民間資金を多分に取り入れるために数々の優遇税制が施行され、造成計画自体もバラバラになってしまった。

 周囲を堤防に囲まれた輪中のような土地である新本牧地区は、旧港湾部の自由化と、土地造成のほぼ百パーセント民間資金という二つの緩和によって、外国人の大量流入や地上げ業者の台頭などによって治安が悪化し、浦賀ウォーターフロントの完成による港湾部の閉鎖で、一気にスラム化した地域である。

 堤防によって守られているのか、劣悪な環境に堤防によって押し込められているのか、どちらともつかない街である。

 しかし、その街を訪れる人はみな不思議そうに語る。

 ――汚い街だけど、何故か活気がある。元気になる街だ。

 千葉県生まれの中河由美にとって、ベイランドシティの情勢は、必ずしも対岸の火事ではなかった。彼女が一時期在籍していたのは、ベイランドシティ北部にある新葉大学工学部だったし、軍に在籍しながら通信制で卒業し、つい先日AIWS(エイウス)――格闘機の機構と戦術的運用に関する修士論文を提出したばかりである。

 先日、海司と戦ったように、セントラルの地下第三階層(ジオ3)にある演習場もよく使っていた。

 そんな彼女の生活圏の目と鼻の先に、このスラムは広がっていた。この決して広くない地域に、住民登録されているだけで百四十万人。実数は、それを遥かに超えていると言われている人々がひしめいている。

 夢を求めて来た人。しかし、夢に破れた人。人の夢を食い物にする人。それでも、夢に向かって這い上がろうとする人。

 そういう意味では、非常に能動的で躍動感の溢れる街ではある。

「大変な街ですね」

「まあな。ロスよりはマシだぜ。ポリスの練度は、こっちの方が断然高いからな」

 笑うジーンを、思わず睨んでしまう由美。そんな街と比べるな、という意味においてだそうで、彼女も充分に不謹慎な性質である。

「それで、私達は突入ですか?」

 現場は交差点に面したビル。一階には飲食店のテナントが四軒ほど入っているらしいが、問題の証券会社は二階だ。名前は勇元金融という。年金事業も扱っている、連邦政府によって監査されているまともな事業者だ。

 だからと言ってワルさを全くしていないとは言えないのが、どこの企業でも同じである。

「いや、さすがにアメコミじゃないから、いきなり突入はないな。ここは、まず穏当に奴さんとのコンタクトだ」

 アメコミとか、奴さんとか、そういう日本人にしか分からない語彙を、この男はどこで手に入れてきたのだろう、とどうでもいいことを考えていた由美。

「警備システムは?アクセス出来ないんですか?」

「こちら、ロード。一般市民の通報があった瞬間から、当該施設へのアクセスを実行しています。ですが、一切の反応がありません」

 由美の問いかけに答えたのは、管制官の一人。男だったが、耳元で睦言を囁かれたら鳥肌が立ちそうな美声である。深夜のラジオDJをやってそうだ。

 ――課長は何を考えているの?

 などと、関係ないことを思いつつ、ジーンと二人拳銃の動作をチェックする由美。

「反応が無い?アクセスを拒否された訳でなく?」

「あら、鋭いわね」

 今度はミサだった。

「そうよ。防壁を展開された訳でも、侵入を遮断されたのでもなく、一切の反応無し。主電源が落とされているか、通信回線が物理的に切断されてるわね」

「ということは、犯人はその手のことに詳しいと?」

「それか、会社が電源を落としたか、だな」

 ジーンの言葉の意味が分からず、首を傾げる由美。その手は、自動的に二挺目の拳銃もチェックしている。

「ここは日本本土じゃないのよ。勇元金融の方の脛に、疵があるのかもしれないわね」

「勇元金融ですが、市警本部からの現場見取図の提出を渋っている模様です」

「電話は現場と繋がらないのか?」

「盗聴対策の妨害電波が出てるから、携帯でのアクセスは不可能。店内のWi-Fiと有線の回線は、妨害が(スクランブル)かかってて今は解析中」

「は?スクランブルの解析なんて出来るんですか?」

 有線無線問わず、通信回線を妨害する手段としてのスクランブル技術は、民間の防諜対策としては標準的だ。だが、世界中の民間セキュリティ企業が鎬を削っている分野である。いくら警察でも、そこまで出来るとは思えなかった由美。

 不意に、視界に通信回線が切られたという表示。しかもジーンの手によって。

「ミサは、元凄腕のハッカーだ。そんで海司に捕まった。ま、娘二人の養育費を稼ぐためだというのと、その腕を特防課のために使うことを条件に、今は俺達のバックアップの柱をやってる。OK?」

 驚いたことに、いきなり全て英語で語り出したジーン。どうやら、周囲には隠しておくべき事情らしい。

了解(コピー)

 通信が再開される。

「――というわけよ」

 通信が繋がってなくても、話が聞こえていたかのようなミサ。車載レーダーや、二人の観測データからおよその状況を察したのであろうが、食えない女性である。

「なので、課長(シールド)統括官(エッジ)のオーダーは、犯人の要求の有無の確認よ。穏便に」

「クワドリガ、コピー」

「ストライク、コピー」

「それと悪いんだけど、今五一〇号線は大渋滞で増援は送れない状況よ」

 つまり、二人で早期に対応する必要がある。人質の安否の問題もある。

「了解だ。警邏と(パトロール)は話がついてる。由美が正面から、俺が裏口からでいいか?」

「応戦されたら射殺する自信があるんですが?」

 人質救出を想定した訓練は、空挺団でも緑の軍隊でも数多くやった。しかし、接触をするというのは難しそうだと、由美は感じた。

「そのためにこれがある」

 ミラーシェードのデータギアを指さすジーン。

「あんたの視界内で起きたことは、全てこれが記録する。あんたにとって有利、不利にかかわらず全ての情報だ」

 つまり、最善を尽くせ、ということだ。

「コピー。正面から接敵し(コンタクト)ます」

「頼むぜ、相棒」

 由美の右肩を二度叩き、素早くビルの裏手に向かって走っていくジーン。

 由美も、ビルの正面左側にあるエレベーターホールに向かう。

 念のため、飲食店の状況も軽く流し見る。テーブルやカウンターの上に食べかけの食事が放置されていたり、椅子やお盆が床に転がったりしていて、昼時の緊急事態に、客も店員も大慌てだったのが手に取るように分かる。

「ロード。こちら、ストライク。エレベーターは監視されているか?」

「こちら、ロード。監視はされていません。パトロールに要請しますか」

「お願い」

「了解」

 念のため、二基あったエレベーター両方が一階に停止していたので、中を検分し、天井裏もチェックしてから、両方の扉にカーボンナイフを一本ずつ差し込み扉が閉まらないように細工する。これで犯人と行き違いになることは無いだろう。

 その場を任せ、由美は非常階段に入った。静かに、かつ素早く。連邦国防軍は伝統的にステルスエントリーを行なう為、彼女の動きも自然と静かになる。

 扉が音を立てることもなく、足音も無い。冷房の効いた室内の冷気にも反応することなく、トラップの有無を確認しながらも、階段を素早く駆け上がり、扉に耳を押し付ける。

 厚い防火扉では、向こう側の音は感じられない。だが、些細な振動に待ち伏せの気配や、トラップの有無が感じられることもある。

 今は無い。

 慎重に扉を開き、身体を滑り込ませ、二階のエレベーターホールに入る。

 途端、データギアの通信回線が乱れた。どうやら、妨害電波は結構強力なようだ。

 仕方ない。独断で進むしかない。

 決断し、店舗入口の観葉植物の鉢植えを回り込んで、絨毯の店内に静かに入り込む。

 人質を確認。驚いたことに入口のすぐ近く、窓際に客と思しき男女がいた。見たところ、監視も拘束もされていない。

 疑問を感じたとき、人質の女性と目が合う。

 口の前に人差し指を立て、静かにするように伝える。女性は頷く。

 そのまま店内に入る由美。何人も彼女の存在に気付いていたが、みんな黙したままだ。

 もう少し、騒ぎになることを想定した由美。

 だが、この街は良くも悪くも犯罪に慣れている。住人達は、人質となってしまったとき、犯人を刺激しないことは特に重要だと知っている。

 その意識の拡大に携わったのは、実は海司達特防課である。週二回開催される無料の防犯講習。様々な状況での自衛の手段を伝えるそれは、この街で密かな人気を博していた。

 後にその防犯講習の花形講師となることを、まだ知らない由美は、死角になったカウンターの辺りで聞こえる、微かな話し声に注意をむけた。

 男。声の感じから、二十代から四十代の間。詰問をしているような口調だが、特に荒々しかったり、錯乱している様子はない。

 壁の向こうにデータグローブの指先を出し、表面の光学映像素子からの映像をサングラスに表示させる。

 カウンターに腰かけ、背を向けた一人の男。それ以外に人影はないようだ。

 デニムにTシャツにウィンドブレーカー。左脇にホルスターと思しき膨らみ。頭髪は少しぼさぼさだが、不潔という感じではない。ラフだが、ごく普通の装いだ。拳銃を持っているが、民間人の拳銃所持を条件付きで認めているベイランドシティでは珍しくもない。よほど演習中の空挺隊員の方が頭がおかしいと、由美は思う。

 買い物のついでに寄った――そう言われても違和感はない。

 ただ、その右手が三八口径の拳銃を、カウンターの裏側に向けていなければ……。

「特殊防犯課です。銃を置きなさい」

 九ミリ口径のベレッタPx4の銃口を持ち上げ、鋭く警告する由美。

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