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その5

 ――うん、分かった。結果期待していてちょうだい。

 そう部下に告げた由美だったが、本音ではこれからの演習結果については、どうでもよくなっていた。

 今、彼女の頭の中にあるのは、新たに手に入れた力(SSAP50)でどこまで行くことが出来るものなのか。

 そして、文句なしで世界最強の兵士が、どれほどの力を持っているのか。

 彼女の好奇心はそれら一色だったのだが、紅上の一言は、それを少し落ち着かせるものがあった。

空挺団の期待を、彼女は背負っているのだ。その現実が、彼女の気持ちをほんの少しだけ引き締めた。

 甲高い電子音とともに、眼前に映し出される文字。

 ――状況開始。

 駆ける。いや、一歩で八メートルも稼ぐそれは、既に走りではない。

 翔ける。SSAP50、いや彼女が名付けたフェニックスは、その名に相応しく、優雅にして圧倒的な疾走を開始した。

 走行開始一秒後には、巡航速度を超え、毎時六五キロを記録。それは、同じ格闘機であるG1ですら達成していない、史上あらゆる兵器を上回る初速。

 高G下でも搭乗者の意志を確実に読み取るため、F4B戦闘機では全身を常時走査する、皮膚電位走査接続(SCO)スーツを採用している。それは、このSSAP50にも採用されていた。

 由美の全身に現れる意志を瞬時に読み取り、機体の全身に備わったネットワークがそれを明確な数値に変え、柔軟な機構が忠実に再現する。その圧倒的追従性こそが、SSAP50の真価。

 当然、代償は高価(たか)い。凄まじい衝撃に晒される、由美の肉体。骨が軋みを上げ、臓器が容赦なく押し潰され、視界も奪われ、意識さえも朦朧とし始める。

 酸欠と血流の異常に、本能がブレーキを要求する。

 だが、彼女を包んでいた、それよりも遥かに大きなもの。

 疾走感。目に映る景色が、次々と背後に流れて消えていく。

 全能感。自動車なら当たり前の速さでも、己の二本の足がそれを達成しているという事実。

 優越感。この瞬間、彼女が間違いなく全人類最速である。

 ――これほどのものが手に入れられるなら、命すら惜しくない。

 高G警告を無視して、彼女はフェニックスをさらに翔けさせた。

 伸びるような加速。忠実に応えるフェニックス。

 ――面白い。面白すぎる。

 バスケに打ち込んだ高校時代、注目されることに嫌気が差して、機械工学に没頭した大学。命の危険に晒されることを期待して飛び込んだ軍、そして緑の軍隊。

 そのどれよりも大きな興奮を与えてくれるのは、この機体(SSAP50)

 一刻も早くこの力を示したくて、彼女は目下の敵である磯垣海司()に向かって、最短コースを取る。すなわち、入り組んだ市街地を通らず、ビルを乗り越えていく。

 両手両足の登攀機能を駆使し、減速せずに突破。それは、猫科の大型獣のように獰猛で圧倒的な速さ。

 センサーに感。左前方二百メートルの路上。

 驚く由美。

 フェニックスの対人センサーの感度と、この短時間でこれほど接近していた敵。そして、格闘機という新世代の陸戦兵器に、一切躊躇いなく接近してくる敵の戦意。

 ――面白い。

 楯という存在もまた、彼女に有り余る興奮をもたらす。

 まるで格闘機だ。生身のはずの敵が、同型機のように思える。

 両手に兵装選択。

 右手に一一.八ミリ口径の重機関銃、GASARA社製AK-2(アカオニ)。射程と精度が売りの高性能機関銃。対装甲には向かないが、対人対空には非常に有効な武装。

 左手には、高周波切断兵装、四七式対装甲短刀。

 両手に装備すると、両腕の装甲を戦闘機動に使えないが、フェニックスには充分な追随性と奥の手があった。由美に躊躇いはない。

 ――それではお手並み拝見。

 通りをあと一つ飛び越えると接敵する。――その手前のビルの屋上で右に跳んだ。

 同時に右肩後ろにあるスタビライザーアームが稼働、先端にある結晶体金属の小さい銛状のアンカーが撃ち出され、コンクリートを穿ち、繋げられたワイヤーを電磁モーターで急速に巻き上げる。

 引っ張られる衝撃。

 暗転する視界。

 一瞬の空白。

 しかし、高速での九十度転進をSSAP50は達成する。爆発的な衝撃で踏み切られ、粉々に粉砕されるコンクリートを犠牲にして。

 反応。一瞬の空白から戻り、センサーに表示されたのは敵の転進。

 並走。こちらを捕捉しているという証拠。センサー無しによくやる。

 しかも速い。フェニックスの現在の速度は時速七十八キロ。左後方約八十メートルの路上を、ぴったり追って来る。しかも、徐々に距離は縮んでいる。

 噂に違わず、人間じゃない。判断力、脚力、探知能力、どれもが生身の人間の領域の遥か彼方だ。

 ――このまま様子を見るか?

 それは無い。いくら広大な演習場とはいえ、この速度では瞬く間に外壁だ。

 それに仕掛けたならば、畳み掛けるべき。

 ビルの切れ間を飛び越えず、由美は正面の壁面を蹴り付け、降下。はす向かいのビルに向かって飛び込む。

 この動きに対応できず、敵は路上で無防備な側面を晒すはずだ。

 空中で機関銃を構え、路上を走る影に向かってトリガーを引く。毎分1100発の超高速の速射で放たれた大口径弾は、しかし虚しく影を撃ち抜いただけだった。地面に映った影を。

 ――奴は飛んでいた。

 由美は呆れを含んだ笑みを浮かべ、証言した。

 ビルの壁面に取り付いた由美。見上げた先、向かいのビルのより高い位置に、磯垣はいた。

 正対する二人。

 視線が絡んだと思ったときには、二人は跳んでいた。ともに、左手の高周波の刃を振り翳して。

 激しく散る火花。超高速で振動する刃同士が、格闘機と楯の膂力で打ち合わされ、互いを食い破ろうと激しく干渉。甲高い金切音が、装甲を通しても耳を劈く。

 左手に伝わる衝撃。パワーアシスト機構、衝撃吸収機構を介しながらも、伝わるインパクト。それが、楯の力。

 だが、チャンスだった。

 体勢を崩す磯垣。純粋な質量差が、生身の彼のバランスを乱す。

 咄嗟に右手の銃口を向け、引き金を引く。

 寸前、空中にありながら身を捻った磯垣のナイフがAK-2を弾く。

 破壊判定。重機関銃は切り裂かれたと判断。

 迷いなく由美はAK-2を投棄。生存を優先。こちらを向いていた磯垣の背を蹴り飛ばし、離脱。

 真っ逆さまに地面に突っ込んでいく、SSAP50。

 再び、右のスタビライザーアームが起動。アンカーが射出され、ワイヤーが機体を吊り上げ、地面との激突を回避。

 被弾。磯垣の銃撃。由美のそれと同じAK-2の一一.八ミリ陸戦用低腔圧高速弾(GSR)が複合装甲を叩く。

 ――なんて奴。

 予測不能な機動のはずなのに、反動の大きな重機関銃でフェニックスの関節部を執拗に狙ってくる。

 さらに、左のアームも起動。反対側のビルを捕え、敵の死角に回り込む。磯垣の放った銃弾は、コンクリートの壁面に阻まれる。

 壁面に取り付き、右手と両足で屋上を目指す由美。

 ――出鱈目過ぎる。

 電子装備と人間の十数倍のパワーを持つ格闘機相手に、近接戦闘で引けを取らない。それどころか、攻撃の速さと精密さでは、格闘機を上回っている。

 あの、空中での一瞬の交錯の間に、反撃を食らうとは由美も思っていなかった。

 そんなことを思い出して、嬉しそうに由美は語る。あの時は、精神が昂揚していたと。

 だから、フェニックスのもたらす警告も気にならなかった。指先から爪先まで、全てが正常。それだけで、戦闘継続の根拠として充分。

 むしろ、その暇がなかった。

 屋上に上がった瞬間、腰に搭載された予備兵装、五.五六ミリ口径の四一式自動小銃を右手に取り、隣のビルに向かって跳躍。

 同時に、ビルの間の路地に銃弾をばら撒く。

 飛び移るや否や、真後ろに向かって短刀を一閃。壁面を跳び登って来た、敵のナイフと接触。再び激しい火花が散る。

 すかさず、四一式小銃を叩きこむ。

 さらに敵は回避。くるりと、独楽のように身体を回転させる楯。しかし、重機関銃の機関部と銃身に命中。破壊判定。

 ――下がれ!

 追い討ちをかけようとしていた由美は、危機を告げる何ものかを感じ、咄嗟に制動をかけた。

 ヘルメットの鼻先を掠めて行く、刃。回転しながら回避した運動そのままに、さらに今度は縦回転に変換し、由美を脳天から唐竹割にする斬撃。

 しかも、床にしたたかに打ち付けた反動を利用し宙に浮き、僅かに床面を蹴るだけで回転軸をさらに変換。

 由美の首筋に迫る刃。

 アラート。甲高い警告音とともに、脚部が稼働。最大出力で後方に離脱。

 ビルの屋上を踏み外し、フェニックスは地面に降下。

 追撃する磯垣。小銃を放とうとするも、何故か右腕の可動が鈍い。

 迫る楯。その光を放つ刃。

 アラート。再び、自動緊急回避。スタビライザーアームが稼働し、ワイヤーで軌道を変える。

 ――まずい。

 緊急自動制御だったせいで、ワイヤーは磯垣の間合い内を通過してしまった。

 一閃されるナイフ。斬り捨てられるワイヤー。

 空中の支えを失って、中途半端に放り投げられるフェニックス。着地を実施。変な加速がついてしまっている。

「五点着地!」

 即座に機体が反応。転倒を防ぐ機能が付いた格闘機は、装着者の意思があって初めて地面に倒れることが出来る。

 由美の指示を受けたフェニックスが、各関節を操作、オートで足、脛、太ももと順に接地させて衝撃を分散していく。

 しかし、人間のそれと異なり、格闘機の背には大型のバイオジェネレーターがある。フェニックスはそれをCMPで巧く動かし、反動を付け、一気に直立する。

 その反応に、素直に感動する由美。

 何故なら、彼女の正面にはナイフを突き立てようと突っ込んで来る磯垣がいた。

 彼女の銃口も、真正面に突き出されている。

 引かれる引き金。乾いた立て続けの発砲音。機関部から次々と吐き出される薬莢。

 見えない力が磯垣に迫るも、身を捻り、地面に上体を下げ回避する磯垣。

 悪手。地面という、回避余地の無いところに追い込まれたように見えた敵。

 だが、それは違った。

 由美が火線を振り、銃弾の雨を叩きこもうとした瞬間、磯垣の姿が消えた。

 虚しく、地面のアスファルトを穿つ銃弾。

「え……?」

 その可愛らしい声は、見事に録音されてしまったため、空挺団の間では癒しヴォイスとして広まったらしい。

 だが、本人はそれどころではなかった。

 警告。

 全身の一次炭素繊維装甲に生体チップを埋め込まれているフェニックスは、あらゆる方位の索敵が可能だ。

 それは、真上を示していた。

 咄嗟に身を投げ出す由美。

 入れ違いに、アスファルトに突き立てられる高周波の刃。

 悪手ではなかった。礒垣が姿勢を低くしたのは、ナイフを持ったままの手を含め、両手両足で全力の跳躍をするため。その急激な動きに、由美は付いて行けなかった。

 至近距離の磯垣に向かって、ナイフを繰り出し、同時に自動小銃を撃つ。

 だが、火線と刃に怯むことなく迫る楯。刃の鋭い突きを掻い潜り、自動小銃をナイフの刀身で弾く。

 破壊判定。そのまま小銃を手放した右手が、無表情な青年の顔に向かって伸ばされる。

 それを避けながら、腕を切り上げようとするも、由美のナイフがそれを迎え撃つ。

 さらに伸ばされる右手。

 青年の表情が僅かに歪む。

 それは、彼が格闘機の性質に気付いた瞬間。そして、最後の由美の勝機。

 通常、人間は両手で別々の行動をすることは困難だ。右手で複雑な動きをしようとすると、左手も両足もその支援のために重心位置や、膂力の制御を行なってしまう。それは、骨格と筋肉の構造による制約だ。そして、それはおなじ人間(・・)である楯にも共通。

 だが、格闘機は強力なパワーアシスト機構を有するため、右手を伸ばし磯垣を捕えるという行動と、左手でナイフを交えるという行動を同時に実行するように、独立した動きで脚部をコントロール出来るし、上体の位置をも最適化できる。

 むしろ、由美は意思だけを機体に伝え、全身を脱力させている。

 咄嗟に反応できなかった、磯垣。

 強化され装甲で覆われた右手が、磯垣の左肩を捕える。

 ――逃がさない……。

 逃がした場合、あの常識外れの機動を繰り出される。そうなったら、もう二度と敵を捕えることは出来ない。

 本能と言ってもよかった。敵を倒すために最適化された思考――ほとんど直感といってもいいそれが、逃亡を許してはいけないと告げていた。

 だが、おかしい。やけに視界がぼやけている。

 無表情だった青年に浮かんでいるのは、痛みを堪えるような苦痛。

 ――なんか、男の子っぽいなぁ……。

 思考が定まらない。今は戦闘中だ……、いや、違う……、演習……中だ……。

 やけに甲高い音が、耳元で鳴り続けている。聞いたことのある声もたくさん聞こえる。

 ――なんでだろう……?

 やけにそれが気になる。

 それに、目の前の男の子が顔をくしゃっと歪めたのが気になった。

 半ば自動的な動きで、左手のナイフが繰り出された。

 しかし、それはあっさり弾き飛ばされる。

 全装備喪失。

 ふと、視界の浮かぶ十数個の警告ウィンドウ。違う。今までも表示されていたのに、気付いていなかったのだ。

 心拍異常、低酸素状態、全身複数の捻挫、打撲、骨折の恐れあり、多臓器不全の兆候あり、薬物投与回数三回……。

 ――いつのまに……?

 ナイフを失った左手が、なんとなく磯垣の右肩をつかんだ。

 支えて貰いたかったのかもしれない。由美はそう述懐する。

 すうっと、頭の中を引っ張り出されるような感触。意識が無くなるのだ、と思った由美。

 ただその瞬間、眼前の男の子が、歪めた顔に笑みを浮かべたのが見えた。

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