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その4

 パトリック・マーシャル中尉にとってこの作戦は不本意なものだった。

 オーストラリア陸軍特殊空挺部隊(SAS)のパトロール隊を率いてきたマーシャル。その彼にとって文民たる中河由美の指揮下に入ることには忸怩たるものがあった。

 自軍上層部からは作戦全体を掌握し、緑の軍隊に対する豪軍の影響力を高めよという言葉にならないプレッシャーを感じていたのはもちろんだが、正規軍の士官として警察官に前線を任せることに彼自身の使命感はいたく傷付いている。しかも相手は憎むべき凄腕のテロリストなのだ。

「フェニックスの見立て通りなら既に彼女達は交戦中だな」

「ああ。なんなんだろうなあの美人は。コウノトリ(JC3)から高高度降下低高度開傘(HALO)するようには見えないよな」

 後部座席に座ったアラン・ボーマン曹長の呟きに、フロントガラスに表示された暗視画像を見つめるマーシャルの目付きが険しくなる。

「気にするな、パック。あの女は化物だ。あのブリーフィングを聞いてあんたもそう思っただろう?人間じゃねえ」

「人間じゃないなら、なんなんだ?」

「そりゃまあ、フェニックスさ。美しく輝く不死身の鳥だ。人間の理解の範疇外の存在だ」

アメリカ人(ヤンキー)は余計な二つ名をくれたもんだ」

 近年の日本軍はアメリカ軍に次いで戦争をしている軍隊として世界中で認識されている。戦争の範囲、物量ではアメリカに到底及ばないが、その質ではアメリカを凌いでいるとさえ言われるほど練度が高い。

 それでも年下のさらに女で、しかも文民である警察官に指揮権を奪われるとは。

 マーシャルは中河由美の名を知らなかったわけではない。C3の搭乗名簿も事前に見ていたが、かのキルギスの不死鳥と同姓同名がいる程度にしか考えていなかったのだ。実際、想像よりもずっと小柄でずっと美人だった。三人の屈強な男達を従えているのも、彼女がその若さで警部という高い地位にいるのも、警察官僚かなんかなのだろうと思っていた。

 それがまさか本人だったとは。

「そんなに不貞腐れるな。格闘機(グラップラー)との正面戦闘を引き受けてくれるって言うんだ。俺達はあの美人さんがピンチになったときに駆け付ける白馬の王子様になりゃいいのさ」

 ボーマンの軽妙な言葉に、マーシャルのささくれ立っていた気持ちもいくぶん和らぐ。

「ずいぶんごつい白馬だな?」

 マーシャル達はC3から降ろした軽装甲機動車に乗り込み、由美達が戦闘行動を行なっていると思われるポイントに向けて走行していた。前方二台が緑の軍隊の車両、そして後方二台がアフガン軍の車両という混成部隊。

 彼らを乗せたC3が格闘機を強奪されたファイザーバード空港に着陸すると、マーシャルは速やかにアイリス准将の手配した自動車部隊を掌握。テロリスト追撃のためコクチャ川を下り始めた。

 その軽装甲機動車は白く塗られていた。

「俺ら自動車パトロールにはお似合いの白馬さ」

 確かに車両によって敵地で偵察や工作に従事するSASにとって、地上での任務は主に車両によるものだった。

 しかしそんな彼らスペシャリストを先導する者がいた。

「あのヤンキーの腕、どう思う?」

 フロントガラス全体が暗視スクリーンになり、ミリ波レーダーで地形走査も行なっている複合画像の中三十メートル前方を走る高機動車――その運転手のことだ。

「半端無いっすね、中尉」

 応えたのはハンドルを握るアレックス・マウ二等軍曹。

「雪の中、この悪路であの速さ。データリンクが無かったらこんな風に走るなんて考えられませんよ」

 マウの言う通り彼らオーストラリアチーム四人の車両は、前方を進む車両が転送してくる暗視画像、レーダー画像を解析したデータに基づいてマウが運転している。

 本来なら、車両隊が高速移動をする際には近接航空支援(CAS)機が送ってくるデータだったが、由美の指示で全てのアフガン軍の航空戦力がクワハン方面の封鎖に裂かれていたため、車列の先頭車両がその任を担っていた。

 それはつまり、先頭車両は画像を分析することなく(ナマ)情報のまま地形を判断し時速百六十キロもの高速走行を続けているということを示していた。

 復興によって道路事情は大幅に改善されたアフガニスタンだったが、峡谷を縫うように曲がりくねったコクチャ川に沿うこの道は、急カーブの連続する片側一車線の狭い道だ。暗視装置があるとはいえ、雪で視界も悪く、すぐには判断しづらい路面の凍結もある。

 そんな状態で、重量のある装甲車輌で百マイル走行を続ける白人の運転手の顔を思い浮かべるマーシャル。

「ロックウェル警部補といったか。米海兵隊(コーア)のドライバーって言っていたが、どうにも規格外だぞ」

「CIAかNSAの友人がいそうだな」

 軽いノリのボーマン。だが、その真意は重い。他国の情報機関との繋がりが疑われる戦闘員と行動を共にするのは勇気が要る。

「それが今や日本の警察官だぞ?特殊防犯課(SSP)って何をする連中なんだ?」

「さあ?」

 ボーマンたちは肩を竦めるほかない。

「こちらロックウェル」

 四人の耳に届く、件の人物ロックウェルの声。

「間もなくうちのお姫様の指定した戦闘ポイントだ」

「マーシャル了解。小隊各員。装具点検。戦闘準備」

 運転手以外がてきぱきとした動作で装備を点検する。他の車両でも同じことが行われているはずだ。

 ボーマンは天井ハッチから身を乗り出し、銃座に固定されたM2十二.七ミ(ビッグ)リ口径重機関銃(ママ)のチャージングハンドルで初弾を装填する。

 ぐるりと周囲を見回し、そこが狭い渓谷を抜けた幅三百メートルほどの回廊になっていることを把握。

 信号捕捉。

「やっべ。マジ化物だぜ、あの姉ちゃん。もう四機も擱座させてるぜ」

 データギアに映し出された四機の格闘機が発する救難信号をマーシャルも確認し、速やかに指示を出す。

「三号車、四号車は擱座した機体(G1)の除装に向かえ。相手はテロリストだ。警戒を怠るな。手足の拘束はもちろん、猿ぐつわも忘れるな。抵抗するなら手足を犠牲にしても構わん。確実に確保しろ」

 車列の左右に離れて行く後方の二台。

 ボーマンの耳に届く高周波音。炭素繊維筋肉の発する音。近い。

 だが、見えない。

照明弾(フレア)!」

 ロックウェルの声で素早く暗視装置の調整をする四人。

 直後、火花と共にポンという乾いた音が先頭車両の上で響き、一瞬の後眩い光が回廊全体を染め上げる勢いで降り注いだ。

 光の中、擱座した一機の格闘機のそばの小さな人影と伸し掛かるように迫る揺らめく透明な影を発見するボーマン。

「コンタクト!」

 装甲表面の色彩パターンで熱光学的に欺瞞する格闘機が、照明弾による突然の光に姿を浮かび上がらせ、目の前の人影を押し潰そうとしている姿に、ボーマンはM2の銃口を向けた。

「お姫様がピンチだぜ!」

 理想的な展開に、嬉々として引き金を引くボーマン曹長だった。


 広がる雪原。

 一見遮蔽物の無い幅広の谷底。しかし、なだらかな凹凸(おうとつ)は以外にも深く、人一人を容易く隠しきる。

 巧みな隠蔽技術で、敵に見つかる恐れは無い。代わりに襲ってくるのは凍てつくような寒さ。自由落下時の極寒を遮る断熱戦闘スーツであっても、体の芯まで容赦なく凍み込んでくる。

 氷点下二十度。

 好材料は雪が止み、これから満月に近い月が拝める程度には晴れることくらい。

 ――条件は好くない。

 純白の世界をじっと見つめながら、中河由美は内心溜息をこぼす。


 アフガニスタン国内へ向かうC3の機上で戦闘指揮官に任命されたからには、彼女の判断は実に迅速だった。

 すぐさまファイザーバード近辺の全部隊による西側クワハン方面の国境線封鎖と、空軍部隊による周辺山岳部の捜索のみを要請した。西の最寄りの国境への脱出を選択するような凡庸なテロリストは、大部隊で踏み潰せばいい。

 しかし東へと蛇行しながらのびるコクチャ川をくだり、延々百五十キロを踏破して国外への脱出を図るような気概を持つような敵は、少数精鋭で迅速に挟撃しなければいけなかった。

 ゆえに国境の街イシュカッシムへと至る道に空挺降下することを、彼女は選択した。

 由美が指揮権を拝命してからものの二十秒ほどの即決に、自ら指揮官に任命した当のジョン・アイリス・オーリンズ准将は束の間唖然としたが、すぐに由美の意図を察する。

「なるほど。だが全員降下するには電池残量が心許ないが」

「降下するのは一個パトロールチーム、四名で充分です。この中に高高度降下低高度開傘(HALO)資格者は?」

 由美が選んだ特防課の四名には対格闘機戦術は叩きこまれてはいたが、さすがに数千メートルを自由落下することになるHALO(ヘイロー)降下の経験は無かった。通常の高高度降下では敵格闘機の探査にかかる可能性があり、この方法しか選択肢には無い以上、他の部隊から募るほか無い。

 手を挙げたのは、中国人民解放軍の三名とオーストラリアSASの四名。

「マーシャル中尉にはご自分のチームと私の特防課チームを率い、ファイザーバードから追撃していただきます。アフガン軍から二個パトロールチーム程度の戦力を供出していただき、計四個チームの指揮をお願いします。先導はうちのロックウェルがやります。ジーン、お願いね」

「イエス、マム」

 いつも通り陽気に応じるジーンと対照的に難しい表情のマーシャル。彼の意を汲んで由美はすぐさま補足する。

「敵格闘機(G1)はファイザーバード市外へ脱出してから二〇分が経過していますが、いまだ捕捉されていません。ということは敵は速度を抑えて谷底を静粛モードで移動しているはずです」

「警部はそれを待ち伏せすると?」

 移動速度と経過時間から敵の推定位置を割り出したマーシャルは由美の指定した降下ポイントと見比べ、彼女の意図を読み取った。

「はい。しかし、降下部隊は充分な火力を持って行けません。中尉には、重機関銃と対戦車ミサイル等を搭載した車列を指揮していただきます」

「彼が先導する理由は?」

 問われたのは指揮官であるマーシャル達ではなく、警察官であるジーン・ロックウェルが車列を先導する理由。

「彼ならHMMWV(ハンヴィー)でどんな悪路でも百マイル走行が可能です」

 アメリカ陸軍の有する四輪駆動軽汎用車であるHMMWVは、現在ではマイナーチェンジがなされ高速道路なら時速百八十キロほどは出せるまでに進化を遂げている。

 しかし、その限界性能をわざわざ引き出すような酔狂な兵士は滅多にいない。

 呆れたような空気がキャビン内に流れ、話題の中心たるジーン・ロックウェル警部補は肩を竦めた後、マーシャルに向かって敬礼する。

「ユージーン・ロックウェル元一等軍曹であります。米海兵隊(USコーア)でドライバーを務めておりました。栄光あるSASとの共同作戦に参加できて光栄に思います」

 普段のいい加減な態度が嘘のような完璧な敬礼に、特防課員たちもそれぞれ敬意を示す。

 その統率された動きにマーシャルはいくらか満足した。

「分かった。我々は君達と交戦状態に陥った敵を挟撃するのだな?」

「はい。よろしくお願いします」

 この遣り取りを見ながらアイリスはファイザーバード駐屯地に優秀なドライバーを二名以上と軽装甲機動車二両を確保するように要請した。

「それで警部」

 声を上げたのは人民解放軍の陳康生(チンカンジョン)一級軍士長(准尉)

「我々はいかにして重装甲のロボットと戦うのでしょうか?まさかライフルで突っ込むんじゃないでしょう?」

 揶揄するようなその口振りは間違っても好意的ではなかった。

 だが、由美は動じない。データギアで機内に搭載されている装備を検索する。

「使用銃器は九ミリ軽機関銃(キャリコM900A)。誰の趣味かは知りませんが、この作戦には打って付けです。クラス20の断熱保温スーツ、音響閃光手榴弾(フラッシュバン)……っと、グレネードランチャー(エクスカリバーMk2)があるならフラッシュバンは要りませんね。キャリコ(九ミリ)は全弾曳光弾とエクスカリバーにはフラッシュバンで。それと、切り札はこれです」

 由美が手にした物を示すと、特防課以外の全員が呆気に取られた。

「冗談はやめてくれませんか元大尉。そんな重量物でG1とやり合えませんよ」

 非難の声を上げたのは、王朗星(ワンランシン)上士(軍曹)

「重量物?――ごめんなさい。違うわ。必要なのはこれ(・・)だけです。他は要りません」

 愕然とする兵士達。激昂する陳軍士長。

「ふざけるな。こんな気の狂った女の指揮なんか受けられるか」

「そうですか。なら、他の者に頼みましょう。SASの皆さんはいかがですか?」

 淡々と返す由美だったが、内心人民解放軍(・・・・・)はこの作戦から降りないだろうと予測していた。

「構わないが、それだと車両隊の指揮はいかがする?」

 マーシャルの言うことはもっともだ。ジーンは警部補ではあるが、軍の最終階級は軍曹。アフガン軍兵士達も率いる以上それなりの指揮官が必要だ。

 そして、マーシャルも中国は降りないと踏んでいた。

「困りましたね」

 言葉とは裏腹にあまりにも淡々とした声音。

「発言してもよろしいでしょうか」

 ――来た!

 と思ったのは、その場にいた中国人以外の共通認識か。

「我が軍の部隊には、是非中河警部の指揮下に入ってもらいたい」

 それまで静観していた情報担当士官の一人、人民解放軍の劉少校(少佐)だった。この人物、劉という姓と階級以外公式記録に載っておらず、それだけで怪しい人物だったが、中国の中央軍事委員会から指定されているだけにアイリスも無碍にできない人物だった。

 その上司の言葉に驚いたのは陳と王の二人。

「少校。しかし、それでは……」

「申し訳ない。少しお時間をいただきたい」

 そう言って劉は人民解放軍チームをキャビンの隅に集め、何事か告げている。

 ――大方、中河(わたし)に付いて行ってG1の弱点を探れとか言われてたんでしょう。

 というのはその場にいた多くの士官クラスの見立てだ。

 中国と日本が良好な関係になったという事実は、二十一世紀に入ってからは存在しない。

 確かに日中は軍事同盟を結んでいる。しかし、それはあくまでも日本が主導した西太平洋機構という連携に中国が参加せざるを得なかったからだ。

 表面上は南シナ海、東シナ海での活動を抑え、緑の軍隊にも協力を見せてはいるが随所で小競り合いを繰り返している。

 キルギスタンで由美が戦ったのも、中国系の武装集団だ。彼らが軍属であるかは分からないが、裏では中国政府が動いていないとも限らないのだ。

 そんな中国にとって、日本が絶賛売り出し中の兵器G1の能力を知ることは大きな利益となるだろう。

 一分ほどで中国チームが戻り、劉が告げる。

「彼らも理解してくれました。指揮をよろしくお願いします」

 すると今まで陳と王の陰に隠れていた兵士が敬礼した。

「自分は馬寛(マクァン)中士(伍長)であります。キルギスの不死鳥とともに戦えて光栄です」

 年は由美と同じくらいだったが、どこか垢抜けていない感じがする。

「ありがとう」

 柔らかな笑みで応える由美。そして戦闘員全員に告げる。

「私達には時間がありません。テロリストにG1を持たせる危険は重々承知しているでしょう。十五分以内に降下を開始します。――マーシャル中尉。車両隊をよろしくお願いします」

「了解だ。期待に応えるとしよう」

「准将」

「了解。全作戦の支援は緑の軍隊で行ないます。あなた達に(Wish your)幸運を(god speed)

よい報せ(アイリス)をお待ちください。――それでは各員、作業に入れ。解散!」

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