その4
今週の更新、はっじまるよ~。
すいません。言ってみたかっただけです。
三八式電動歩兵戦闘車を含む装甲車輌十五両、三六式電動戦車八両、AH-2E対戦車ヘリコプター四機、強行偵察装備のF4B主力戦闘機一機、戦死者八百三十二名。それが特殊潜行暗殺部隊、楯の最年少隊員、磯垣海司がたった一晩で挙げた戦果だった。
中河由美大尉は、それを正確に覚えていたわけではない。しかし、それだけのことを、磯垣はしでかしたということは大まかに理解していた。
そして、自分とG1格闘機で同じことが出来るかとシミュレートしてみた。
結果は自明。
不可能。
G1の性能は、既に限界だと由美は感じていた。新たな力、紅上の言うような進んだ機構を取り入れた機体――彼女はそれを欲していた。
そこに降って湧いてきた磯垣と、例のGENE社の工場長――旗だった。
「はっきり言って、暴れ馬です。私どもも使い手を探しておりました。まさか、磯垣警視がいらっしゃるとは思いもよらなかったのですが、整備を万全にして持ち込んで正解でした」
と、にやにや笑う武器商人。悪徳商法かと見まがうばかりの表情だが、ベイランドシティの地下演習場に入ることが出来る人間が、犯罪者であるはずがない。
由美と紅上、そして数名の整備員が連れて行かれたのは、演習場の外壁に位置する格納庫。GENE社が間借りしているらしく、得意分野の重火器やGENEのロゴが入れられた他社の製品がいくつも並んでいた。
その中央付近に、直立して装甲面を全て解放している鈍色の格闘機を見て、由美は眉をしかめた。
「細いわね」
G1と比べて、極端に細身だと由美は感じた。
「でも、データでは重量はG1より六キロプラスですよ」
情報端末でもあるサングラスで、データを確認していた紅上。旗から渡されたものらしい。
「重量の増加分は、出力強化型バイオジェネレーター分とお考えください。なんせ、この子は対戦車猟兵ですからね」
にやりとする旗。首を傾げる面々。整備士の何人かは、胡散くさそうにGENE社員を見ている。
百年前の第二次大戦ならいざ知らず、対戦車猟兵という言葉は軍隊では死語と言っていい。現在、先進国が採用する主力戦車は、高い防御力と近接防御能力を持っている。地上を走り回る、小型の要塞と考えた方がいい。
戦車を撃破するには、同じ戦車か対戦車ヘリコプターや攻撃機を用意するのが常識だ。
それなのに、人間が装着する格闘機で戦車を狩ることが出来ると、旗は宣言したのだ。
「みなさん、信じていませんね?でも、さっき、そちらの中河大尉は、自ら成し遂げたではありませんか」
笑みを絶やさない旗。
「それは大尉だから、という部分が強いと思いますが。この機体はそれが出来ると?」
紅上の問いかけに、旗は何度もうなずく。
「はい。はい。出来ますとも。本機SSAP50の開発コンセプトは、装甲貫徹のための知覚拡張です。装甲貫徹能力はもちろんですが、三六式並の情報処理能力及び索敵性能を追求するため、41AIWSにおける、あらゆる無駄を排除いたしました。AIWSに、アクチュエーターは野暮です」
「つまり、全て炭素繊維筋肉だと?」
会話に参加せず、モノ言わぬ格闘機を見つめていた由美が唐突に言い放った。
途端に嬉しそうに破顔する旗。
「はい。もちろんです」
その言葉に整備員達も、改めて機体の検分を始める。
直立して中の空洞を曝け出している、炭素繊維筋肉躯体の本体。それを花のめしべと見立てると、周囲を囲むように広がる花弁のような複合装甲。それを支えるのは、薄い板状の炭素繊維筋肉。
「なるほど、確かにすべてCMPだな。これなら柔軟な動きが出来そうだな」
「確かに、しかも相模原のAIWS規格も踏襲している。整備も問題無さそうだな」
「これ空軍仕様じゃないのか?」
口々に感想を漏らす整備員達。
「そうね。F4Bのユニヴァーサル・カーボン・マッスル――UCMね。お宅の商品でしたね?」
「ご存知でしたか」
明らかすぎる世辞を、鼻であしらう由美。知らないわけがない。
史上初の航空燃料を使わない戦闘機。史上初のエンジンとコクピット周り以外を、全て炭素繊維で作られた未来戦闘機。それが、日本連邦国防軍の主力戦闘機F4Bだ。キャノピーと主脚以外の可動部は、最大十五Gの重圧でも正常に稼働する、高性能炭素繊維筋肉で構成されている。
新型軽量戦闘機のF5とともに、F2EとF3との入れ替えが進む。
だが、そんな素材だけで済むほど、話は簡単ではない。
「だからって、戦争は出来ないわ」
「ええ。旗さん。こいつの電子装備はどこです?制御系は?頭部に、大型の狙撃スコープの付いたゴーグルがありますが、これはオプションでしょ?センサーは無いし、制御プロセッサもない。まさか、戦国武将よろしく人力で動かすんですか?当世具足って、そういう悪ふざけじゃないでしょ」
当世具足とは、AIWS――格闘機開発計画の防衛省内での呼び名である。二〇一〇年代には始まっていたが、世界各国が歩兵の延長線で計画進展を諦める中、連邦国防軍だけは、将来主力地上兵器となる歩兵装備としての研究を進めていた。そして計画は、G1という成果を編み出すことになる。
だが、それは現代、そして未来への歩兵用装備を作るという意味で、江戸時代に流行した甲冑の様式を再現するものでは、当然無い。
旗がSSAP50と呼んだ機体は、大出力で柔軟性の高いUCMを纏っているが、それを制御する頭脳は見当たらないし、目や耳が無い。目と耳を塞がれて百六十キロの鎧を、人力で動かせる訳がない。
そんな酷評にも、全く動じない旗。いや、むしろその目に喜びの色が現れたのを、由美は見逃さなかった。
「一次装甲をご覧になられましたか?」
再び注目されるSSAP50。
広げられた炭素繊維筋肉躯体の、要所要所を守る炭素繊維装甲は、光沢の無い仕上げがされていた。
――いや、おかしい。由美はそう思った。
装甲に光沢は無い。だが、手触りは非常に滑らかだ。顔を近付け、装甲表面を埋め尽くす、無数の一ミリ以下の極小の点を目の当たりにする。
まさかと思ったとき、各所で整備員の声が上がる。
「この装甲の接続、なんで伝導処理されてんだ?」
「こっちもだ。この筋肉、ただの駆動系じゃねえぞ」
「こいつ、全身で一つのネットワーク組んでねえか?」
「おいおいおいおい。冗談じゃないぞ」
次々漏れる驚きの声を聞いていた由美は、思わず旗のにやけ面を睨み付けてしまった。
「本気?」
その瞬間を、いまだに忘れられない由美。三十過ぎの男が、童心に返ったかのように顔を綻ばせたのだ。
はっきりと彼女は言う。その表情は気持ち悪かったと。旗と旗の属する組織に対する、彼女のやっかみを差し引いてもそうだったことが、その場にいた者達によって証明されてしまった。
「はい。我がGENE社の誇る思考炭素繊維装甲、考楯です」
言葉を失う一同。
先のF4Bには、もう一つ特徴があった。それは電子機器をほぼ搭載していないということだ。だが、それで空を飛べるはずがない。
装甲で電子制御を行なう。それが、開発チームの決断だった。一平方センチあたり百ともいわれる生体チップを埋め込んだ装甲――それを戦闘機一機分の大きさともなれば、スーパーコンピューター並みの並列思考ネットワークとなる。
しかも、それらのチップは進化分岐することで、レーダー素子、光学映像素子、レーザー発振器、挙句には映像表示スクリーンやタッチパネルにもなる。つまり、装甲だけでエンジンやコクピット以外のほとんどの能力を得ることが出来る、世紀の発明である。
発表されて二十年ほど経つ技術だが、いまだGENE社とその関連メーカーでしか実用レベルで製造出来ない、ヒット商品である。
「あんた達、この機体に一体いくらかけたの?」
既存の技術とはいえ、たった一つの歩兵装備に戦闘機用の技術を惜しみなく注ぎ込むのは、正気の沙汰ではない。
「これほど」
清々しいほどの笑顔で、右手を大きく開く旗。
F4Bの開発費は二千八百億、機体単価は九十億。いくら規模が桁違いとはいえ、開発費は五十億ではないだろうと思った由美は、それ以上の追及をやめた。
「おかげで、大幅な軽量化と大出力化を実現しましたので、追加装備が容易になりました」
「この動力ケーブル、四メガワットって書かれているな」
「さすが、お目が高い。最高出力一.四メガワットですので、ブラックスタンピードをカートリッジ無しで使えます」
“黒い暴走”と名付けられた、“対戦車ライフル”のことを考えるのはやめ、由美は今一度、旗を見た。
「つまりあなたは、私にこれをテストしろと?」
「ジャッカルでは不満の大尉には、うってつけの代物でございます」
悪魔に魂を売る人の気持ちを、初めて理解した由美だった。
――三時間後。
ベイランドシティ地下演習場、第一想定市街を見下ろす制御室で、紅上はコンソールを操作するオペレーター達を観察し、問題が無いことを確認した。
清水中佐や第一〇三特殊機動大隊、この演習場の管理者である第三二普通科連隊のお偉方を振り返った紅上。
中佐がそれを確認し、小さく頷く。苦虫を噛み潰したような表情が印象的だった。
いつの間に集まったのか、三二連隊長の榊原功征准将以下の参謀達を含めた湾岸軍のお歴々が観戦する見世物となってしまった。中佐は内心困り果ててるのだと、紅上は想像した。
「フェニックス。こちら、本部。状況報せ」
「こちらフェニックス。ねえ、そのコールサイン、本当に採用?」
珍しく由美が無駄口を叩いた。こういう時の彼女は異常に昂ぶっているのは、経験上知っている。
三時間前、さっそくSSAP50を装着した由美。最初は戸惑い、しかしそれが嬉しい悲鳴に変わるまで時間を要さなかった。
早い話が、由美は新型の魅力に憑りつかれてしまったのだ。
「自分は確認しましたよ。フェニックスで良いんですかって」
「それはそうだけど……」
由美がその渾名を恥じているのは、隊内では有名だ。
中央アジア、キルギスにおける緑地復興軍事行動“緑の軍隊”において、とある村落を武装勢力から守るために、一個中隊規模の襲撃者を、丸一日、単身、生身で釘付けにした功績は本物だと紅上は思う。
「“この子、背中に翼みたいのが付いてるし、私が使うんだからやっぱりフェニックスでしょ”って言ったのは、大尉ですよ」
サングラスのつるの先にある骨伝導スピーカーから聞こえてくるのは、微かな唸り声。子供のように拗ねるときの、二歳年下でありながらあっという間に追い抜いて行った可愛い上官の姿を拝めるのは、第一格闘機連隊員の役得だ。
ちらりと見ると、にやけたり、親指を立てているオペレーターがいる。
――この隊は、そんなやつばっかりだな。
「ほら、偉い人達がお待ちかねですよ」
モニターに目を走らせる。
フェニックスから五百メートルほどの位置に、重武装を携えた人影が、照明に照らされ佇んでいる。右手には反動の大きく制御が困難な重機関銃、左手には精密な運用をしなければ自傷しかねない四七式対装甲短刀。
それらを何のシステムサポートも、筋力サポートも無しで生身で扱うという。靴は軍にいたときに使っていたという特注のコンバットブーツに履き替えていたが、それ以外はデニムにYシャツだ。
――ふざけた野郎だ。
紅上は、楯の叛乱当時既に湾岸軍に属していた。しかし、ちょうど同盟国たるアフガニスタンでの山岳演習に参加していて、帰国したら部隊が壊滅していたという有様だった。
その当事者の生き残りが、上官を挑発し、常識外れの軽装で重火器を扱って、最新型の格闘機と演習を行うという。
「大尉。あのふざけた野郎に目に物言わせてください」
「ん?……うん、分かった。結果、期待していてちょうだい。フェニックス、オールグリーン。準備完了」
「磯垣海司より通信。準備完了」
オペレーターが、楯の準備も終わったことを告げる。
「了解。状況開始」