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その2

 二〇五六年一月二十八日。

 緑の軍隊によって戦後復興を果たし、緑の会議国の一角を成すアフガニスタン共和国。

 その北西パミール高原の外縁に位置するパダフシャーン州の州都ファイザーバード。コクチャ川渓谷の険峻な地形の都市――ユーラシア内陸通商路の要衝であるこの都市の北西部にあるひらけた川べりにファイザーバード空港と共和国陸軍ファイザーバード駐屯地が存在する。

 何故空港に陸軍駐屯地が隣接しているのか。それは駐屯する部隊が、共和国陸軍第五国境機動旅団という空中機動部隊だからだ。大小のヘリコプター二十機以上を保有し、一個軽装空中機動歩兵連隊と一個軽装甲大隊という比較的大規模な部隊である。

 最寄りの国境から直線距離にして四十キロほどの位置にこれほどの人員と日本連邦や欧米諸国の支援を受けた装備があるため、アフガニスタンは国境警備の人員と経費を大幅に減らすことに成功していた。

 今やアフガニスタンは、ユーラシア内陸諸国の中では一際実力のある軍隊を保有しているのである。

 確かに装備や組織は金銭で解決できる部分も多い。しかし兵士一人一人の装備と組織に対する理解や士気の向上にはどうしても多くの時間を必要とした。

 緑の軍隊における派遣部隊の指揮官は緑の会議国兵士であっても、訓練教官が西太平洋機構や欧米の先進国出身兵士によって行われるのはそのためだ。


 アフガニスタン共和国陸空軍は、そんな先進国の支援を必要とする“若い”軍隊だった。

 そんな彼らが狙われたのはある意味で必然だったのかもしれない。


 現地時刻二十時ちょうど、日本製戦略輸送機C4の民間タイプであるRSA社製大型輸送機が、降りしきる雪を撥ね飛ばしながらファイザーバード空港に着陸した。それを確認した護衛のF2E戦闘機二機は速やかにクワハン空軍基地へと帰投したが、空軍の戦闘機が民間機の護衛についている時点でその積荷がいかに重要なものかが分かるだろう。

 速やかに降ろされる積荷。駐屯地の西側隅に建てられた真新しい格納庫に納められ、翌朝まで封印されるはずだった。電子装置で完全武装されたその格納庫で。

 ファイザーバードの兵士達にとって不運があったとするなら、当直司令が積荷の開封を許可したことだ。

 ――若い兵士達の気持ちを汲んでそうせざるを得なかった。

 と語る元アフガンゲリラ(ムジャヒディン)の当直司令のそうした親心が、結果的には大変な事態を招くことになってしまった。


 格納庫の懸架装置に続々と吊り下げられていく積荷。

 炭素繊維筋肉によって駆動する複合装甲の鎧。AIWS41ジャッカル。日本連邦国防軍制式名をG1格闘機――武蔵とされた一騎当千の個人装備は、アフガン軍四番目にして第五空機旅団念願の格闘機大隊最初の納入機六機だった。アフガン軍はこの地に定数百八機の格闘機大隊を配備し、タジキスタン、中国との国境線をより強固なものにする計画だった。

 その為の武装も同時に搬入された。

 多くの兵士達が、演習で度々目にする格闘機の勇姿に思いを馳せながら、懸架装置に固定されていく機体を見つめた。それほどに憧れを抱く存在だった。

 そんな彼らが現実に叩き込まれたのは、作業が完了した直後のことだった。

 轟く爆音。基地施設内に撃ち込まれた迫撃砲。そして、川底や川原で起きる爆発。

 突然の襲撃に、旅団本部はタジキスタンの攻撃の可能性もあると考え、すぐさま反撃の準備がなされた。

 しかし、実際には手製の遠隔操作迫撃砲二十数発と川の周囲に設置されたプラスチック爆弾の起爆による“演出”であった。

 そして彼らが登場する。

 誤認は混乱を生み、短時間ながら正常な判断が出来ない時間を作り上げた六人の若者が制式採用型HK416(M416)を携え、格納庫に堂々と現れたのだ。

 ――曰く、攻撃の手が足りない。

 ――曰く、格闘機を出さないとまずい状態だ。

 ――曰く、本部は出撃を許可した。

 ――曰く、本部は通信機能が一部ダウンしている。

 復興前を知っている世代の兵士は、こういう事態を見聞きしており彼らの言い分を鵜呑みにしてしまった。いや、自ら新兵器を駆使して敵を蹴散らすことを想像して、気持ちが疼いてしまったのかもしれない。

 六名の若き格闘兵は全員、G1格闘機の起動を始めてしまった。正規手順では起動時には半数が周辺警戒をしなければいけないという、日本連邦軍での運用規則教練で習ったことも忘れて。

 一方、物陰や格闘兵達の死角で整備兵やメーカーの技術者達をナイフ等で殺害していく若者達。さらに、スクリーンで六機すべての生体認証が完了したことを確認すると、装甲を閉鎖していないままの格闘兵達を残ったスタッフもろとも射殺する。

 そして格闘機内から遺体を引きずり出し、認証済みの機体に自らの身体を滑り込ませたのである。

 この一連の流れは監視装置に一切が記録されていたが、あまりの手際の良さに異常に気付いた警備兵が格納庫に到着した時にはG1六機は全て起動し、あえなく蹴散らされてしまった。

 さらに間の悪いことに駐屯地本部が機体緊急停止コードの入力に手間取り、駐屯地の通信範囲から格闘機六機の逃亡を許してしまった。


「死者は十八名。日本とアフガンの税金と緑の軍隊(我が軍)の出資金を使って教育した格闘科兵士を失うという大損害。端的に言えば、大失態だ」

 十五分後、インド上空を通過中のC3戦術輸送機の照明を落とされた後部キャビンで、状況を説明して後にばっさりと切り捨てたジョン・アイリス・オーリンズ准将。その語調の割に彼女の表情に特別な変化は無い。

 しかし直属の部下達は思った。これでアフガン陸軍の幹部が五人は職を失うだろう、と。

 一方、様々な反応を見せる二十名あまりの戦士達(・・・)。表情を変えない者、困惑する者、嘆いて天を仰ぐ者、悪意のある笑みを浮かべてしまう者。それぞれの反応が、この事件に対するそれぞれの所属組織の立ち位置を露骨に示している。

 そんなごったまぜの空気を感じつつも、職務を遂行するアイリス准将。

「諸君に集まってもらったのは、本来アフガニスタン国内に入国したと思われるテロリストを捕縛するための諜報活動(ヒューミント)とその後の突入作戦を実施するためだった。――が、もちろんその目的は現時点をもって破棄される」

 二日前、アフガニスタン共和国大統領府よりアメリカ合衆国大統領府ならびに日本連邦総理官邸にもたらされた第一報は、とある日本人テロリストのアフガン入国の可能性を示していた。

 そのテロリストは二〇三〇年代の日本連邦国防軍機動展開軍創設闘争期に誕生した、平和運動過激派組織に属していた。

 日本連邦国防軍の創設期には多少の混乱はあったものの、大きな混乱とならなかったのは日本連邦国防軍を成す各州軍が旧自衛隊と法制上大きな差異が無かったからだ。変化は有事という言葉を明確に戦時とし、戦争という言葉を使い、そしてそれらの事態における兵士の保証規定を明確にしたくらいだ。

 国際法上の集団的自衛権も、行使を認めた程度で、積極的に米国の作戦に参加することもないことが明記された。

 一方、これとは別に誕生した緑の軍隊という新しい軍事的試みに期待する世論もあった。

 ゆえに連邦国防軍も緑の軍隊もその制度に則って規模と能力を拡充させてきた。

 しかし、国際世論――特に西太平洋諸国の世論は日本連邦国防軍により大きな役割を要求した。二〇二二年の朝鮮統一戦争において、最大の功労者――連邦国防軍の能力は国際的に高く評価され、様々な紛争地域での尖兵の役割を期待するようになったのである。


 日本連邦政府は、ここに直轄部隊中央軍を改編増強した機動展開軍の創設を開始した。

 この部隊は今までの連邦国防軍に課せられた制約の多くが外され、武力行使へのハードルが低く、より広範な任務に対応するため大規模輸送能力に重点が置かれた。二〇五〇年には正規空母一隻、軽空母二隻、強襲揚陸母艦や戦略輸送機を保有し、同規模の部隊ならばアメリカ軍に匹敵するほどの機動運用が可能となっている。

 いわば連邦国防軍最大にして最も攻性の高い組織。

 それは公表された連邦国防軍法の改正案からも読み取れ、多くの反対運動を招くことになった。

「諸君らの作戦目標は、これら平和運動戦士と自称する頭のイカれたテロ屋どもを逮捕することに変わった。――要は、連中のたくらみを叩き潰せ、ということだ」

 アイリスの言葉が辛辣になるのも無理は無い。

 元々は機動展開軍創設に反対する運動だったが、次第に過激化し、民間軍事企業(PMC)などで訓練を積んだり、紛争地域から武器を密輸したり、武装化の一途を辿ったテロリスト達。国際テロネットワークとも繋がりを持ち、バイドア事件等の反緑の軍隊闘争にも絡んでいる。

 平和を勝ち取るために闘ってきた彼女にとって、“平和のためのテロリズム”なる世迷言は麻薬中毒者の幻覚と同類であった。

 薄暗いキャビンに立つ彼女の前に立体映像が浮かび上がる。ファイザーバード駐屯地の監視カメラ映像、そして画像解析から作り出した実行犯達の合成正対画像及びプロフィール。三十歳前後の日本人二人、中国人一人、アラブ人三人だった。

「実行犯はこの六人。現在世界で最も効率よく民間人を虐殺しているクソッタレだ」

 ベイランドシティ、モガディシュ、南京、クライストチャーチ、釜山、ホーチミン、ジャララバード。緑の軍隊と西太平洋機構を狙い撃つように繰り返されてきた数々の事件。その犠牲者はもはや世界八十か国の人々に及ぶ。

「誠に残念なことだが、諸君にこの害虫どもを世界から駆除する権限は与えられていない。事件の起きた全ての国が奴らを法廷に引きずり出し、嫌がらせのように各国の法廷をたらい回しにすることを望んでいる。特にこの男だ」

 アイリスの指示した画像が拡大される。

 窪んだ眼窩と頬。一見不健康そうな細面。寡黙そうな口元。しかし、その目だけはやたらと爛々とした精気を孕んでいる。

日村竜(ひむらりゅう)。通称炎の杜と呼ばれる日本人テログループの幹部だ。かつての日本赤軍どころではない。今までに分かっているだけで三百人の民間人を殺し、中央情報局(CIA)国家安全保障局(NSA)すら捕捉に難航するほどに監視網を潜り抜けるセンスとコネを持った、もはや伝説級のテロリストだ。ウサマ・ビンラディンが小物に見えてくるな」

 かつて世界を震撼させたアメリカ同時多発テロ。その首謀者とされたアル・カイーダの首魁ビンラディン。

 しかし、日村は二十一世紀初頭のテロリストとは違った。彼はテロを実行し、逃亡、そして生き残り続けてきたのだ。自爆テロなど一切しない。各国の情報機関は公けにしていないが、おそらく相当数の情報員も手にかけてきたのだろう。

 ゆえに二〇五六年の世界が注目する一人だった。

「十代の頃には紛争地帯で世を儚み、十八でPMCに就職。二十歳前後には平和過激派思想に目覚め、二十五歳で|東京湾ベイランドシティ《TBL》のショッピングモールを瓦礫の山に変え民間人を挽肉にした。年齢は三十五歳。全世界から嫌われている個人としては合衆国大統領より上かもしれん」

 失笑する何人かの戦士達。鍛え上げられ、多くの任務に従事していた優秀な戦士達は、気負いなく自然体で彼女の説明を聞いていた。その能力と経験に彼女の不満は無い。

 だが、彼女は彼らの心証を酷く悪化させる言葉を放った。

「この男を逮捕する以上、作戦は非常にデリケートなものになるだろう。なにせ敵は格闘機を着用している。一方我々には格闘機は無いし敵が国境線を越えてしまうまでの時間も無い」

 この場の戦士達が理解していることをわざわざ口にするアイリス。その言葉はアイリスの花言葉――よい報せ、とはかけ離れていた。

「よって本作戦の戦闘指揮官はこの中で一人しかいないと私は思うのだが、どうだろう、中河警部」


 中河由美がC3に搭乗していたのは極めて政治的な作用の結果だった。

 日村は全世界の嫌われ者とアイリスは評していたが、それは当然日本連邦ひいては二〇四五年のファーバードショッピングモール爆破事件を起こされたベイランドシティ警察本部も例外ではない。いや、もはや仇敵と呼ぶにふさわしい。

 緑の軍隊主導による逮捕作戦の一報を受け、世界中の対テロ機関が動き、横槍を入れてきたことはアイリスの頭痛の種であったが、作戦は急を要する以上実際に送り込める人員は限られる。

 アイリスは各機関に対し、情報作戦は緑の軍隊が担当し逮捕作戦そのものに関しては実行部隊員を必要としていることを通達。

 それゆえにこの機上には日中韓豪の情報局員十名と日中豪の戦闘員十二名が同乗しているというカオスを呈していた。中には作戦の主導権を奪う気満々の佐官級の情報局員さえいた。作戦司令官として名乗りを上げざるを得なかったアイリス准将だった。

 その中で唯一ベイランドシティ警察特殊防犯課の特別チームを率いた中河由美だけは、アイリスの打診によるものだった。そして、作戦の主導権という意味では市警、そして緑の軍隊に軍配が挙がった形となった。

「戦闘員の中でOF-2なのは私だけ、という意味ですか、准将」

 NATO階級符号OF-2。北大西洋条約機構(NATO)で定められている各国の軍隊の階級相互の対応基準である。これは西太平洋機構ならびに緑の軍隊関連国にも対応している。OF-2は大尉に相当し、そして現在は警察官である由美は警部に昇進しており、これに相当していた。

 そしてこの機上で軍から派遣された戦闘員の最高階級は、オーストラリア陸軍特殊空挺部隊(SAS)のパトリック・マーシャル中尉。

 つまり戦闘行動中心の逮捕作戦となった以上、階級の上で由美が指揮を執るのは必然といえた。様々な問題を孕んではいたが。

「それだけではないわ」

 どこか不満げな由美に微笑を向けるアイリス。

「意見具申よろしいでしょうか、准将」

 声を上げたのは、SASのマーシャル中尉。四名のパトロールチームを率いていた。

「どうぞ」

「いくらOF-2相当とはいえ、本作戦は軍事作戦です。文民に指揮を執らせるのは政治的にも法的にもいかがなものかと愚考いたします」

 この発言にキャビンの空気は真っ二つに割れた。中尉の発言がもっともだとする戦闘員達と顔を蒼白にする情報局員や緑の軍隊兵士達。

「……だ、そうですよ、准将」

 奇妙なことに由美までが中尉に賛同しているようで、言い出しっぺのマーシャル本人が微妙な表情を見せた。

 由美の目立つことを嫌う性格を把握していたアイリスは微苦笑を浮かべると、改めて戦闘員達を見回した。

「理由は二つだ。一つ、彼女が世界最高峰の格闘機のスペシャリストであるという事実」

 僅かながらキャビン内に動揺が走った。世界最高峰の格闘機という言葉は、すなわち日本連邦国防軍の格闘機部隊に所属していたという意味だった。それだけではなく、改修計画の策定やオプション装備の開発にも由美が携わっていることもアイリスは知っていた。

「そして、君達の中でどれだけの人間が彼女を倒すことが出来るのか。私は見てみたいものだ」

 特防課以外の戦闘員達が揃いも揃って色めき立つ。迷彩服を着込んでいるとはいえ、女性警察官一人に劣ると言われ、特殊作戦に従事してきた彼らのプライドが傷付かないわけがない。

 だが、将軍の美しすぎる微笑と共に放たれた一言でその感情も消し飛んでしまった。

「キルギスの不死鳥――この名前を知らない者は本作戦に参加する資格は無い」

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