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その7

じ、自転車操業が終わらない……。

 突然の鋭い炸裂音。

 閃光発音筒(フラッシュバン)。狭い路地裏で炸裂した閃光音響手榴弾の音は、方向感覚を狂わせる。

「全員、状況!」

 叫ぶ利鋭。

「リング、異常無し(グリーン)

「ヤン、グリーン」

 だが、ナンバー2たる劉霆の返答が無い。

 由美と利鋭は同時に拳銃を抜いた。

「こちら劉霆(ライトニング)。やられた!イーストガードの連中が……」

 最後まで聞き取れなかった。

 何故なら、背中合わせになった二人の間に落ちて来た円筒形の見慣れた物体。

 いつの間に、などと思う間もなく、慌てて飛び退く二人。

 直後、衝撃が路地を満たし、一瞬で音が消失した。背を向けていたために視覚はまだ大丈夫。

 しかし、至近距離の大音響に三半規管まで狂ったか、地面が波打っているような感覚。

 それでも訓練の賜物か、頭上から飛び降りて来た気配に反応できた由美。振り返りざまに左手が右胸の大型ナイフを引き抜き、薄く鋭利な刃を一閃。

 漆黒の刃は、しかい届かない。頭から爪先まで、全身真っ黒のつなぎのような恰好の襲撃者は右肘と右膝で刃を挟み受け止めていた。

 しかも、その左脚がくるりと舞い、由美の頭に襲いかかる。

 無茶苦茶な動きだが、由美のナイフを支点にすることで鋭い蹴りを繰り出してくる黒ずくめの実力を瞬時に察した彼女は、ナイフの柄を放し、右腕で蹴りを受けながら自ら地面に転がった。

 受け流すことには成功したが、右袖のナイフが一本折れていることは感触で分かる。

 まともに受けていたら、おそらく腕の骨を持って行かれた。

 身を起こすのもそこそこに銃口を向け、引き金を引く。

 両足とも宙に浮いていたから動けないと思ったのだが、そのまま背中から倒れ込むように倒立し、両腕の力だけで跳躍。銃弾は虚しく背後の壁に突き刺さるのみ。

 銃口を上に向けようとした由美。

 そこで気付く。黒ずくめの上を向いた両足が、自分に向かって来ることを。

 慌てて横に転がると、入れ違いに立て続けの破裂音。利鋭のSIGザウエルの銃撃。

 黒ずくめは意に介さず、右手に持ったナイフを翻し、連続五発を弾く。

 でたらめ。

 しかし、彼女はそんな存在を知っていた。

 右手の拳銃を放棄。両手を腰後ろに回し、計六本のナイフを掴む。しなやかな下半身の動きで反動を付け、同時に投擲。

 さらに交錯するように利鋭の銃撃。コンビネーションとは到底言えない、しかし一瞬に殺到する飽和攻撃。

 その黒い影が消えた。

 由美は敵を見失った。

 そして、眼前に迫る危険に気付けなかった。消えた敵は、ほとんど顔を地面に擦り付けるほどの低さまで上体を伏せ、彼女の足元まで迫っていたことを。

 一瞬で殺到する攻撃を全て避け、水平に跳躍するように由美に迫る。

 気付いたときには遅かった。

 防御しようとクロスした腕を無視して、上体を跳ね起こした敵はジャケットの襟を掴み、物凄い勢いで飛んできた長い脚が由美の足元を刈り取り、そのまま凄まじい膂力で投げ飛ばす。

 彼女の意識は一瞬で暗転した。


「このクソアマっ!」

 突然、罵声を張り上げむくりと起き上った由美に、集まっていた警官達はぎょっとした。

 だが、彼女はそれどころじゃなかった。急に動いたせいか、眩暈が襲い、節々が軋みを上げた。

 その全身の痛みで自分が既に戦闘状態に無いことに気付いた彼女は、状況を理解出来た。

 投げられた彼女はそのまま意識を失い、担架に寝かされていたのだ。

 集まっている警官達は、イーストガードの連中を引き渡すはずだった護送車の担当だろう。

 利鋭はそのリーダーらしき人と何事か話し込んでいる。

「大丈夫ですか?」

 話しかけてきたのは、あどけなさの残る若い巡査。

「あ、はい」

「脳震盪だと思いますので、いくつか質問させてください」

 こういう手順は一見面倒だが、脳に障害が無いか確認するのに必要なことだと由美は理解しているので、素直に応じた。

 それにどうやら状況は既に終了しているらしい。

 質問に答えている間に、話は終わったらしく近寄って来る利鋭。

「彼らは?」

 由美のせっかちな問いに、苦笑いの利鋭。

「仲間の心配はしないの?」

「あなたの表情は落ち着いています。ということは、みんな大した怪我をしていないということです」

 昨晩の仲間を危険に晒したことを叱責する彼の姿から想像するに、もし誰かが大けがをしていたら、相当殺気立っていただろう。

「うん、そう。ちなみに由美が一番重症」

「はい?」

 首を傾げる彼女の頭に、優しく乗せられる大きな掌。

「取り敢えずは元気そうだね。無事でよかった。今日中に病院で検査してくること」

 軽く紅い髪を撫で、子供に優しく言いつけるような口調。その表情は心底ほっとしたようで、柔らかな笑みを湛えている。

 急に頬が熱くなり、慌てて目を逸らす由美。

 そんな彼女の様子に気付かず、利鋭は状況を説明する。

「残念ながら、イーストガードの連中は全員死亡。どうやら狙いは奴らだけだったらしくてな、俺達も慈千方丈も無事。ライトとホワイトはフラッシュバンにやられただけ」

「逃げられたんですか?あの女に」

 目を丸くする利鋭。

「よく女だって分かったね。さっきデータギアの画像解析でミサに言われて初めて知ったんだけど」

「いえ。なんとなくそう思っただけです」

「あと、これ」

 利鋭が取り出したのは、小さなディスク。

「慈千方丈の持っていた状況証拠。勇元金融の傷痍兵年金基金の加入者四十名分の、過去二十年間の受給と残高の総計データ」

 そんな大きなデータだったとは思いもよらなかった由美。

「方丈は元々数学者だったらしいな。それが弾道学を実践するために特科隊に入隊と。退役してからは、僧侶になる一方、色々な数字遊びを趣味でやっていたらしい。そうしたら自分の年金基金の総額が、金利と僅かながら噛み合わないことに気付いた。それで、知り合い四十名のデータを集めたというわけらしいよ」

「趣味で、ですか」

「ああ。ヤッさんもそうだけど、緑の軍隊に行くような人ってのはどこか独特のセンスを持っているね」

 由美のジト目に気付く利鋭。

「なに?」

「統括官に言われたくないとみなさん言うと思いますよ」

 暗に自分も含めて、という思いも込めて。

「そう?誉めてるつもりなんだけどなぁ」

 信用できない言葉だ。

「それはそうと、方丈が謝ってたよ」

「は?私にですか?」

「うん。裏切り者と言ってすまなかった、だってさ」

 ジーンにも言われたことだったが、由美はそれについては仕方ないと思っていた。まだやるべきことがたくさんあると思われる頃に、部隊を抜けるのだ。そう思われても仕方ない。

 だけど、彼女の直感は磯垣海司という若者の中に何かを感じ取ってしまったのだ。

 それは彼女自身が求めていたものかもしれない。

 ふと、二人の女性将校のことを思い出す。とてもよく似た(・・・・)二人だ。

 彼女達は、自身の求めていたものを見付けたのだろうか。

「気にしてんの?」

 問いかけに首を振る由美。

「みんなやりたいことがあるんだなって、思ったんです」

 軍では、士官というレールの上を走っていれば問題なかった。

 幸いにも連邦国防軍は、緑の軍隊や他の同盟国での仕事など多彩で魅力的な進路を用意してくれていた。

 しかし、その選択肢すら捨て彼女は特防課(ここ)に来た。ここにこそ、何かがあるんだと。

 副島や利鋭、慈千方丈だってそうだ。自分の信念を貫いてこの街で両足で立っている。

 それに比べて、自分はなんと非力なことか。警察官としても軍人としても中途半端。

「由美と一緒に仕事していると飽きなさそうだ」

「なんですか?皮肉ですか?」

 利鋭のにやけ顔に思わず噛みついてしまう由美。

「初日に、命を狙われている証人を助け、二日目に仲間を助けた。その全力投球は、これからも俺達をハラハラさせるに違いない」

「なっ」

「いや、既にアウトか。昨日はジーンがハラハラして、昨夜はヤッさんが溜息。そして今日はライトまで驚かせた。これからも頼むよ、ミス・ジェンガ」

 なんと評判の悪そうなネーミングだ。いつ崩れてもおかしくないという意味か。

「それはやめてください!」

 悲鳴混じりの抗議。その不名誉な渾名だけは絶対嫌だ。

「ウィリアムテル?」

「虐めですか?」

「なら、黒髭?」

「危機一髪?」

「じゃ、ミミック?」

「びっくり箱か?」

 涙目になって喚く由美があまりにも可愛いので、ついついやりすぎてしまった利鋭。

 だから、由美のボルテージが危険域に入っていることに気付かなかった。

「そもそも、統括官なら追うことも出来たのでは?」

「無理だよ。捕まえたイーストガードの連中に手榴弾投げ付けたら、爆発に紛れてとっとと消えちまった」

「なんですか、それ。みすみす、犯人を殺害されて上に、あんな危険な女を取り逃がしたんですか?」

「しょーがないじゃん」

「なにがしょーがないんですか?」

 何故か目を逸らす利鋭。

「なんですか?」

「なんでもない……」

「なんなんですか、その態度は」

「なんでもないつってんじゃん」

 子供のように喚くと、背を向けてしまう利鋭。

「いいから、早く病院行って検査して来い」

「ちょっ……」

 さらに言い募ろうとした由美だったが、無線の着信音がそれを止める。サングラス形態のデータギアは、彼女が投げ飛ばされた時に破損していて、鳴ったのは腰にさげた予備の無線機だった。

「ストライク」

「ロードよ」

 やたらと艶っぽい美声。さっき話に出たミサ・キャスリン・ブルームだった。

 頭上を見上げると、太陽は既に結構な高さにあるらしくビルの隙間にある空は眩しく輝いていた。彼女の勤務は昼からだったから、由美が寝ていた間に交代したのだろう。

「痴話喧嘩はそれくらいにしてね」

「痴話げ……」

「はいはい。取り敢えず現状ね。負傷二名。分かる?」

「はい?」

 一番の重症は由美だと利鋭は言っていた。

「あなたは投げられて意識を失った。だけど、外傷はあるかしら?無いわよね。つまり、投げられた勢いだけで意識を飛ばされたわけ。まあ、それも物凄い無茶苦茶な話よね」

 ミサの言葉ですっと引いていく頭の熱。

「つまり、私を庇った人がいるということですか?」

 そうでなければ彼女は今頃、少なくとも全身打撲。意識の無い状態で地面やビルの壁に激突すれば、どんな大怪我をするか分からない。

「そうよ。受け身を取れたのはさすがね。だけど、おかげで彼の背中は今真っ赤に腫れてるわ」

 それは不思議な感覚だった。今まで誰かに庇われたことなんてなかった。彼女が常に最高だったから、周りはそれについて来るのがやっとだったから。子供の頃の親くらいではないだろうか。

 それくらいに懐かしく、僅かな温もりを感じた。

「ありがとう、ミサさん」

「いえいえ。こっちもバイタル見ててハラハラしちゃうから、とっとと病院に連れて行って欲しかったのよ」

 とコロコロ笑う彼女。

「コピー。移送任務を開始します」

 にやりと笑う由美。その目はどこか危険な光を孕んでいた。

 立ち上がり、課員に撤収前の指示を出している利鋭の元に足早に近付く。その後姿には、怪我の影響は見られない。凄い精神力だ。

 その姿をみてると、ふつふつと沸きあがってくる感情。

「利鋭!」

 聞き慣れない声で名前を呼ばれたせいか、慌てて振り返ろうとした彼の背中を、左掌を思い切り叩き付ける由美。

 路地裏に突如木霊する野太い男の悲鳴。

 警官達が慌てて身構える先にいたのは、背中の痛みに悶える大柄の男と、仁王立ちで捲し立てる紅髪の女。

「あなたが一番の重傷でしょうが!」

「……おまーなー!」

「はい。つべこべ言わない」

 恨みがましく見上げる三十男の涙目を一蹴。

「ライト。あと頼んでいいですか?」

「ん?ああ。問題無い」

 こくこくと頷く劉霆。他の課員も呆気に取られてはいるものの、何かの置物のように首を縦に振る。

「了解しました。取り敢えず、この人病院に送ります。ついでに私も検査受けてきます。以後、よろしくお願いします」

 ビシッと音がしそうな敬礼。劉霆以下四名も慌てて答礼。

「まてまて、勝手に決めるな」

「うるさいですね。やせ我慢の癖に。ほら、早く行きますよ」

 わざとらしく背中をつつく由美と、身悶えながらも歩かされる利鋭。二人の言い争いが遠のいていくのを、残された警官達は呆然と見送った。

「あれが世話女房って奴か」

「いや、どちらかと言うと鬼嫁だろ」

「そうだな。満面の笑みでいたぶってたぞ」

「だけど、なんだろう。いいような悪いような、羨ましいような羨ましくないような」

「ああいうの、なんて言うんだっけ。えっと……」

 呆気に取られて固まってしまっていた劉霆が、はっとして口を開く。

「ツンデレだ」

 おおっと、一斉に歓声を上げる警官達。

 もはや彼らのアニメ脳には何も言うまい。

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