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その6

 利鋭に促され階段を登り二階へと向かう由美。

 その途中で、彼女は今まで胡散くさいと感じていたこの海穣寺が、間違いなくれっきとした寺院であることを思い知らされる。

「たいしたもんだね」

 利鋭も感心したようにぐるりと周りを見回す。

 上階へと続く階段。その踊場。ぐるりと囲むように置かれた壁一面の棚。そこに鎮座する小さな木彫りの仏。ほんの小さな手乗りサイズのそれ。ほんのちっぽけなそれ。

 だが、それが壁面全てを埋め尽くすように並べられ、踊り場に立つ者を静かに見つめている。

 ぐるりと見渡した由美は、それが一階のホールの天井付近の棚にも数多く並んでいることに気付いた。

 物言わぬ仏の群集。いずれも形がどこか歪で姿勢も千変万化――きちんと座禅を組んでいるものもいれば、脚を崩すもの、両足を投げ出しているものもいる。表情も豊かで、笑ってるもの、どこか怒っているもの、彫りが甘いのか表情が読めないもの。

 人の数だけ仏がいる。現実の大勢の人達が、自分の中の仏を描こうとしたらこうなった。そういう風に見えた。

「千五百羅漢みたい……」

「なにそれ?」

「鋸山にあるんです。千五百体の小さな仏さんがいらっしゃる名勝です。あそこも曹洞宗でしたね」

「いらっしゃるって、単なる仏像でしょ?」

「そうですね。でも、同じものは一人としていらっしゃらないんですよ。有名な仏像は確かに荘厳で煌びやかかもしれないですけど、どこか人間臭さってないじゃないですか」

「まあ、そうだね」

「でも、ここにいらっしゃるみなさんは、それぞれとても個性があって、ああ、ここにいらっしゃるんだなって思うんです」

 不格好で不揃いで、色々な表情を持っている。工業製品では決して作り出せない活き活きとした空気がある。それでいて静謐な空気。

 由美はサングラスを取り、グローブを外し両手を静かに合わせ、瞑目した。数秒間そうして、目を開いた彼女に利鋭は意外そうな顔を向けた。

「なんですか?」

「意外と信心深いんだね」

 どこか侮蔑の色を含んだ言葉に、由美は首を傾げた。利鋭の硬い声音も気になったが、信心深いという評価も違うと思った。

「違いますよ」

「ん?」

「この仏さんたちを彫った、その瞬間を生きていた人達へ挨拶したんです」

 彼が無言で驚きを示しているのを、サングラスがあっても由美には分かった。

 何を思ったのか、利鋭もサングラスを外すと小さく目礼した。

 それをどこか嬉しそうに見守っている由美。表情を変えることなくサングラスをかけ直す仕草に、彼が恥ずかしがっているのを見て取った由美だった。

 二人は、小さな仏たちに見守られるように二階にある本堂へと向かった。

 三方向が窓になった二階。ところどころ窓が開け放たれ換気しているらしいそこでも、天井付近の壁にはやはり小さな群衆が静かに鎮座して、中央の畳敷きの内陣に注目している。

 その真ん中、本尊の前で香を焚いてる紺色の作務衣姿の年老いた男がいた。

「すみませんが、今日は講習はやりませんよ」

「いえ、私達は別の用事で来ました」

 老人の言葉に、丁寧な日本語で答える利鋭。サングラスも外し、とても低姿勢だ。

「ほう」

 感心したように振り返った老人は、しかし老人と呼ぶにはいささか弱々しさに欠けていた。小柄ながら手足は太く逞しく、まるで畳に突き刺さっているかのように地面をしかと踏み締めている。

 これで坊主でなく、毛むくじゃらの頭だったらファンタジー映画のドワーフと見間違うほどの力強さに満ちている、と由美は思っていた。御年七十歳と聞いていたのだが、とてもではないがそうそう亡くなることも、介護が必要になることも無さそうな男性である。

「ということは、私に話を聞きに来た方かね?それとも消しに来た方かね?」

 さらりと物騒なことを言う老人である。

「やはり横溝さんはあなたにけしかけられたんですね?」

 利鋭の言葉も丁寧ながら、どこか鋭い問いかけに変わる。

「なんのことかね?そもそもお前さんらは一体誰だ?」

「申し遅れました。――特殊防犯課です」

 身分証明のバッチを見せる利鋭。由美もサングラスを外しながら、提示する。

「警察には見えないと思ったが、なんだ傭兵か。ん?そちらは誰かと思ったら、格闘兵の中河さんじゃないか。いつから傭兵なんて始めたんだ?」

 元軍属だと聞いていたから、老人が彼女の名前を言い当てたことは驚きではなかった。しかし、格闘科の話を持ち出すとは思っていなかったのだ。

 驚く由美を前に、老人はふんと鼻を鳴らす。

「あんたの経歴は異様だからな。でも、ある意味終始一貫している。緊張感のある状況が好きなようだな。だが、注目されるのは苦手だ。それは男嫌いだからかね?」

 面食らってる由美を尻目に、利鋭は苦笑いを浮かべた。

「うちの新人を虐めないでください。西倉慈千(にしくらじせん)方丈でいらっしゃいますか?」

「左様。ここの住職のようなものをしておる。お前さんは周利鋭か。偽名だな。この街は本名を口に出来ない奴が多すぎるわい。そんな男が警部補か。お笑い種だな」

 ――見かけだけでなく、中身もドワーフか。

 と失礼な感想を抱いている由美の前で、利鋭は笑みを絶やさない。

「いや、お恥ずかしい。私も国には帰れない身の上ですからね、そこら辺はお許しいただきたい」

「帰れない?共産党独裁が崩壊した今は、そんなこともないだろ」

「いえいえ。共産党が無くなったわけじゃないですからね。ほら、すぐ近くにもいるじゃないですか」

「つまり、お前さんは倒すまで闘うということか?」

 突然のことだった。由美の全身を意味も無く寒気が襲い、鳥肌が立った。残暑が厳しく、いまだに強い日差しを浴びている窓の外は白く輝き、窓が開いているとはいえ本堂の中は冷房も効いていないというのに。

 その冷気が傍らに立つ男から放たれているのだと分かるのに、時間は要らなかった。

「まさか。そんな必要がありますか?」

 変わらない飄々とした態度。変わらない穏やかな口調。変わらない胡散くさい笑顔。

 だが、この男は危険だ。兵士だろうが、傭兵だろうが、経営者だろうが、そんなことは関係ない。この男は何よりも、もしかしたら楯よりも危険かもしれない。

 そして短い言葉に込められた意味。相手にする価値などないと言っているのか、それとも相手なんてしなくても滅ぶと言っているのか。

 いずれにしろ、それほどの感情を抱かせる存在。

 西倉の頬が持ち上がる。

「噂通りだな、暗殺官(・・・)

 由美にとって聞き慣れない言葉に、利鋭はいよいよ痺れを切らせた。

「いい加減にしてもらえますか?俺達は、横溝の話を聞いてここまで来たんだ。あんたのお遊びに付き合ってる暇なんてないんですよ」

「敵に手を貸すようなテロリストと、平気で部隊を裏切る英雄もどきに話すことなんて無いね」

 にべもなく跳ね除ける西倉。

「いいですか?我々は勇元金融で立て籠もり事件を起こした横溝の証言で動いているんです。彼は、あなたが勇元金融の不正の状況証拠をもっていると話しました。もし、ここであなたが我々の捜査を妨害するようなことがあれば、横溝を保釈することになる。そうなれば、彼の命は一体何時間持ちますかね?分かっているんでしょう、連中はベイランドだろうと本土だろうと関係なく彼を殺す能力を持っていることを。だから自分で告発せず、彼に行かせたんだ。あんたそれでも聖職者か」

 それは由美も薄々分かっていた。横溝は西倉のメッセンジャーだったのだ。それが何故市警察本部ではなく勇元金融そのものに向かったか。

 市警本部では、待ち伏せされる可能性があったからだ。他の公的機関でもダメだ。

 なら本土ならどうか。アクアラインで木更津や川崎に出るか?鉄道ではいざというときの逃げ場が無い。しかし、許可の無い車での移動には検問があるので時間がかかる。その間に捕捉されたらおしまいだ。

 だからと言って他人様に迷惑がかけられるか?

 横溝はそれが出来なかった。だから勇元金融そのものへの強盗を装って、逮捕されることが目的だったのだ。

 それほど勇元金融の背後にあると思われる組織は力を持っていた。

 しかし、利鋭の言い分は違うと思う由美だった。横溝はおそらく志願したのだ。その時、西倉はどう思ったのだろうか。

「そんなことをして困るのはあんたらだろう」

「いや、全然。適当に謝って、再発防止策らしきものを描いて、課長を数か月謹慎にすればそれで向こうも溜飲を下げてくれるでしょう。それでも、俺達の組織と地位は確保できる。本当に困るのはあんた達でしょう?」

 既に事件は動いている。勇元金融にイーストガードが現れた時点で、向こうは証拠を隠滅しようと動き出しているのだ。もし、特防課がここで手を引けば、西倉自身はもとより、階下の老婆らに累が及ぶこともあり得る。

 しかし、利鋭の言い方はなかば脅迫だ。

「統括官」

 思わず、咎めるような語調になってしまった由美。

 ちらりと一瞥するだけの利鋭。その意味が分からない由美。理解したという意味なのか、無視するということなのか。

「今回の事件、行政長官(しちょう)はえらい乗り気でしてね。治安改善計画を一段階進めるチャンスだって息巻いているんですよ」

「サエグサか。アメリカ人がよくやるよ」

「あの人にそれを言うと怒りますよ。サエグサ姓を名乗っていらっしゃる意味を考えたらいかがです?」

「アメリカ人はアメリカ人だ。それに変わりはあるまい。それとも、あんたも自分は中国人じゃないと思っているのか?」

「さあね。少なくとも人民じゃないですな」

 確かに中国共産党を否定しているのだから、人民ではない。してやられたといった感じで西倉が口を噤む。

「いずれにしろ、この件は特防課の事件です。他の部署ではありません。我々が手を引いたら、そこであんたとこの街は終わりだ。報復があると見た方がいい。いや、攻撃を跳ね返し、それでもあんたらを守れるのは、特防課だけでしょうね」

「自分達のことは自分達でする。それだけだ」

「その覚悟はいいでしょう。しかし、退役軍人会もそこまで暇じゃないですよ。つまり、あんたは緑の軍隊で傷付いた仲間や、マフィアに苦しめられている街の人を見捨てるわけですね。下の階のばあさんやもろもろまとめて」

 吐き捨てると、利鋭は振り返った。

「由美、帰るよ。このジジイとの交渉は決裂だってさ」

 そう言って、さっさと階段に向かう利鋭。

 だが由美は身動きが取れなかった。さっきから何かが引っかかっていたのだ。

 既に利鋭達に興味を失ったのか、背を向けて座る慈千方丈。開け放たれた窓。じっと彼を見つめる数百の仏たち。

 これほど多くの人達に囲まれている方丈が、特防課を嫌う理由はなんだ。常識的に考えれば無い。

 利鋭達のような自警団崩れや、由美のような軍を裏切ったと見做せる軍人を毛嫌いしているのか。だが、利鋭や由美の経歴を知っている口ぶりだった。だからこそ、その理由が取って付けたようなものに感じられてしまったのだ。

 では何故、彼は自ら招き寄せたはずの特防課を拒否したのか。

 もう一度辺りを見回す。

 一枚のポスターが目に入る。木彫りの仏像の写真。とても綺麗な仏像だ。しかし、職人の手によるものではないだろう。仕上は荒っぽいし、美しさよりも個性が前面に出てる。

 ――木彫り仏講座。週三回やってる?

 だが、方丈は最初なんて言った。

 ――今日は講座はやりませんよ。

 普段はやるはずの講座をやらない。だが、別段どこかに出かけるような気配は無い。体調が悪いようにも見えない。

 では、何故?

「由美?」

 由美の中で慈千方丈の行動の意味が理解できたとき、利鋭が声をかけてきた。

「出来ません」

「はいはい。そういうと思ったけど。駄々捏ねないでね?」

「は?」

 ――そういうと思ったけど?

 利鋭の言葉に妙な温かみを感じて振り返ったとき、無線に着信があった。

「エッジ。奴らだ」

 劉霆の淡々とした声。

 はっとして振り返る由美。開け放たれた窓――網戸の向こう、隣のビルの窓から身を乗り出しサブマシンガンを構える男。

 内陣の中央に座す西倉は気付いていない。要撃は間に合わない。

 咄嗟の反応。西倉に向かって飛び込み、その身体を畳の上に押し倒す由美。

 瞬間、乾いた銃声が立て続けに鳴り響き、窓ガラスと網戸を突き破…………らない?

 呆気に取られる由美。ガラスには放射状の罅が入っているが、貫通していない。そしてなんと網戸は数発の銃弾を受け止めている。

カーボンナノチューブ(CNT)?」

 素っ頓狂な声が上がって当然だ。近年やっと低価格で量産されるようになった防弾ネットが、まさかただのビルの網戸に張られていると誰が気付く。

「大尉殿は仕事熱心でいらっしゃるな」

 笑いを含んだ声は下から。由美に組み伏せられた西倉がにやりと笑っていた。

「は?」

 ぽんと右肩が叩かれる。

「結果は上々。これで公務執行妨害と殺人未遂成立。由美、奴らを逮捕するよ」

「え?あ、はい」

 すぐに頭を切り替え立ち上がる由美。銃撃に失敗したことを覚って犯人は既に逃亡したようだ。

 それを追うためか利鋭は階段に向かうが、由美は窓に向かって走った。

「おい」

 慈千方丈が何か言った気がしたが、網戸の無いところを開け放つと、躊躇いなく窓枠から身を投げ出す。

 狭い路地を挟んだ向かいのビルの壁を利用して減速し、転がるように五点着地まで流れるような所作でこなし、見事にダメージ無く着地。

 転がる勢いのまま立ち上がると、ビルから飛び出て来た銃撃犯と鉢合わせ。

 慌てて由美に向けられるMP5(サブマシンガン)の銃口。

 ――遅いわね。

 そんな評価を下している間に、由美の身体は男の懐に入り込んでいた。

 間近に見える引き攣った表情。

 右手で銃口を払うと、抵抗して押し戻す男。

 次の瞬間、銃全体がさかさまに彼女の右脇の下にがっちりホールドされる。男が抵抗した僅かな力の変化を利用して、巻き込むように銃を無力化したのだ。

 あまりの早業に手を離す間もなく、一緒に腕が巻き込まれ、引きずられるように地面に引き倒される。

 そのまま男の腕を捻じりあげ、地面に擦られた顔面から苦痛の声が漏れ、MP5が手からこぼれ落ちる。

 二階から飛び降りて十秒ほどの出来事だった。

「アイヤー!」

 声を上げたのは若い課員の一人。銃撃現場にすぐに駆け付けたのだが、既に由美が取り押さえていたことにびっくりしたのだろう。

 だが、由美の叱責が飛ぶ。

六時方向(チェックシックス)!」

 彼の背後から駆けて来る武装した男が二人。

 振り返りつつ地面に身を投げ出す若者。なかなかいい反応だが、残念ながら射撃姿勢まで持っていけてない。

 そんな判定を下しながら、組み伏せた男をそのままに左腕を強振。

 男二人のうち先を走っていた男が、突然苦悶の声を上げて転倒。その太ももに突き刺さった黒いカーボンナイフ。由美が一動作で右袖から抜いて投擲した一本。

 何が起こったか理解できず困惑するもう一人に向かって、今度は乾いた銃声が襲う。HK416Cの射撃で膝を撃ち抜かれもんどりうって倒れる。

「十メートルを四発中一発。この場面でこれなら及第点ね」

 陸軍の教育隊員が聞いたら悲鳴を上げそうな辛口コメントに、言われた課員はびくっと身体を震わせた。その何気ない口調に、普段自分達を訓練する副島やジーン達よりも危険な何かを感じ取ったのかもしれない。

 そんなことは気にせず、組み伏せた男に手早く手錠をかける由美。

「わーー。もう終わってるよぉ。しかも一人で二人かよ」

 呑気なくせに一目で状況を見抜いた的確なコメントは利鋭。

 劉霆ともう一人の若い課員も現れ、若い二人が足を怪我した二人を拘束しに行く。

 そして、劉霆は何故か由美の方へ歩み寄って来た。

「あんた、怪我ないか?」

「は?」

 かけられた言葉の意味が分からず、ぽかんとする由美。

「エイ?俺なんか変なこと言ったか?」

 劉霆の表情が困惑に染まる。

劉霆(ライト)ぉ。その子は怪我なんてしてないよ。ピンシャンしてんじゃん」

「だって、二階から飛び降りたんだろ?

「昨日はもっと高かったんだよ?それに帝国軍(インペリアル)空挺団(エアボーン)ってそういう連中の集まりなの」

 なんだか酷い言い草に、由美はムッとした。

連邦国防軍(フェデラル)空挺団(エアボーン)と言って欲しいですね」

 連邦制に移行するのと同時に、無名有実可していた天皇陛下の国家元首復帰が決まり、日本連邦は形式上では先進国で唯一の帝政国家となったことで諸外国から帝国と揶揄されることがある。

 昨日のジーンもそんな軽いノリで言っていただけだが、利鋭のそれにはなんとなく悪意を感じた。

「そいつはごめんね」

 まるで謝っていない利鋭。

「あの、本当に大丈夫か?」

「え?あ、はい大丈夫です。ご心配かけてすみません」

 素直に謝罪した由美を見て、劉霆は思ったらしい。

 ――アニメのヒロインって実在したんだ……。

 大いに誤った認識だが、彼女の実力の一端を彼が理解したのは間違いない。

「あっちでも二人確保した。もう周辺はクリアでいいかな?」

 捕えた三人を一カ所に集めたところで、利鋭が言う。若い二人は周辺の見回りをしている。

「護送車は手配した。二十分で着く」

「りょーかい。身柄を渡したら証拠を貰いに行くとしよう」

「了解した。白の(ホワイト)ところに行って来る」

「よろしく、ライト」

 劉霆が立ち去ると、今までの状況に色々と鬱憤が溜まっていた由美は利鋭に食ってかかった。劉霆の前では我慢していたのだ。

「市民を囮にしたんですか?」

「いやいや、俺達がじゃないよ。あの爺さんが自分でやったことじゃん」

 確かに網戸まで全て防弾にするくらいだから、そのつもりがあったのだろう。

 それでも、襲撃が由美達が立ち去った後だったら。

「でも、監視を中断しましたよね。なら接敵前に抑えることも」

「罪状は?」

「は?」

「この街に銃刀法は無いと考えてね。市民の自己防衛権が認められているからね」

「でも……」

「勇元の不正の状況証拠を得ても、痛手を受けるのは勇元だけさ。だけどイーストガードが仕掛けてきて、それを捕まえた場合はどうなる?」

「イーストガードは最悪解体ですか?」

「そうだね。装備備品一式全て没収。ジーン達は今頃差押え中」

 目を見開く由美。つまりは最初から襲撃させ、そこを捕まえようという作戦だったということだ。

 もし、監視が厳重だったらイーストガードも仕掛けてこなかっただろう。だから、わざと隙を作った。

「でも、それで市民を危険に晒すなんて」

「言ったでしょ。それを望んだのは、方丈自身だって」

 だから慈千方丈は、特防課との決裂を演出して見せた。利鋭は、窓の状態と方丈の態度からそれに気付いて話に乗ったのだろう。

「あの爺さんは確かに緑の軍隊だな。自分を囮にする精神を持った一流の兵士だ。――対して、こいつらが我慢の無い連中で助かったよ。あそこで撃つなんて三流だ。目先の利益に飛び付いて、半年後すら見えなくなるんだからな」

 確かに、あそこで撃ったことでイーストガードという手駒を失い、なおかつ資金の流れを失ったことになる。罠だと判断して撃たなければ、資金を失うだけで済んだのだ。

「だから共産党はいつまでも日本に勝てないんだよ。こんな弱小兵士ばかり集めてるからな。いい加減、夢見るのやめろっての」

 忌々しいという態度で、男達を冷たく見下ろす。

 なんとなくそんな彼の表情を見ていたくなかった由美。

「そんなこと言って、実は方丈の言い草にムカついてたんじゃないんですか?」

「え?」

 細い目を見開いて明らかに動揺する利鋭。ほんの冗談のつもりだったのだが、予想外の反応に向けられる由美のジト目。

「マジ?」

「そーんなわけないじゃん。あは、あははははは」

 どうやら図星らしい。

 ため息を漏らしつつ、由美が気になるのは、利鋭が共産党と暗殺官という言葉に反応したこと。何事にも温和に、自然体に、ある意味テキトーに接する彼に、あそこまでの殺意を抱かせるほどのこと。

 中国共産党は、彼に一体何をさせたのか。

 そんな彼女の思索を断ち切るように、辺りに木霊した鋭い爆発音。

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