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その5

「俺は、経営者なの。それは昔も今も変わらないよ」

 あっさりと言い捨てる利鋭に、胡散くさそうに問いかける由美。

「意味が分からないんですけど」

「事務係のラルフさん達いるでしょ?彼らは、きちんとした公務員だ。でも、事務職の公務員には武力行使の発想は理解できないよね?それがチームの運営の書類や予算にも表れてくるでしょ?俺はそういう翻訳をするのが仕事。もちろん、チームの組織運用もしなきゃいけないし、事務方の説得や関係各所との渉外もしなきゃいけないけどね。ツテや情報も使うし、議員さんにお願いに行ったり、経団連や日弁連の会合にも出席したりするよ」

「じゃ、ライフルは?それもミャンマーのBA-163(H&K G3A3改)でしたよね。なんであんな高い銃」

 由美が言ってるのは、後部座席に置いてあるガンケースの中身についてだ。利鋭が持ち込んだのは、近接戦闘向けのH&K製MP7と中長距離では比類ない精度と打撃力を誇るかつてのドイツ連邦軍制式採用のG3をミャンマーがライセンス生産し、後に樹脂製フレームで近代化再設計した大口径ライフルだ。どちらも、経営者を自称する人間の持つ物ではない。

 ちなみに由美が選んだライフルは、同じG3系統の選抜狙撃手仕様のBA-200である。

「それで戦うのも経営に必要だからね。だから、統括官(・・・)なんだよ」

 思わず息を呑む由美。特殊防犯課には一体どれだけの逸材が揃っているというのか。超常現象に等しい海司、底の見えない副島にジーン。そして、全く正体が掴めない利鋭。

「そんな珍獣を見るような目は、さすがに痛いなぁ」

 などと呑気に言っている利鋭だったが、明らかにずんと暗くなる由美の表情。心なしか遠い目をしている。

「エイ?俺、へんなこと言った?」

「私……、こんな人に負けたの……?」

 虚ろな言葉に乗せられたのは、えらく重い絶望。

 昨夜横溝をダンクシュートした後、治療のため彼女と横溝はセントラルの軍病院に移送された。二階から飛び降りたにもかかわらず、ボンネットに落ちたためか、それとも二人とも訓練された強靭な肉体を有していたせいか、数カ所の切り傷と軽い打撲だけだった。

 横溝の放った銃弾も、由美の胸に入っていたカーボンナイフを折っただけだった。

 しかしその場に駆け付けた利鋭は、開口一番由美を叱責した。横溝に発砲させたこと、同僚であるジーンを危険に晒したこと、そもそも横溝の狙いが逸れてナイフの無い部位や脚に命中していたらどうするつもりだったのかと。

 渋々謝罪する由美。彼女には彼女のセンスがある。戦場でそれを感じ取り、論理的ではなくとも直感に従い、最善ではなく最高の選択が出来る。実際に最高の結果と言えた。

 だからと言って、味方や自分自身を危険に晒すような真似は看過できないのが、統括官である。

 たとえ、

「最高にシビれる女だぜ!」

 とヒャッハーして、誉めているのか貶しているのか分からない奇声を上げながら、嬉々として始末書を書かされている元海兵隊員自身が気にしていなかったとしても。

 データギアとグローブを取った利鋭は、反抗的な由美を挑発した。

 驚く彼女の前で課長の海司でさえ黙認し、逡巡する彼女に向かって放たれたのは暴言。

「不死鳥ってのは、鳥籠の中でちやほやされているから死なないのかい?」

 口調は穏やかなのに、言葉は辛辣。

 怒りは覚えつつも、冷静に飛びかかった由美だったが、十数秒後には関節を極められ、病棟の壁に顔面から押し付けられていた。

 空挺団の猛者達を軽々と倒す彼女にとっては、新人のころ以来の完全敗北。目を白黒させていた由美。

 以来、中河由美にとって周利鋭とは天敵だった。

 余談だが、このあと海司は病棟で近接格闘を始めた二人に抗議の声を上げた看護大尉に平身低頭で謝っていた。楯も衛生兵には頭が上がらないらしい。

 それだけの実力を有する周利鋭。しかし、彼は自分を経営者と定義する。

 兵士としてのプライドに対するダメージは、実際にねじ伏せられた時よりもある意味大きかった由美だった。

 どうしようか、と考えあぐねていた利鋭の視界に現れる着信表示。

「エッジ」

 応答とともに回線が接続される。

「エッジ。こちらライトニング。もしかして、その痺れるような真っ赤なスーパーカーが噂の大尉さんかい?」

「こちらストライク。はじめましてライトニング。一応言っておくけど、私の趣味ではありませんよ」

 先に返答したのは由美だった。真紅の(スカーレット)不死鳥(フェニックス)なんて異名を持つから、普段から真紅の装備を身に付けていると思われることが多いのだろう。実際には、服装や装備は実に実用的である。

 後に納品された新型格闘機(SSAP50)の装甲投影パターンの初期設定が真紅にされていたことが判明したときには、もんどりうって拒否したこともあるくらいなのだ。

 しかし、後々考えてみるとやたらと紅に縁のある女性である。

「それは失礼した。周辺にイレギュラー無し。対象は現在寺院の中だ」

「エッジ了解。じゃ。監視終了。全員合流しよう」

「ライトニング了解」

「え?」

 疑問の声は由美。

「そりゃ、驚くわな」

 呟く利鋭。彼が命じたのは、情報提供者の周辺警戒の解除だったからだ。提供者の危険は当然増す。

 そう言いつつも、彼の手はグロック18C(九ミリフルオート)とSIGザウエルP220(四五口径)の点検をしている。

 口を開いた由美だったが、

「いいからいいから。ほら行くよ。戸締りはきちんとして、クライムカウンターもセットしてね」

 と、至極軽く遮られてしまった。


 鉄筋コンクリートの寺院――といわれても現在ではそう珍しいものではない。実際、多くの人で賑わうような寺院では、従来の様式を守りながら、コンクリート製の本堂に置き換わっていたりすることも多い。木造では維持管理が難しいし、正月の人でごった返すような時期に災害で倒壊するようなことがあっては目も当てられない。

 しかし、鉄筋コンクリート三階建の寺院というのはいかがなものだろう。

 曹洞宗海穣寺。街中の雑居ビルに、屋根だけは深い群青色の釉薬瓦で葺かれているという野暮ったさと違和感を纏った寺院である。

 ――胡散くさい。

 工学部の学生時代に寺院建築についても齧ったことのある由美には、いくら曹洞宗と書かれていても足を踏み入れるのに躊躇ってしまう。

 だが、利鋭達五人はさっさと入口を潜り抜ける。

 合流した課員は四名。いずれも緑営のメンバーだったが、二人は北京の反共産党活動時代からの古参で、あとの二人はベイランドシティで彼らに拾われた二十歳そこそこの若者達だ。

 服装は私服の上に市警のブルゾンを羽織っているだけだが、驚いたことに四人とも肩からHK416C(コンパクトカービン)を吊るしていた。

 アメリカ軍のコルトM4をドイツのH&K社が再設計し近代化改修し、信頼性と精度を向上させたHK416を短銃身にしたコンパクトモデルだ。コンパクトと言っても、全長はたいして変わらないが、五.五六ミリの小銃弾を使うから機関部は大きく、拳銃弾を使うサブマシンガンよりも物々しい印象を与える。

 そんな銃を裸で持ち歩いているのだ。

 しかしスリングベルトの使い方が巧みなのか、不思議とその所作は物々しさを軽減している。練度が低いというわけではない。それは銃の取り扱いを見れば分かる。

 ベルトで巧く腰の少し後ろ側に固定し、その長さを充分に留意しながらも、自然に振る舞う技術は称賛に値する。

 利鋭を先頭に六人は引き戸をくぐると、左側に窓口があり、年老いた小柄な女性がちょこんと腰かけていたので、利鋭が話しかける。

 そのあいだに四人のリーダー、劉霆(ライトニング)が仲間達に無言で指示を出し、建物の奥と裏口の監視をさせる。

「劉さん達は、いつも武装しているんですか?」

 入口で待機し、建物正面を警戒する最古参の劉霆(りゅうてい)に話しかけた由美。すらりと背が高く、少し冷たい印象を与える切れ長の目元が特徴的な中国人だ。

「やはり気になるか?」

「はい。あ、悪いって言ってるんじゃないんです。劉さん達の扱い方はとても洗練されています。でも、いくら個人防衛火器(PDW)に分類されても、小銃弾ですから。それを堂々と持ち歩くのは、どういう考え方なのかと思いまして」

 由美の言葉に含まれる称賛と純粋な興味を感じ取ったのか、劉霆の目元が僅かに緩んだ。

「俺達はこの街の守護者だからだ。力を持っていることを内外に示さなきゃいけない」

 それは外なる敵――犯罪組織と、内なる民間人に対してということだろう。敵に対しては高威力の火器という威圧が、民間人には一見軽装に見えるがきちんと武装しているという安心がそれぞれ必要なのだろう。

 そして、安心が無用な威圧とならないような所作を身に付けたのだろう。

「416は制式ですか?」

「米軍の制式タイプを市警が導入したんだ。GENEは性能はいいけど、416の方が安いしバリエーションがあるからな」

「以前や緑営時代は?」

MP5(サブマシンガン)だった。でも李家は平気でアサルトライフルぶっ放してくるから大変だったよ。M4は一部にしか回せなかったから」

 なるほどベイランドシティという地域特性上、他の警察で採用されている連邦国防軍制式のGENE社製品より、信頼性とバリエーションの豊富さでドイツのHK416が選ばれたのだろう。四十年以上前の設計だが、いまだにニーズは高い名銃の一つだ。

 自警団という組織特性が作り上げた、独自のスタイルなのだろう。

 自衛隊や連邦国防軍では、武装非武装をきちんと区別することが躾けられる、民間施設の前では丸腰か丸腰に見える格好――仕込みナイフなどが義務付けられていた。

 それにしても古参の二人はいいとしても、若い二人まできちんとしているのを見て、利鋭達緑営がいかに規律正しい組織だったのかが分かる。

「そういえば、あんたはえらく軽装だな?」

 問い返された由美。すぐに彼の勘違いに思い至る。木陰の隠れ家でマスター――ランディと一悶着あったのも、彼女が武装(・・)していたからだ。

 ひとつ披露してあげるべきかしら、という危険な思考はしかし、統括官の声が遮った。

「おーい。他人様のお宅で変なことすんなよ」

「私は戦闘狂か何かですか?」

 図星を指されたことが不満だったのか、噛みつく由美。

 ジト目の利鋭。

「少なくとも、仕事熱心なのは確かだね」

 誉めていないことは確かだったので、不満そうに膨れる由美の頬。

 そんな二人を見て、劉霆の口から零れる爆弾発言。

「お前ら仲いいな」

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