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その5

「武装集団!」

 三十人もの集団。

 副島達は、路上に停めてあった乗用車や住宅の塀を利用して身を隠すと、一斉に銃口を向けた。

「その場で止まれ!」

 副島()分隊の誰もが一様に感じたのは、恐怖。数人の背広姿。子供もいる。半数はAKを持っている。敵には見えない。

 だが、偽装であることを否定する材料は無い。

 七挺の二六式小銃と分隊支援火器(M249)の銃口は、正確に集団を捉えているが、彼ら自身は気が気ではなかった。

 もしその集団が敵だったら、副島達は互いに至近距離で撃ち合うことになるのだ。いくら防備を固めた副島達であっても、被害は免れないだろう。

「もう一度言う!その場で停止し、武器をゆっくり足元に置いて両手を挙げろ!」

 ライールがソマリ語でも警告を発する。

 すると、集団のうちこちら側――進行方向にいた四人のAKが銃口を上に向け、左手も挙げた。副島はその四人が、道幅一杯に広がり楔形に並んでいることに今頃になって気付いた。

「お恥ずかしい話、私は緊張していたんですね。どう考えても先進国の部隊の布陣でしたよ。中心に子供と文民を置いて、前衛が先導し、後衛が背後を守る。訓練は散々やってきたはずなのに、やるのと見るのとでは大違いですね」

 気付いたときには、集団の中から一人の男が歩み出て来た。ベージュの半袖のワイシャツに、淡緑色のズボン。胸元に並ぶ防衛記念章。

「将軍閣下臨場!全員、その場で気をーつけ!」

 咄嗟に叫ぶ、副島。ライール達は、一斉に物陰から身体を現し、しかし散開したまま小銃を右足元に立てて姿勢を正し、司令官に目線を向ける。

 弓削巧中将は、それを見て小さく頷くと朗々とした声で告げた。

「ありがとう。しかし、今は戦闘中だ。儀礼は後にしよう」

「はっ。――分隊前進!」

 ライール達は小銃を持ち直し、素早く集団の後方へ向かう。AK持ちの兵士達と情報交換をしながら、交代していく。

「現在、後方に我が第一混成連隊第二大隊が展開中であります。そこまで我々が援護します」

「よろしく頼む」

 この事態にあっても、非常に落ち着いた人物だと思った副島。

 黒人の十歳くらいの少女を伴い、複数の携帯電話を首から下げた弓削の言葉で、集団が副島の案内に従って動き始める。背広姿の男たちに安堵の空気が流れる。文民?官僚だろうか?

 道一本向こうの残りの二個分隊とも連携し、左右の防御に当たらせる。二十名以上の兵士を集めると、逆に邪魔になると彼は判断した。

「閣下。そちらのお嬢さんは?」

「ん?この子か?学校に向かう途中で忘れ物を取りに引き返したら、事件に遭遇したらしい。彼女の自宅は燃えていた」

 その会話は日本語だった。おそらく、少女に聞かせたくなかったのだろう。

 弓削にしがみつくように歩くのは、淡い黄色のフリルの付いたシャツに、デニム地のスカートにサンダルという可愛らしい格好をした少女。弓削にしがみついたまま、ちらちらと副島や他の大人達を見ている。

 副島はなるべく視線を合わせないようにしていた。目が合っても、フル装備の姿を見て怖がるだけだろうし、もし目を逸らされでもしたら、こちらがいたたまれない。

「弓削さん。このことは、重大な問題になりますよ」

 突然、声を上げたのは背広姿のうちの一人だった。

 前方を監視しながら、ちらりと男を見ると紛争地域に来たというのに、夏物のスーツに革靴を履いている。胸に下がってるのは、記者身分証(プレスID)。日本人だ。

「どうして、マスコミの人ってああなんでしょうか?まだ戦闘が終わったわけでも、戦闘区域を脱したわけでもないのに、たかが三個分隊と合流しただけで安全だと勘違いするんです。不思議な習性ですね」

「今はまだ戦闘中です。まだ、安全ではありませんから、その話は後にしましょう」

 にこやかに丁寧に対応する弓削。

 だが、記者は声を荒げて食いついてきた。

「逃げるんですか?」

 バイドア兵の何人かが苛立ち始めてるのを感じた副島。まだ、敵との交戦距離内だと推定される状況で、無駄な足止めは危険だ。

 少女も記者から逃げるように、弓削から離れようとしたので、副島はそっと肩に左手を置いて近寄せた。驚いた少女が彼を見上げるが、出来るだけ優しく肩を叩いて落ち着かせる。

 弓削は、ちらりと副島に向かって目で頷いてから、記者に向かって言い放った。

「ええ、もちろんです。我々は今、敵から(・・・)逃げているんです」

 これには唖然とする記者、とその他数名の民間人。

 だが、周りの兵士達は笑いを噛み殺すのに必死だった。日本語だったが、ライール達もニュアンスを理解したらしく、肩を小刻みに震わせていた。

 まさか、将軍閣下が逃げると公言するとは思わなかったのだろう。

 だが、緑の軍隊は実を重視する軍隊だ。司令官といえども、逃げるときは逃げる。その必要があるなら、なんだってする。

「私達がここにいることは、多くの兵士にとって邪魔なのです。私達を助けようと命を張っている彼らに、そんな意地悪をしに、こんな地の果てまで来たのですか?」

 にこやかなのに容赦が無い。まさに緑の軍隊を体現したような正論に、記者達も押し黙るしかない。

「よろしいでしょうか?」

 釘を刺してから、副島に向かって頷いて見せる将軍。

「では……」

 言いかけた言葉は、突然巻き起こった銃声で掻き消されてしまった。

 敵が追い付いたのか?

携帯対戦車榴弾(RPG)!」

 遅れて届いた報告。

 集団の左後方、百メートルほどの距離にある民家の屋根。いつの間にいたのか、一人の男が肩に先端に尖がった弾頭を付けた筒状のランチャーを担いでいる。

 こちらの攻撃は、すぐにその男を捕え、屋根の上に吹き飛ばしたが、弾頭が発射され、少し離れた民家の塀に命中。耳を劈く爆音と衝撃波が飛んできて、記者達が悲鳴を上げて蹲ってしまった。

 咄嗟に少女を庇って背を向ける副島。

「後方より敵集団!」

 点在する家屋の向こうから、湧いてくるように迫ってくる敵。思い思いの格好で、ライフルやマチェットを持って迫ってくる。

 まるでゾンビ映画みたいだ。ただ、敵の攻撃は今のところこちらに届く気配はない。住宅街ゆえに適度な遮蔽物があり、そのせいで敵の有効な射撃は制限されていたからだ。

 ライール達は、頭を出したり手を出した敵だけを適宜撃っていく。

「近付けるな!適宜対処せよ!」

 同時に、左右の分隊にも敵が迫ったいることが無線で知らされる。

「各分隊、フラッシュバン使用。敵が怯んだら、それぞれに後退しつつ応射。友軍の展開ラインまで後退する」

 だが、問題が生じた。

「もうダメだ!」

 叫んだのは記者の一人。さっきまで弓削につっかかっていた男だ。他の記者にもパニックが伝染したのか、揃いも揃って騒ぎ始める。戦闘が始まれば、このザマ。

「ライール!部隊を下げろ!」

 路傍の石なんて放置しても構わない。そう思った副島は、少女の頭を抱えるように耳を塞ぎ、右手だけでライフルを肩付けで構え、進行方向に目を向けた。

 ライール達、後詰の兵士達も敵に向かって閃光発音筒(フラッシュバン)を投げると、無理矢理後退し、騒ぐ記者達をその尻でおしくら饅頭のように追い立てながら、後退を始めた。

 爆音。炸裂する手榴弾。真昼では音響閃光手榴弾の意味はあまりない。しかし、爆音で敵が怯んだ隙にこちらは前進できる。

「RPG!二時方向!」」

 再度の声。すぐに銃弾が殺到する。

「十時方向に、RPG二!」

 同時に三カ所のRPG。まずいと思った副島。ここには二十人近い武装した人間がいるが、ほとんどは敵から奪ったカラシニコフだ。残弾も精度も心もとない。

 咄嗟に振り返り両手で小銃を構えようとしたが、ちょうど爆音が轟いて少女がしがみ付いてきてしまった。

 思うように銃口が向けられない。

 百五十メートルほど前方、路上駐車の乗用車のボンネットから屋根の上に弾頭だけを突き出した民兵。

 ぱっと開く赤い花のような炎。

 夢中で少女を抱きかかえ、停車していた乗用車の陰に飛び込んだ。

 その瞬間、彼の視界も聴覚も真っ白になった。


 腕の中で暖かな何かが小刻みに震えているのに気付き、一気に覚醒する副島。

 立ち込める焼け焦げたような臭い。立て続けの銃声。味方はまだ撃っている。

「軍曹!将軍!どちらですか?」

 内側から頭蓋を突き破りそうなぐわんぐわんする痛みの中、聞き取れたライールの声。

「ライール!ここだ!」

 大声が出た。上体を起こすと、咄嗟に盾にしようとした乗用車が、爆発で横倒しになって自分と少女を守っていたことに気付いた。一歩、間違えば自分達の方向に倒れてきかねない状態。

「よかった!軍曹。大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だ。状況は?」

 問い返しながら、腕の中の少女の状態を確認していた副島。大分すすけて服も髪も汚れてしまったが、大きな外傷はない。怯えて小さくなって震えている。だけど、生きている。彼はそれが確認できて、嬉しくなった。

「自分の判断で、全分隊を集結させました。左右の通りには近接航空支援(CAS)を要請しました。敵のRPG攻撃は続いています。現在までに攻撃阻止通算で六回、被弾一」

 敵の圧力が想定以上なのだから、いい判断だろう。副島が意識を失っている間に、既に三回のRPG攻撃があったということか。

「小隊に戦死(KIA)ゼロ。負傷四、移動可能」

 報告を聞きながら立ち上がる副島。

「ですが、将軍隷下の部隊に損害」

 その言葉と同時に立ち上がった副島が見たのは、自分が盾にした乗用車のすぐぞばに折り重なって倒れている人々。

 ほんの少し離れた住宅のフェンスが派手に壊れて、辺りに放射状の爆発痕が広がっている。RPGの対人榴弾の炸裂痕だろう。

 思わず、少女を抱きしめている左手に力が入る。副島も彼女も無事なのは、ほんの神様のいたずらとしか思えない。

「現在、死傷者を確認しています」

 倒れた人は十人ほど。三人の衛生兵が一人一人確認している。

 響く轟音。見上げると、二機の砂漠迷彩塗装のUH60(ブラックホーク)が低空で通り抜けながら、左右の通りに向かって大量の銃弾をばら撒いていく。自分達が攻撃されているわけでもないのに、前方の敵も蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 その射撃位置から、敵は小隊の左右にも迫っているということが分かる。

「ライール。全力火力投射を準備。あと一個分隊は、民間人、負傷者の移送に使う」

「了解。二個分隊で全力投射準備します」

 復唱すると、ライールは駆け出し、一旦銃撃が収まった仲間達のもとへ移動していく。

「軍曹!」

 衛生兵の一人に呼ばれ、近寄ると崩れたフェンスに寄りかかるように座らされた弓削中将の姿があった。

「よう、軍曹……。その子は守ってくれたか」

 自分の心配をしろ、と怒鳴りたくなった副島。衛生兵がズボンを切り裂いて、無くなった右膝から下を止血しようとしている。

 副島は、少女の目を覆い隠しその姿は見せないようにした。

「現在、近接航空支援を受けています。これから部隊を移動します」

 副島の言葉を受け、彼はあたりを見回す。比較的軽傷の者は戦闘を続行し、記者達民間人の中でも重傷な二人が応急処置を受けている。

「軍曹。軍属の死傷者は、置いて行け」

 言われて、頭の中が真っ白になった副島。一瞬、何を言われたか分からなかった。弓削の表情があまりにも穏やかで普段と変わらな過ぎて、その非情な命令と噛み合わなかった。

「何を……?」

「復唱しろ軍曹」

 鋭くなる弓削の眼差し。

 途端、彼の軍人人生で初めて副島は上官に刃向った。

「自分は、味方を見捨てろとは教わっておりません!その命令は、承服しかねます」

 それを聞いて、弓削は怒るどころか微笑んだ。

「CASはすぐにやめなければいけない。そのためには、民間人を戦闘区域から遠ざける必要がある。違うか?」

 近接航空支援をやめる?何故だ?敵が迫っているのに。

「あそこにいるのは……」

 ライール達と銃撃戦を再開した民兵達を見やる弓削。

ソマリアの国民(・・・・・・・)だ。敵ではない(・・・・・)


 緑の軍隊において敵とは何か。

 この定義は、歴史上のどんな軍隊よりも不明確だと言われて国際的な非難を受けているのが、残念ながら緑の軍隊だ。

 現地民兵、テロリストの区別なく取り込み、平和と豊かさを教えるという緑の軍隊においては、敵というものは厳密にいえば存在しないことになる。

 防衛識別圏内での交戦の目的は、当該武装勢力の武装解除ならびに緑の軍隊への恭順である。交戦規定(ROE)に明記された言葉は、それを如実に表すものである。

 緑の軍隊は、武装勢力を全滅させる目的で戦闘してはならないのである。

 だが、上空からの近接航空支援などでは大口径の火器が使われるため、交戦勢力の被害は増大してしまう。

 緑の軍隊では、歩兵による戦闘で武装勢力を精神的に屈服させるのが理想的なのである。――だからこそ、日本連邦国防軍は、後の格闘機の開発に執着したともいえる。

 弓削が、敵ではない、と言ったのはそういうことだ。

 悲しいことに、副島はそれを理解してしまった。そして、自分の命を懸けて、民間人、ソマリア市民だけでなく、眼前の敵すらも守ろうとする弓削の姿勢に、敬服してしまった。

「了解しました。我が小隊は、民間人の、保護、を最優先に、後退します」

 声が震えてしまった。

「よろしく頼む」

 微笑む弓削。

 そんな弓削に、副島は自身のライフルとマガジン、さらに太腿のホルスターに入った九ミリ自動拳銃SIGザウエルP220も渡す。

「自分は負傷者の移送をしますので、不要です」

「なるほど。すまないが、二六式は彼に渡してくれ。私は八九式世代だからね」

 自衛隊時代に制式採用された八九式自動小銃は、現在では同盟国の間にも広く普及しているが、緑の軍隊では世代交代が完了していた。

「了解しました」

 副島は、横倒しになった乗用車のそばに座る兵士に自動小銃を手渡した。

 顔見知りの日本人少尉だった。珍しい南西海軍からの参加者で、本業は対潜哨戒機P1の乗員だという話だ。

 彼は、全身煤だらけで頭から一筋血を流し、ジーンズの右足は爪先があらぬ方向を向いている。

「ありがとう、軍曹」

 少尉はやけに陽気に言った。血が垂れているので、その笑顔は妙な凄味があった。

「ついでに、これを持って行ってくれ」

 胸元から引きちぎられたステンレスの金属片。認識票(IDタグ)だった。

 見ると、他の負傷者のところでも同じことが行われていた。

 弓削達に向かい右手を挙げ敬礼する副島。移送する民間人は生死を問わず八名に少女一人、それを守る副島小隊は二十六名にAK持ち五名。弓削以下重傷者八名と戦死五名を置き去りにする。

 今までで一番重い命令だと思った副島。

 もう、司令官の表情を見ることはなかった。もう二度と見ることの無いそれを、もう一度見てしまったならば、彼の決意は鈍ってしまうだろう。

「近接航空支援、再度要請!目標は正面及び左右の勢力!CAS開始と同時に、小隊後退しながら全力投射用意!」

 少女を伴いながら歩き回り、命令を伝達する。

 そして、比較的軽傷な民間人三人のところに向かい、睥睨する。

「立てる者は立て!ここから移動する!」

 唖然とする記者達。まだ歩けと言うのか、というような表情だ。

「なら、ここで死ね。この子は自らの足で立っている。それが出来ないというなら、貴様らは大人ではない」

 言い放つと、背を向けて、倒れてはいるものの意識がある民間人の一人を右肩に担ぎ、左手で少女を手を取る。背後では、軽傷者たちもしぶしぶ立ち上がる。

「軍曹!CAS、来ます!」

 頭上を押さえ付けるような轟音。ブラックホークとその機銃掃射だ。

 強張る少女の手を握り直しながら、周りを確認する。意識の無い者達の移送準備は完了している。

「後退!後退!後退!」

「小隊移動開始!マガジン交換!全力投射用意!後方警戒厳!」

 喉が張り裂けそうなほど張り上げられた副島の命令に、ライールが細かい指示を出して行く。

 三十九名と少女一人は、前進を再開した。

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