その4
すみません。
普通科の戦闘続きます。
しばし、お付き合いください。
巨大な爆発。それはどこかから調達したタンクローリーに、単純な爆薬を仕掛けたものに過ぎないといわれている。いわゆる即席爆発装置である。
それが斜面の上から転がり落ちて来たという目撃情報もあれば、フェンスのすぐ外側を静かに走っていたという証言もある。
いずれにしても、配置についていた八百五十名の兵士は四ヶ所で発生した戦闘に意識を奪われていて、即時に対応できなかった。
そして、いつの間にか集結していた四千人もの民兵が、爆発によって生じたフェンスの隙間に雪崩れ込んできたのである。
山というのは天然の要害たり得ないのか、切通などの史跡があることを知っている日本人なら疑問に思うだろう。
「日本の山なら、なるでしょうね。急勾配は確かに障害になりえます。しかし、アフリカの山は山といっても、なだらかな丘の大規模なものだと考えてください。ちょっと改造した乗用車なら、簡単に乗り越えられる程度です。我々の考えていた防備は、五百メートルの防衛識別圏に一切視界を遮るものが存在しない状態を指すのです」
つまり、いつでも見つけやすく撃ちやすい状態である。それが防衛識別圏の全域に亘って可能な状態を完全な防備と、彼ら緑の軍隊は規定していた。
当時、緑の軍隊バイドア守備隊の連隊長だった司堂敦前緑の軍隊司令官は、そのことに関してこう証言している。
「本来なら、あの山を越える形で識別圏を設定しなければいけなかった。しかし、そのためには五百名の増員が必要だった。戦力は一朝一夕に集まるものではない。計画では、増員は二年後を予定していた。一方、バイドアの行政はより広大な土地を求めていた。他の方向へ拡大すれば、という案もあったが、それでは識別圏が湾曲してしまう地形だった。いずれにしても、増員が必要になっただろう。我々は、既に行政権をバイドア側に移譲していた以上、可能な限り彼らの希望を満たす義務があった」
それが、本来は防衛に適さない地形を防衛線にするという選択だった。
爆発があったとき、バイドアの市内には戦力といえるほどのものはなかった。日本連邦の警察官五十名とバイドア人警察官六百名。それと休暇中の兵士二千名あまり。
緑の軍隊では、非番での装備の携行を基本的には禁じている。先に書いたミャンマーは、治安状況から判断された特例だったのである。それでも、最低限度の武装である。
当然、有事の際は所属部署の隊舎に向かうか、最寄りの隊に向かい装備を調達する必要がある。
だが、ほとんどの兵士はそうしなかった。敵の出現位置が問題だった、と公式調査で多くの兵士が証言している。
侵入されたのは新しく緑の軍隊が接収した土地――今はまだ何の開発の手も加えられていない、荒れ果てた大地。それは奥行き五キロの広大な帯状の空き地だった。
空き地と現在の市街を遮るのは、解体中の旧防衛線。ピックアップトラックに分乗した八百名あまりの民兵が、その五キロをなんの障害も無く突破し、植林された森を抜け、隣接する住宅街に到達してしまった。
常識的に、住宅街に警察官は常駐しない。日中はそれほど事件が起きにくいからだ。夜の見回りを、地元の人々とともにするくらいだろう。
つまり、兵士達は一般市民が最も被害に遭う状況だと直感したのである。住宅地のそばには小中学校もあった。
多くの非番の兵士達が向かったのは、軍の隊舎ではなく、現場となっている住宅街だった。
一方、各ゲートでの戦闘は激しい銃撃の応酬となっていた。民兵達が銃撃と携帯対戦車榴弾や迫撃砲の発射を繰り返し、戦闘は激化していた。
守備部隊はゲートに釘付けにされていたのである。これでは、フル装備の兵士をすぐさま投入することが出来ない。
緑の軍隊は、アメリカ軍のように潤沢な兵員を有するわけではない。限られた予算で最大限の成果を達成するために、限られた戦場で最大限の威力を発揮するように編成されている。それは、創設以来変わらない。
つまりは、防衛戦が機能してこその緑の軍隊なのである。
防衛戦が破られる想定が無かったわけではないが、総勢四千名にも及ぶ敵との、市内での大戦闘は想定を上回っていた。
ここに司令部は、初期農業復興事業地域策定行動以来の近接航空支援を決定した。普段は通商路のパトロールに使われる四機の戦闘ヘリコプター、AH64J、アパッチが緊急発進。ゲート前の民兵達の頭上に機銃弾の雨を降らせると、民兵達の攻撃は大人しくなった。
「アパッチの到着で余力ができたので、私はバイドア兵三個分隊を率い、事業地域内騒擾対処行動を根拠に市内への突入を命じられました」
副島は、臨時編成の小隊を率いることになった。市内での戦闘となればバイドア兵を中心に編成すべきだったが、それを束ねる指揮官は士官からの信頼が厚く、バイドアの若者達からも慕われてる副島がふさわしいという中隊本部の決定だった。
彼ら二十六名は、十八式近接戦闘車三両に分乗し、市内に入った。
「状況は悪かったと思います。襲撃のあった方向から大勢の市民が逃げ出して来ていて、主要な幹線道路は大混雑でした。今なら格闘機でビルの上を走って行くんでしょうが、あの当時は装甲車での移動が中心でしたからね。あとはヘリですが、基地のあった空港に常時陸戦部隊が詰めているわけではありません。何機かUH60が飛んでいましたけど、いずれもガンシップでした。おそらく、破壊されたフェンスのあたりの守備隊の支援でしょう。前線に地上戦力を送ることが出来た状況ではなかったと思います」
状況が分からない副島達は、仕方なく戦闘車を降り、徒歩で進むことにした。
あらゆる方向から聞こえてくるような銃声。それは聞き慣れた味方の二六式小銃の音ではない。同じく聞き慣れているが、敵のAK47系統の銃声だった。迫撃砲によるものか爆発音が轟き、時折、ヘリの叩き付けるようなローター音と、バリバリという機銃掃射音が聞こえる。副島ですら体験したことのない、大規模な戦闘だった。
人の波を掻き分け、やっとのことで警官を見つけ、副島は敵の位置を問い質した。
「そこらじゅうにいますよ!」
逆ギレで怒鳴り返されてしまった。
虱潰しに行くしかない。副島は分隊ごとに別れ、三つの通りを進むことを中隊本部に進言、了承された。
時間帯が午前中だったのが災いしたのか、人が多い。左側に商店の並ぶアーケードがあるような広い通りだったが、前方から迫る人の波の勢いは止まらない。
視界内にカラシニコフを持った人影。咄嗟に銃口を向ける副島達。
「待ってくれ!俺はバイドア兵だ!」
黒人の男は銃口を上に向け、ついで左手も上にあげ、敵意が無いことを示す。
「話はあとで聞く。まず銃をゆっくり地面に置き、後ろの壁に両手をつけ!」
近かったライールが仲間二人とともに男を拘束する。残りの者に周囲を警戒させながら、副島は男の言う通り味方ではないかと思っていた。
身なりがいいのだ。ポロシャツにチノパン。それに近辺の民兵と違い、身体も大きい。少なくともバイドアの市民だろう。
「君の所属は?」
大人しくライールのボディチェックを受けていた男に、話しかける副島。
壁に両手をつかせられたままの格好であったが、彼はすぐさま返答した。
「はっ。自分は第二歩兵大隊のイマード・ブン・アーレ兵長であります。休暇で帰省していたのですが、爆発音を聞き駆け付けたところ民兵に遭遇。これを制圧し、武器を奪い、一般市民の避難の時間を稼ぐべく戦闘に参加しました」
それを聞いて愕然となった副島。
「眩暈がしましたよ。これから先の戦場には、敵と武装ではっきりそうだと分かる味方だけでなく、私服姿のままで敵のAKを奪った味方もいるということですから。同士討ちの危険性は非常に高い」
副島からこの報告を受けた中隊本部は、この情報をバイドア緑の軍隊司令部に伝えたため、司令部はヘリコプターによる近接航空支援を打ち切った。上空からでは武装勢力の民兵と味方の区別が出来なかったからだ。以後、ヘリコプターは情報収集に徹することになる。
一方、フェンスの爆発から一時間が経過し、各方面から戦闘地域に兵力が続々と集まり始めたが、突入は厳禁とされていた。言うまでもなく、同士討ちを避けるためだ。
そのため、総勢で二個中隊規模の歩兵が戦闘地域となっている住宅街へ至る道を個別に封鎖する形となったが、その防衛戦は全長二十キロにもわたり、防衛ラインとしては心もとなかった。
装甲車輌が戦線に到着すれば、一気に押し込むことも出来るだろうが、逃げ惑う市民で道路が溢れかえり、車両の到着は遅れていた。
そんな副島のもとに、ある意味最悪の情報が届けられた。
「軍曹。司令部より通信です。軍曹に直接お話ししたいと」
通信兵に言われ、ヘルメットからコードを伸ばし通信機に繋いだ。
「混成教育中隊、副島軍曹だ」
「第二連隊の司堂だ」
驚いた副島。まさか第二混成連隊長の司堂大佐の直々の通信があるとは思わなかったのである。通信兵は驚いた副島には気付いておらず、ライフルで周囲の警戒を行なっていたので、彼も知らなかったのだろう。
「手短に行く。君達の現在位置について確認したい」
副島が現在位置を報告。すると、司堂は微かな溜息を吐いた。
「情報通りだな。ということは、君達の正面に弓削中将閣下がいらっしゃる」
「閣下が?」
司堂の話によると、緑の軍隊司令官は非番の兵士達を指揮し、携帯電話を使って本部と連携を取りながら、住民の避難のための遅滞戦闘を行っているという。
このとき、地元の携帯電話会社は現場付近の通信帯全て割り振っていたのだが、あまりの通信量に回線とオペレーター達はパンク寸前だったといわれている。
「我々に命じられたのは、避難する教師児童八十名を誘導しながら前進し、中将閣下と合流し、司令官の指揮下に入れということでした」
片側二車線の幹線道路を横断し、三つの分隊に別れたまま副島達は前進した。避難する人々が大勢いたが、中には自らも戦おうとする市民もいて副島達はそういった人達の相手もしながら進んだ。
照り付ける陽射しと、地面のアスファルトの照り返しに晒されながら彼らは重い装備を着込んだ状態で、自動小銃や分隊支援火器を構え前進する。
大規模な集団が現れるたびに、銃口を向け誰何し、一人一人あらためながら進むのは苦痛だった。
「バイドアでの初期活動では、緑の軍隊もアル・シャバブと血みどろの争いをしたと聞いています。ですが、この二十年そういった経験が無かったので、私もライール達も緊張でおかしくなりそうでした」
「前方に群集!」
誰かが叫んだ。見ると、百名に達そうかという群集。しかし、酷く小柄な者達ばかりだった。情報の教師児童だろう。
「子供達に銃口を向けるな。自分の子供に接するつもりでやれ、優しく対応しろ」
「伍長。自分には子供がおりません」
「あ?ハサン、いつも右手で妄想している癖にこんなときばかり純情そうなこと言ってんじゃねえ。想像しろ。軍曹なら、子供の相手をどうする?」
「申し訳ございません。想像の埒外です。軍曹と子供という組み合わせは、アッラーでもお認めにならないレベルかと思われます」
ライールと一番若いハサンが下らないじゃれ合いをしてくれたおかげで、場が少し和んだ。
「ライール、ハサン。貴様ら、あとでハイポート十五キロな」
だが、上官を侮辱した罪だけは償わせてやろう。副島は非情な決定を下す。
「よろこんで」
どこで覚えたのか、二人揃って日本語で返されて面喰ってしまった。おそらく日本の居酒屋チェーンの影響だろう。
おかげで子供達の集団と接触したときには、全員いい笑顔で対応できた。手を振ってくる子供達に振り返すくらいの余裕があり、それでも集団の左右をすり抜け、素早く児童達の後方へ展開する。
辺りには銃声が響いており、状況は逼迫していることには変わりなかったが、それでも子供達を心身ともに守ることに兵士達は余念が無かった。
そのあいだに副島は、引率をしている教師達に避難の指示を出す。八十名もの子供達を受け入れる避難所は、この付近にないことを司令部は既に把握していたので、後方に待機する大隊に随伴する輸送中隊が、子供達を別の街区まで搬送することが決まっていたのでその注意だ。
何度もお礼を言って来る教師に、慌てず安全に進むよう指示し、副島達は子供達と別れた。
「人数は?」
「通達通り、教師含め八十七名でした」
この状況下で正規の装備も持たないのに、正確な情報がやってくる。それだけ、現場で指揮を執っている弓削の情報処理能力が高いのだろう。
だが、感心している暇はなかった。
「武装集団!」
今週も台風のようです。
みなさん、お気を付けて下さい。




