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09

 お父さんの馬鹿、お父さんの馬鹿。何度も心の中で暴言を吐き出す。それでも、私の熱は引かないままだった。

 どうやったら、この熱を冷ますことが出来るのだろう。私には考え付かないことだった。

 お父さんが言ったように私に回復魔法か何かが使えれば、すぐにでも熱を冷ますことが可能なのに。私には魔法は使えない。自然に冷めることだけを意識した。


「俺を見ろ、紫陽花」


 顔を隠していた手を取られ、私は赤くなった顔をお父さんに晒してしまった。

 赤くなったことは前に気付いていたのだと思うが、改めて見られるということになると無性に恥ずかしい。恥ずかしいのに顔を隠すものがない。手は取られ、抵抗も出来ない。

 私の両手を頭の上で片手で押さえ付け、お父さんは更に私に顔を近付ける。それは私が顔を反らせないためでもあるのだと思う。

 視界いっぱいに映し出される。大人の艶のある笑みを浮かべるお父さんに私は見惚れてしまった。


「そう、いい子だ。ちゃんと俺を見ているんだ。俺だけを見て、俺だけを攻略して」

「あっ、お父さん……」


 口の端の方にわざとらしくチュッとリップ音を付けてキスをする。それが何だかくすぐったい気がした。

 小さく身震いをすると、お父さんは口を開いた。


「俺にキスして」


 それはさっきも言った言葉なのに、今は逆らえない迫力がある。艶やかに微笑むお父さんに逆らえることは出来るのだろうか。

 それでも、ここで流されては駄目だと頭を振る。ここで流されたら全てが駄目になる。

 私は何のために友達を作らずに攻略キャラから逃げてきたのか。それは攻略キャラを攻略したくないからだ。


「いやっ、私は攻略キャラなんか好きにならないって決めたの!」

「でも、それって浮気とかそういうのが嫌だからだろ?」


 そうだ、お父さんの言う通りなのだ。私は浮気なんか駄目だと思う。残された者の気持ちがどんなに辛いものか知っているから。

 私は攻略キャラなんか好きにならない。既に相手がいる人を好きになっても誰も報われない。


「だからさぁ、恋人と別れた俺はお前の恋愛対象になるんじゃないのか?」

「えっ……」


 忘れていたのにお父さんは私にそのことを思い出させる。

 私がお父さんを好きにならないと決意していたのは恋人がいたからだ。それなのに、もうお父さんに恋人はいない。


「な、な、何言ってるのですか!」

「何が?」

「いくら、恋人がいなくて寂しいからって娘に手を出すお父さんなんていないよぉおお!」


 手が使えないなら足を使えばいい。その考えを思い付いて、私は足でお父さんを蹴ろうとする。するのだが、それに気付いたお父さんはすぐに自分の足を私の足に絡ませた。

 動けない。その上、逃げれない。私はどうしたらいいのだろう。


「俺はお前のお父さんじゃないしな。お父さん役を演じているだけの人物だ」


 だから大丈夫だ。そう囁くお父さんに一言言いたい。

 一体何が大丈夫なんだぁぁぁああ!と言いたい。言いたいのに私は口を開くことは出来なかった。

 私の唇はお父さんの唇に塞がれていたのだから。触れるだけの短いキスはすぐに終わったのに、私は何か言葉を発することはしなかった。


「俺はな、お前から愛してほしいんだ。誰にも俺をやりたくないって思えるほど強く求めてほしい」

「……っ」


 両手を押さえてない方の手の指の腹でお父さんは私の唇を何度も撫でる。その度に体が小さく跳ねてしまう。

 目を細め、私の反応を楽しんでいるお父さんは更に言葉を続ける。


「俺は恋人なんて好きじゃなかったんだ。恋人になる奴なんて誰でもよかったんだよ。近付いて来た奴をただ恋人にしただけ」

「……お父さん、なに言ってるの?」

「全てはお前から愛してほしかったから」


 略奪されるぐらい愛して求めてほしかった。

 それは誰が誰に対する想いなのだろう。お父さんが私に対する想いなのか。お父さんは私のことを好きなのだろうか。

 急速に速まる鼓動が憎らしい。まともな考えが思い付かない。何も考えられない。


「お、お、とうさんは私のことが……す、きなんですかっ!」

「混乱し過ぎだ。簡単に考えれば分かるだろ、俺がお前を愛してるって」

「分かるわけないよぉおお!」

「なら、分からせてやるよ」


 一度離れたはずの顔がまた近付いてくる。さっきは触れるだけのキスだったのに、今度は深く絡み合うようなキスをする。それはもう離さないと言っているようで私の心が高鳴った。

 唇が離れると言いようもない寂しさが込み上げてくるが、それに流されないようにキッとお父さんを睨み付ける。


「私は攻略キャラを好きになんてなったりしない」


 自分に言い聞かせるために何度も吐き出した言葉を言う。それにいつも笑みを浮かべるのがお父さんだ。

 もう遅い、とお父さんは言う。それは既に私が攻略キャラを好きになったというようにお父さんは言う。


「お前は攻略キャラを好きになる運命なんだ。だから、俺を愛してくれよ。俺はお前を誰にもやりたくないんだから」

「そんな運命じゃない。私は攻略キャラを攻略なんかしないんだぁぁ!」

「だからなぁ、ゲームにはノーマルエンドなんかないんだよ。あるのは個別エンディングだけだ」

「……え、えっ?」


 ゲームにはノーマルエンドがない?あるのは個別エンディングだけ?

 私はお父さんが何を言っているのか分からなかった。いいや、頭では分かっている。心が追い付かないだけで本当は分かっているんだ。


「それって、誰かの個別ルートに入るってことなんじゃないですかぁぁぁ!」


 それは私が誰かの個別ルートに入り、絶対に駄目だと言っていた浮気をすることになるのか。

 段々と嫌になり、雫が瞳から溢れる。その雫を丁寧にお父さんは拭い、そっと囁く。


「俺にして、紫陽花。俺を攻略するんだよ」


 その言葉はお願いじゃない命令だ。

 その命令に頷くしか選択肢は残っていなかった。

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