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06

 私を隠すように目の前に立った人物を見て、心が高鳴るを感じる。嬉しくて、嬉しくて、涙がほんの少しだけ瞳から溢れた。


「君はこの子の恋人か何かなのかい?」

「え……」


 先生の口から出た言葉に私は驚きを隠せなかった。

 私とお父さんは年が離れているというのに、恋人に見えるのかと。親子ではなく、恋人に見えたのだと。


「あぁ、この子は俺の恋人だ。だから、手を出すな」

「へー、まっいいか。今日は僕が引いてあげる」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、先生は私達に背を向けてどこかに行ってしまった。

 私に背を向けていたお父さんは振り返り、私を真っ直ぐ見つめる。その瞳には怒りが滲んでいた。


「紫陽花、俺に言うことはないのか。攻略キャラから逃げると言いつつ、なんでちゃんと逃げないんだよ」

「……い、っ」


 肩を思いっきり掴まれ、ジンジンと痛み出す。

 お父さんは男だ。力いっぱいに肩を掴まれると痛いに決まってる。それなのに、私が痛がってることをお父さんは知らないふりをしている。それだけ、お父さんが怒っているということだ。

 お父さんのお叱りを私は受けなければいけない。だって、お父さんが助けに来なかったら私はどうなっていたのか考えるだけで恐ろしい。


「お前には危機感がない」

「……危機感なら持ってる」

「持ってないから言ってるんだろ。お前は男がどんなに恐ろしいものか知らないんだ」


 一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐにお父さんは艶やかに微笑んだ。それは子どもに見せる笑みではないことに彼は気付いているのだろうか。

 その笑みを見るとどうしようもなく落ち着かない。息が出来なくて苦しくなる。


「男はな、好きでもない女と寝れるんだ」

「……っ、おとうさん?」


 私が逃げないように壁に追い詰め、お父さんは壁に手を付いて私を囲い込む。艶やかな笑みを浮かべたまま、私を見下ろした。

 顔のすぐ近くにお父さんの整った顔がある。体が密着するぐらい近くにお父さんがいる。

 心臓が壊れるんじゃないかと疑うぐらい高鳴るのを感じつつ、私の心は涙を流した。「好きでもない女と寝れる」その言葉に私は何も言えない。


「お前は本当に危機感なさ過ぎだ。俺がお前に教えてやるよ、男の恐ろしさを全部」


 スッと頬を撫でる指にビクッと体が跳ねる。その反応にお父さんは笑みを深め、頬を撫でていた指で唇の形をなぞった。

 ふにふにと唇の感触を確かめながら、お父さんは更に顔を近付ける。それは少しでも動けば、唇が触れ合うぐらい近くに。


「お父さんっ」

「お前は攻略キャラは好きにならないんだろ?」


 どうして、そんなことを言うのだろう。そんな寂しそうな声でそんなことを囁かないでほしい。

 私は攻略キャラを好きになんてならない。なにせ、彼らには奥さんがいるんだ。お父さんには恋人がいる。浮気とか、そんなの絶対に駄目なんだ。

 私が攻略キャラを好きになって、その恋が報われたとしたら泣くのは奥さんや子ども達だ。恋が叶った人達は笑うだろう、自分達は幸せになったのだから。

 だけど、私は分かる。残された者の気持ちを。既に私は両親で経験済みなのだから。


「好きにならないんだから!」


 そう言い放った一瞬だけお父さんが悲しそうに目を伏せたことに気付いたが、私は何も言うことは出来なかった。

 その時には既に唇は塞がられていたのだから。お父さんの唇によって、私の唇は奪われていた。


「ん……」


 逃げようと顔を背けようとするが、あごを掴まれているため動かない。お父さんが唇を離すまで私は彼に深く口付けをされる。

 お父さんの唇は意外に柔らかくていつまででも触れ合いたいと思ってしまうが、そんなことは許されない。恋人がいる人にキスされるなんて許されない。


「紫陽花」


 甘く私の名を呼ぶ彼はお父さんではない。お父さんは娘にそんなことをしない。

 だけど、私は彼のことを「お父さん」と呼ぶ。それは彼を男して見ないためなのか。私にも分からないことだった。


「紫陽花、ごめんな」


 やっとのことで唇を離したお父さんは私を胸に抱き締める。私の好きな爽やかな匂いを感じるが、その中に甘い匂いも感じた。

 それは危険な匂い。誰もを虜にしてしまう危険な甘い匂いだ。

 その匂いに誘われないように、私は思いっきりお父さんは睨み付けた。


「お父さんのばかぁぁぁ!」


 力いっぱいにお父さんの胸を押すと簡単に彼は離れた。私の力なんか男にしては弱いものなのに。

 そんなことを考えてから、私は頭を振る。そんなことを考えるなんて、まるで離してほしくなかったみたいではないか。


「もう、ばか。お父さんなんか嫌い!」


 その言葉を残し、ダッシュで逃げようとするがパシッと腕を掴まれる。腕を掴んだお父さんを見ると、無表情で私を見つめていた。

 お父さんの無表情ほど怖いものはないというほど、その何の表情もない顔は怖かった。


「紫陽花」

「いっ……」


 体をさっきまでいた壁にまた押しやられる。だけど、それはさっきとは違う。さっきは優しかったのに、今回は私を囲むように乱暴に壁に手を付く。

 顔を触れない程度にギリギリに近付け、彼は囁く。


「俺のことが嫌い?」


 クスッと笑みを浮かべるお父さんだが、目が笑ってなかった。

 何かを言わなくていけないのに、私は何も口に出すことは出来ないまま予鈴を告げるチャイムが鳴り響いた。

 お父さんは壁から手を離し、私の前から動く。


「紫陽花、学校が終わったらちゃんと家に帰ってくるんだ。分かったか?」


 言葉には出さずに頷くと、お父さんは「授業がもうすぐ始まる」と言い、私の背を押した。

 私は振り返ることはしないで、教室まで走った。

 息切れしたまま、机に頭を預ける。未だに胸が苦しくて、どうしようも出来なかった。

 その日の午後からの授業は何も頭に入ることはなかった。

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