05
家でいろいろと疲れ果てた私は次の日の学校で机に頭を預けていた。
友達は作らないと決めている私には学校で話し相手なんてものはいない。ただ大人しく授業を受けて、攻略キャラの子どもから全速力で逃げることしかしてない。
それをつまらないことだと言う人もいるかもしれないが、私にとって逃げるというのはこれからの人生がかかっているんだ。
「疲れた」
誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた。
言葉には魂が宿るという。呟いた言葉の所為でドッと疲れがのしかかる。
何もしたくない。私の平穏無事な学園生活はどこに行ったのだろうか。遠い彼方に去って行った気がする。
昼休みになると仲良くなった子達とご飯を食べる人が多い。その中で私は一人でご飯を食べるのだ。
それは自分で友達を作らないと宣言したから仕方がない。でも、この世界が乙女ゲームの世界じゃなかったら、私は仲良くなった子と一緒にご飯を食べていたというのに。
いいや、この世界がただの学園系の乙女ゲームだったらよかったのに。こんな「友達の父親に恋~火が付くほど危険な遊びという名の浮気の快楽に溺れて~」とかいう乙女ゲームじゃなかったらよかったのに。
私は人知れず教室を出て行き、ふらふらと誰もいなさそうなところに行こうと思った。手には弁当を持って。
教室を出て行った時に私は女子生徒に声をかけられた。その女子生徒は明るくて可愛いい、私と同じクラスの人である。既にクラスの中心になっている生徒でもあった。
「どこかに行くの?」
「えっ、いえ特には……」
「なら、一緒にご飯食べない?」
その言葉を聞いた瞬間、私は固まった。
本当なら「是非とも!」と言ってご飯を一緒に食べたいところだが、私は彼女とは友達にはなれない。だって、彼女のお父さんは攻略キャラなのだから!
「ごめん、なさい!」
私は腰を九十度に折って謝ってから、ダッシュでその場を後にした。
私は絶対に誰にも恨まれたくないし、不倫関係にも陥りたくない。私は普通の生活を送りたいだけなんだ。
お父さんが幸せで私も幸せな生活を送りたいだけなんだ。
「あれ、私はなんでいつもお父さんのことを考えてるんだろう?」
お父さんは私のお父さん役をしてくれている叔父さんだからそう思うだけなんだ。決して最近のお父さんがやけに絡んでくる所為ではない。
人気のない廊下でうずくまって頭を抱える。考えることはやっぱりお父さんのこと。
最近のお父さんはおかしい。恋人がいるのに、その恋人に本来ならしなければいけないことを私にしている。
それにお父さんはこの乙女ゲームの隠し攻略キャラ。私が逃げ回っている攻略キャラの一人らしい。
他の攻略キャラからは逃げられるのに、私はお父さんからは逃げられない。
「はぁぁぁ」
深いため息を吐いたことで少しだけ気持ちが落ち着いた。
そっと顔を上げたが、私はすぐに下を向いた。
私の今の内心は「なんで、こんなところにいるんだぁぁぁ!」だ。そう、なぜか私の目の前には攻略キャラ効果なのか、やけにイケメンな男性がいた。
その男性はさっき私をご飯に誘った女子生徒のお父さんである。そして、攻略キャラの一人である理事長より遭遇確立が高いとされている攻略キャラだ。
「こ、こ、んなところで何をされているのですか、ラーレ先生」
「君こそ何をやっているんだい?」
それを言われたら言い返す言葉が見つかりませんよ、先生。
そう、この攻略キャラは学校の先生である。私のクラスには教えに来ない先生だが、遭遇確立は攻略キャラの中でも高い。
先生のくせに金色の髪をなびかせ、彼は囁く。
「こんなところに一人で来るものではない」
「え、なんでですか?」
先生の言葉が気になり、つい聞き返してしまった。それがイケないことだということを私は先生の次の言葉で思い知られされる。
「ここは僕の領域だから。ここに一人で来るというのは僕に何をされてもいいということになるんだ」
「はっ?」
「君は僕に何をしてくれるんだい?」
僕は君に危険な遊びを教えてあげよう。そっと私に近付き、耳元で囁く。
ゾクッと全身の鳥肌が立ち、私はダッシュでその場を逃げたくなった。だけど、体が言うことを聞かない。動きたくても動けない。
目の前にいる彼が怖い。望まない愛をくれる彼が怖い。
ラーレ先生ルートは最初からヒロインが望まないことを彼が数多くやるルートである。
最初から遊びでヒロインに手を出し、思ってもいない愛の言葉を囁く。そして先生は呟くのだ「僕はまだ、僕の奥さんが好きだよ。君よりもずっと」と。それは本気になったヒロインが深く傷付く言葉だった。それからヒロインは真剣に彼を落とそうと頑張るんだ。
最後はどうなったか知らないが、私は彼が苦手だった。そう、苦手で嫌いだったんだ。
「見つかってはいけない遊びって楽しいって知ってる?」
「い、や……助けて」
助けて、お父さん。すぐ近くにいた先生にも呟きは聞こえないほど私の声は小さかった。
それでも、私は確かにお父さんに助けを求めたのだ。危険な状態で思い出したのはお父さんの顔だった。
「紫陽花は俺の可愛い子なんだ。手を出したら、どうなるか分かっているのか?」
クスッと笑みを浮かべ、先生から私を隠すように目の前に立った人物。その人物を見て、私の心は高鳴りをみせた。