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番外編 「素直になれよ」

「素直じゃないな」


 ソファに座り、腕を組んでいるお父さんは私を見つめながらそう呟いた。

 何に対して「素直じゃない」のか私は分からずに首を傾げる。それに微笑を浮かべ、お父さんはおいでというように手招きをした。

 素直に近付くと腕を掴まれてグイッと引っ張られる。お父さんの胸の中に抱き込まれた。


「いい加減……」

「お、とうさん?」


 何かを言おうとしたのにお父さんは言葉を飲み込んだ。

 問いかけるが、お父さんは曖昧な笑みを浮かべるだけ。その笑みに胸がチクリと痛むのはきっと私の気の所為であって、決してお父さんのことを知りたいわけではない。

 自分の心にまた嘘を一つ吐いた。それがお父さんが言う「素直じゃない」ということなんだと気付かされる。


 お父さん「月下香」ルートに入ってから、時間はそれなりに経った。

 お父さんはいつも私が信じるようにと何度も甘い言葉を囁く。甘い言葉は恥ずかしいのに嬉しい。だけど、私は素直にそのことをお父さんに言ってない。

 私の気持ちなんかお父さんは気付いている。それだけでいいと私は思っていた。


「素直じゃないな」


 もう一度だけ、お父さんは今度は寂しそうに言葉を吐き出す。胸がズキッと痛む。そんな寂しそうにさせるわけではなかったんだ。

 攻略キャラを攻略しないと言ったのは私だ。そんな私はいつの間にか、お父さんが気になっていた。時間が経つにつれ、段々と惹かれていく。

 それを言葉に出さなかったのは私だ。言葉を出さなかったことに対してお父さんが「素直じゃない」というのは当たり前だ。


「素直になれよ」


 抱き締めたまま、お父さんは私の頬を優しく撫でる。

 言葉の通りに素直になれたら苦労しない。お父さんに自分の気持ちを言えたら、どんなにいいことなのだろう。どんなにお父さんは喜んでくれるのだろう。

 考えるだけで嬉しくなるのに肝心な言葉が口から出てこない。


「私はいつだって素直だ!」

「……どこがだ」

「うっ」


 どこがだと言われても思い付かない。私が素直なところはすぐ何でも顔に出ていることぐらいだろう。

 言葉に詰まる私に思いっきりお父さんはため息を吐き出す。呆れたのだろうか。私が嫌いになったのだろうか。

 嫌な考えを振り切るように首を振り、お父さんの腕の中から逃げる。案外あっさりに逃げれてがっかりした。前はもっと逃げれないように強く抱き締めてくれていたのに。


「お父さんはやっぱりばかだよぉおお」


 強く抱き締めてほしいと思ったことをはぐらかすかのように叫ぶ。八つ当たりに似た言葉を叫んで部屋へと籠城しに行く。

 部屋の中で何度も後悔をした。お父さんは悪くないのに、さっきの言葉はなかった。

 お父さんが馬鹿じゃない。馬鹿なのは私だ。身勝手で我儘で子どもの私はお父さんに見合うわけではない。


「お父さんのこと好きかもしれないって気付いたのに……」


 一人だけの自分の部屋で口に出た言葉はお父さんに言いたい言葉だった。

 考え事をすると眠くなるのは子どもだという証。段々とまぶたが重くなり、私は瞳を閉じた。


 次の日は学校が休みだったので家に居づらくて外に出る。まだ朝が早い時間に外に出たのでお父さんには気付かれてない。

 お父さんの起きる時間は遅いからだ。仕事が休みだとお父さんは長くまで寝ているので大丈夫だ。

 家から少しだけ距離があるこの辺では大きい公園へと行く。休みということで家族連れが多い。

 温かな家族を見つめながらベンチに座る。正直に温かな家族を見ると羨ましいという気持ちになる。そして同時にお父さんに申し訳なった。

 私さえいなければお父さんは既に結婚して子どもがいてもおかしくないのに。それなのにお父さんは私を好きだと言って、私の気持ちに安らぎを与えてくれた。


「はぁ……」


 ため息を吐いたのと同時に一つの足音が私の目の前で止まる。下を向いていた私はそれが誰なのか分からずに顔を上げた。

 あり得ないのにお父さんだと思ったのだ。お父さんが私を探しに来てくれたのかと。


「こんなところで一人で何をやっているんだい?」

「……ラーレ先生」

「僕のこと誰だと思ったのかな?」


 凄く残念そうな顔をしているよ、そう指摘する先生。その言葉が図星で何も言えない。

 それにしてもここに先生がいるなんてあり得ない。なんで家族連れが多い公園にいるんだよ。


「君は素直そうじゃないから恋人が可哀想だね。まぁ、そんな君をどうかしたいのだと思うのかもしれないね」


 クスクスと笑い出す先生の後ろから走ってくる可愛らしい少女がいた。その可愛らしい少女は見覚えのある子だった。先生の子どもで私のクラスメイトの子だ。


「お父さん、なにやってるの。みんな探してたんだからね!」

「あぁ、ごめんね。教え子が一人でいたから気になってね」


 お父さんの後ろからひょこっと顔を出して私を確認すると彼女は微笑む。それはもう嬉しそうに。


「あっ、紫陽花ちゃんだー。紫陽花ちゃんも来てたんだね」

「え……うん」


 嬉しそうに私に語りかける彼女に胸が痛い。もしも、私が先生を攻略したら彼女のこの笑みは消えるのだろうと思うと胸が痛い。ゲームをしていた記憶があって本当によかったと思う。

 彼女と話す先生の顔は父親だ。そのことに安心を覚える。先生もまた子どもを愛しているのだと。


「紫陽花ちゃんは一人なんだ。なら、一緒に遊ばない?」


 彼女の問いかけに首を振る。私には彼女みたいに純粋な気持ちを持ってない。彼女と友達になる資格なんてない。

 だけど、もし許されるなら友達がほしい。友達を作らないと言ったのは攻略キャラを攻略しないため。もうルートに入った私は友達を作ってもいいだろう。


「もう帰らないと。また今度、遊んでもいい?」

「勿論だよ!」


 やった、楽しみ!と本当に嬉しそうにする彼女を見ると自分は素直にならなければいけないと思う。

 一つの決意をして私はベンチから立ち上がった。


「後悔しないように頑張りなさい」


 先生は最後は先生らしいことを言って私から離れていく。その隣にいる彼女と一緒に。二人は仲の良い家族で羨ましくて安心する。

 ここはゲームの世界だとしても現実で、決してゲーム通りに進むわけではないのだと。


 急いで家へと帰る。まだお父さんは起きてないみたいなので、彼の部屋へと行く。

 眠っているお父さんを起こさないようにそっと彼に触れてみた。

 温かいぬくもりが伝わり、嬉しくなる。同時にずっと触っていたくもなった。


「やっぱり、私ってお父さんに惹かれ始めてるのかも」

「それは嬉しいな」

「えっ?」


 お父さんに触れていた手を引っ張られ、寝ている彼の上に倒れ込んでしまう。片目だけ開けたお父さんは私を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。


「な、な、起きてたのっ!」

「誰も寝ていたなんて言ってないだろ?」

「うぁぁぁぁ、やっぱりさっきのなしで!」

「駄目だ」


 やっと素直になったのに離すものか。お父さんは艶やかに微笑む。誰もが目を奪われてしまうほど綺麗な笑みで。


「素直じゃない紫陽花も可愛かったけど、素直なお前も可愛すぎだ」


 チュッと軽いキスを唇にしてくるお父さんを避けることも出来ずにただされるままになっていた。それが嫌なことではない、嬉しいと思う私がいるんだ。


「少し寂しそうにすれば紫陽花は素直になるんだな。あぁ、悩む紫陽花も可愛かった」


 その言葉を聞いた瞬間に私は気付いてしまった。寂しそうにしていたことは演技で私を素直にさせるためのことだということに。

 そして、やっぱりお父さんは危険人物だということに。悩んでいる私が可愛いなんてどうかしているだろ。


「お父さん最低だよぉぉぉおお!」


 叫んでお父さんから逃げようとする私を彼は強く抱き締めて笑みを浮かべるだけだった。

 やっぱり私は危険な隠しキャラに捕まったみたいだ。

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