おまけ 可哀想な娘の安全を思い、願う
学校にある理事長室で見た目が麗しい男性二人が楽しそうに談笑していた。いいや、一人は楽しそうにしているのが、もう一人は呆れた顔をしている。
「楽しそうにしているね、月下香」
呆れ顔の男性は「月下香」と呼んだ人物を見る。彼はいつに増しても楽しそうに微笑んでいる。その笑みは女性なら誰もが虜になってしまうほど魅力的だ。
呆れた顔をした男性の名は「グラジオラス」という。本人は覚えづらい名前だなとかしか思ってもいない。
「あぁ、楽しいからな」
彼が楽しそうにしている理由にピンッときてしまう。これが長年親友を務めていた成果ということになる。
別にいらないこの成果は一体どこで発揮すればいいのだろう。グラジオラスには全く分からないことだった。
「貴方の娘のことでしょう?」
どうせ、そんな言葉は口に出してないが目線だけで言ってみる。そうすれば、彼は魅力的な笑みのまま頷いた。
「紫陽花がやっと俺のものになったんだ」
「それは……おめでとうございます」
口ではお祝いを言っているが内心では違うことを考えていた。
彼の娘は可哀想に、その言葉が頭を占める。こんな男に捕まって大丈夫なのだろうか、とため息を吐き出した。
彼は昔から娘を溺愛していた。それはもう自分の本当の娘のように可愛がっていた。
そのことは昔から彼の親友をしていたから分かる。あの時までは、そうあの時までは彼は娘のことを本当の自分の娘として見ていたのだ。
そう、グラジオラスがこの恐怖の乙女ゲームの内容を思い出すまでは。
グラジオラスの子と彼の娘は同級生だ。同級生といっても住んでいるところが違うから同じ学校にはいかないが。そんな子達が中学の時にグラジオラスは記憶を思い出した。
前世の記憶とかそんなのではない。ただ乙女ゲームの記憶だけ。脳内にこびり付いた内容が生々しくて、あの時は頭を悩ませた。
しかも、それまで乙女ゲームの存在さえ知らなかったのにグラジオラスは知ってしまう。乙女ゲームと呼ばれるものの存在を。
そして思う。どうして、そんな記憶があるのかと。前世の自分はしていたのかと思うだけで鳥肌が立った。
「それよりも、私って攻略キャラ?」
乙女ゲームのヒロインは親友の娘である。彼の娘なんだ。彼もまた自分と同じ攻略キャラという立場だった。
グラジオラスは考える。自分は妻に物足りないとは思ったことはない。むしろ妻を溺愛しているし、自分の子も愛している。
ふぅと息を吐き出し、グラジオラスは一応のことを考えてそのことを親友の彼に言った。それが彼が娘に対する気持ちを変えた瞬間であった。
彼は娘のことを異性としてみるようになる。それがいけなかったことなのか、いいことなのか、グラジオラスには判断が付かなかった。
「貴方が楽しそうにしているから、私は何も言わないよ」
「何か言われても気にならないが」
いつまでも理事長室に入り浸っている彼をどうにかしたいのに優しいグラジオラスは何も出来ない。ただ彼が何もせずに去ってくれることを願うだけだ。
この前も理事長室に来たかと思ったらどこかに行く。それが娘のところだと後から気付いたのだ。その時の彼が言った言葉は「俺が攻略されるはずなのに、あいつでイベントを起こすなんてあり得ない」だ。
娘に学校にいたもう一人の攻略キャラが近付いたらしい。それで彼は怒っていた。あの後は凄く機嫌が悪かったのを覚えている。
ふぅともう何度目か分からないため息を吐き出し、グラジオラスは頭を抱える。
「私は貴方が凄いと正直に思ってしまうよ」
欲しいものを確実に手に入れていく彼を凄いと思うし、誰にも真似出来ない。
それでもグラジオラスは娘を可哀想だと思ってしまう。なにせ、可哀想なものは可哀想なんだ。彼の嬉しそうに語る娘とのことを聞いて本当にそう思った。
大分、省略して語っていたが大体は想像がつく。何度も言うようだが、彼とは長年親友をしていた身なのだ。
そんな親友の彼に一言だけ言いたい。その一言だけ言ったら何も言わないから、その一言だけを許してほしい。
「このゲームには誰ともくっ付かないノーマルエンドはあったはずだけど……」
彼は言葉を聞いた瞬間に艶やかに微笑む。それはさっきまでの笑みとは比べ物にならないぐらい妖艶な笑みだ。
「あの子がそこまで知らなくてなぁ」
グラジオラスは思う。口には出さずにただ思うだけだ。
彼に捕まった娘は大丈夫なのだろうか。その娘の安全をグラジオラスは願うのだった。