PHASE-7 接敵
人類が地球を離れ宇宙に移民の場を設け五十年余りの歳月が経っている。
医療の発展により人類は長寿となり、これまで死病と言われた難病で亡なる人命も救われる様になった。
その半面、人類の増加は進み増えた人類は住む場所を求め自然を壊し続けた。
人類を待ち受けていたのは地球資源の枯渇。
そしてもうひとつ。増え過ぎた人類は住む場所を広げ、自然を壊して行くことになる。その結果、地球温暖化は加速的に進む事になり、食料供給も不足する事態に陥った。
この問題が深刻化され始め、人類は母なる惑星地球を休める計画が持ち上がり、一部の人間を地球に残し百年後には人類の大半を宇宙に移民する計画を立てた。
わたしが学生の頃、自然に溢れる地球の映像を見た事がある。その時に世界地図も見た。
人類が宇宙に移民して五十年余りしか経っていないというのに、その間に随分と地形や気候も変わっている。
モニタに映し出された地図の一点を指差しソラが着地点を示した。
「河? そこに不時着させるつもりなの」
「ああ、この大河なら川幅も直線距離も十分に得られる」
「鮫の代わりにピラニアの餌になりそうね。上手く陸地に接岸出来ればいいわね」
「上手くやるさ。不時着する場所は密林だ。食糧も豊富だろうさ」
「それは素敵なサバイバルになりそうね。……食糧も豊富な上に病原体や寄生虫にも注意する必要があるわ。ワクチンでもシャトルに積み込まれていたらいいのだけど」
「まぁ海に着水してシャトルと共ども海の底に沈むよりはマシさ。……ただし戦火が広がっている今の戦況を鑑みると決してベストな選択とは言えない。この辺りは停戦以前、両軍の小競り合いに加え、現地人々が組織するレジスタンスの活動も活発で三つ巴の戦況は泥沼状態にあったと言っていい」
「はぁっ……。それも含めて素敵な事だこと」
「生きてりゃ必ず道は開けるもんさ」
わたしの皮肉にソラは笑って答えた。
「ソラ? 航続距離は大丈夫なの?」
ソラは不時着ポイントまでの距離と航続距離を計算し始めている。
「ちょいと足りない」
「じゃぁ河口にたどり着く前に海に落ちそうね。やっぱり鮫の餌になるのかしら?」
「方法はある。まぁ見てなって距離は稼ぐさ。旋回後、一度ブースターを数秒間噴射し高度と速度を得る。それでもギリギリってとこだ」
「大気圏外用のエンジンを使うと言うの? 大気圏内で」
「使うさ推進力には違いない。しかし機体に負荷を掛けられないから、噴射するのはほんの数秒間だ。その間だけ言わばロケットと同じ状況になる。機体が持つかどうかは神にでも祈ってくれ」
「それでも距離が足りない分はどうするの?」
「高度を上げた後、速度を維持し距離を稼ぐ。その後、失速する前に機首を下げ速度を稼ぎ、機首を上げて海面すれすれの所をグランドエフェクト効果を得て航続距離を延ばし着水地点まで機体を持っていく。危険は伴うが海に落ちれば終わりだから、やるしかない」
「きっと……あなたは上手くやるんでしょ?」
ソラは、やんわりと唇の端を吊り上げ笑みを浮かべている。
「そんじゃまぁ行きますか。旋回行動に移る。旋回完了の後、機首上げブースター噴射」
「了解」
機体がゆっくりと傾きかけた時、レーダーに機影が映り込んだ。
「ソラっレーダーに感。二時の方向から機影八。十時の方向から機影十。本機に接敵するまで約十二分」
「識別は?」
「十時の方向、地球軍機、識別レッド。二時間方向、フロンティア軍機です、識別はブルーです」
「となるとこのシャトルはフロンティア軍の積荷を載せているって事になる。地球軍は迎撃に出るだろう……君はシャトルの脱出ポッドへ行け、旋回完了までおおよそ十分。状況から見てジャミングを行なっているのはフロンティア軍だろう。恐らくジャミングを行なっている海上のフロンティア軍艦船が一足早くシャトルの識別を確認したと考えられる。シャトルの脱出ポッドの救難信号もフロンティア軍のものとみていいだろう」
「ソラ? あなたも一緒に……」
「今は手動での旋回運動中だ。俺は操縦桿から手を放せない。捕虜になるのはごめんだしな」
「ソラ、あなたまさか……スパイだったの? 貨物船に積み込まれたシャトルの積荷を狙って」
わたしはハイジャックに備えコックピット内に保管されている銃の保管庫を開け、震える手で銃口をソラに向けた。
「そう思うなら思えばいい。撃つなら撃てばいい。君は知っているのか? シャトルの積荷がなになのかを」
あの時に「積荷はなんなんだ」と言っていたソラを思い出す。彼も積荷の事は知らないと思っていい。
わたしも、また父達がシャトルになにを積み込んだのか知らないし、民間企業で父がなにの研究している事さえも詳しくは知らない。
わたしと父が顔を合わすこと等、軍の士官学校に入ってから滅多になかった。
軍に入隊してから、わたしも父も仕事の話をすること等、一度もなかった。わたしには守秘義務がかせられ、父には企業秘密と言う足枷が付いて回っていた。
父の研究、このシャトルに積み込まれた荷物の搬入先が軍関係であったのだとしたら……。
嫌な予感がわたしの脳裏を過ぎった。
「どうした? 撃たないのか」
ソラの言葉で銃を構えたわたしの両手は何時の間にか下がっていた。
「早く行け、君は生きろ」
「ソラ……」
「忘れるなよ」
「忘れないわ。あなたの事……」
「あははっ。違う形見のバイオリンだ。俺の事は忘れろ。味方に拾われたとしても査問が待っているだろうからさ」
「……ソラ。また……逢えるよね」
「出来れば戦争が終わり平和な時の中で逢いたいものだ。さぁ早く準備をしろ」
「分かったわ。でも、もう少しだけあなたのサポートをさせて。シャトルが旋回を終えブースターに火を入れて迎撃機を振り切る準備が整うまで」
わたしは再び、ソラの隣の席に着きレーダーに眼を落とした。
「接敵まで後、六分。旋回終了まで後、三分です」
機体の傾きが角度を増す。
「接敵まで後、四分。……ソラっレーダーに新たな機影……これは迎撃ミサイルです。着弾まで六十秒」
「間に合うか。君は脱出ポッドへ早く」
「……ソラ」
「俺は死なない。生きてりゃまた逢えるさ」
「はい……絶対よ。生きて逢おうね」
「ああ、平和な世界で」
わたしは席を立ち脱出ポッドへと向かった。
何度も何度もソラの方を振り向きながらコックピットを後にした。
バイオリンを胸に抱き、ポッドに乗り込んだソラから射出の通信が入る。
『ブースター点火まで後、十秒。ポッドを射出する。元気で』
「……ソラも」
通信機の向こう側から聞こえるソラの声に交じるミサイル接近を警告するアラートが鳴り響いていた。
直後ポッドは射出され、わたしは暗闇の海原へと落ちていった。
PHASE-8 査問へつづく。




