PHASE-16 戦う理由
「みんなも無事だよシェラ。別室で寝てる」
扉の向こう側から仲間の無事を伝える声が聞こえた。
その声はアルルのものだった。
部屋に入って来たアルルが言葉を付け加える。
「みんな大した怪我じゃないから安心して、あっ! 一人足を骨折してた奴がいたっけ? 確か……ケインとか言ったかな? でもほんと夕べは慌てたよ。ソラとシェラの部隊が戦闘になるなんてさ。わたしがソラ伝えるのがもう少し遅れてたら、どうなっていたか……本当によかったよ。ソラもシェラ達もみんな、村の恩人だから二人が殺し合うなんて嫌なんだよ。わたし」
眦から水滴が床へと零れ落ちている。
アルルが乱暴に掌で水滴を拭うと、その下には笑顔を作り出していた。それでも拭ったはずの水滴は零れ落ちている。
「おいおいアルル。俺は、はなっから死者を出すつもりはなかったぞ。まぁ戦闘だから手を抜けばこっちがやられるから手は抜かなかった。本気でもなかったけど。……でもまさか君がこんなところで部隊を率いて戦っているとは思わなかった。とっくに宇宙に戻ったのかと思ってたよ。アルルが君達の部隊に気付いて来てくれなければ、止めは刺さなくても、そのまま放っておいた。ここに連れて来るわけにもいかなかったしな。……よかった。君が無事で」
「ソラ……」
「危うく『生きろ』と言ってシャトルから離脱させた君を、死なせる事になっていたかも知れない」
暫らく複雑な心境でソラの顔を見ていた。ソラはわたしの命の恩人でもあり、命のやり取りをする敵軍の士官でもある。
わたし達とは違う軍服と襟章を着ているソラを目の当たりにして、改めて彼とわたしは敵軍だと言う事を嫌でも思い知らされる。
居た堪れなくなったわたしは思わず交わしていた視線を下げた。膝元にはソラが届けてくれたバイオリンケースが眼に入る。
形見のバイオリンを見る度にフロンティアイレブンの悲劇が脳裏に蘇ってくる。
バイオリンを見る度に、わたしから母を奪った地球軍を憎み、嫌悪さえ覚える。今でも……。
しかしソラとの出会いで、わたしの中でなにかが変わった様にも思う。
――貨物船からの脱出。
ソラを敵軍と知りながら生きるために力を合わせた。あの時のわたしは不思議とソラに嫌悪感を感じなかった。
危険を冒してまで形見のバイオリンを探してくれたから? それともソラの漂々とした態度が、そう思わせなかったのか今のわたしには、まだ分からない。
しかしソラと再会しわたしは忘れ掛けていた、ぼんやりとした輪郭だけが見えていた【わたしが戦うべきもの】が再び心の奥に浮かび上がってくる事を感じてもいる。
それがなになのか? わたしにはまだ理解出来ないでいる。
ソラと出会いアルルと言う少女の言葉がなければ、わたしが軍人でいる内は、そのことに気付けなかったかも知れない。
いや永遠に……。
「なんで戦うのさ! 地球軍もフロンティア軍も資源の無い地球でなんのために争ってるの? ソラもシェラも……、わたしには分かんないよっ」
アルルの問いに、わたしは答える事が出来なかった。
言われて改めて解る。
いったい何故? こんな偏狭の地を争っているのだろう? わたし達は……。
その問いにソラが一つの答えを言葉にした。
「きっと母なる星だからだ。宇宙から見る地球はまだまだ綺麗だ。これまで人類が汚して来たというのにな。そして地球を休ませた時間。短い時間でより美しく蘇りつつある地球を見ていれば、手に入れたくもなるだろうさ。資源は回復せずとも火星から運び込めばいい。人は、人類は時が過ぎても母なる大地が恋しいのさきっと。ならこの星で生まれこの星に住むアルルは何故、戦っているんだ」
「それは……、仕方ないじゃない! 地球軍やフロンティア軍が、わたし達の土地を奪いに来るから……自分達の住む土地を守るためにだよ」
「それで武器を手に戦うのか? アルルは」
「そうだよ。でないと村の人々の暮らしが壊されるから、レジスタンスの勇敢な戦士達は戦ってるんだ」
「皆、そうだ。地球軍もフロンティア軍も同じさ。ただ人によって守りたいものが違うだけ、権力、名誉、金、地位、お偉いさん達の中にはそう言う人間もいる。けど俺達、軍人は与えられた大儀で戦う。自分達が信じる与えられた大儀が無ければ戦えやしないのさ。正直、俺には分からない、いや分からなくなった。宇宙でシェラ、君と出会って敵軍と知りながら生きるために助け合って分かり合える事を知った。まぁ個人レベルの事だけどさ」
「ソラの信じるものはなに? 戦いは戦いを、憎しみは憎しみを悲しみは悲しみを呼ぶ。だから憎しみも悲しみも止まらない。戦争は終わらない」
「シェラ」
「わたしは正直、今でも母を奪った地球軍が憎いわ。わたしもソラの言う様に自分の中で大儀を持って軍人になったわ。いつか軍医を目指し戦火に巻き込まれる人の命を助けたいと言う、偽善の大儀を持ってね。だけどわたしも人を――、……傷つけ、殺してているのね? わたしは自ら憎んでいた戦争に飛び込み、憎んで病まなかった殺戮者になっていたのね」
「違うそうじゃない。どんなに奇麗事を言ったって戦争は殺し合いなのかも知れない。だけどなシェラ。軍人は殺戮者じゃない」
「……ソラ」
わたしはソラの言葉を聞いて胸につかえていたものが、ほんの少しだけ溶けた気がして、涙が流れ出していた。
気が付くとわたしはソラの胸で泣いていた。
どれ位の間、ソラの胸で泣いていたのだろう。
気が付くとアルルが眉間を寄せ頬を膨らませて、わたしの方を睨んでいた。
「ソラとシェラは敵軍なんだよね? なんでそんなに親しげなの? はっ!? ソラが言っていた例の女って、もしかしてシェラ?」
「まぁそう言う事だ」
「よく言う。窮地を共にした男女は恋愛に落ちるとかってやつ?」
向けられた、じとっとした眼差しを感じ慌てて、わたしはソラから距離を取った。
「わたし達は、別にその様な関係じゃ――」
わたしの言葉を遮りアルルが呟いた。
「あやしい……痛っっ」
「このませガキ。見れば分かるだろ? 俺は地球軍で彼女はフロンティア軍なんだぞ」
――胸の奥底に“ズキン”と痛みを感じた。
何故? だろう。
ソラの言う通りわたし達は、それぞれ異なる軍に所属している“敵”同士なのだ。
分かり合えても決して交わる事の無い“敵”……例え、平和な世界が訪れたとしても軍人である限り変わる事の無い事実だと、この時は思っていた。
「でも不思議だね。地球軍、フロンティア軍、レジスタンスが今、この村にいて助け合ってる。地球軍もフロンティア軍も嫌いだけど、ソラとシェラはこの村にとって特別なんだよ。だから助けたんだけどね」
アルルは頭の後ろに両腕を回し白い歯を見せ、足を部屋の取っ手に掛けて、起用に部屋の扉を開けた。
そこには第百一分隊の皆が壁の様に重なり扉の外で聞き耳を立てていた。
包帯に松葉杖を手にした第百一分隊だけでなく、ソラの部隊の者達もいた。
「皆、無事でなによりです……」
どうもアルルの村の人々が両部隊の怪我人を拾い手当てをしてくれた様だ。
ソラは冷かしに来た部下を掌を払う様に追い返し、座っていた椅子から立ち上がって眼光鋭く細めた。
「俺は、これから『パンドラの箱』を開いてくる。そのために、ここに来た」
そう言い残してソラは部下を引き連れ部屋を後にした。
ソラが言う『パンドラの箱』とはシャトルに積み込まれていたコンテナの事だろう。
その中には父が開発に携わった新型融合炉を搭載したAMRSがあるに違いない。
自ら『無用の長物』と考え隠したAMRSを今更どうするつもりなのか? ソラは、いったいなにをしようとしているのか、わたしには理解出来なかった。
わたしは彼は情報のエキスパートでもあり優秀なパイロットであることは良く知っている。
ソラ? あなたは、いったいなにを知ったと言うの? 今、なにが起ころうとしているの? 起こっていると言うの? それに……この前の戦闘で見せたAMRSの操縦技術、あなたはやはり「ウィザード」と呼ばれ我軍のAMRS乗り達に恐れられているパイロットなの? そんなあなたが更なる力を得てなにをしようと考えているの? 教えてよ……ソラ。
PHASE-17 憎悪の渦へつづく。




