PHASE-10 初陣
夜行性動物達と虫達の鳴き声が暗闇へと吸い込まれていく密林の中にわたしは身を置いている。
ぼんやりと輪郭だけが浮かび上がった【自分が戦うべき敵】と現在、置かれているわたしの環境と立場。
わたしが第百一分隊に配属された日、渡された辞令に戸惑った事を覚えている。
アレックス大尉が懐から取り出し丸められた一枚の書状を読み上げた。
「シェラ=カギザキ少尉。本日、丸八:二丸時(まるはち、ふたまるじ)をもって第百一分隊、隊長に任命する」
「えっわたしが隊長ですか? はっ。しかし指令所でフォッカー中佐はなにも……」
「君を驚かそうと思っていたのだろう、あの中佐の事だからな。ハンガーに着いたらこれを渡すようにと言われたんでね。すまない」
アレックス大尉が笑い混じりにわたしに辞令書を手得渡した。
「こ、こんなドッキリいりません……。何故わたしが実働部隊の隊長に?」
「おいおい君は士官だろ?」
「しかし、わたしは士官学校を出て一年にも満たない士官です。実戦経験もありませんし……」
総人数五名の班ほどの分隊長とは言え、いきなりの隊長就任と言う人事に、わたしは驚きと戸惑いを隠せずにいた。
「なんてこったい。今度の隊長は実戦経験もない、しかもルーキーかい」
ローズ曹長が赤い髪の毛を掻き分け頭を掻いている。
他の隊員達、周囲にいた他分隊の隊員達もがざわめきだした。
「静かに」
アレックス大尉の言葉で辺りは静けさを取り戻す。
着替えなど貨物船事故で失くしたわたしの軍から支給された少ない手荷物の中に、バイオリンケースを見つけたアレックス大尉がわたしとローズ曹長に指示を出した。
「ローズ曹長。当面のARMS戦闘、運用指揮は当面君が指揮しろ」
「はっ」
「カギザキ少尉はARMSに随行する指揮車で主に分隊の統制指揮とソナーを担当してもらう。これでいいかな? ローズ曹長」
「はっ。ご命令とあらば従います。アレックス大尉」
「カギザキ少尉。不服はあるかな?」
「いえ、ありません……。あのありがとうございます。アレックス大尉」
「君は一人で行動していく訳じゃない。君の指示、判断で仲間を危機に晒す事になる。こらからは君の耳で仲間を守れ」
「はい」
――仲間のためにわたしに出来る事。
物心がついた頃からバイオリンを習って来た。日々のレッスンは嫌いじゃなかった。その結果知らず知らずの内に培われていた絶対音感。これがわたしの持っている最大の武器になる。
わたしは夢中でグランドソナーとスペイスソナーのマニュアルに眼を通した。
グラウンドソナーは地中を伝って響く音を拾いだし敵軍ARMSなどの機動兵器の振動とデータバンクに残されている震紋を照らし合わせ識別するソナー、スペイスソナーは大気中を伝わってくる音を拾い出す。
ジャミングによる電波障害が酷くレーダーの有効範囲は約千メートルまで落ちる。この状況下では二種類のソナーが目となるのだ。
スペイスソナーもレーダー同様にジャミングの影響を受け有効範囲は狭いが、グラウンドソナーはジャミングの影響を受け難く、ここでは頼りになる代物だ。
密林での索敵で恐らくメインとなるもっともジャミングの影響を受け難いグランドソナーの有効レンジは指揮車を中心とした一万メートル四方を索敵出来るが、それはソナー員の耳次第でもあった。
敵軍ARMSなどの機動兵器以外のノイズ(地中を流れる水、自然界の音など)を取り除く機器、ボリュームのダイヤルの操作方法、波形モニタとデータバンクに残された波形を頭に叩き込んでいると不意に声を掛けられた。
「カギザキ少尉」
わたしの下に来たのはローズ曹長を除く第百一分隊のメンバー達だった。
「はい」
「自分はリック=アンダーソン軍曹、ARMSパイロットであります。このちゃらけた長髪がケイン=ウォーカー一等兵、そんでもってこっちのちっこい奴がジャック=ジョニー二等兵です。これまで指揮車でソナー、銃座を担当していた者です。敵軍の音紋識別データ、機器の取扱は彼等から引き継いでおく様にとローズ曹長が」
「分かりました。直ぐに」
「あっ! 俺はケイン=ウォーカーであります。我等が女神様」
「あのっ僕はジャック=ジョニー。ジェイジェイと呼んでください。それとカギザキ少尉に代わってARMSパイロットを勤める事になりました」
「だべってないで準備しなっ久しぶりに出撃命令が下ったよ。、出撃は明日、一五:二丸時(ひとごう、ふたまるじ)夜間に密林を抜け、明朝、丸六:二丸時から敵軍及びレジスタンスの動向を探るため、第百一分隊は敵陣十キロ付近まで潜入し、本隊に情報を持ち帰れ、以上。だそうだ」
「うひょぉ! 久しぶりの出撃だぜぃ。痛でぇ……」
ローズ曹長が手に持っていた大きなスパナでケインを殴った。
思わず、わたしまで首をすっこめ片方の眼を塞いでしまった。
「浮かれんじゃないよ」
「出たな。赤ゴリラめ」
「だぁーれが赤ゴリラなんだって? まぁ明日行く場所を見て浮かれていられたら、大した男だよ。これを見な」
広げられた地図に任務が行なわれる場所を書き入れる。
着任したばかりのわたしを除いた全員が唾を飲み込んだ。
「このポイントは……。レジスタンス達の拠点になっている村に挟まれてるじゃないっすか! 一方どちらかに発見されば戦闘になって、それを嗅ぎつけられれば下手すりゃ敵軍とレジスタンスに挟み撃ちすっよ……」
「そうだ。この位置からグラウンドソナーとスペイスソナーで敵の動向を探る。これが今回の任務だ」
「他の分隊は? 曹長」
難しい顔をしてアンダーソン軍曹が尋ねている。
「今回は第百一分隊、単独での任務だそうだ。我軍の絶対防衛線のベース付近まで退かないと味方の援護は無いと思った方がいい。にしても……とんだ堕天使がうちの隊に舞い降りたもんだよ」
「曹長! それは幾らなんでも酷いじゃないですか」
「いいのよジェイジェイ、ありがとう。皆さんご存知だったのですね?」
「はぁ。いやまぁ噂は……」
「アンダーソン軍曹……」
「敵軍兵士とシャトルで恋の逃避行……ってか」
「ケインさんは口を慎んでください。カギザキ少尉は僕らの上官なんですよ」
「なんだと! このちびっこめっ」
「やめないか二人とも」
「曹長。あんたがネタ巻いといてここで仲裁かよ」
「いいのです。恋の逃避行と言うのは違いますが、大方において皆さんがご存知の通りです。わたしはわたしに出来る事で皆さんの信頼を勝ち取って見せます」
「あんたになにが出来るんだい?」
「耳には、ちょっと自信があります。敵に見つかる前にわたしが先に敵を見つけ出して見せます。そして貴方達を死なせません。絶対に」
「ふん。なかなかいい眼になったじゃない。カギザキ少尉。……さて、これから忙しくなるよ。準備しな」
「……ローズ曹長」
自分が戦場にいる軍人だと言う現実を改めて思い知って少し不安になった。しかしわたしには共に死線を潜り抜ける仲間がいる。
わたしはわたしの持てる力を尽くして絶対に仲間を死なせない。
しかし……。
皮肉にもこの思いは、ぼんやり輪郭を現していた【自分が戦うべき敵】を見失なわせるものだった。
後にレジスタンスの戦士として戦う一人の少女に出会い、自分が戦うべき敵を思い出す事になるまでは。
翌日十五時ジャスト。わたし達、第百一分隊は野戦基地を後にした。
PHASE-11 束の間の安らぎへつづく。




